優等生となった劣等生
場所を競技場に移し、僕の魔法授業が始まった。最初は魔法玉を使おうかと思っていたが、王立魔法学園の学生はもう大抵の基礎魔法は発動出来ると気付いた。だから、僕はアレスにまた仕事を放り投げて、魔剣の使い方を教えてもらう事にした。ジークや第三騎士団員に教えた実績もあり、その腕はピカイチだった。彼らはより実戦的な魔法を覚えてもらう必要があった。そして、もしかしたらそれを上級生にも教える事になるかもしれない。彼らの間にある格差をなくすためにも。何故なら、実戦でそんな事を考えている人が先に死ぬからだった。
これも、死亡率を減らすために必要な事だった。丁度、剣を持ってくるよう頼むと全員が持っていた。流石、王立だけあった。全員、しっかりしていた。ただその剣がよく磨かれていて、余り手に馴染んでいるようでもなかった。昔ならよく剣を教えていたかもしれないが、今は魔法があれば魔法だけに重点を置く家庭が多いのも、現状だった。
アレスは最初、同じようにまた頼まれた事で何とも嫌そうな顔をしていた。が、魔法の言葉を述べたら、その顔はすぐに変わった。
笑顔で、「いいよ」と、こちらが気持ち良くなるほどの顔をしてくれた。
それはーージークさえも虜となったーーお菓子を寮の部屋に送る事だった。こちらの出費は少なくなるので、よかった。そして、向こうも満足しているようだった。僕は今となって、沢山そのお菓子を入れている事に感謝した。
魔剣と他の新入生の事を全てアレスに放り投げ、僕は自分が抱える問題に向き合う事にした。
競技場のもう一方の端には呼ばれて、仕方なく集まっていた集団があった。その先頭にはザックが立つが、その顔は穏やかそうではない。僕が出会った最初の頃とは比べ物にならないほど。
怖がられると思い、レイリーが端にいるのだがそれでは駄目なようだった。黒猫はレイリーの近くの方が落ち着くようだった。勝手に移動していた。防音魔法を発動しているとは、猫にまで優しい護衛騎士だった。そう言う事も任されるのか、と僕は関心した。
そのように思っていると、僕から何も言わないのでザックがこちらと目を合わせた。その顔には、以前のような優しさはない。別人と思えるほど。
「ーー何の用だ、レイ。いや、違うな。宮廷魔法師レインフォード・ウィズアード第三騎士団長様。これはこれは失礼っ」
と、ザックがこちらが胸が締め付けられるような、笑顔を向けて来た。
いや、それは笑顔とは言えないほどだった。彼もその言葉を言いたい訳ではないようだったが、口が勝手に動いているようだった。自分達を見捨てて、勝手に大出世をしているから。
僕は口角を上げた。
「あぁ、そうだ。僕がそのレインなんとか。でも、名前と役職が長すぎて、本当に何でもいい。ただ重い責任が背中に伸し掛かるだけだ。特に大きく何かが変わる訳でもない」
「貴様。それで許されると思うのか!」
と、近くの少年が叫んで来た。
それは出会った頃は、いい笑顔を向けてくれていた一人だった。ここまで虚しく感じると、本当に何も感じられないようだった。感覚が麻痺するように、僕の心は氷のように冷たくなっていた。予想はしていたが、これは痛いと言えた。
僕の口から言葉が零れ落ちた。
「そうだよな。それが普通の感情だ。僕には到底ないものだな。本当に羨ましくなるよ。一つぐらい教えてくれよ、本当に」
自分さえも心が痛くなるようだった。本当に何のためにここにいたのだろうか、と自分に聞きたくなる。
「…止めろ、レイ。そんな事をするためにここまで来た訳ではないだろ」
と、ザックが早めに止めには入った。
あのままの雰囲気が続いていれば、もう一生顔を合わせられないと思っていた。
僕は虚しい笑顔を作った。それは明らかな空笑いだった。
「そうだな、ザック。すっかり忘れていたよ」
僕は再度彼らと向き合った。そして、真正面から直視した。
「ーーもし、魔法が使えるようになると言えば、どうする?」
それは僕が言いたい事だった。でも、このような言い方をしたい訳ではないとはっきり分かっていた。ただ口が勝手にそう言っていた。僕の思いに反して。ある意味優等生となってしまった劣等生の自分に、僕は今となって嫌いになったのだろう。こんな感じの再会を予想していなかったから。
僕とザックら。どちらに取っても、決していい再会とは言えないのだった。
「それが、どうしたと言うのだ。今更、馬鹿にしたいのか? 自分だけが出来る。素晴らしい事を伝えるために。そうだろ、貴様。このペテン師が。これまでの気持ちと、日々、日常を全て返せっ」
と、再度一人が叫んだ。
僕は心の中で頷いた。そうだな、と自分でもそう思う。でももう、引き返せない地点まで来ていた。これからは別の世界で生きる。それが僕に出来る事だった。でも、その前に出来る事はしたかった。逆にそれしか僕には出来ないから。幾ら力があったとしても、ひ弱であるのには変わりない。
「止めろ…」
と、ザックが止めに入った。
彼は僕を見ると、力強い目で言った。
「どうか、お願いだ。レイ。それがたとえ夢でもいい。一度だけ、その夢を見させてくれ」
僕は返事をする事なく、頷いた。




