36話:兄、目撃される
前回までのあらすじ。
じゃん=くりすとふ・すぺるびあ が あらわれた!
「……フレール?」
街中に立つクリスは普段見る軽装よりな恰好と違い、王子様然とした恰好をしていた。いつもの恰好も腹が立つほど似合っているが、今の姿もまあ様になっているのなんの。これだからイケメンは。
視察とやらで街に出ることがあるという話を聞いた覚えがあるから、今回もおそらくそんな感じなのだと思われる。
そんな仕事熱心なイケメン王子の視線の先にいるのは、俺とセザール様。
二人でいるこの状況。
これだけでも十分あかんやつなのに、よりにもよって現在、俺の頬にはセザール様の手が添えられていた。しかも俺の顔を覗き込む形になっているので、まあ距離が近い近い。誤解とか余裕で招けそうな距離感である。
Q、ある男が、自分の恋人が他の男といちゃついているように見える現場に出くわしました。さて、男はこの時何を感じるでしょう?
……まあやきもち妬くよなあ!普通!
俺だって自分の彼女と他の野郎がこんな図になっているとこに出くわしたら百パー嫉妬するもんよ!お前彼女いたことないだろうって?ほっとけ!
そんなことを思っている間に、どんどんクリスがこっちに近づいてくる。
「その娘から離れろ」
そして、開口一番喧嘩腰な発言を口にした。
ひい、怒っている怒っている!目つきもいつも以上に剣呑だし、これ絶対怒っているって!心なしか俺を見る視線もなんか怖いし!
「……失礼ながら、どちら様でしょうか?」
普通なら圧倒されそうなものだが、そこは伊達に騎士として修業を積んでいないといったところか。セザール様は臆することなく返事をされた。
見た目が王族!って感じだからか物腰は丁寧だけど、こっちもこっちで雰囲気がちょっとピリピリしている。俺を間に挟んで火花散らすのマジやめてほしい。心臓に悪いってレベルじゃねえぞこら。
「名乗りが遅れたな。俺の名はジャン=クリストフ・スペルビアだ」
セザール様の問いかけに、クリスは片手を腰に当てながら答える。
威風堂々と書かれた看板を背負っているが如き態度だった。時々こいつの本職はアサシンなんじゃないかと思うが、こういうところはさすが王子と言うべきか。
「…!ジャン=クリストフ王子であらせられましたか。これはご無礼を」
そんなクリスの返事に、ようやくセザール様は俺の頬から手を離し、恭しく頭を下げた。
手のひら返し……というのはセザール様に失礼だな、うん。
何せ数年もの間、城下から離れていたわけだし。ルクスリア家が名門貴族とは言っても、こんな近距離で王子とご対面なんてしなかっただろう。いきなり喧嘩腰で話しかけてきた男に敵意を抱くなという方が難しいし、THE権力者社会なこの世界じゃあ相手が王子とわかってなお喧嘩に応じる姿勢を続けろってのもまあ無茶な話だ。いのちだいじに。
だからセザール様、空気ピリピリさせるのやめない?
ここで和やかな空気になっても俺幻滅したりしないからさ。ねえ?
クリスも応じるように怖い顔やめないしさー!
「あ、あの!」
イケメンとイケメンの睨み合いという心臓にめちゃくちゃ悪い状態に耐えかねた俺は、空気を変えるべく声を上げた。
その声に反応して、二人のイケメンが同時に俺のことを見る。
あ、圧!圧がやばい!
思わず悲鳴を上げそうになるのをグッと堪えてから、俺は改めて口を開いた。
「わ、私、スールお嬢様から言いつけられたお使いがありますので……」
だからとっとと解放してくれ頼む。
そんな願いを暗に込めて、時間がないアピールをする。
いや、お使いという建前の下にある本命はすぐ目の前にいるんだけどさ。第二王子へのお使いとセザール様に言った手前、本来の目的を言うわけにはいかない。これ以上ややこしいことになるのは御免被る。
「なんだ。行くところでもあるのか?送っていくぞ、フレール」
クリスー!!
これ以上!ややこしいことになるのは!御免だと!!
そう思った矢先にどうしてそんなことを言うんだお前は!
いやまあ、王子様におもっきり親しげに話しかけられた時点で、この胃痛イベントが終わった後にセザール様に問い詰められるのは確定しているんだけどもさあ!
今の問題はまあそこではなく!
「……いえ、彼女は私が送っていきますので。殿下のお手を煩わせることではありませんよ」
ほらあ!
案の定セザール様が対抗してきたし!
俺の割り込みでいったんは収まったかと思ったピリピリが、いっそう強くなるのを感じる。くそーっ、こういう険悪な雰囲気を感じ取れてしまう自分の察しの良さが憎い!もっと鈍い性格だったら……!
今なんか次元が違うところからツッコミを受けた気がするが、まあ気のせいだろう。
そんなことよりもだ。
1、クリスに送ってもらう
2、セザール様に送ってもらう
3、一人で行く
最後は論外として……まあ、今はこれしかないよな。
「む、向かう先はお城ですし!ここはジャン=クリストフ王子のご厚意に甘えさせていただきたいのですが、セザール様、よろしいでしょうか?」
俺と妹が目下阻止したいのは、クリスによる拉致監禁ルート。
ここでセザール様を選んだりなんかすれば、そっちルートへのフラグが乱立しまくるのは目に見えている。セザール様には悪いが、ここは1の選択肢を選ばせてもらうぜ!
つーか第三者目線で考えると、いくら主の兄とはいえここでセザール様を選ぶの普通に大問題っていうか……付き人とか御者とかも見ているし……。
それとなく目配せをすれば、さすがにセザール様も恐れ多いことをしたのに気づいたらしい。ハッと我に返ったような顔になった後、もう一度恭しい仕草で頭を下げた。
「出すぎた真似を」
「気にするな」
セザール様の言葉に、クリスは鷹揚に応じる。
うーん、王の器……。悪徳王子とかなら、どんな処罰を与えようか考えそうなシチュエーションなのに。
「フレール」
感心していると、セザール様にぽんと肩を叩かれた。
顔を向ければ、しょんぼりした様子のイケメンと対面する形になる。
うっ。罪悪感が……。
思わず胸を押さえていると、セザール様の手がまたも俺の頬を撫でた。ついでに髪も撫でて、頭にもタッチする。きざったらしい感じの仕草もまた似合うなあ、このイケメンが!
そんな風に毒づけたのも束の間。
すぐ隣の空気がひんやりしたのを感じた。気のせいなんだろうけど、気のせいではないと断言できる体感気温。原因は言うまでもなく俺の隣に立つ王子である。
「先ほどの件、スールには私から伝えておくよ。……早く帰っておいで」
「は、はい……」
顔をひきつらせないようにするのが精一杯だった。
意味深な言い方をして親密さをアピールするのはやめてくれセザール様。クリスが、クリスの目つきがまた恐ろしいことになっているから。人を殺してそうな目つきになっちゃっているから!
俺の内なる叫びは、当たり前だが気づかれない。
セザール様はクリスに一礼した後、その場を去って行った。
「……じゃあ、私は用事がありますので」
「おいこら」
「ぐえっ」
勢いで逃げようとしたら、一歩踏み出したところで首根っこを掴まれた。
またかよ!
「手を離していただけませんか……?」
こんな街中(しかも付き人も御者も見ている)で素を出すわけにもいかないので、メイドモードでやんわりと頼む。というか付き人や御者が見ている前でメイドの首根っこを猫みたいに掴むんじゃねえよお前。遠目だからわかりづらいけど、どっちも目を丸くしているぞあれ。
さっきのセザール様同様、クリスも第三者の視線にようやく気づいたらしい。小さく舌打ちをしながら手を離した。
はー、苦しかった。
「さっきの男は?」
ホッとしたのも束の間、嫌な質問が飛んでくる。
まあ聞くよな。俺だって絶対聞くもんよ。
一瞬通りすがりの人ですと言いそうになったが、通用するわけねえだろボケと即座に自分を叱りつけた。やましいことがありますって自分から言ってどうする。いややましくはないんだけど!
「こころなしか、スール嬢に似ていたような気がするが」
鋭いっすね。
「あのお方は、セザール・ルクスリア様。スールお嬢様の兄上です」
「……?ああ、前世とやらじゃない方の兄か」
一瞬怪訝な顔をした後、なるほどと得心したような顔になる。
確かに前世の話はちょっとばかししていたけど、ルクスリア家に長男がいることくらいさすがに把握していただろお前。なんで俺の存在でセザール様のことが塗り潰されているんだよ。
……いやまあ、聞かなくても察しはつくけど!
「旅に出ていたと聞いていたが、帰ってきていたんだな。……随分と親しそうだったが」
気恥ずかしさというかむずがゆさを覚えていると、またしても嫌な質問がきた。
「そ、そりゃあ、付き合いは長いので……」
「……」
し、視線が!痛い!
しっかりしろ俺。別にやましいことなんて何もないだろう俺。
必死に言い聞かせていると、そんな俺を見てクリスは小さく溜息をついた。
「まあ、いい。ここだとお前は似合わない猫を被り続けるだろうし、いったん城に移動するぞ。幸いこの後は、差し迫った仕事はないからな」
「えっ」
「えっ、じゃないが。城に行くと言ったのはお前だろうが」
「いやあ、あれはその、言葉の綾というか……」
まずい。
このまま一緒に城に行ったら、根掘り葉掘り聞かれるのは火を見るよりも明らか。やましいことは断じてないし、俺の演技力をもってすれば切り抜けることもできるだろうけど、今日ちょっとイベント多すぎ!クールダウンさせてくれ!
「とにかく大丈夫なんで!じゃあ!」
メイドモードを放り投げてそう言うと、首根っこを掴まれる前に脱兎の如く逃げ出した。
直後。
「――――っ、が」
脳天に、鈍器で殴られたような痛みが走った。
えっ、いや、えっ?
不意打ち、それも頭というデリケートな部分に受けた激痛に耐えきれなかったのか、意識が一気に遠のいていく。
意識を失う直前に感じたのは、倒れる体を支える腕の感触だった。




