2号店
”何気なく”、そんな言葉を思いながらも、歩いているとしたら通学、通勤路。
まだシャッターで閉ざされているばかりの駅前近くの商店街の並びに、興味など惹かれるわけもない。
大人になった僕達は、電車やバスという手段で学校や職場に向かう。
これからギュウギュウと体を締め付けられる満員電車に乗り込む事、楽しい事が多いとは言えないところに行く。あと、眠い。
そんな憂鬱な朝を乗り切り、そんな心と思った事とは別に溌剌としたお昼であって、夕方にちょっと嫌な事があってもへこたれなくて、残業したり部活や塾に行く夜だったり。
まだそんな夜と言える時間帯でこの駅に戻ってくる。そこから徒歩15分ちょっとなら、割と駅近って思う事もある。
もう一日が終わりかと思えば、長い一日だったなって思う事もある。
”何気なく”、一日は使われているんだろう。時間は平等なものだ。
「美味しいコロネパンはいかがですかーー!?」
「本日オープンしましたパン屋でーす!」
おや?
いつも通っている道だったが、こんなお店がオープンしたのか?そういえば、以前に改装工事していたような、してなかったような……。もうすぐ閉店時間であるが、オープン初日だからか。女性従業員と男性店長さんは声を張り上げている。
盛況かどうか分からないが、お腹が空いていてもお金を出して食べるほどでもない。味もどうなんだろう?ここは様子見のスルー。いつも温かい家庭の夕飯を頂く方がいい。
そうして、多くの人達は素通りしていく。少し目をやっている人がいれば、興味がてら買って帰る人もいる。まだ数少ない買ってくれるお客様に2人は
「ありがとうございました」
「お仕事お疲れ様です」
とても優しい声や言葉、手作りの美味しいパンを提供するのであった。コンビニやスーパーよりも少しだけ良くした接客対応だが、温かそうだ。
ただ買ってくれた人にそうできるのは、羨ましい。
◇ ◇
そんなパン屋の日々の頑張りとは無関係と言えるか、言えないか。どっかの学校の、どっかのグループが見つけるのだ。
「美味しいパン屋がある」
グループの1人である、御子柴はその店を発見していた。
通いなれた道に突如現れた、人の列が並んでいたパン屋さん。幾度もその光景を眼にし、並んでいないわずかな時があれば寄ってみた。
「もうすぐ特集組まれる。間違いないね」
「流行に乗ろうってところ?」
「その前よ、川中」
ブームとは作られるものであるが、1つ先に行く私カッケー的なノリはあるもの。何事も、触るところから始まるものだ。
「終わったら、1駅乗ってそのパン屋寄ってから、カラオケしよ!」
「御子柴さぁ、自分の家の近くにする理由に使ってない?」
「はいはーい!御子柴の奢りで、どう?そのパンだけでもいいからさ」
「えーっ?嶋村さぁ~……私の財布を使わせる気?」
奢る、奢らないとは立場が問われる。
女子達の権力争いは大切なもの。4人グループの中心核と言える、御子柴の器の見せ所。
悩むことすら見せず、率直に男子達のグループの方に声を飛ばす。
「しょうがない。私のATMこと、舟と相場!あんた達の財布出しなさい!」
「なんで女子グループの話しに、男の俺達が入るんだよ!?」
「パンとカラオケ如きで金と時間を使うか!?」
「いや、財布だけ貸しなさいよ?あんた等は来なくていい」
「ホント、性格悪ぃな!御子柴!」
男子4人グループまで巻き込んで、大勢でワイワイやる青春に持ち込んだ。
仲良しの女子と男子のグループがあってもいいもんだ。パン屋如きと思う奴もいれば、カラオケという閉ざされたところで、生きているストレスをぶっ飛ばすのもいい。
なにより、仲が良いからできる事。
学校終わって、8人で行くのもなんだから。3人は先に所定のカラオケ店で部屋を確保し、残り5人がそのパン屋とカラオケの中で楽しむ趣向品の購入をする事になった。
「ここ、ここ」
オープンして2ヶ月。この時点で注目され始めているとしたら、相当信頼できるお店だ。確かな実力には運も付き物という。
行列とはいかないが、こんな時間帯で並んでいる奴等がいるのも珍しい。
「あんまり種類ねぇーな。菓子パンが売りなんだろ?」
興味なさ気の舟の言葉は、わりと辛辣であり事実である。
「味勝負に種類なんて必要ないでしょ?コンビニの菓子パン軍団と一緒にすんな」
「御子柴ってパン派なんだね。甘い物好きだよねー」
「だーから、胸と一緒に体重も増えるわけか。後者だけ増えていいんじゃない?」
「パンと牛乳は良く合うしな」
「あーっと。体重の事を言った嶋村ー、ちょっと言い過ぎなんじゃない?」
どーでもいい朝飯の話しをしつつ、すぐに自分達の番に。
カウンターに張られたわずかB4の2ページのメニューなど見ないで、速攻で御子柴が注文したのは、
「蜂蜜ホイップクリーム入り抹茶メロンパン2つ!」
抹茶味のクッキー生地、外はカリッと中がフワッとしたパン生地、出来上がったパンに半分ほど切り込みを入れて、その中に蜂蜜とホイップクリームを流し込む。スイーツメロンパン。
超甘そうが物凄く伝わる、人気パンの1つだ。
そして、こんな人数で押しかけ、種類も少ないと来た。御子柴の目が明らかに
【これとは違う物を頼みなさいよ、あなた達……】
味比べしたいからってのが、伝わってくる。
スイーツ好きだなーって。周りが思いつつも、このメニューに映っているパンのスクリーンショットはどれもこれも美味しそう。出来立てのパンの様子がこの場所からでも見えて、代わり映えしていない見事な一品。ファーストフードのそれとは明らかに違う、本格派が伝わるオーラ。
「じゃあ、イチゴホイップクリーム入りチョコメロンパン」
「チョコクリームミックスアーモンドコロネパンにするわ」
パンの種類は少ないものの、仕方なしのカタカナの長いパン名。
普通のコロネパン、メロンパンなどがあって、そこにトッピングをつけて味を楽しんで欲しいというお店側の意図。
色んな種類というより、色んな組み合わせをしていき、女性従業員さんがメモをとりながら確認し、後ろの男性店主さんが用意し始めている。切り込みを入れるのは注文されてから
「以上、9点ですね。お時間の方、少々宜しいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
「持ってます!……あ!ちょっと、舟!もう1個注文して!」
「は?」
「1個に付き、スタンプ1つ!!15個でメロンパンORコロネパンORラスク、トッピング付き無料がもらえるのよぉぉっ!!それと相場、タバコと酒を買ってこい!」
横暴過ぎるぞ。って顔で、馬鹿面の相場はポカンとしながらも、しぶしぶコンビニに向かい。興味なさ気の舟はカウンターの前に来て、メニューを流し見する。その時、御子柴は舟の右手を店側から見えない位置で掴んだ。
この時点で、なんで俺に選ばせるのか分かってしまった舟。
「シナモンラスクで」
一番安いトッピング付きを選ぶ。
「以上10点と、おまけのメロンパンですね。10~15分掛かりますけど、宜しいですか?」
「構いません!」
「お会計、4120円となります」
そして、その言葉と同時に。御子柴は左手で掴んだ舟の右手を強引に、カウンター席に乗せて、
「こいつが払います!」
「ホントにお前、性格悪ぃわ」
まだ酒とタバコ代の方が安そうだった。
15分という時間も、待ち役に舟を配置し。御子柴、川中、嶋村の3名は近くのドラッグストアで化粧品やらなんやらを見に行ったり、相場がちゃんと酒とタバコを買って来てたら、すぐの事だった。
◇ ◇
サクッ フワァッ
「たまらん」
頬を染めるくらいの甘美な味。心地よい食感に酔いされ、少し飛び出てくるホイップクリームがこんな人前で、口の周りについても続けて食べてしまう一品。
本格派のパン屋が売っている、確かな出来。たかがパンといえど、出来立ての味ならこの値段でも安いくらいだ。カラオケのつまみには贅沢過ぎるものだった。
「おいひー」
「イケるイケる。こんなパン屋が近くにあったんだね」
「一駅かかるけどね」
お菓子パーティーならぬ、パンパーティーになる。
「それはそれとして、パンツパーティーにでもなりゃあいいのにな」
「お前等、下着になってくれないと。俺達の財布が納得せん」
馬鹿2人が変なシャレをほざくが、それでも自分で買ったパンにありつけばそんな口も叩かなくもなった。ちょっと物足りないとしたら、
「パンじゃ酒に合わん!」
「高校生で飲酒していてそれか……」
飲む奴、飲まない奴はハッキリ別れているが、それを強制することも止めることもない。各々の適度な判断をしている。酒を飲むのは、舟と相場、坂倉、御子柴、嶋村の5名。タバコを吸うのは、舟と御子柴の2名だけ。
「それにしても、ぱ、パンツパーティーって。低俗な事を言うね、相場くんは」
「相場らしいじゃん、迎」
現在交際中、坂倉と迎の凸凹コンビは隣同士になって、間接キス的な、互いのパンを食べ合っているちょいラブ状態。嫉妬もするもんだって、舟と相場は身長差のあるカップルを睨む。
「でも、面白いじゃないか。ゲームの1つもしなきゃ」
この中の男性陣の中で突き抜けて、イケメンな四葉。そして、女性陣の中でキュートで天使な川中。ちょっと緊張しながら、彼の隣に座っていて状況を見守っていた。
まだパンが残っているが、口から少し外れたクリームを気にせずにタバコを咥えているところが、少しツボになりそうな残念感を見せた御子柴が提案。
「時間考えて、デュエットしてさ。下手だったグループの奴等から1枚ずつ脱いでいったら?」
こっちもこっちで楽しみたい。そのための遊びだから。
少し喋っただけで落ちた。
「……御子柴さぁ」
「なに?川中」
「胸にクリームがついてるよ」
今日一番、恥ずかしかった。
このあと、メチャクチャ熱唱して周りを脱がせまくった。
◇ ◇
楽しかった青春のわずか1ページ。
ホントに些細で、写真がギッシリ入る容量の中でも数えられると言える程度のこと。
どーして、あーなったのか。写真がなければ思い出せないほど、濃い青春である。
そんな事をまたわずかに思い出させるのは
「美味しいパンはいかがでしょーか?」
「サクッとふわっとしたメロンパン!トッピング沢山ですよーー!」
営業していれば、いつもの声が帰り道に響いていた。
それに釣られたわけでもなく、食べたいから食べるという欲求でちょっと並んで。
「イチゴホイップメロンパン」
「いつもありがとうございます」
今でも通っているお店だ。
1年半経った今でも列を作り、できた当初は2人だった従業員も5人となって、ますますフル回転といったところ。
先月、テレビの取材やらグルメ雑誌の取材があったらしく、わざわざ食べにくる方もいるんだとか。
そして、御子柴もつい最近。聞いた会話で知った事なのだが、
「ここは元々、夫婦2人でやっていたお店なんです」
へーっ、そうは思わなかった。
2人夫婦とは、男性店主と営業初日からいる女性従業員さんの事だ。失礼ながら歳の差を感じさせる組み合わせ。なんでも男性店主さんは外国でパンを学び、日本に戻ってからいろんなお店で武者修行。その時、店で働いていた女性従業員さんと恋をし(18歳未満)、結婚し、一緒にお店を出すことに至ったらしい。
ロマンのある出会いもあるもんだ。
そして、お店の方も凄く上手くいっているんだから、本当に凄いことだ。
味もそうだが、集客、接客、お店の清潔さの方でも、そこらの気分で始めた、なんちゃって飲食店よりも質が違っているし、その理由も分かってしまう事だ。その全てがしっかりと揃うから成功するんだろうという、新規企業の良い例だ。
「そういえば、最近店主さんとか見ませんね」
「はい。別の場所で2号店を開くことが決まりまして、その関係で1週間ほどご不在にしているんです。色んな場所を視察したり、材料の仕入れ先とか……まぁ色々と」
そりゃめでたい話。
実際できるのはやはり、半年以上先のことらしいけれど。こうして良いお店が増えていくのは嬉しい限りだ。駅前を歩いていると、いつの間にか始まったお店があれば、いつの間にか消えてしまったお店が多い。成果を挙げられなかったのが残念だけれど、当然あるべきことだと思う。
「でも、そんなこと。ここではないか」
御子柴はメロンパンを頬張りながら、家に帰る。
少しだけ過ぎったある不安も客からしたら、まったく予期できないこと。
おめでたい事じゃないか。
【4月より△△駅にて、2号店オープン!】
【夫婦2人は4月より2号店の方へいってしまいますが、どうかこれからもご贔屓にしてください】
◇ ◇
”何気ない”ことである。
いつも通り過ぎる駅前を通る道。静かな夕方帰宅時に、いつだったかあった声はなくなってしまった。受けに待つお店になってから足を運ぶことも少なくなったし、なによりもあの優しい声と対応、パンの美味しさを出していた夫婦がいなくなってしまった。
そんな事実もあって、夫婦2人が書き残したメッセージも皆、忘れてしまった。思い返せない。
まるでそれが当たり前だったような感じになってしまった。
そうやって世間が作り変わってしまったように御子柴だって、その1人だった。
「どもっ」
「……………」
夫婦2人の跡を任されたのは暗~い感じのおっさんと、見た目が派手な……自分も言える立場じゃないが、そんな感じの女性と男性。前からいた従業員も残ってるには残っているが、かなりドンよりとした店内の雰囲気。
不安になるのも仕方ないのは、客側も同じ。
サクッ フワァッ
「……ん~……?」
味は近いと言えるが、あんな雰囲気を見た後だと。それが舌の味覚に異常をもたらしている気がする。
むしろ、美味しい味より怒りの方が勝っている。
自分だけじゃなくて、他にも訪れていたお客様もいる事だったろうが。
こんな味でもないし、こんなお店でもなかった。
あの夫婦が支えていた太い部分を理解していない人達が、あんな良い店を任されるなんてとんでもない事だった。そして、ここで働いている者達のほとんどは、それにまだまったく気付いていない。
「このパン屋、めっちゃ流行ってたから、採用されてラッキーだぜ!超安泰ぃっ!」
正直、なんでこんな男が雇われてんねんって思う。
パン屋にいるとは思えないチャラチャラした男。
「アタシがここをもっと大きな店にしてやるし、パン作り学ぶしぃ~」
だったら、爪切れ。店の掃除もしろ。店の中で男とくっちゃべってばっかで、集客とか接客を真面目にやれ。なんなんだこの女も。
「……はぁ~……」
前からここで働いていた方だが、名ばかり店長。従業員の不始末すらも注意できず、店をより暗くしているような項垂れぶり。悟ったような表情でいる。
「………………」
そして、パンを作っているおっさん。腕は確かなんだろうが、出来立てが大事なわけよ!作り置きが終わったからってスポーツ新聞を読んでいるんじゃない。
なんだこの店の雰囲気の変わり様は!?あまりにも急過ぎる変貌!
あの綺麗なお店の看板が凄い勢いで汚れていく。あれって凄い勢いで汚れていくのか。ポイントカードのボーナスも、一気に劣化していく。パンの追加だけじゃなくて、景品とかもあったのに。今じゃあ、そのポイントカードを持っているのが恥ずかしいと思うくらいだ。
あの頃の帰り道がこれほど幸せであり、今の帰り道が残酷なものだったとはあの頃からは考えられないもの。
サクッ フワァッ
「めっちゃうめぇ~~」
「サイコー!パンめっちゃ上手い!」
なんで営業中に出来立てで、売り物であるパンを食ってるんだ?この2人……。
とんでもないのに店を任せてしまったな。どうして、あの夫婦は2号店に行ってしまったんだ。そう悔やみたい店の惨状。
夫婦が築き上げた信頼をなんだって思っている。そう、リピーターが思っている。
そんな怒りも数週間も経てば……いや、数週間も持ったと言えばいいか。
風化していく。無意識の範疇に為り、御子柴もポイントカードを捨てていた。目もやらなくなった。あー、そこに良い店があったんだと思っておく。
夫婦が抜けたパン屋の凋落ぶりは惨すぎるものであり、取り返しがつかないものであった。お店の汚れが目立つように寂れ方も早く。今まで当たり前のように完売していたパン屋は、大量の在庫を残すことばかり。声が上がったと思えば、集客ではなく。従業員同士の喧騒という見てはいられないもの。
存続させよう、守ろうという気持ちなど、そこで働く者達には一切なかったという。お客様達も、築き上げた者達もショックでしかない結末。
【7月を持って、閉店します】
メディアにも取り上げられ、地域の活性化にも手伝っていたパン屋が閉店。わずか3ヶ月ほどの出来事。
流行していた期間の方が長いという、珍しいものを見たと言えば良いんだろうか。それとも、信頼が崩れるというものがどのようなものか、帰り道で通る社会人達や学生達は学べたと思えばいいだろうか。
お店がたった1つ無くなる事は寂しくも、不思議に思う事でもない。ただ、これだけは本当に恐ろしく感じた。
あの店の名前も忘れしまった。ただ美味しかったのは知っている。
2号店の方にはあの夫婦がいるからきっと大丈夫だと思う……。だけど、行った事はない。どこにオープンしたかも忘れた。あの夫婦がいるからといって、上手くいっているのかどうか。こんな潰れ方を見てしまった地域の人は、繁栄を祈っている。
年内最後の短編はこれにしました。したかったです。
こーいうニュースも今年は多かったですね。
その時はまだ、平成でしたけど。
来年もそーいうお話を書いていきたいですね。
よいお年を。