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魔獣奉賛士  作者: 柚緒駆
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天竜地竜

「普通はもう少し疑うなり、ふざけるなと腹を立ててみるなりするものだと思うのだが、よくそんな簡単に私の事が信用できるな」


 自分の事を棚に上げてたずねるギーア=タムールに、「信用なんかしていない」とランシャは答えた。


「ただ、あんたくらい悪趣味なら嘘はついてないだろうと思ってるだけだ」


 フーブ神殿の入り口で交わした言葉。後ろから追いかけてくるゼタを振り返りもせず、二人は肩を並べて神殿の中に向かった。



 炎竜皇ジクスの炎と燃える左手がギーア=タムールへと襲いかかる。だが聖剣リンドヘルドは軽々とそれを打ち払った。そのままの勢いでジクスの頭を割らんとした聖剣を、銀色の風が防ぐ。


「よもやザンビエンと手を組むとは。恥を知れ!」


 刺すような視線で風の巫女は叫んだが、青い聖騎士団長には通じない。


「世間知らずの貴様に、戦争に勝つ基本を教えてやろう」


 リンドヘルドの刃が、ゆっくりと六十四片に割れる。


「恥も外聞もなく、弱いところから確実に叩き潰す事だ」


 聖剣の断片は散会し、六十四方向からジクスを目指す。炎竜皇は頭上に暗黒の右手をかざし、周囲の空間ごと丸呑みにしようとした。その右腕を狙う白い刃。


「させない!」


 飛び出したゼタを白光が貫通したかに見えた。魔剣レキンシェルの前に身をさらす妖人公を、ランシャは一瞬でU字型に回り込む。一切の邪魔は無意味だと言わんばかりに。


 ジクスに迫るランシャへ銀色の風が吹き付ける。また視界が奪われ、耳には無数のわめく声が。


――神の意に恭順せよ!!!!!!


 そのまま三、二、一と数え、下段から斬り上げた白い魔剣を、何か強い力がつかみ止める。途端、銀色の世界は焼けた石に水滴を落としたかのように弾け去り、ジクスの炎の左手が出現した。レキンシェルの刃を握る指の間からは猛烈な蒸気が噴き出す。怒りに燃える炎竜皇の目を、ランシャは見つめ返した。


 二人の視界の隅を堕ちる青い輝き。リンドヘルドの六十四片が一旦床面ギリギリまで高度を下げ、そこからジクスに向けて跳ね上がった。レキンシェルを放すと、炎は一回転して円筒状に壁を作る。炎の壁の表面に、青い断片がザクザクと音を立てて突き刺さった。


「ほう、硬さのある炎とは珍しい」


 ギーア=タムールは素直に感心するが、炎の壁に突き刺さった断片はその場で高速回転を始め、内側深くへと潜り込んで行く。しかし壁を食い破り内側に到達したとき、そこにジクスの姿はない。



 天空高くから見下ろす炎竜皇は、炎の左手に地竜の力を、暗闇の右手に天竜の力を注ぎ込む。その両手の間に巨大な槍を生み出して。赤と黒が渦巻き蠢く奇怪な生物の如きその槍をフーブ神殿に叩き付けようとしたとき。遠くの大きな気配に集中力が乱される。


「ゲンゼルと……ラミロア・ベルチアか?」


 刹那、空に湧き出た大きな大きな二つの氷の拳が、回転しながら轟音と共にジクスを左右から押し潰した。



 空を埋め尽くす六角形。無数の呪印が取り囲む中を水色のリーリアは飛ぶ。呪印の力に邪魔をされて、向こう側に飛び出す事ができないのだ。速度は落とさず、そのまま後ろに向かって叫ぶ。


「こら貴様! 自分の娘が可愛くないのか、この人でなし!」


 背後を飛ぶのは漆黒の三面六臂。ゲンゼルの顔が言う。


「我が意に沿わぬ娘は要らぬ。そもそも余はすでに人ではない」

「誰がそんな屁理屈をこねろと言った! だったら先祖に対して敬意を払え!」


「だから敬意を払って、命は取らぬと申していよう」


 六本の腕が空中に六角形を描き、それが輝きながら飛んでくるのをリーリアはかわした。


「封印などされてたまるか馬鹿者!」


 とは言え、まっすぐ飛び続けたところでいずれ捕まる。ならば。水色のリーリアは両手を広げた。二つの手のひらから大量の水が湧き出し後方へと流れる。水平に落ちる大瀑布はゲンゼルに襲いかかったが、その開いた三つの口にすべて飲み込まれた。しかし、すべての水が消え去った跡にはリーリアの姿はない。


「面白くもない」


 三面六臂はそうつぶやくと直角に、真下に向かって飛んだ。



 光が飛んでいる。無数の銀色の光の破片が、グルグルと渦を巻いて少女の周りを飛んでいる。美しい見た目でありながら、その領域内に手など入れれば食いちぎられそうな雰囲気。


「鉄壁の防御か」


 ギーア=タムールの言葉には小馬鹿にした響きがある。


「さあ、それはどうでしょう」


 風の巫女は挑発した。


「己が身で試してみてはどうですか、偽りの神の信徒よ」

「邪神風情が大きな口を叩く」


「真なる神は真実を告げるもの」

「貴様にのみ都合の良い事実を真実とは呼ばない」


「なるほど、フーブの存在がそれほど都合悪いですか」

「存在だと?」


 聖騎士団長は苦笑する。


「ただの集合意識を存在とは呼べんだろう」


 その言葉を愚弄と捉えた銀色の髪の少女の視線は憎悪に燃えるが、ギーア=タムールは意に介さない。


「天界の神は天界におわす。しかしフーブ、貴様はこの世界にすら存在しない。ならばいったいどこに存在していると言うのか」

「そうやって居場所を探るつもりですか。その手には乗りませんよ」


「天界にとって貴様は確かに目障りだ。だが勘違いするな。それは貴様が強いからではない。力を怖れているからではない。ただひたすらに(よこしま)であるからだけだ。醜く汚れた人の心が生んだ怪物よ」


「黙れ下郎!」


 ギーア=タムールの背後から神槍グアラ・キアスを構えた風音が突進して来る。風月が真上から剣を振り下ろす。だが逆巻く青い髪はピクリとも揺れない。二つの攻撃は届かず、空中に止まっている。


「どうした。私はまだリンドヘルドを振ってもいないぞ」


 風の巫女から視線をそらさずにギーア=タムールは笑った。


「心配するな、約束は守る主義だ。ジクリジクフェルを倒すまで貴様の命は預けておいてやろう。せいぜい応援するのだな」


 そしてようやく視線を空に向ける。そこでは巨大な氷の拳が二つ、押し合っていた。しかし拳の表面に走る大きな亀裂。氷の破片が飛び散った。



 氷の拳は徐々に離れて行く。無数に亀裂を増やしながら。その間には左右に押し返すジクスの姿。ただし氷の拳に亀裂は入るものの、左手の炎でも溶けないし、右手で飲み込む事もできない。その目の前に、宙に浮かんでポツンと立ったのはランシャ。問答無用の突きがジクスの胸を狙った。だがそれは止められる。


 うつむいたジクスの頭に生えた三本角。その真ん中の角が伸び、レキンシェルの先端を食い止めていた。その角にはヒビがある。ランシャが強く押し込むと、ヒビは少し大きくなった。


「まったく、こんな事になるなら無理をしてでも殺しておくんだったよ」


 ジクスの言葉にランシャは応えず、ただ剣を押すだけ。角のヒビはまた大きくなる。


「まあ、後悔は先に立たないからこそ後悔って言うんだけどね」


 炎竜皇は苦笑した。ヒビはさらに拡大する。


「ねえランシャ、ボクが死ぬ前に何か言う事はないかい」

「ない」


 ランシャは一言つぶやいた。ジクスは小さくため息をつく。


「そう……だけどボクにはあるよ。君が死ぬ前に言いたい事が一つ」


 角のヒビが一気に広がった。


「ボクらの勝ちだ」


 真ん中の角が砕け散る。門出を祝う花火のように。魔剣レキンシェルがジクスの胸を貫いた。


 だがそこにあったのは、穴。炎竜皇ジクスの形をした、空間に開いた穴。


 風が、烈風が、その穴から吹き出した。赤と黒の風。それはみるみる形をなし、見上げんばかりに巨大な二匹の竜となった。


「やれ情けなや、ジクリジクフェル」


 黒い竜が言い、赤い竜がうなずく。


「まったく。敗れた挙げ句に後始末を押しつけて行くとは」

「とは言え、期待からすればよくやった方やも知れぬな」


「天竜殿は甘い事よ」


 赤い竜はあざ笑い、黒い竜は首を振る。


「いやいや、地竜殿がしわいだけであろう」

「しわいとは何じゃ!」


「怒るところを見ると図星か」


 延々としゃべり続ける二匹を、何だこいつら、とランシャが思っていると、頭の中にレクの声がした。


「これがジクスの力の源、天竜ファニアと地竜ガニアだ」


(知り合いか?)


「こんな面倒臭え知り合いはいねえわ。ザンビエンの知識だよ」

「誰が面倒臭いだと」


 黒い天竜がランシャに向く。


「なっ、こいつ」


 驚くレクに、赤い地竜も笑った。


「そうとも、我らには心が読める。故に」


 地竜の口が開き、炎を吐き出す。


「こんな事もできる!」


 ランシャはそれをかわして真上に飛んだが、そこにはすでに黒い天竜が待ち構えていた。開いた口の中に宇宙が見える。しかしその口を、晴天の青空にあってなお青い輝きが切り裂いた。


「ふがっ?」


 頭を縦に割られた天竜は、その割れた頭のままで下界を見下ろし、小さな米粒のような無数の人影の中から、一際青く輝く一人を見出した。


「ギーア=タムールか!」



「天竜地竜が現れたという事は、ジクリジクフェルは死んだな」


 空を映した青い目が次に見つめたのは、憎らしげににらむ風の巫女ではなく、呆然と天を見上げて立ち尽くす妖人公ゼタ。


「人間の怨念とは恐ろしいものよな。魔族をも喰らい尽くすとは」

「私の……せいなのか」


 ゼタの口からこぼれる小さな言葉。それに対して青い男は爽やかな笑顔でうなずいた。


「まあそうだ。おまえが魔族になど堕ちなければ、あやつがここで死ぬ事もなかったろう」

「私の……私が……陛下を」


 まるで糸でも切れたかのように、床に崩れ落ちるゼタ。それを目の端で追いながらギーア=タムールは振り返る。


「ルーナ」


 月光の将はすぐ後ろに立っていた。


「ただちに全軍をもってフーブを殲滅せよ」


 そう命じた背後で、風の巫女がどんな顔をしているかなど気にしない。


「はっ」


 直立不動で応える妹に、兄は子供のような笑顔を見せる。


「では、私は上に行ってくる」


 そして、こう続けた。


「首が三つだ。良い手柄になるだろう」



 黒い天竜が長い尾をムチのように振る。ランシャはそれをかわすが、その先に待つのは赤い地竜の紅蓮の炎。しかし魔剣レキンシェルの冷気は炎を真ん中から割り、地竜の口に突進した。これには地竜ガニアも思わず身をそらす。天竜ファニアは目をみはった。


「これが晶玉の眼の力か。同じ手が使えないとは厄介な」

「感心しておる場合か! さっさと飲み込んでしまえ!」


 ガニアは吠えながら、ランシャと互いに相手の背後を取るべくグルグル回っている。


「おおそうか、では遠慮なく」


 ファニアが縦二つに割れたままの口を広げた。内側に宇宙が見える。風がごうと鳴り、周囲の広大な空間が圧縮される。地竜ガニアは慌てた。


「こ、こら! 我までも一緒に飲み込んでどうす……」


 そこに天空高くより稲妻の速度で落ちてくる水色の光。その勢いのままランシャにぶつかり、歪む空間から飛び出た。直後、地竜ガニアは天竜ファニアの口から異界に飲み込まれる。


「ああ……これはやってしもうたかな」


 天竜が苦笑混じりにつぶやいたとき、その首に青い線が走り、頭がポロリと落ちた。



 その首に青い線が走り、頭がポロリと落ちた。ギーア=タムールの頭が。


「……ほう、この私に幻覚を見せるとは」


 地面に向かって頭部を落下させながら、青い聖騎士団長はニヤリと笑う。その瞬間、幻覚は解けた。頭は落ちていない。首は胴とつながっている。ただし、背後に黒い天竜の口が開いていたが。

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