31話:兄妹、悩む
「……教会の厨房でフレールが働いている時に、セザールお兄様がやってくるシーンがあるのよ」
あまり膨らまなかったシフォンケーキを片手に、妹はそんなことを話し始めた。
「詳細は省くんだけど、家のことなんてスールに任せたいなってセザール様が言い出して。それに対する返答として、「まあセザール様ってば、ご冗談を」って台詞か沈黙かの選択肢が表示されるの」
「えっ」
妹の言葉に、齧りついていたシフォンケーキから口を離す。
おかしいなー。ついさっき、似た台詞を言った気がするんだよな俺。
「沈黙を押すと「なんてね」ってセザールお兄様が言って話が終わるんだけど、冗談にしようとすると迫られて、フレールがドキドキしたところで邪魔が入ってシーンが終わっちゃうのよね」
「妹よ」
「何かしらお兄ちゃん」
「杞憂かもしれないが、今さっき俺がした報告にかなり似てない?それ」
「杞憂も何も、ほぼ同じシチュエーションだったから話したのよ?」
「ですよねー!」
俺は頭を抱えた。
ルートの詳細を聞いても絶対覚えられないしごっちゃにする可能性が高い。そう言って仔細を聞かなかったのは確かだけど、ドンピシャなシチュエーションにいつの間にか遭遇しているとかそんなことある?
っていうか肯定と否定の二択じゃねえのかよ!
「ゲームだとメイドじゃなくてシスターだけど、それでも家継ぎたくないなあって台詞には肯定も否定も難しくない?」
「はい」
俺の心を読んだ正論が返ってきた。
さっきは否定の台詞が浮かばないってんで悩んでいたけど、肯定の言葉ならすぐに出せたかって言われるとNoだな、うん。
さておき。
「もしかして隠しルート、セザール様も推してるのか?」
再会のやつもそうだったけど、やたらと推奨されているというかなんというか。
今俺、隠しキャラルート入っているんだけど。世界さん的にクリスルートってなしなの?浅黒肌なワイルド系イケメンより、穏やかな騎士系イケメン推しなの?
「うーん…隠しルートの情報がないから、なんとも……」
「自称女神がまた情報をリークしてくれればいいんだけどなあ」
「そうなんだけどねえ……」
お互い溜息をついてから、シフォンケーキをぱくり。
うん、うまい。
前世で食べたものと比べるとぱさついているしふわふわ度も劣るけど、石窯一回目でこの出来なのは我ながら凄いのではなかろうか。数多のクッキー達よ、お前らの犠牲は違うところでも活かされているぞ。
「ん、おいしい!」
妹も満足げな笑顔を浮かべて、ぱくぱくと手に持ったシフォンケーキをおいしそうに頬張っている。やっぱりうちの妹は可愛いな。
「それにしても、ゲームのような状況が立て続けに起きるだなんてねえ」
シフォンケーキも残り少なくなったところで、紅茶で喉を潤していた妹が悩ましげな声でそう零した。
そういえば、階段イベントやクリスを見つけた時を除いたら、ゲームそのままのシチュエーションってのはなかったんだったかな。俺と妹で配役をチェンジしたバッドエンド分岐イベントが一回あったくらいか。
それを考えると、セザール様って謎の優遇(?)されているなやっぱり。
「セザール様、神様の推しなのでは……?」
「実際、プレイヤーからの人気は高いのよ」
アホなこと零した俺だが、妹はそれを思いのほか真剣に受け止めたらしい。
悩ましげな顔のままで話を続ける。
「ハッピーエンドで駆け落ちしちゃうから、どんな形にせよ主人公が玉の輿になるっていうゲームのテーマからは外れちゃってるんだけどね。でも他の攻略キャラと違って、最初から最後までフレールに熱烈アピールをしてくるから、こう……夢女子ハートをね?くすぐるキャラっていうか」
「夢女子ハート」
「乙女ゲームをプレイする女性プレイヤーは、私みたいにキャラに萌えるタイプか主人公に自己投影してイケメンにちやほやされるのを楽しむタイプの二通りだからね。うん」
「あー」
夢女子ハートはわからんが、言わんとしていることは理解できた。
穏やかな騎士系イケメンが熱烈アピールしてくるわけだもんな。性別を逆転させるとおしとやかな姫系美少女に同じことをされるわけだから、そりゃあ人気も出るというものだろう。
言っちゃなんだけど、第二王子といー兄さんは粘着質なホモっぽいとこあるしな……。そっちと比べてしまうと、まっとうに主人公(と書いて自分と読む)を好き好きしてくれるセザール様に人気が出るのも納得というか。
「他ルートのネタバレにも引っかからないからね、セザールお兄様は」
「ああ……」
今度も言わんとしていることを理解した。
ネタバレド直球キャラと絡みがあるキャラのことって話しづらいよな。単行本派の同級生と話していた時、ちょうど本誌でライバルの姉が登場したところだったからライバルの話題を避けざるを得なかったことを思い出し、遠い目になった。
どうなったんだろうな、あの漫画。
黒幕だったライバルの姉が実は主人公の初恋の人だったことが発覚するっていうとんでもない展開で終わったんだよな、最後に見た話は。
さておき。
「プレイヤーからの人気が高いのって、なんか関係あるのか?」
前後の繋がりが見えない。
首を傾げながらそう問えば、妹は少しきょとんとした後、そういえばと言わんばかりにぽんと手を打った。
「お兄ちゃんにこの仮説、話してなかったわね」
「仮説?」
「うん。私達が転生した世界って、神様曰く理不尽なエンドを迎えたフレール達の呪い的なものでできた世界なのよね?」
「肯定したくない事実だけど、そうだな」
「で、プレイヤーである私の魂がリンクした結果、こうして転生してきたと」
「ふざけんなって話だけどそうなるな」
「プレイヤーに影響するってことは、逆にプレイヤーに影響されるってことなんじゃないかなあって、思うわけですよ」
「ん?どゆこと?」
兄ちゃんちょっとよくわかんない。
反対側にも首を傾げれば、つまりね、とそんな前置きをしてから妹は言った。
「この世界がプレイヤーの意思的なものに影響されるなら、人気が高いセザールルートがお膳立てされるのってそういうことなんじゃないかなって」
「どゆこと」
「要するに、セザールルートが好きなプレイヤーの力?願い?的なものの影響を世界が受けた結果、世界がセザールお兄様をお膳立てするように動いているんじゃないかなって」
「ははーん?」
ようやく飲み込めてきた。
要するに、人気キャラのセザール様に幸せになってもらいたい(かなりマイルドな言い方)というプレイヤーの想いが、世界の強制力とやらに影響している。だからセザール様関連のイベントが発生しやすいのだと、妹はそう言いたいわけか。
トンデモ理論だと思うが、自称神様の言葉を信じるならこの世界そのものがトンデモな代物だ。変なことが起きても不思議じゃない。
なるほどなあと妙に腑に落ちてしまった俺だが、対照的に妹は暗い顔だった。
「どした、妹よ」
「うん……」
曖昧な返事をした後、小さく溜息をついてから口を開く。
「セザールお兄様を回避しようとするの、意味ないのかなあって」
「……」
「世界そのものがセザールお兄様優位に動くなら、お兄ちゃんにがんばってもらってもあの結末に行っちゃうのかな……」
自分の思いつきで、ネガティブなことを考えてしまったらしい。
美少女顔をアンニュイなものにしながら、しょんぼりと肩を落とす。そんな妹をしばらく見つめた後、俺は妹の額を軽くデコピンした。
「いたっ」
「ばーか。お前の予想が正解だって決まったわけでもないのに、それ前提で後ろ向き思考になってんじゃねえよ」
「お兄ちゃん……」
少し赤くなったデコをさする妹を安心させるように、俺はニカッと笑う。
「世界の強制力とやらがクリスとセザール様の修羅場をご所望だとしても、お前の兄ちゃんはそんなのに負けたりしないって」
「ぅぅぅ、お兄ちゃぁん……」
俺の兄スマイルを見て安心したのか、妹は小さく鼻を鳴らした後、ひしっと俺の胸元に顔を埋めるように抱きついてきた。
その背中を、いつものようによしよしとさすってやる。
「相変わらず今世だと泣き虫さんだなあ」
「だってぇ…ずびっ」
「あっ、おま、今俺の服で鼻かんだな!?」
色々と台無しにすんな!




