熱に浮かされて
ハインツは与えられたメモを頼りにアパートまで着いた。大家のもとを訪ねて鍵を渡してもらった
。大家は年老いた老婆で少し無愛想ながらにハインツに尋ねた。
「あんた、この子の恋人かい?」
「え?!あの、私は…」
「恋人だろうがそうでなかろうがどっちでもいいけどね。この子は、ずいぶん可哀想な子なんだ。小さなときに両親を事故で亡くして、ここまでずっと一人で何とか頑張ってきたんだ。誰にも頼らない…頼れないしっかりしすぎる子だから、この子をどうかよろしく頼むよ」
「…………はい」
ハインツは鍵を開けて部屋の中へとはいった。
部屋の中は年頃の娘にしてはひどく質素で、参考書や問題集が並べられた本棚と机と椅子、ベッドとクローゼットがあるのみだった。キッチンとバスルームはあるもののとても狭かった。
とりあえずサラをベッドへ寝かせる。あまりにも息苦しそうなのを見て気の毒に思ったハインツは、シャツのボタンに手をかけた。
「……前をくつろげるだけだから…ごめん…」
そう懺悔してボタンを外した。イケナイ想像などはしていない。決して。
そうして次は、と考え込んだが何もすることがない。薬や食材を買いに行こうにも目を離した隙にどうなるか分からないし、かといって部屋は掃除する必要もないほどに綺麗だ。
ふと周りを見回すと、机の上に3人の家族が写る写真を見つけた。
「………」
正装に身を包んだ男性と異国の服装をした女性、そしてその間にはどこか見覚えのある少女がいた。ハインツはすぐにその少女こそがサラなのだとわかった。
「お父さん…お母さん…」
サラの口から異国の言葉が出てきてハインツは驚いたが、サラの手が誰かを探すような動きをしたのでハインツはその手をしっかりと握った。するとサラは途端に安心したような表情になって眠りについた。
「………」
どうしたものか、とハインツは頭を悩ませた。
なにせ、愛する人の手が自分を掴んで離さないものだから、ベッドの側から動けないもどかしさと崩れてしまいそうな理性とのあいだで葛藤しなければならない。
サラの方を見ると、とても愛らしい唇から息が漏れ、胸が規則的に上下している。
何故かそれを見たハインツは安心していた。サラがあまりにも儚くてすぐにでも消えてしまいそうだったから、ここにしっかりと存在していることにとてつもなく安堵したのだった。
「………好きだ」
ハインツはサラの存在を確かめるように握った手の甲にキスを落とした。
(…あ、だめだ)
そう思うもののキスは止むことなく、手首、二の腕、鎖骨、首へと降り、ついには唇にまで迫ってきた。
「愛してる……好きだ……」
(もう…収まらなさそうだ。眠っていて幸いだな……)
そうしてサラの唇へと近づこうとしたその時。
「んぅ……?」
サラの目がうっすらと開いた。あと残り少しの距離で目があっている。ハインツは硬直しながら、 言い訳を必死で探していた。
(目にゴミがついていたよ…いや違う。熱を測ろうと思ったんだ…いや体温計があるだろうが。)
そうして頭をぐるぐるさせていると、サラがトロンとした目で言った。
「シュヴァルトマンさんだぁ……」
そう言ってへらっと笑ったところで、ハインツの理性は崩壊した。もうどうにでもなれ、と唇を重ねる。サラの唇は柔らかく、少し熱かった。
「はぁ……愛してる……っはぁ…好きだ…好き…」
何度も何度も繰り返し重ねてサラを味わう。
サラは眠りについているが、いっそこの想いが伝わってしまえばいいとハインツは気の済むまで彼女の唇を堪能した。
念のために言っておくが、それ以上のことはしていない。断じて。