一方通行の恋愛模様
ランダムお題「過信・一方的」で書いた小説です。
僕には幼馴染がいる。頑固者で、自己中心的で、高飛車な女の子だ。僕は自分で言うのもなんだが、卑屈で地味で貧乏だ。対して彼女は、尊大で派手でお金持ちのお嬢様。ここまで正反対であったのに何故か小学校の頃からよく一緒に居る事が多かった
一番初めの出会いは小学2年生の頃だっただろうか、彼女はクラスの人気者で、僕はクラスの日陰者。そんな僕に対し、何の興味を抱いたのか突然話しかけてきたのは全ての始まりだった
「ねぇアナタ! アタシのげぼくにしてあげるわ!」
「……ごめんなさい」
「───ハァ?! なんで!!」
「……えっと、その、いやだから」
「ふざけないで! いいわ、ぜったいアナタをげぼくにしてみせるんだから! 」
この時は下僕と言う意味もよく分からず、読書の邪魔をされたくないと言う理由だけで断った。今考えれば、これを発端としていじめられてもおかしくない返答だったと思う。しかし、彼女は言葉遣いこそ横暴であったが、いじめなどはしない子供だった
彼女と関わる前はなんとなくキラキラとした人だなとしか思っていなかった。その印象は彼女と接する機会が増える度にどんどんと強固なものへと変わっていった。そう本当に彼女はキラキラとしていた
勉学と言う面で見れば常に学年一桁に君臨し、運動と言う面で見ても常に学年一桁。どの分野においても彼女は普通の子供とは違う、まさに神童と言うべき子であった
そんな彼女が何故僕なんかに話しかけてくるのか、彼女の事を知れば知る程、子供ながら不思議で堪らなかった。ただ、その事を何度聞こうとも"アナタをげぼくにするから"としか言われなかった。その返事を聞く度に僕は"ぼくはげぼくにならないよ"と、繰り返した
その関係性は中学生になっても以前変わる事はなかった。彼女が"貴方を下僕にするから"と言い、僕は"僕は下僕にならないよ"と、繰り返していた。まぁ小学校の頃とは違い、人の目がある所で大っぴらに言う事は無くなっていたが
ただその頃から、僕は思春期に入り、彼女に対して子供らしい小さな反抗心を抱いた。中学生にもなると下僕と言う言葉の意味も理解して、彼女は僕を対等として見ていないのだと気付いたのだ。そして、それがどうにも腹立たしかった
彼女に対等として見られるにはどうしたらいいのか、そう考えた時、彼女に何かしらの分野で勝てればもしかしたら、そう思った。その時は彼女に対しての恋心なんて無く、ただ彼女に認められたいと言う思いだけだった
だが、僕がどれだけ頑張ろうとも、何をしようとも、彼女に勝てる事はなかった。唯一勝てた点は身長ぐらいだろうか。僕がいくら頑張ろうとも、彼女はそれを軽々と飛び越えてしまう。僕が何かをし始めたら彼女も一緒にやり始め、あっという間に僕を置いて先に行ってしまう
僕がどれだけ懸命に地を蹴り前に進もうとも、彼女はその遥か上を軽やかに翼を広げて飛んでいく。惨めだった、確かにこれじゃ対等に見られるわけがない。それと同時に僕は彼女の下僕にすら相応しくはないのでは、そう言った感情が芽生えた
それからは彼女が"貴方を下僕にするから"と言う度に、僕は"僕は下僕になれないよ"と言うようになった。それを言う度に胸に重い何かが溜まっていくような気がした
そんな鬱屈とした気持ちを抱きながらも、彼女とは離れたくなかった。この頃からだったか、彼女に本当の意味で惹かれ始めたのは、僕からしたらどうやっても届かない高嶺の花、だからこそ、なんだろうか
そんな心の内を明かせる訳もなく、そのまま中学を卒業して、一緒の高校に進学した。これは彼女曰く"貴方は下僕になるんだから、アタシと一緒の高校なのは当たり前でしょ!"の言い分の元、強引に一緒の高校にさせられた。僕としても彼女とは離れたくなかったから幸いではあったのだが、それでも既に僕が下僕になると断定している辺り強引としか言えないだろう
そのまま、高校でも同じ関係性で続けていくのだろうと、どことなく思っていた。だけど、高校二年の夏休み前の頃、こんな噂を聞くようになった
"彼女とサッカー部の部長が付き合っている"
この時の気持ちは今でも語れない。納得と言う感情とも、悲嘆と言う感情とも、嫉妬と言う感情とも、違う様で、でもそれら全ての様で、どうしようもなかった
すぐに彼女に確認を取ればよかったのかもしれない、ただ、怖かった。もしも噂が真実だとしたら、そう考えるだけで夜も眠れなかった。でも、これが良い機会なのかもしれないと思った。今までがおかしかったんだ、僕みたいな男と彼女みたいな優れた人が一緒に居る事自体が、僕が近くに居ては彼女に良い影響なんてあるはずがない
噂を聞いて以来、彼女との距離を置くようになった。自身の行動を徹底して、彼女の視界にすら入らないようにした。そして噂を聞いてから彼女と一度も会わずに夏休みに入ろうとしたその日、とうとう彼女に補足されてしまった。そしてそのまま腕を鷲摑みにされ、校舎裏まで強引に引っ張られてきた
「貴方! 一体どういうつもりよ!」
「何が」
「何って、ふざけないで! 貴方が一番よく分かっているでしょ?!」
あぁ、よく分かっている。僕はただ彼女から逃げているだけだ、真実を知るのが怖くて、ただひたすらに逃げているだけの臆病者だ。だけど、そんな事彼女に知られたくない。彼女の事だ、とっくに分かっているかも知れないけど、それでも嫌だった
「僕、好きな人が出来たんだ」
「────は?」
「B組の夏希さん、知ってるでしょ?」
嘘だ、たまに話こそするけれど、恋愛感情など一切抱いていない。だけど、こうするしかない。彼女はきっとこうでも言わなければ、一生僕の事を下僕とするだろう。それはとても嬉しい事だけど、僕が居ていい場所じゃない
「だから、君と一緒に居て変な噂をされるのが嫌なんだ」
「────何よそれ、ふざけてんの」
「いいや、大真面目だ」
とてもじゃないけど、彼女の顔を伺う事は出来ない。ただ下の地面を見ながら、くだらない嘘を吐く。きっと彼女は怒っているだろう。そして僕に失望するだろう、こんなくだらない事で会わなくなる幼馴染の事など、でもそれでいいと思った
ポタリと、地面に水滴が落ちた。おかしい、今は雨など降っていないのに、そう思って顔を上げると、彼女が泣いていた
「ふざけないでよ!! なんで!? なんであんな女なのよ!! 」
「な、んで」
なんで泣いてるんだ。そんな言葉すら出てこなかった。彼女が泣くなんて、今まで一度も無かった。何故、彼女は泣いているだ、本当に分からない
「アタシの方がずっと前から好きだったのに!! 」
「……は?」
「────あっ」
誰が、誰を好きなのか。分かっている、この状況で誰が誰を好きと言ったのか、そのぐらい理解出来る。だけどそんな夢物語が現実であるはずがない。そう自分に言い聞かせようとする。だが、さっきまで泣いていた彼女が、吹っ切れたのか次々と気持ちを吐露し始めた
「もういいわ、この際だから聞かせてあげる! アタシはね、貴方の事がずっと好きだったのよ! それも小学生の時から! 貴方まったく気付いてなかったでしょ! いや、ずっと下僕って言ってたアタシも悪いけど貴方も貴方よ! なんでこんな完璧で美少女な幼馴染のアタシの事を好きにならないの?! おかしいでしょ!」
「え、いや、その」
「いいえ、言い訳なんて聞きたくないわ! とにかくアタシの話を聞きなさい!」
それから彼女は僕との思い出を語り、如何に僕を惚れさせようとしたかを語り始めた。部屋の中で二人きりになってみたり、帰り路にそれとなく手を伸ばしてみたり、目の前でわざと間接キスをしてみたり、確かにどれにも覚えがあった。だけど、彼女が僕に恋愛感情なんて抱いている訳が無い。そう思っていたから、そう言ったアプローチなのだと考えすらしなかった
「なのに、なんで! ここまでアタシに苦労を掛けておいて、他の女に惚れました?! ふざけないでよ!」
「……そっか、そうだったのか」
「何一人で納得してんのよ! アタシは絶対認めないんだから! どうせその惚れたってのもちょっと良いかもって思った程度でしょ!」
「うん、ごめん。それ嘘なんだ」
「はぁ!? 何が嘘だって言うのよ!」
「その夏希さんの事が好きって事」
「────はぁ!? ちょ、え、はぁ!?」
ここまで彼女に言わせたんだから、僕が嘘を付いているのは不義理と言う物だ。こっちも全てを話さなければならない
「本当は、君がサッカー部の部長と付き合ってるって噂を聞いて、怖くなったんだ」
「………何が?」
嘘だと明かした瞬間はこちらに掴み掛らんばかりの雰囲気だった彼女も、僕が真実を話し始めたら、どこか不満が残る表情ではあるものの、こちらの話を聞いてくれるようだ
「本当はその噂が本当なのかどうか真っ先に君に聞くべきだったんだろうけど、それでも本当に付き合ってたらどうしようって、僕と君の関係が崩れるんじゃないかって怖くなったんだ」
「……貴方、そんな事でアタシと距離を置いてたって訳? そんなの噂に決まってるじゃない。本当貴方って馬鹿ね、でもそれと夏希が好きって嘘はどう繋がるのよ」
彼女がなんとなしに噂を否定してくれた事で、僕の中にやっぱり噂は噂だったんだと歓喜の気持ちと、たかだか噂に踊らされた羞恥の気持ちと、そしてこれからもっと呆れられる、いや失望されるであろう事言わなければならない苦渋の気持ちが入り混じっていた
「……僕はさ、気付いたんだ。君と僕じゃ釣り合わないって、それこそ主従関係だとしても」
「はぁ? 貴方何を言って───」
「ごめん、最後まで言わせて」
「…………良いわよ、聞いてあげる」
「ありがとう」
途中で何か言われたらそれだけで揺らいでしまう、こんな醜い自分を曝け出す事が。でも彼女だって全て打ち明けてくれたんだ、ここでやらなきゃいけない
「僕は、君の事が好きなんだと思う。けど、駄目なんだ。君は天才だ、それこそ僕なんかとは比べ物にならない程に。昔はそんな君に認めて欲しくて頑張った事もあった、けど届かなかった。君は凄いよ、本当に」
本当にくだらない。惨めに足掻いたからってなんだと言うのか。彼女に頑張って貰ったと褒めて欲しいのか、違う、そんなのは高望みも良い所だ
「だから僕なんか君の傍に居ちゃいけないんだ。君は僕の事を好きって言うけど、絶対僕なんかより相応しい人が居る。それこそ下僕にだって僕は相応しくない。でも、そう思っていても、君と離れたくないって思う気持ちもあるんだ」
自分で言っていてなんて支離滅裂なのだろうかと思う。でも全てを打ち明けると決めたんだ、どれだけ支離滅裂だろうともこれの全てが自分の本心だ
「だけど、やっぱり君と一緒に居ては駄目なんだ。だからあんな理由で会わなくなったら僕を下僕にしようとしなくなるんじゃないかなって。もう僕も何を言っているか分からないけど、それでも、だから、その、僕は君の気持ちは受け取る事は出来ないんだ。本当にごめん」
そう言ってただ頭を下げる。彼女の沈黙が辛い。緊迫した状況だと感覚が狂うと言う話はよく聞くが、今まさに体験している。頭を下げて、十数秒程度しか経っていないにも関わらず、もう十数分待たされている気持ちだ
「……一つ言わせてもらうわね。貴方、本当馬鹿」
「………」
全くもってその通りだ、僕は馬鹿だ。このモヤモヤとした感情を伝えるだけでも、彼女の気持ちを聞くと言う強い追い風が無ければ一生無理だった
「……アタシはね、別に貴方がアタシに劣ってるなんて一度も思ったことはないわ」
「…………」
彼女は今なんと言っただろうか、僕が彼女に劣っていない? あり得ない、僕は彼女に何一つとして勝ってなどいない。身長にしても、男女の差に過ぎない。これで勝ったと言う程、僕は厚顔無恥になれる気はしなかった
「……貴方はアタシを天才とか言うけどね、アタシの事過信し過ぎよ。アタシはそんなに凄くないわ」
「そんな事ない! 君は────」
「黙って聞きなさい、次はアタシの番よ」
思わず、顔を上げて口を挟んでしまったが、彼女に遮られてしまう。その後も彼女の独白は続く
「ふぅ……アタシだって、本当はそんなに凄くないのよ。そりゃ見栄張ってどの科目も人並み以上にやれちゃいるけど、それだって貴方が居なきゃ出来なかった。貴方に凄い奴なんだって認めて欲しかったのよアタシ」
気恥ずかしいのか、こちらを見ずに少し視線を逸らし頬を染めている彼女。こんな姿は初めて見た。今日だけでいくつ彼女の新しい顔を見ただろうか
「最初の出会い覚えてる? みんなアタシの事をキラキラとした目で見てて、なんだって言う事を聞いてくれた。でも貴方は違った、アタシを本当に普通の同級生としてしか扱わなかった。悔しかった、なんでこいつは言う事を聞かないんだって。だから絶対こいつに認めさせてやるんだって」
いや、最初から認めていたんだ。でも、なんとなく断ったから。本当にそれだけの理由で、今の今までずっと断り続けてたんだ。なんだ、彼女も僕と一緒だったのか。相手に認めて欲しかったんだ
「多分貴方が居なかったら、今頃子供の頃は凄かったって威張ってる、ただの人になってたと思うわ。貴方が居たからアタシは頑張れたの。だからアタシには貴方以上に相応しい人は居ないの」
分かった? そう言い終え、こちらをじっと見つめて来る彼女。あぁ、今の気持ちを何と表現すればいいのだろうか、歓喜? 安堵? どの言葉も今の気持ちを言い表すのには力不足だ、筆舌に尽くしがたいとは正にこの時の為に産まれた言葉ではなかろうか
「本当に、僕でいいの?」
「貴方以上にアタシに相応しい人は居ない、そう言ったでしょ?」
そのまま彼女と静かに見つめ合う。彼女がそれとなしに手を差し出して来たので手を握る。あぁ彼女の手とはこんなにも暖かいものだったのか。次第に彼女と顔が近付いていくのが分かる。好き合ったもの同士がこんな校舎裏で、二人きりだ。そして彼女が瞳を閉じたのを見て、僕はそっと彼女の唇に────
僕には幼馴染がいる。頑固者で、自己中心的で、高飛車な女の子だ。僕は自分で言うのもなんだが、卑屈で地味で貧乏だ。対して彼女は、尊大で派手でお金持ちのお嬢様。ここまで正反対であったのに、僕たちは恋人になっていた
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