八十一話 早く帰らないと……
ボス部屋の中は大盾を持った黒兵と、大剣を持った黒兵の二体だけ。しかし、ミレナと来た時の奴とそう大差ないと直感が告げる。……格好付けてるけど単なる勘ね。
あの時はミレナがあっと言う間に倒してしまったが、あれと同じとなると……一筋縄じゃいかないよね。
俺が中に入ると黒兵二体は俺の方を向く。両方が武器を構え、大剣の方が走ってやって来た。
「さて、やってやるぞ、っと」
入った瞬間襲って来たのは分かっていたので、即座に槍を構えてその攻撃を避ける。避けた先には既に大盾が準備しており――やっべ!
ぎりぎり光の壁を張ることができ、咄嗟に横に飛んだが……盾のチャージで壁まで吹き飛ばされ激突した。
自分自身には何の強化もしていないので、肺が空気から出されて凄い苦しい……。
「……はぁ。やっぱりかなり強いよな。……よし、本気で行こう」
流石に無理だと思うんだ。もう訓練どころじゃないよ。
俯瞰全視と高速多考を発動して、状況を確認。身体強化を張って、壁は直ぐに作れるように意識。槍の穂先にも風を纏わせてっと。当然、超精密操作は欠かさずに。
正面の左から大盾が、右からは大剣の黒兵がやって来るので俺は右側を周っていく。
二体同時なんて、それもこのレベル相手じゃ俺は無理だ。ステラたちなら余裕でもう終わってるんだけどさ。
まずは大剣の方を仕留めよう。あのリーチはかなり面倒だ。ダメージも大きいし。
大盾との連携が取れにくい位置まで移動すると、俺も一気に大剣に迫る。
まぁ、流石は深い所にいた奴と同じだけはある。俺の突撃にも普通に反応して剣を横に薙いだ。俺は転がって避け、走り去る時に膝裏を斬る。
こいつらは鎧を着ているのだが、こういうのって関節部分は覆えないので脆い。そういう訳で傷は付けられたわけだけど……ダメージはあんまりないみたい。硬くね?
「硬くね? この層にしては硬いよね?」
ここ二十階層だよ? 階層に似合わないと思うんだ、強さが。連携も個人の強さもここの層の平均を明らかに超えてると思う。
氷翔で牽制程度は出来ているのだが、所詮はその程度でダメージは全く入ってない。牽制しても大剣は鎧で弾くし、大盾の方はその盾で完全に防がれている。
今度は気配を消す。虚無はしても意味がないので、いつものように凄く気配を薄くする。
これはこの二体でも気付かないようだ。……良かった。結構頑張って習得したのに、ステラたちにはあって無いようなものだったからちょっと悲しかったんだよ……それ以外には効果があるって言ってもね。
刃先にはより鋭い風と氷を尖らせたものを纏い、大剣の方に迫る。――三、二、一。……よしっ、斬れた。というか思った以上に切れ味がいいのかな?
剣を持つ方の手首を斬ったことでそっちでは剣を持てなくなったみたいだ。大剣持ちはその大きな剣を落とし、辺りを見渡す。
俺は後ろに回り、右の膝裏も斬ることで立てなくすることに成功した。これで少なくとも二対一にはならない。
「よし」
大盾の方を見ると忙しなく辺りを見渡しており、俺を探しているようだ。……んん? 大剣と言い大盾と言い、強さは間違いないが、思った以上に強くない。というかこの層にある意味あってる。
百二十七層のあの二体はそれも含めて強かった。……殆ど見れなかったけど。だってミレナが瞬殺しちゃったし。
最初の頃の冷静さはどこにいったのか、大剣を持つ黒兵は持てる方の手で大剣を振り回している。大盾の方も冷静さは消えている。ま、俺としてはとても都合がいいけど。
風魔法で大剣の上まで行き、首を刎ねる。大剣持ちの黒兵は少しフラフラしたあと、大きな音を立てて倒れた。動かないのを見るに死んだらしい。
「……あと一体」
大盾の方は既に難易度はこの層と同じくらいまで落ちている。油断するつもりはないが、危険な域は過ぎたかな。
――万全を期し、挑み割とあっさりと大盾の方の黒兵は倒すことができた。今はその二つの欠片を集め終えて、少し魔力を回復させている。
魔力消費は相当抑えられるけど、今回のはそれでもまぁまぁ使ったので少し回復&休憩しないと少し気分が悪いのだ。
「……本気だったらもう少し上がっても問題はないな。とは言え、疲労はデカいからまだまだ訓練は必要だな。次もここら辺だといいけど」
今回の反省と、次回の課題も見つかった。休憩も取れたし、そろそろ帰ろう。外は完全に夜のはずだからな……あぁ、心配だ。俺の身はどうなるんだろう……。
転移陣に乗ると景色が一瞬で変わり、迷宮を出ることができた。外は予想通り夜で、辺りは暗い。
「急いで帰ろう」
走ることはちょっときついので、早歩きになって宿に戻る。俺、帰ったらどうなるのだろうか? あんまり酷いことにならないといいな。
――そんな事を思って(略)。
俺の目の前にはとっても笑顔のステラ、ミレナ、クロエ。既にリアナは自分の部屋に退避しており、この部屋にいるのは俺を含めて四人だけだ。
宿に戻ってきた俺は直ぐに部屋に入った。既にステラたちは起きていて、俺は正座させられたのだ。察知したリアナはそくささと部屋を後にした。
「それで……ユートくん。一体どこに行ってたのかな?」
「……恒常の試練に行っていました……」
「ふぅん。随分と遅かったのね」
「その、思ったよりも階層が広くてですね……それも十八階層だったのでならば転移陣を探す方がいいと……俺も早く戻れるように頑張ったんです。そこら辺を考えていただけると……」
「だめ」
「ですよね」
一考の余地を求めてみるが……やっぱり駄目だった。まぁ……うん。予想通りだ。だからそのね、なるべくお手柔らかにお願いします……?
「ユートくんはちゃんと真っ直ぐ帰って来たのかな?」
「そりゃあもう。遅くなったらステラたちが心配するだろうって」
「うん、心配したよ。目が覚めて起きたらユートくんがいないんだもん。ステラちゃんなんて半泣きだったんだから」
そのステラの目は少し赤く腫れていた。……半泣きじゃないよね。完全に泣いてたよね? いや、反論するつもりは無いんだけどさ。
「寄り道なんてしてないよね……?」
「そんな余裕、元々なかったよ」
「そう…………じゃあ、これくらいにしてあげる。でもね、私たちを悲しませることが好きなユートくんには条件を付けます。これからは最低でも私たちの一人と一緒にいること。もし破ったら……私たちを抱いてもらうからね? 破るごとに、一人ずつ」
「了解した」
これくらいで済んだのは良かったんだが……俺、もう後がなくね? 将来的にはそうなるのは覚悟は決まっているんだけどもさ。
生活が安定してきたら(つまりは借金を返す、ということなんだが)か、この約束を破ったらも加わるので……俺の身体が色んな意味で持ちそうにない気がする。
「お話はこれで終わりけど……ふぅん。そんなに私たちとするのが嫌なんだ」
「いや、あくまで今はという意味だって。将来的には……覚悟済みだし、受け入れるんだけどね」
「なんで今はダメなの?」
「借金あるし……個人的にまだ自分が納得できてないから……だと思う」
「あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」
ミレナは不思議そうに尋ねてくる。俺の傍までやって来たステラとクロエも不思議顔だ。まぁ、当然じゃね? せめて借金でもなんとかしないと俺の気が済まないんだよ。それに余計な苦労はステラたちに掛けたくないし。
……多大な心配はかけてるけどな。その度に悲しませてるし……それを指摘されたら辛いんだけど。
「余計な心配、ねぇ……今更じゃない? 散々苦労は掛けられてるんだし」
「それを指摘されると辛い……。まぁ、あとは男の意地、かな」
「前みたいに無視しても良いんだけど」
「それは止めてくださいお願いします」
俺がそう言うとミレナはにっこりと微笑んで、自分が座っているベットの横を叩く。俺はステラとクロエに立たせられて、そこに向かわせられる。
俺がベットに腰掛けるとステラとクロエは俺の腕を取って身体を預け、ミレナが俺の膝の上に座って来る。……向かい合うように。
「ふふふ……抱いて欲しいな」
「それはまだちょっと駄目だな」
「いつまで待たせてくれるのかな?」
「んー……もうちょっと?」
「私、ユートくんが好き」
「俺もミレナが好きだよ」
言い終わるとミレナは俺の頬を両手で掴む。そして二つの瞳が雄弁に語っていた。キスして。今回はそれで手を打ってあげる、と。それと次はないからね? とも語っていた。
ステラとクロエからも同様の視線を頂いた。見てないけど分かる。ずっとこっちを見てるんだよ。言わなくても分かる。
至近距離まで近づいていたミレナと唇を合わせる。頬にあったミレナの両手はキスをすると同時に首の後ろで重ねられて、目が俺から外れることがない。
そのまま十秒……三十秒……一分……二分――ねぇ、そろそろ一度離さない? そろそろ息が辛くなってきたよ。
視線でそう伝えるんだが返ってくるのは嫌、の一言。瞳は逸らさないまますぐに目の前のことに戻った。
「……目が覚めたときにそれまでいた想い人がいなかった時の気持ちが分かる?」
「……悪かった。だから抵抗はしてないだろう?」
「ユートくん。よく覚えておいてね。私たちが一番嫌なのはユートくんと会えなくなること。それは一時的だったとしても同じだからね」
最後にそう言ってミレナが離れようとする。俺は二人に手を放してもらうと、ミレナの腰を掴んで抱き寄せる。
「肝に銘じておくよ。俺だって皆と離れるのは嫌だしな。それと……ミレナは俺のもの、俺はミレナのもの、だしな」
「んふふ。……ちょっと興奮してきちゃった」
「ていっ」
軽くチョップを降ろすとミレナは両手で頭を押さえ、恨みがましそうに俺を睨んでくる。若干涙目だ。
いや、いきなり興奮したとか……ミレナって実は結構な変態だよね。こんな状況じゃ普通は興奮はしないと思うんだ。
その後、チョップしたところを撫でると気持ち良さそうに目を閉じていたが。
そして、ステラとクロエにもミレナと同様のことをするとようやく眠りにつくことができた。夕飯? 今日は抜きである。ちなみにミレナたちも食べていない。俺がいないことで食欲が無くなったそうだ。




