69億 新人はいかにして成長するか 2
「近藤先輩、お手すきですか?」
「なんや」
「ちょっと顧客が今の相場について聞いてきてるので電話代わっていただけますか?」
「なんや、自分で説明できへんのか?しかたないなあ、よし代われ」
「ありがとうございます」
電話を代わる太田君
「すいません太田の代わりに相場の説明をします、今日は寄付きから若干機関投資家の売りが出て前場は小甘い状況で終わりました。午後寄付きはしっかりで為替敏感株から順番に買戻しが入っています。中期的に見て・・・」
先輩の相場説明が続く。
先輩諸氏の中での泳ぎ方
もっともこれは証券業界に限ったことではないであろうが全ての会社においては新入社員はいかに早く「自分の親分」を決めて後輩上手になるかで社内の出世勝負は決まってくる。
特に証券会社の場合はわからない証券用語や相場の見方なんかを尋ねる場合に先輩の存在が役に立つ。
特に前述のように電話を変わっていただいて相場全体の説明をしていただく場合なんかはこの後輩上手さが物を言う。
自分の顧客でもないのに先輩にとっては時間の無駄であるが仲良ければ問題ない。
この時の先輩の相場の説明のしかたをメモしながら次回に使うのである。
社員教育は皆無であった証券会社なので「口伝」しか方法はない。
このように先輩と仲良くなればタダで教科書が手に入る。
ましてや支店長のお気に入りでもなろうものならもっと実利的であった。
定期的に入ってくる「つけ玉」(支店長のお客さんで毎日の売買を自分のコード番号で振ってくれる客。すなわち実際は支店長の手数料なのであるが自分の手数料になる)をいただいたり支店長の接待時のかばん持ち、高級レストランでの食事なんて役得がもれなくついてくるから「支店長攻略」は真剣そのものであった
俺の場合はたまたま新入社員で配属された時の席が三田支店長のすぐ隣であったのでいつも支店長の好きなミルキーと言うガキが喜ぶ飴玉を皿に盛って支店長の机に置くのが日課であった。
鬼のような支店長はさながら「バキの親父」のように何かにつけて課長を怒鳴り散らして電話を叩きつけるような無茶ぶりであったが一旦怒りが落ち着くと必ず手に取ったミルキーを口にして興奮の度合いを下げるのであった。
お菓子メーカーは多分その効能を知らないと思うがミルキーは支店内の「平和維持特効薬」であった。
そしてしばらくすると鬼軍曹の支店長は大きな声で「怒ったから腹が減った。おい、太田!今から飯でも食いに行くぞ」と公私混同で場中にもかかわらず俺を連れて近くの高級レストランに連れて行ってくれるのであった。
支店長がいない期間は支店内は文字通り「鬼の居ぬ間の洗濯」でにわかに緊張感がほぐれるのである。
であるから他の課長連中は俺に「おい、太田くん。必ずミルキーを切らさないようにしてくれ」と金をくれたものである。
そしてかつ「支店長のご機嫌をうまくとってくれよ」と懇願するほどであった。
新人の俺のことをまるで「猛獣使い」の扱いである。
この後輩上手のなり方であるが大きく分けて二つのパターンがあった。
1 可愛ががられタイプ
2 理論タイプ
俺の場合はもっぱら可愛がられタイプで貫き通した。
学生時代に体育会を経験していた俺は先輩からいかに可愛がられるかという方法を熟知していたのである。
先輩を手なずけると得になることが三つある
1 上記のように教科書では書いていない相場観を教えてもらうことができる。
相場というものはルールがあってないようなもので各証券マンによって相場観は違う。
100人証券マンがいれば100通りの相場の考え方があるのだ。
すなわち一人でも多くの先輩と仲良くなってその先輩の相場に対する考え方を聞ければ「いいとこ取り」をして自分の相場観を形成することが可能になる。
2 先輩の顧客の受け渡しを頼まれることになる。
先輩と仲良くなることによって毎日発生する先輩の煩雑な集金業務や書類の回収業務などめんどくさい業務を任されることになる。
先輩が転勤するとこの顧客を「引継ぎ」することができてそれ以降の手数料が読めるようになる。
3 他の支店や夜の情報に明るくなる
だいたい先輩たちは3~4支店を過去において転勤をしているので色んな他の地区の支店の情報を持っている。
もちろんその支店内に自分の同期も配属されているのであるが先輩たちからその支店の雰囲気や動向を聞くということは自分がいつその支店に配属になるかもわからないのでこれは非常に参考になった。
また夜のネオン街の情報も行きつけの店やツケの利く店を一緒に連れて行ってもらったりした。
課外授業である。
先輩方その節は本当にありがとうございました。
このようにして新人たちは
1 レディーさん攻略
2 先輩、上司攻略
を行い徐々に支店内に自分の居場所を構築していくのであった。