隠蔽工作
僕の目が覚めようとしていた頃、誰かの叫びを聞いた。
「何だっ。これは!? 何がどうなってるのだ?」
と、朝の巡回に来た寮の管理人だった。
ジーク達はわざわざ、この人がいつ来るかも把握して、襲撃したようだった。そうでないと、アレスに起こされるはずがなかった。そのまま、朝まで放置されていた事もあり得る。
未だ喚き、他の人も管理人は起こしそうだった。だから、僕は仕方なく起き上がると、扉を上げた。
突然、横のアレスの部屋から現れた僕に、管理人は言葉を口にした。
「レイ。これはどう言う事だ? まさか、自分で魔力を爆発させたと言うのか?」
と、何か嫌な目で見て来る。
また、どうせ僕の事を劣等と見ている輩だろう。だから、僕はただ冷静に言い返した。
「違います。それに僕はそこまで出来るほどの魔力を持っていません」
わざわざ全ての事を明かす必要はないだろう。
管理人は僕の言葉に渋々頷いた。
「そうか。なら、この事についてはこっちで対処する。朝食後に再び伺う」
と、去って行った。
歩きながら、ぶつぶつと呟いていた。これも全て劣等生への制裁なのだろう。何でわざわざこちらを巻き込むのか…と。管理人はそう言う事に巻き込まれたくない、タイプの人のようだった。
殺され掛けた僕からしたら、一番聞きたくなかった言葉であった。
僕とアレスが食堂に行くと、僕を見た人々が口々に囁いているのが聞こえた。制裁を加えられた劣等生として、有名になったのだろう。
「あいつだろ。魔法をろくに使えないくせに、部屋を爆発させた奴。制裁を加えられて怒り狂ったって。折角与えられた寮の部屋を、爆破させたなんて…」
「本当に馬鹿だよなぁ」
「いや…ジーク様とその精鋭は素晴らしい!」
昨日の襲撃が思うがままに、作り替えられていた。だが、歓迎会と名の襲撃をした事をジークは隠さないのだった。それは彼のプライドが許さないのだろう。何とも、特別委員会の委員長らしい判断だ。
前に座るアレスが僕に言って来た。
「何も気にする事ないよ、レイ。本当にっ」
と、アレスは怒り顔のままサラダを口に入れた。
友達である僕だけ、彼が普通に見えて怒っているのだと感じた。
「そんなに気にしなくていいよ。アレス」
被害者である自分より、ムカついているアレスに逆に笑いたくなった。彼は本当に仲間思いだ。
が、話好きの者達は満足した様子ではなかった。
「劣等のくせにでしゃばっているぞ。あいつはいつまでも懲りない奴だな」
「本当に劣等のレイだ。どこまでも劣等であり続ける奴には、何とも相応しい名前だ」
お前達の方が懲りないなと思いながら、僕は朝食を食べ続けた。
誰かが話し終わると、その隙を埋めるように次の会話が聞こえて来る。近付かなければ直接言われないので、アレスの事情よりマシなのかもしれない。人によって感じ方は違うけど。
「レイ、大丈夫だった? なんか悪い噂を聞いたわよ……それにマークスも心配していたわ」
と、そこにイーシアさんが立っていた。
僕はすぐさま、挨拶をした。
「おはようございます、イーシアさん」
イーシアさんがさっとアレスを見た。
「で、彼が賢者のアレス? よろしく、ここの食堂で働くイーシアよ。朝と昼はいるから、何かあったら言ってね」
アレスは緊張しながら、言った。
「アレス・フェッツです」
と、アレスは僕の口調から悪い人ではないと、判断したようだった。
僕は気になった事をイーシアさんに聞いた。
「あのイーシアさん。そのマークスとは誰ですか?」
「彼は自己紹介を忘れていたのね。図書館の司書の男性よ」
僕はすぐに思い出した。あの印象強い司書さんだった。
「イーシアさんとはどう言う関係なのですか?」
何故かイーシアさんが笑い掛けた。
「あら、聞くの? まあ、隠す事でもないし…私の兄。レイの事はマークスから聞いているよ。彼もあんな人だけど、力にはなれると思う」
僕はありがたく、頭を軽く下げた。
「ありがとうございます。その時は是非、頼みます」
朝の準備を終わらせると、丁度いいタイミングで扉が叩かれた。そこにはあの寮の管理人が立っていた。
管理人は僕の顔を見ると、きっぱりと告げた。
「レイ。お前が自分で起こした破壊行為には、こちらは新しい物を用意しない。故に新たな部屋など与える事はない」
と、明らかにお金を渡されている口調だった。
僕は呆れる方が多くて、何も言えなかった。
が、アレスがこちらに向かって来た。
「なら、レイにあの壊れた部屋を使わせるのですか? 貴方はあれがレイがやったと本当に言うのですか?」
管理人はアレスをじっくりと見た。
「おやおやこれは、賢者のアレス・フェッツではないか…それはそうでしょう。彼が勝手に行った破壊に何故、私が何かをする必要があるのだ? どうせ学びもしない者に、贅沢など不要だ」
と、管理人は扉を思いっきり閉めた。
贅沢の前に風邪を引かせるだろう、と突っ込みたくなった。本当に嫌な奴らである。
僕はこちらをアレスが見ているのを、感じた。彼も彼でこのような対応が嫌いなのだろう。




