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魔獣奉賛士  作者: 柚緒駆
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渦潮の化身

 支水路に沿って北へ北へと奉賛隊は進む。歩きながらバーミュラと今後の方針について話していた隊長が、顔の十字傷を歪めた。


「砂ミミズ?」


 少し不安でちょっと呆れたような、微妙な顔。バーミュラは片眉を上げてにらみつけた。


「笑い事じゃないよ。この先もっと北にに進めば気温も下がってくるんだ。砂ミミズだって増えてくるわな」

「いや、アレだろ。砂に埋まった死体を食う虫だよな。そんなもんが増えたからってどうって事はないんじゃないのか」


「それが中には人を食うほど馬鹿デカいヤツがいるんだそうだ。生きた人間を襲うって噂もある」

「噂じゃあな」


 まさか化け物ミミズが出るという噂を怖がって、旅をやめる訳にも行かない。そんな隊長の頭の中を知ってか知らずか、バーミュラはニッと笑う。


「ま、注意だけはしとけって事さ」


 ミミズ相手にどんな注意のしようがあるのか。隊長はそう文句を言いたかったのだが、結局ため息一つでごまかした。



「情けない」


 ため息交じりのその言葉を聞くのは何度目だろう。真っ黒な壁の部屋で毒蛇公スラは天井を眺める。魔界医ノスフェラの診療所、その三つ並んだベッドの上には、三つの姿があった。


「まったく……なんと情けない」


 泣き出しそうに微かに震える女の声。スラは視線を横に移した。顔だけは見えているが、その他全身は包帯でグルグル巻き。あまりにも厚くしっかりと巻いているため、ミイラと言うより白い団子状態になっているのは、妖人公ゼタであった。


「あまりにも情けない」

「うるさい、ウザい、くどい」


 スラは思わずつぶやいた。延々と続くゼタの泣き言に、辟易していたのだ。動けないゼタはスラを横目でにらむ。


「おまえなどに、この情けなさが理解できるものか。あんな人間の小僧如きに斬られたのだぞ」

「ここに居る全員が斬られているが」


「私は炎竜皇の御前で斬られたのだ、おまえたちとは違う」

「その自慢は意味がわからない」


 スラはいささか呆れていたが、それには構わず、ゼタは歯ぎしりをして悔しがった。


「炎竜皇の御前で、しかも土蜘蛛を振るいながらのあの失態、許されざる情けなさだ」

「仕方なかろう」


 その力ない声に、スラはゼタとは反対側に首を向けた。うつ伏せでクターッと伸びているのは、魔獅子公フンム。その半眼に戦場で見せる輝きはない。


「あのランシャという小僧、アレは強い」

「強いものか。ただレキンシェルとサイーの遺産に助けられているだけだ」


 苛立たしげにゼタが言い返すが、フンムはまた力なくこう口にする。


「本気でそう思っているのなら、次回まみえる時にはもう勝ち目はないぞ」


 ゼタは押し黙ってしまった。同意はできないが反論もできないのだろう。


「認めなければ、な」


 スラはつぶやく。


「あの小僧、我らと同等か、それ以上に強い。今後は、それが前提。勝ち目のある、策を練らねば」


 そこに病室のドアを勢いよく開けて入って来たのは、枯れ木のように干からびたノスフェラ。


「いやあ、皆様お元気そうで何よりです。さすが、それがしの医術は完璧、皆様も大船に乗ったつもりでご安心ください」

「何が完璧だ、この状態を見ろ」


 ゼタは抗議をするが、ノスフェラは取り合わない。


「いけませんな。いま体を動かせば、またバラバラになってしまいますぞ」

「それを何とかするのが貴様の役目だろう」


「無理をおっしゃっては困ります。傷口を凍らせていた呪いの氷を取り除ける者など、世界広しと言えどもそれがし以外にはございますまい。この超絶技巧の魔界医術がなければゼタ様をお助けする事はかないませんでした。しかし、いかにそれがしが天才でも、患者がその意味を無にしては何ともかんとも」


 何と口の回る事よ。自画自賛もここまで行くと説得力を持つ。一瞬ゼタが口をつぐんだ間に、ノスフェラは横を向いた。


「スラ様とフンム様は明日には退院できますので」

「こらーっ! ノスフェラーっ!」


 怒るゼタに知らぬ顔をしていたノスフェラだったが、スラの言葉には耳を傾けた。


「そう、ノスフェラに、聞きたい事があった」

「ほう、何事でございましょう。それがしの輝かしい知識がお役に立つのであれば」


「ノスフェラは、ジクリフェル建国以前の事を知ってる」

「いかにもいかにも、それがしはそこいらの半端な魔族とは違って長命でございますからな、ジクリフェル以前の世界もよく知っております」


「ならば知っているか、ラミロア・ベルチアを」


 一瞬の沈黙。そしてノスフェラは再び微笑みを浮かべた。


「さすがスラ様。よくその名をご存じで。よろしいでしょう、それがしの知るすべての事をお話し致します。あのおぞましき水の大精霊について」



 朝日の光が満ちたとき、もはやリーヌラに鬼火はなく、第一王子ラハムに刃向かう者もない。リーヌラの臣民はすべてラハムに、その恐怖にひざまずき、それを拒んだ者たちはみな肉片となり果てた。いまのリーヌラに諍いはない。暴力は消え去り、平穏が街を包んでいる。血塗られた平穏が。


 ラハムは生き残った王宮関係者だけではなく、ひざまずく臣民の中から知恵ある者を的確に選び出し、大臣代行に任命した。主要な大臣職はラハムが兼務したが、それでも十数名が新たに大臣の任に就く事となった。人々は思った。それがどんな意味を持つにせよ、アルハグラは変わるのかも知れない、いや、もう変わってしまったのかも知れないと。



 ゲンゼル王は一睡もせずに朝を迎えた。昨晩獣魔の群れを打ち破った兵たちは後方に下げ、たっぷり休息を取った兵を三万、前線に上げた。王の眼前には、おどけて踊る二人の道化。王は誰に言うでもなくたずねた。


「遠目は見ているか」

「見ているよ、こちらの姿を」


 ソトンが答えた。王はまたたずねる。


「早耳は聞いているか」

「聞いているよ、僕らの話を」


 アトンが答えた。そのとき。


 ゲンゼル王の、そして兵たちの耳元で、頭を打ち割るような大音量が流れた。それは人の声。


「創造神フーブに仇なす不信心者に告ぐ!!!!!!」


 あまりの巨大な声に、兵たちは耳を抑えてのたうち回る。さしものゲンゼル王も、僅かに顔を歪めた。大口のハリド師の声は続く。


「我ら神教国ダナラムが、いまこそ悪への鉄槌を下さん!!!!!!」


 ゲンゼル王は顔を上げた。音は聞こえなくとも、右手のリンドヘルドが反応している。


「神の怒りを受けよ!!!!!!」


 天空よりの一撃は、稲妻の速度。風音の振るう銀色の槍、神槍グアラ・キアスは、青い聖剣リンドヘルドを押し込んだ。けれどゲンゼル王は咄嗟に柄に左手をかけ、気合い一つで跳ね飛ばす。と、同時に前に飛び、地面に降り立った風音に向かって大上段から斬り下ろした。


 それを防いだのは、銀色の光の壁。風切の手にする神盾グアラ・ザンは、リンドヘルドの一撃に震えもしなかった。


 ダナラムの首都にその名を記す、伝説の英雄グアラ兄妹の残した盾と槍は、数百年の時を超え、いま再びリンドヘルドに相対する。真の神の名をかけて。



 凪の時間は終わり、帆が風をはらむ。しかし船は動かなかった。大量の魚という思いもよらないプレゼントをもらった海賊船イオースボックの甲板上は、いまちょっとしたお祭り騒ぎ。何せ海の上では食べられる物が量的にも種類的にも少ない。船の下には食い物がウジャウジャ居る事がわかっていながら、それを獲る手段がないからだ。


 特に港を出てから時間が経って航海も後半に差し掛かれば、腐った肉でも食わねばならない。いまがまさにそんなときだった。そこに降って湧いた獲れたての魚である。みな喜ばない訳がない。


 客の船団の方からは早く錨を上げろと催促が来ているが、イオースボックの中にそんな余裕などない。コック長の指揮の下、魚を厨房に運ぶので忙しいのだ。しかし、この状況は隙を生んだ。


 海の中、錨の鎖をつかむ者。その人に似た姿は鎖を伝って船に登る。一つ、二つ、いや、無数の影が。船員の誰もが海に意識を向けていない、その間に船首の(へり)にぶら下がって行く。そしてある程度の数が揃ったとき、一気に甲板に乗り込んできた。


 全身をウロコで覆われた緑色の人型の群れに、船員たちは慌てた。


「な、なんだコイツら」

「おい見ろ、半魚人だぞ」


「船長、半魚人です!」

「わかってまーす」


 緊張感のない声で、ジーロックを従えたビメーリアが前に出て来る。手にジョッキを持ったまま。


「それで、半魚人の皆さんが、この船に何の用です?」


 群れの先頭に立っていた、リーダーらしき半魚人が口をパクパクと動かした。


「……拾ッタ人間ヲ渡セ」

「拾った? 何の事でしょう」


 笑顔で平然とジョッキを口にするビメーリアに、半魚人は繰り返した。


「海デ拾ッタ人間、氷ノ力ヲ使ウ人間ヲ渡セ」

「はて、心当たりがありませんねえ」


「嘘ヲツクナ」

「だったらそちらも正直に教えていただけませんか。それはあなた方の意志ではありませんよね。誰の命令です」


 すると、半魚人の顔が歪んだ。あざけりの笑いとビメーリアは理解した。


「我ラノ主ハ、渦竜ぞーぶらしむ」


 半魚人の言葉に、ビメーリアはキョトンと見つめ返す。


「ゾーブラシム? 誰です、それ」


 半魚人たちの表情に戦慄が走った。何と不敬な、そんな反応だった。ビメーリアの背後に立つジーロックが困り顔でこう口にする。


「ラダラ海最大の海魔ですが」

「ああ、そんな魔族も居ましたね。渦潮の化身でしたっけ。うっかり忘れていました」


 そう笑ってジョッキの酒を飲み干すビメーリアに半魚人たちの向ける視線は、怒りと恐怖に満ちていた。


「オマエ、不敬。報イヲ受ケル」

「あらそうですか。でもいまこの船に罰が当たれば、あなた方も巻き添えになりますけど、それはご理解されてます?」


 ビメーリアの言葉で、半魚人たちには更なる動揺が走る。オロオロと慌てふためき、逃げ場所を探して甲板上を走り回る。やがてリーダーらしき半魚人が、彼らの言葉なのか、奇怪な音声を口から発した。


 動揺していた半魚人の群れが、一瞬で統率の取れた集団へと戻る。リーダーが両手を構えると、全員が両手を構えた。その水かきが発達した手の鋭い爪が剣のように伸び、ビメーリアに襲いかかると見えたその瞬間。


 半魚人のリーダーの顔面に、飛んで来たジョッキがめり込んだ。スローモーションで倒れて行く半魚人と、高らかに響くビメーリアの声。


「魔族か何か知りませんけど、海賊に喧嘩を売る気なら買いますよ!」

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