40話:兄、ひきつる
「城の料理うますぎか……?」
自分でもめちゃくちゃ満足しているのがわかる声でひとりごちながら、俺は天蓋付きベッドに寝転がった。
不慮の事故で城に泊まることになった俺だが、当然飯がないと辛い。
俺の中身を知っているクリスも俺の食い意地を汲んでくれたので、さっきメイドのお姉さんが料理を運んできてくれた。そしてそれが、うまいのなんの。
ルクスリア家での待遇は良いものの、使用人なので貴族令嬢である妹と同じものは食べられない。そしてぶっちゃけ、使用人に供される料理はまずくはないがすごくおいしくもないクオリティーだ。ご当主家族の料理に使われた材料のあまりが食べられる分、この世界観ではわりといいもん食っている方なんだろうけど。
それもあってか、食べ物に関しては前世の方が上という認識が強かったのだが。
いやマジうま……王宮料理人やば……。
甘いものは砂糖をぶちこんだ分だけうまいみたいな感じでちょっと辛かったけど、メイン料理は転生してから食べた中でトップクラスだった。
「あっ、そうか。前世でいう高級フレンチだもんな、あれ……」
ごろごろしながら、今さらの気づきを得る。
おいしいけど何の料理かさっぱりわからんかったものが多いあたり、マジでフレンチ。
いや、フレンチなんておしゃれな名前で呼んでもいいものなんて食べたことないけどよ。フランス系列の甘いものはまあまあ食べるが(エクレアうまいよな。あれも作りたいけどシュー生地難易度高すぎる)、フランス料理というくくりだとポトフくらいだ。
あ~、でもうまかったなあ。
唯一の難点は腹いっぱい食べられなかったことだな……。おかわりを頼むのはさすがに憚られたから我慢したけど、ひと皿の量が少ねえ。
こんこんと。
食べ足りないと訴える腹をさすっていると、ノックの音が聞こえてきた。
慌てて立ち上がり、ぱぱっと身なりを整える。体裁が整ったところで、こっちの返事も待たずに扉が開いた。
「調子はどうだ、フレール」
そう言って入ってきたのは、第一王子ことクリスであった。
気安い声音で声をかけながら、当たり前のように部屋に入ってくる。
クリスだけだから口調に関しては気を遣わなくてもいい。それはとても助かるんだけど、お前大丈夫?使用人達に色んな噂されても文句言えないムーブしかしてない気がするんだが……。
いー兄さんがなんとかしてくれると信じているが、いい加減心配になってくる。
そんな俺の心配など気づいた様子もなく、クリスは距離を詰めてきた。
「調子は大丈夫。頭の痛みもだいぶ引いたしな」
ひとまずは、さっきの質問に答える。
剣と魔法の世界じゃないので、治癒魔法なんてものはない。なので医者に診てもらった後はひたすら濡れた手ぬぐいで冷やすだけだったが、メイドのお姉さんが甲斐甲斐しく手ぬぐいを代えてくれたのもあって、コブはすっかり縮んだ。
「どれどれ」
「あだっ」
だからって無造作に触っていいわけじゃねえんだけど!
「触られるとさすがに痛いわボケ!!」
扉の外で聞かれているかもとか、そういうのを綺麗にすっ飛ばして声を荒げる。
「む、すまなかった」
「すまんで済んだら警察はいらんわ!」
ぷりぷり怒りながら、クリスと距離を置く。
そんな俺に申し訳なさそうに笑った後、今度は頬に手を伸ばしてきた。そのまま、イケメンらしい手(自分で言っていて謎表現だなこれ)が俺の頬を撫でる。
「お前が目の前で倒れたのを見て、寿命が縮む思いだった。その時の動揺がまだ抜けきっていないんだ。それゆえについ軽率な行動をとってしまうこと、どうか許してはくれないか?」
そう言って、イケメンは小首を傾げた。
あ、あざとい……!
お前、それはイケメンにしか許されないムーブだぞ!
「……あーはいはい。許します、許してあーげーまーすーよー」
あざといムーブを直視できず、顔を背けて棒読みする。
くくっと、横からこらえきれないとばかりに笑い声が漏れ聞こえてきた。
「顔が赤いぞ、フレール」
「うっせ!!」
――――こんこん
「……んぁ?」
そんなやりとりを終えた後の夜。
自室のベッドより数倍寝心地が良いベッドで安眠を貪っていた俺は、不意に聞こえた音で目が覚めた。
むくりと体を起こしてから、重たい瞼をこする。
その間にも、またこんこんという音。
思わずドアの方を見るが、三度目の音はその反対側から聞こえてきた。
ドアの反対側にあるのは窓である。首を傾げながら、ベッドの周りを囲むカーテンを掴み、それを軽く横へと押しのけた。
カーテンはベッドの周りにつけるのがこの世界のトレンドらしく、窓の方は無防備なことが多い。それは城でも同じだったから、ベッドの仕切りをなくせば簡単に窓の外は見えた。
寝ぼけた鳥かなんかだろうと思い、特に身構えてもいなかった俺は、目に飛び込んできたものを見て固まった。
そこにいたのは人だった。
すらりとしながらもがっしりとした、なんとも頼りがいのありそうないでたち。
首から上には、そんな体躯に似合いつつも穏やかさも感じられるイケメンの顔がのっかっている。
何より、月明かりに照らされたアッシュグレイの御髪が幻想的であった。
はい。
つまりそこにいたのは、セザール・ルクスリア様その人だった。
俺はしばらく、凍りついたように固まっていた。
えっ。
えっ?????
混乱する俺を後目に、俺と目が合ったことに気づいたセザール様はにこりとイケメンスマイルを浮かべた後、再びこんこんと窓をノックした。
やばい。
何もかも見なかったことにして二度寝したい。
しかしそれではあまりにもセザール様が不憫というか、ぶっちゃけ強行突破で窓ガラスを割られでもしたらめちゃくちゃ困る。この場に人を、具体的に言うとクリスを召喚してしまうのが一番まずい。
俺は意を決し、ベッドから降りて窓に近づいた。
「良かった。無事だったんだね、フレール」
窓を開ければ、開口一番にヒロインを助けに来た王子様みたいな台詞を聞かされ、そのまま力強く抱きしめられた。
え、ええ……?
温度差がありすぎて、思考を放棄しそうになる。
「さあ、すぐにここから離れよう」
しかし、呆けていると窓の外へと手を引かれそうになった。
「……い、いやいやいや」
どうやら事態は思考停止を許してくれないらしい。
俺はぶんぶんと首を横に振りながら、逆にセザール様を部屋に引っ張り込んだ。
「どういうこと?」
敬語を繕う余裕もない。俺は半ば素に近い口調で問いかけた。
その質問に、なぜかセザール様は首を傾げた。
不思議そうにすんなや!首を傾げたいのはこっちの方だぞ!!
突っ込みたいのをぐっとこらえて返事を待っていると、セザール様は不思議そうに首を傾げたまま口を開いた。
「お前が、私に助けを求めたからだ」
「は?」
パードゥン?
「王城に忍び込むなど、不敬の極み。処罰を受けても当然の行いだ。それでも、助けを乞うお前の涙に私の心は決まった」
呆気にとられる俺を後目に、セザール様はやや熱に浮かされたような声で続ける。
台詞だけなら、危険を顧みず悪王に囚われたヒロインを助け出しにきた主人公ばりのかっこよさがある。イケメンが口にしているので、流されやすい女の子ならうっとりしそうなオーラも感じられた。
問題は、別に俺は助けなんて求めてないってことである。
っていうかスマホどころか電話すらないんだぞ。どうやって城からルクスリア家の屋敷に連絡するんだよ。伝書鳩?伝書鳩か?
「誰かに見つかるといけない。その前にここを離れよう。大丈夫。もし国にいられなくなったとしても、私はずっとお前を守り続けよう」
電波じみた言い分に混乱していると、イケメン台詞とともにまたも俺を窓の外へと連れ出そうとする。
いやいやいやいやいや。
「ええっと、何か誤解があるようなんだけど……!」
そう言いながら、ひとまずセザール様の体を押しやろうとした。
手の当たりどころが悪く、腰に下げていた剣の留め具が緩む。そしてそのまま、いかにも上等そうな剣は重力に従い、床に落ちた。
がっしゃーん!
静かな夜に、大きな音が高らかに鳴り響いた。
「あっ」
やっべ、人来る。
そう思ったのも束の間、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
間が悪いなおい!どなただ!職務熱心に夜間巡察しているお方は!
顔を引きつらせながらセザール様をどこかに隠そうとしたが、実直なセザール様はそんな盗人のような真似はしないとばかりに剣を拾い上げ、俺の体を引き寄せながらその剣を構えた。
見事に最悪な絵が完成したところで、扉が勢いよく開く。
「フレールっ、何かあったのか!?」
よりにもよってな人物の登場に、顔が本格的に引きつった。
なんでお前が来るんだよぉ、クリス!!




