八十三話 おやすみ……
ステラが抱きついてきて数分経つとミレナとクロエが起きた。そして何やら前もって話していたのか、リアナは早々に部屋を出て行ってしまった。
ただ、ミレナもクロエもまだ眠そうではある。もうちょっと寝ててもいいんだよ?
「この後また少し寝るから大丈夫」
「……あ、そうでしたね……」
そういえば言ってたね。この後、一人ずつ一緒に寝るんだっけ。何でそうなったのか聞いてもいいかな? いや、予想はついてるんだけども。
「ユートくんとの二人っきりの時間が欲しいからに決まってるでしょ」
「ですよねー……」
「じゃあ、いくよー! じゃんけん――」
俺の目の前でじゃんけんを始めた三人。平和的には結構なんだが……いや、何も言うまい。最初から拒否権なんて無いって悟ってたじゃないか。
じゃんけんの結果、ミレナ、ステラ、クロエの順になった。ミレナが最初なんて珍しい。大抵は最後を希望するからなぁ。他から見えないように拳をぎゅっと握るのが可愛かった。……言ったらそれを盾にされるから言わないけど。
「あ~ユートくんの腕の中、暖かぁい、落ち着く~」
「……本当にこんなのでいいのか?」
「なぁに? もっと凄いことしてくれるの?」
「いや、しないけどさ」
愉しそうな笑みを浮かべるミレナに即、反対した。肯定なんてしたら何をされるか……自明である。……ヘタレというなかれ。効果があるか知らんが。
しかしその顔もすぐに霧散し、気持ち良さそうに目を閉じている。
今の俺は身体を横にしてミレナを抱きしめている状態だ。ミレナは当然のように腕を枕にし、脚を絡めて幸せそうにしている。
俺の胸の所に自らの両手を添え、頬ずりをしている。さっきから表情がだらしがない。
だが、そんな事もすぐに終わり、ミレナからは寝息が聞こえてきた。心底安心した表情で、心底穏やかな吐息を吐きながら……。
軽く目にかかっている髪を払うように撫でると気持ち良さそうにしている。寝てるはずなんだが、なんだか起きているように思えてしまう。
ちなみにステラとクロエはわざわざ別の部屋に移動している。二人きりの時間である以上、邪魔は誰であっても駄目、だそうだ。それと多少は時間は上下してもいいらしい。
……思う存分に甘えるつもりなんだろう。ミレナ辺りはちょっと貞操を狙ってきていたが。
撫でていた前髪をかきあげ、軽くキスをする。一応……反省のつもりなんだが、寝てる時点で無意味――そもそも起きてる時に出来ないからしてるんだけども――まぁ、そんな事はいい。
かきあげた前髪を元に戻すと、添えられていたミレナの手がぎゅっと握られ、ゆっくりと後ろに迫ってきた。
……明らかに動きが寝ている者の動きではない。寝ている者はそんなに素早く、的確に動くはずがないのだ。
「……おい。寝てるんじゃないのか?」
「……ふふっ。あんな愛情の籠ったキスをされたらねぇ……私たちなら誰でも起きるよ?」
ゆっくりと開かれた蒼の瞳がいたずらに輝いている。ただ、残りが嬉しさ全開なのを示しているので台無し感が半端ないが。
なら……ここは一つ、乗ってみるとしよう。
「そうだな。俺は皆の事が世界で一番大好きだからな……なんなら口にもしようか?」
「……っ!? …………うん。お願い」
目を目一杯見開いて、驚愕を全身で表し――おねだりしきた。さっきまでの悪戯な瞳が期待で染まっている。……もうちょっと持ってくれてもいいと思うよ?
俺がそう思っている内にミレナは俺の横まで上がってきて、早く! 早く! とせがんでいる。――望みどおりにキスをすると、嬉しそうに綻んだ。すごく幸せそうである。
「――ぷはっ。……本当、ユートくんは私を扱うのが上手くなったよね」
「そりゃ、何度もされたらな……流石になれるよ。外も中もこんなに可愛いし……」
「うぅ……もぅ…………えへへ」
睨むなら最後まで睨んでほしい。途中からデレッと表情を崩すミレナは抱きついて、全身が幸せオーラを発している。
まぁ、表情を崩したミレナは今日だけで何回も見ているのでただ単に可愛いだけだが。
まだ外は明るいので窓から入ってくる光でミレナの白銀の髪はキラキラと光っており、幸せそうなミレナを柔らかく包んでいる。時折、見つめられる蒼の瞳がなんとも言えない。
綺麗と可愛いが同時に存在している今のミレナは――男なら見惚れない者がいるだろうか? (ホモを除いて)いないと思う。俺だってそうだ。本当に困る。偶に見せるその表情はとてつもない破壊力を秘めてるんだ……。
「どうしたの? ……もしかして見惚れちゃった?」
「あぁ、見惚れてたよ。今のミレナは綺麗で可愛いからな」
「ぅ!? ……ありがと」
正直に言ってやると顔を赤くして隠れてしまった。再度言うが、ただただ可愛いだけである。
それにしても寝ないのだろうか? 目元は眠いってのは最初から分かってるんだけど。
「それで……寝なくていいのか?」
「……これで最後にする……ねぇ、ユートくんは私たちとしたい……?」
「…………想像したことは何回かあるよ。ただ、今は無理だな」
したい、って……随分ストレートだな。いや、それだけ不安ってことなのか? 手を出してないのは事実なわけだし。……別にヘタレという訳じゃないぞ。単に自分の決めた事を守ってるだけで。
「やっぱり……」
「借金のことだよ。国王さまのとな。あれは俺に対する戒めでもあるんだ。あんなこと、二度と起こさないように、のな。まぁ、ミレナやクロエが同じような事になっても必ず連れ戻すが」
「どんなことをしても?」
「まぁな。俺だったら出来る事は普通よりも多いと思うし」
ステラの時で確信したのだ。やっぱり失いたくないって。両親の事が発端ではあるが、大切な人を失う――それが酷く悲しいことを俺は知っている。だから俺は両親以外の人たちを失うつもりはない。……例外はあるけどね。リュートさんとかはそもそも失うほど弱くないし。それに寿命とかもね。
「じゃあ……私たちが浮気とか……」
「させないよ? というか、ミレナたちだって俺にさせる気ないだろう?」
「勿論。リアナさんを認めないのはそれが理由だもん。せめてユートくんが私たちに手を出してくれたら可能性があるかもだけど……そうじゃないなら無いかな。確実に」
途端に雰囲気に暗いものが混じり始める。俺は即座にミレナにキスをして――霧散させた。発していた本人は顔が蕩けているが。
「返し終わったら……ちゃんとするよ」
「んふふ。…………期待して待ってる」
そう言うとすぐに目を閉じた。そして、すぅすぅと寝息を立てている。髪を撫でてもそこまで強い反応はない。せいぜいでくすぐったそうにする程度だ。今度こそ、寝たらしい。
俺も目を閉じて意識が少し混濁してきて――――気づいたら目の前には寝顔のミレナと、真っ直ぐ見つめるステラの顔が。
「……もしかして時間?」
「うん。もう……軽く二時間以上経ってるよ?」
「そうか……」
軽く揺すってみるがミレナはぐずって起きない。次第に揺すりを強くしていくんだが――ぐずるだけで全く起きる気配がない。
それにしっかりと俺の腕を掴んでいる為、逃げる事も出来ない。
「ほら、起きなよミレナ。時間だってさ」
「んぅ…………あぅ」
「ほら、もう時間だから……」
「珍しいな。ミレナがそんなに寝起きが悪いなんて」
「ん……だって、久しぶりにあんなに甘えられたんだもん。すっかり落ち着いちゃって……」
そう言ったミレナはゆっくりとした動作でベットを降りる。少し名残惜しそうだったので、軽く頭を撫でると再びゆっくりとした動作で部屋を出て行った。
「お兄ちゃん……ミレナから話は聞いた?」
「まぁ」
「どこまで?」
「どこまでって……借金を返したらちゃんと相手をするよ、って所かな」
「じゃあ最後まで話したんだ……」
ステラはそう呟くとゆっくりと俺の目の前までやって来た。そして上目遣いで――
「お兄ちゃん……二人きりの時だけ『ユウくん』って呼んでいい?」
「別に構わないけど……どうしてだ?」
「そう呼びたいの」
顔を赤くしてそう言ってくる。理由を聞きたいだけなんだけどな……まぁ、言いたくないなら別にいいけどさ。
「いいよ」
「……ユウくん……ユウくん……えへへ」
「はいはいどうした?」
「なんか恋人みたい……」
……何となく分かった。ステラ的に距離を縮めたい、とかそんな感じだと思う。加えて兄妹、じゃなくて恋人って言う関係が羨ましいのかな?
「ユウくん」
「なんだ?」
「えへへ、呼んだだけ!」
どこの付き合いたてのカップルだよ……。満面の笑みで抱きついてきたステラはそのまま眠りに入ってしまった。……自由な奴。
やり残したことない! とでも言いたげな清々しい顔のステラは寝ているはずなのに器用に抱きついたままだ。
「……おやすみ」
横になると自然に腕枕になり、ステラはベストポジションを探すようにもぞもぞと動き出す。その位置が決まったら俺の手を両手で掴んで自分の頬まで持ってきた。……まさか起きてるんじゃないだろうな?
そう思って確認してみたが……寝てるみたいだ。頬に置かれている手で軽くかいてみるとくすぐったそうにしながらもステラの手は離れなかった。
さて、この次はクロエか……。




