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【第一話】 黒サイダーと空虚な日々

教室の窓辺席の特権と言えば、外の風景を好きな時に眺めることができることだ。

おかげでつまらない授業の時間をいたずらに潰すことができる。

そのおかげで居眠りをして先生から無駄な注意を受けることもない。

授業に非協力的な考えを持つ俺は毎回数学の授業は学校からの景色を楽しむようにしていた。

今日はやけに晴れている。

雲はひとつない。

地面には少しだけ陽炎も見える。

(こんなつまらない数式を解くくらいなら海にでも遊びに行きたい)

もうすぐ本格的な夏を迎える。

(こんな時、友達でもいれば一緒に海にでも遊びにいくんだけどな・・・・)

そう妄想と願望に浸りながら海に浮かんでいる漁船をただ眺めていた。

そうしているうちにあっという間に一時間が過ぎた。


「はぁーーい、明日から夏休みになるので皆さん、ちゃんと宿題してきてくださいねぇ」


担任の教師がクラスの奴らにそう忠告した。



夏休みにいろいろな考えを持つ人もいるのだろう。

楽しみな人、あるいは無頓着な人。

俺は後者だ。

夏休みなんてあってもなくてもどっちでもよい。

俺たち高校生の夏休みは世間体から見ると「青春の夏」というフレーズでかたずけられるらしい。

「青春の夏」

なんとも魅力的かつ毒性の高いフレーズを聞くといつも俺は虫唾がはしる。

部活動に必死な奴は夏になると馬鹿になる。

勉強に必死な奴は夏になると馬鹿になる。

恋愛に必死な奴らは夏になると馬鹿になる。

つまり俺が言いたいことはどんなことをしようとしても夏は俺たち高校生という大人にも子供にも属さない不確かな存在である俺たちを惑わせるのである。

だから俺はあまり「青春の夏」というフレーズを聞いてもなにも思わないようにしているのである。

馬鹿になるからである。


いつものように俺は足早に荷物をカバンにしまい、教室を出て中央階段を下りた。

正門を出て数分後、バス停に到着した。

いつもどおりバスが到着するまでの時間、海風吹かれ夏日から待人を防いでくれるこのバス停の屋根影のベンチに座り、ゆっくりと小説を読むことを最近の楽しみにしている。

最近の俺の小説のブームはミステリー小説だ。

この前オカルト部の先輩からミステリー系の小説を借りて以来、俺はミステリー小説のとりこになってしまった。


この日のバス停からみた風景は何やらいつもより輝いて見えた。

それもそうだろう陽炎が出るくらい地面に日が照り付けているんだ。

景色もくっきりと見えるだろう。

俺は時々、顔を上げて風景を楽しみながら小説を読んでいた。

これからくるバスには基本的にこの時間帯なら俺しか乗らない。

だからこの自然の音を堪能しながら読書ができる。


「あ、しおりが・・・」


突然横からの風により本の間に挟んでいたしおりが飛んでいってしまった。

俺はしおりを追うように目線を向けた。

しおりは何か黒い靴にあたり、逃げるのをやめた。

それを白い帽子をかぶった少女が拾い上げた。

そして何も言わずに俺に差し出してきた。

俺はぺこりと会釈だけ返した。

そしてバス停の影に入り、大きな白いトランクを持ったまま立った状態でまっていた。


(見たこともない制服どこのだろう・・・・)


ここのあたりではあまりお目にかからない白布に青いリボンのセーラー服。


(なんだろう、転校生?まっさかぁー)


そう考えているうちにバスが到着した。

俺が乗車するとその少女も乗車した。

この先は俺が宿泊している浜渦荘か港市場ぐらいしか目的場所がない、そんな場所のバス停だ。


(このバスに乗るということは市場にでもいくのか?)


少し考えたあと、考察するのはめんどくさいとおもったのであきらめた。

少女は俺の斜め左前の一人用座席に座っている。

その少女はずっと海の景色を見ていた。


「次は、浜渦荘前――浜渦荘前――」


十五分ほどで目的のバス停についた。

俺とその少女は浜渦荘前のバス停で降りた。

浜渦荘までは俺ののんびり徒歩で歩いて約十分だ。

バスが甲高い音を上げて、折り返して戻っていった。

ぐっと背伸びをした。


(今日は最高に風が気持ちいい・・・。ほんとうにいい天気だ。)


そう思いながら俺はバス停の小さな丘から海を見ていた。


「あ、あのう。ちょっといいですか?」

背後からさっきの少女が話しかけてきた。


「浜渦荘ってどこですか?」


俺はその少女の質問に的確にこたえることができなかった。

頭の中の思考回路がフリーズしかけていたからだ。

(なぜ浜渦荘に行きたいのか?そもそもこの子は誰なんだ?わからない・・・・)

そうやって頭の中でぐるぐると考えがまとまらずに右往左往し、その少女を見たまま停止していた。

そんな様子をみていたその少女は


「あのう・・・大丈夫、ですか?」


その一言で我に返った。


「浜渦荘ですか?この近くですよ」


俺は馬鹿だ。

焦った挙句、なんとも不条理な返答の仕方をしてしまった。

場所を聞かれているのに「この近く」ってそりゃあないでしょ。

きょとんとした表情の少女をごまかすためにひとまず微笑んだ。


チャリン!チャリン!


自転車のベルの音がバスが来た道の方からした。


「おーーい、風神!

今日は帰ってくるのがはやいな。

図書館にはいかなかったのか?」


「先輩今日は金曜日ですよ。

俺が図書館に行くのは毎週月曜と水曜ですよ」


俺に喜作に話しかけてくるこの女性。

俺のの中学時代からのたった一人の先輩であり今では同じ屋根の下で生活している大川美沙先輩だ。

先輩は現在、剣道部と漫画部を掛け持ちしながら学業に励んでいる。

なんといっても先輩の剣道の腕は全国でも超有名な選手。

漫画の腕前はあまり知らない。


「先輩、そういう格好はせめて自分の部屋の中だけにしてください」


薄いTシャツに超短いズボン。

まるで女子バレーのユニフォーム並みの短さだ。

そして立派な果実。


「えーー。いいじゃないか。熱いんだし、夏だし、めんどくさいし」


先輩はTシャツの首元を持ち、パタパタと仰いでいた。


「で?風神、その子誰?」


「ああ、さっきまで同じバスに乗ってたんです。彼女はうちの浜渦荘に行きたいらしいんですけど」


少女は先輩の方を見て、コクリとうなずいた。


「ふーーん。まぁいいや、じゃあついてきな」


遠回りだが俺たちは石段とは別の坂道を下りて行った。

数分後。


「さぁ、見えたよ。あと少しだ」


「先輩、この坂道長すぎませんか?」


「何言っての?ただ下るだけだよ、もう少しで到着だ」


俺はいつもバスで登校、下校しているのが仇で出た。

もうすでに息はあがっていた。


さらに数分後、もう坂道は下り切り浜渦荘は目と鼻の先だ。


「到着!」


「はぁ、やっと着いた」


俺はヘトヘトだった。

先輩はウサギのストラップのついた鍵をポケットから取り出し、鍵をあけた。


「ふう、熱い熱い。エアコンかけないと」


そう言って先輩は部屋の中に消えていった。



俺は玄関前にある古びれた木製ベンチに座り込んだ。

夏の日差しは熱いが海風がほどよく俺たちに吹いている。

ふと、俺は少女に目をやった。

さっきまで深くかぶっていた白帽子をとり、胸元に抱えてきた。

うっすらと赤版でいる空と水平線のかなたを少女は見ていた。

海風に長い少女の黒髪が空を舞う姿を見て〔美しい〕と思ってしまった。

その視線を感じたのか少女は俺の方を見た。

両者、完全に視線が合った。

俺の心の中に落ちていく何かが感じ取れた。


「おーーい、二人ともアイス食べる?」


そう言ってアイスを口にくわえた先輩が棒バニラアイスを二本持ってきた。

俺とその少女は断るすきもなく手渡された。

先輩はアイスを口にくわえたまま、俺のベンチのよこに座った。


「今日は満ちてるね」


先輩は海の様子を見ながらそう言った。


「いい所ですね。ここ」


「だろ?見る目あるじゃん!」


先輩は少女に明るく返した。


この美しく何とも言えない夕日前の不思議な空間。

こんな時間が無限に続けばいいと俺は思っていた。


先輩のスマホが鳴った。


「もしもし、あ!みーちゃん、どうかしましたか?」


どうやら電話の相手は美空先生らしい。

美空先生とは。

うちの学校の理科(生物)担当教師でThe理系女って感じの先生だ。

簡単に先生の事を説明するならば「幼い」というのが一番妥当だろう。

中身が?ということではない。

「外見」でそういうことである。

どっからどう見てもこの幼い女性が御年30越えの教師とは誰も思わないだろう。

しかし「老い」は何も感じない。

ある意味人間という領域を超えている。


先輩は一言「分かりました」といって電話を切った。

そして背伸びをぐっとした。


「さてと、先ほど先生から連絡がありました。今晩、新しい入居者が来ます」


「え?誰ですか?」


「風神、もうなんとなくわかってるんじゃない?」


先輩に質問した時、俺の頭の考えの中にはそのような考えはなかった。

もう一度今までのやり取りを思い出すと俺の中で一つの答えがでた。


「もうわかっただろう?そう、彼女こそが浜渦荘の新しい入居者でーーす!」


俺は内心、少しだけ戸惑っていた。

が、入居者が一人でも増えるのはうれしいことだ。


その少女は俺と先輩の方へ足を進めた。


「自己紹介遅れました、私の名前は東山咲姫です。今日からこの浜渦荘でおせわになります」


そういってペコリと頭を下げた。


俺はなぜかその〈東山咲姫〉という名前に聞き覚えがあった。

なぜだろう、ものすごく気持ち悪い。考えがあとすこしで出てきそうなのに・・・・・

モヤモヤした気持ちの中、俺は考えを絞り出そうとうつむいた。

ふと地面を見た時カバンの中に入れていたはずの俺の小説が落ちていた。


本を拾い上げた。

本を手に取った時、俺はさっきまでの詰まっていた考えの蓋がポンと抜けた感じがした。

「あれ?もしかして、東山?さんって」


「どうしたんだ、風神?」


俺は先輩に小説をかざした。


「これ見てください」


先輩はそれをみて目を丸くした。


「え?東山さんって・・・・・・・」



_____________________〔プロの小説家〕だったの?


俺たちは少女〈東山〉の方を驚きを隠せないまま見ていた。

またその少女〈東山〉も俺たちの驚きをみて驚きを隠せない様子だった。


「え、まぁ。は、はい」


少女〈東山〉はしどろもどろに返答した。


「ま、その話は後にしよう。

ささ、もうそろそろみんな帰ってくる頃かな。

早く夕食、準備しないと」


そう言って先輩は台所に行った。

少女〈東山〉が白色トランクを地面から持ち上げようとしていた、

(これは男である俺が持っていくべきなのでは?)

そう考えた俺は「俺が変わりに運ぶ」といわんばかりに少女〈東山〉よりも先にトランクを持ち上げたのだが・・・


「東山さん、これ....... 重すぎ!」


予想以上に重たい。

少女〈東山〉のトランクに非運動部と同じくらいの筋力しか持ち合わせていない俺は持ち上げる事でさえ苦戦していた。


「自分で運べる。

それと(さん)ずけはやめて。

呼び捨てで大丈夫」


________呼び捨ての許可が出たので以下少女〈東山〉を東山と呼ぶ________


東山は涼しげな表情でトランクを持ち上げた。

その細身のどこからそんな力が湧いてくるのだろうか。

スタスタと荘の中に歩いていく東山の背中を不思議そうな目で見た。


ここで今となっては実家なみに居心地の悪い、女だらけの場所だ。

俺が現在、生身の人間で確認出来ているのは東山を含めて、女3人。

それと生身ではないがあと2人、住人を確認出来ている。

まぁ、それはそれとして台所の方から何やらいい匂いがしてきた。

油で何かを揚げているのだろうか。

食欲をそそられる匂いが漂ってきた。


「先輩、料理中すいません。

まだ東山の部屋どこかきいてないんですけど?」


「東山さんは2階だから好きな部屋、案内してあげて」


「・・・分かりました」


2階は全部で5部屋あり、あと3部屋余っている。

ちなみに1階は俺と先輩、あとは美空先生だ。

階段を登って3つ目。

ここがこれから東山の部屋になる。


「じゃあ、東山。

ある程度身支度済んだらしたに降りてこいよ。」


俺は東山を残して扉を閉めた。

階段を降りてリビングのソファに座った。


「もうそろそろできるからいつものアレ持ってきておいて」


そう先輩に指示されたので俺はテレビ横に置いてあるタブレットほどのモニター二枚をテーブルに置き、電源をつけた。


「お!やっと晩飯の時間か。

風神殿。今日の晩飯はなんだ?」


モニターから話しかけてきたのは浜渦荘引きこもり二人組の一人である、二年の一条楓先輩。


「ほんとにおぬしは食い意地ばっか張りよって。

そんなに毎日食うからそんな体になるんじゃよ!!」


古風な口調のかわいらしい声がもう一つのモニターから一条先輩にそう言った。

この声の主は浜渦荘引きこもり二人組のもう一人である、二年の神宮寺日奈先輩。

画面に二人のアバターが現れた。

一条先輩のアバターは猫耳のついた獣人メイド。

神宮寺先輩は狐耳のついた巫女。

この二人は夕食前になるとかならず口論になる。


「二人ともうるさいぞ。

今日はからあげだ。これ以上うるさいと数へらすぞ」


「すみません」


二人のアバターは先輩の方へお辞儀をした。

先輩が二階に二人分の料理をのせた盆をもっていった。

扉から出ていくのと入れ替わりに東山がリビングにやってきた。


「これは何?」


東山は二人の先輩のモニターを不思議そうに見ていた。


「誰?その子」


一条先輩が俺に問うた。


「新しいメンバーですよ。

先輩から聞いてないんですか?」


「美沙からか?

私たちは何も聞いてないけどのう・・・・」


そう神宮寺先輩がそう言うと二人のモニターは顔を向かい合わせて首をひねった。


「さっき、みーちゃんから連絡がありましたー。

今日は帰りが遅くなるらしいから冷蔵庫に置いておいて、ということらしいのでみんなで食べてしまおう!」


「そうですね」



浜渦荘新メンバーの祝賀会は大変にぎやか。

だが東山はあまり笑わずに黙々とからあげを食べていた。


「ねぇねぇ、東山さん」


一条先輩が東山に話かけた。


「なんですか?」


東山は一条先輩のアバターを少しだけ戸惑った様子で見ていた。


「東山さんって小説家なんでしょ」


「おぬし、それは誠か?」


「マジマジ、さっき。美沙から聞いたんだ。

しかも結構今売れっ子の作家らしいよ。

まぁ、今もネットで調べてたんだけどね」


東山は先輩の方を見て少し怒ったような表情をしていた。


「それでさ、一度小説家に聞いてみたいことがあったんだよね。

なんで東山さんは小説家になったの?」


東山は静かに茶碗をおいた。

無言の時間。


「あ、ごめんね。東山さん。

楓。ほとんど初対面なのにそういう質問はあんまりよくないよ。」


先輩が東山の顔色を窺ってそう言った。


「いえ、話すのが嫌。というわけではなくて、単純に理由という理由がパッと思いつかなくて少し考えてました。」


と、東山は無表情で先輩の質問に返答した。


「初めから作家になりたかったわけじゃないんです。

小学生時代、だれも友達がいない私は本が唯一の友達でした。

でも学校に置かれている本をすべて読み終えた私は退屈でした。

そのとき、ウェブで小説活動をしている人たちを見つけたんです。

毎日投稿される新作。

その時は夢中で読みつづけました。

でも、所詮は数を多く読んだだけ。私の心は何も満たされませんでした。

中2の頃、私の心を満たしてくれる、人生を変える作品と出会いました。」


なぜだろう、この話を聞いて俺はどこか自分と似ている気がした。


「その作品はどこにでもあるような冒険物でしたが、私の中で今でもこの作品は最高の作品なんです。」


東山はいつの間にか笑っていた。

先輩は東山に問うた。


「その作品って?」


「作者が《海馬白鷺》っていう人で。作品が・・・・」


そのあとも東山の小説家としての話は続き、何気に浜渦荘の夕食は賑やかだった。

夕食後、風呂に入った。

まだ、からだから湯気が出ている。

俺は入浴後の一杯でジュース(炭酸)が飲みたくなったのでなにか入っていないか冷蔵庫を漁った。


「お!あった」


俺は冷えた2Lコーラを冷蔵庫から取り出してコップに注いだ。


「どうした、風神。急に窓なんかあけて」


リビングでテレビを見ていた先輩は俺に不思議そうに話しかけた。

海からの涼しい夜風がリビングに流れ込む。


「今日は外明るいですね」


「そりゃあ、満月だからな」


俺は黒のサイダーを口に含みながらベランダに出た。

先輩もベランダにでてきて夜風にあたった。


「東山さん、早くなれるといいな」


「そうですね」


俺と先輩は何気ない会話を挟んだ。


「さて、私も風呂に入ってこよう」


そう言って先輩は入浴場の方へ行った。


俺は月を見上げた。

なんだろうか、あの丸い月が俺を憐れんでいるようにも見えた。

俺はもう一度コーラを口に含んだ。

この口の中に広がる炭酸のような刺激的な日々を送れないか。

空虚な日々が終わりを告げることを祈って俺は残りの黒サイダーを胃に一気に流し込んだ。

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