34話:兄、出待ちされる
動きやすいスカートよーし。
靴よーし。
バスケットよーし。
中身よーし。
「よし!」
身支度を確認した俺は、今日も今日とて好感度を稼ぎに行くべく屋敷を後にした。
今日の土産はカステラもどき。
レシピ本にカステラっぽいケーキがあったので、挑戦してみた次第である。残念ながら俺が知るカステラにある茶色い部分はできなかったが、ザラメっぽい砂糖はあったのであのしゃりしゃりは少しばかり再現できたので満足している。
卵は貴重品なのだが、そこはクリスのおかげというか。
この前言っていたようにこっちに足は運んでこないものの、きっちり使者に贈り物を託して寄こすのでお菓子作りの不便さはなかった。いー兄さんが一度も来ないあたりはうん、クリスに警戒されているっていうか……。
さておき。
「喜んでくれるといいんだけど」
俺の知識不足&材料不足で、前世ならではのお菓子、つまりクリスにとって目新しいものはだんだん作れなくなっている。目新しさをなくすと俺が作るもんなんて城お抱えの料理人に勝てるわけがないので、そこが心配というかなんというか。
……って。
「乙女か!」
自分の発想が飽きられるか不安になる女の子のそれに近いことに気づき、思わずセルフツッコミを入れてしまった。
やめやめ。考えたってしゃあねえ。
人間だれしもジャンクフードが食べたくなる瞬間があるんだし、俺の作ったもんもそんな感じだと思っとこう。
直接聞いてもいいんだけど、それもなんか乙女の行動じゃん!やりたくねえ!
さておき。今度こそさておき。
城がある方角を目指して、止まっていた足を踏み出し――
「フレール」
「うぎゃっ!?」
かけたところで、不意に聞こえた声に心臓が跳ねた。
なんだよもう!
怒りの気持ちを込めて勢いよく振り返った俺はしかし、その先にいた人物を見て顔が引きつりそうになった。
「せ、セザール様?」
「……すまないね。また驚かせてしまったようで」
またも俺の悲鳴にびっくりしたようで、目を丸くしていたセザール様は気を取り直したようにイケメン顔で微笑んだ。
セザール様がいること自体は、まあわかる。俺がいまいるの、ルクスリア家の屋敷からそんな離れてない場所だし。
問題はこの人、明らかに身を潜めていたよな?
そこの木陰、さっきまで人の姿なんてなかったよな?
「どうしてそんなところから……?」
なので俺がそう問いかけるのは、決して不自然なことじゃないはずだ。
これできょとんとされたら頭を抱えるところだったが、ちゃんと本人にも隠れていたという意識はあったらしい。照れ隠しのように頬を掻きながら、セザール様は口を開いた。
「見える場所で待っていると、スールに見咎められそうだったからね」
「スール様じゃなくても、セザール様が道で棒立ちしていたら声をかけるかと思いますが……」
「そういうことじゃあないんだけど……いや、気にしないでおくれ。こちらの話だ」
「?」
わからん。
首を傾げていると、それよりも、とセザール様の方から話を変えてきた。
「フレールは、これからどこに?」
「あ、えっと、スール様にお使いを頼まれまして!」
唐突さに少しどもったものの、妹と打ち合わせていた内容を無事口にできた。
俺の私情じゃ長時間の外出なんてそうできるもんじゃないが、スールお嬢様にお使いを頼まれたってんなら話は違ってくるのである。令嬢パワーは偉大だ。
屋敷でも俺の外出はそういう扱いになっているので、セザール様も首を傾げたりはしなかった。ホッと胸中で息をついたのも束の間、しかし、とセザール様は不穏な接続詞を口にする。
「女の子が一人で出歩くのは、あまりよろしくない。同行しても構わないかな?」
「えっ」
「この前厨房で話したのを除けば、帰ってきてからというもの、フレールとはろくに話もできていないからね。昔のように二人で話がしたいのだけど……駄目かい?」
じょ、情に訴えかけるやり方―!
良いか駄目かと言われたらそりゃあもう駄目なんだけど、イケメンにこういう言い方をされるとめちゃくちゃ断りづらい。まあそもそも、身分差を考えるとはいかイエスしかないんだけどな!
セザール様は断ったくらいで理不尽な目にあわせたりはしないと思うが、絶対ってわけでもないのがなんとも悩ましい。こういう申し出を断られること自体、縁がなさそうだしな……。
「えーっと……」
だがしかし、俺ができる返答が実質一種類しかないとわかっていても即座に頷きたくはない。これで行き先が市場とか本屋とかなら頷いてもいいんだけど、行き先が城とあってはそうもいかなかった。
「でも、これから行くのはお城ですので。セザール様にお時間をとらせるわけにはいきませんから、またの機会に……」
というわけで策を講じる。
その名も、遠出するので今日は諦めてください作戦。移動距離が増えるならそれこそ危ないと言われそうだが、それはそれ。時間をとらせるのが申し訳ないと思っているメイドアピールをすることで、次に繋げる!
ちなみに次とは、セザール様を長時間拘束したのがばれたらセザール様が口添えしても俺への当たりは悪くなりますよね、というのを暗に伝えることである。これなら俺に迷惑がかかると思って、少しは考えもぐらつくだろう。
「……城?」
だがそんな俺の予想に反し、セザール様は騎士系イケメンフェイスにしかめっ面をお浮かべなされた。
「屋敷から城に行くのか……?馬車も使わず……?」
「えっ。そうですけど」
「……正直に言ってくれフレール。実はスールに辛く当たられているが、表向きは気に入られているから言い出しにくいんじゃないか?」
「えっ?」
「城まで馬車もなしにお使いは、女の子には酷だろう。さすがにそれがわからないとは思えないのだが」
「……あっ」
そうか!
俺は散歩するのが好きだから苦になっていなかったけど、そういや世界観的には馬車で移動する距離か!
前世の記憶を取り戻してそろそろ三年。前世と今世の感覚の違いは大体すり合わせたかと思っていたが、まさかこんなところで感覚のずれを見つけてしまうとは。
いやあだって、馬車って馴染みないし……あとケツが痛い。
妹もといスールお嬢様の社交界デビューが始まったら外出頻度も増え、馬車を使う機会も比例して上がるんだろうけど。あいにくと今現在、うちの姫はひきこ…もといインドア派。馬車に乗った回数なんざ、両手両足の指を使えば余裕数えられてしまうくらいなので、馴染みなんてできようもなかった。
そしてそんなこたあ、セザール様は知らないわけで。
やばい。これはやばい。
だって今セザール様、妹に良い感情向けてないってこれ。
陰湿ないじめをしているんだなあいつって考えているってこれ!
クリスや第二王子のように完全にいわれなきものならキレているところだが、この世界の価値観を前提に俯瞰するとセザール様もそんな的外れなことを言っていないのが困るというかなんというか。
フォローは必至だが、そうなると城に行く時間が足りなくなる。
……仕方ねえ!
「これにはその、事情がありまして!道すがらお話いたしますので!」
そう言いながら、俺はセザール様の腕をがしっと掴んだ。
そのまま、セザール様の体を引っ張って歩き出す。セザール様は少し慌てた声を上げたものの、やがて大人しく俺に合わせて足を動かし始めた。
今日行くのは諦めて、屋敷に戻ってフォローした方が良かったことに気づくのは、引き返しづらい距離まで進んだころだった。




