96億 顧客の金言 1
顧客の金言集
午後9時 ラウンジにて
「太田くんなー、ちょっと話を聞いてくれるか」
ポツリと酒の席で小林社長がグラスを傾けながら話し始めた。
小林社長は大阪で代々続いている繊維会社の社長で個人的に俺を気にいってくれていたダンディーでナイスな社長である。
この社長は俺をよく飲みに連れて行ってくれるので大好きだった。
しかも飲みに連れて行ってくれた時は必ずナイスな話をしてくれる。
これが非常にためになった。
「太田君、株はなーブランドなんや。今は株ブームでおばさんたちが買物かごを下げて株を買いに来とるやろ?あれはほんまおかしいやんや」
「どういう意味なんですか?」
「私は小学校の時におじさんから茶色いカバンを買ってもらったことがある。実はその鞄が嫌でな。みんな同級生は赤や青のカバンやったからな。子供なりにカラフルなカバンが羨ましかった。『僕もあんなカバンが買って』と親にせがんだんだけれどもついに買ってもらえんかったんや。仕方ないから我慢してそのカバンで通学していた。しかし学年が進んで5年生、6年生となるとみんなのカバンがどんどん変わるんや。カバンの取手が壊れたり破れたり鍵が痛んだりしてな。でもワシの茶色いカバンだけは一切ほころびも壊れもなくそのまま中学校へ行っても使えた。その時カバンについてる名前を見て『ふーん、ランセルと言うんだ』と思った。そこでは私は思った、将来私の子供にはランセルのカバンを買ってやろうと。これがほんまのブランド言うもんや。つまりな、そのものの良さが使って初めてわかったものが次の世代に伝えていく。そしてその良さがわかるがまた次の世代へ伝えていくと言う図式や。ところが今はどうや?若い子がグッチやシャネルなんてその良さもわからんと金に物言わせて買い漁るよるやろ?あれは嘘や株も一緒や」
「株もブランドと同じでその良さがわかったものしか次の世代に受け継がないと言うことですかね」
「あーそうや。ワシのじいさんはある日、私に新聞を放り投げて『これがお前の貯金通帳や、お前の誕生日ごとにいろいろな株を買ってある。その株に赤線引っ張っているから毎日注意して値段を見ておけ」
「まだ当時中学生だったわしはびっくりしてそれ以来、毎朝新聞を見ながら自分の株の値段をチェックしていた。
『なるほど石油の値段が上がったら僕の株は下がるんやな』
『そうか自民党が勝ったら株は上がるんか』
などと子供なりに勉強したもんや。
そりゃそうやな子供ながらも自分の財産が上下するもんやから真剣に見るわなぁ。それが今は猫も杓子も誰でも株に参加する。これはもう株はブランドでなくなった証拠や。
だから太田君、私は株を止める。
どんな大きな船でもみんなで乗ったら沈むからな」
と言ってバブルの絶頂期に持っている株を全部売ってバブル崩壊の難を逃れた社長がいたものである。
さすがに大社長。
すんでのところでリスク回避ができたのである。
アッパレアッパレ!
当時お付き合いしていた顧客とはもちろん仕事の上で商いをいただくので非常にありがたい存在であったがまた1歩下がった目で見た場合「人生の成功した先輩」としていろいろ勉強させていただいた。
とにかく一国一城の主が多かっただけにその「ものの考え方」や「行動」は一般人とかけ離れていて、学校の一般教育の中では決して教えていただけなかった内容の濃い含蓄のあるものばかりである。
そして一言一言に経験した人しか言えない重みがあった。
ほんとにご教示ありがとうございました。
私の人生観やものの考え方も皆さんによって随分と変わりました。