七十八話 一日を長く感じるなぁ……
「皆さんが元気になられたようで良かったですね」
「……この状況でそんな事を言えるリアナに俺は脱帽だよ……」
失礼します、と言って入ってきたリアナが俺たちを見ての開口一番が今のセリフだ。ちなみに今は両腕を引っ張るようにしてミレナとクロエが取り合い、俺の膝の上に乗ったステラが独り占めしようと押し倒そうとしている。
で、俺がそれに耐えてるわけなんだが……確かに元気にはなったよ? 落ち込むよりはいいさ。けどね、これが続くと俺の身体が持たないわけよ。そろそろ離してくれないか? 特にミレナ、あなたは遊び半分でやってるだろ。
三人から返ってくるのは嫌! という力強い否定。この時はミレナもマジだ。……という流れがさっきからループして続いている。永遠に。
……君たちは俺の身体をどうしたいの? ぶっ壊したいの?
「独り占めしたいだけだもん!」
「甘い言葉を抱きしめられながら言って欲しいの」
「私だけを見て欲しいですっ」
俺の都合は無視なのね。まぁ、いつもの事だけどさぁ……もっと俺の事を考えてくれてもいいのよ? それとね、リアナさんや。止めに入ってもらってもいいかな? そろそろ限界なんだ。
「私にはなにかご褒美的なものは無いんですか?」
「……何故に?」
「皆さんを止めようと思ったら……それくらい貰っても良いのではないか、と思いまして」
「……ちなみに内容は?」
「皆さんの前で抱きしめて貰う、ですかね」
ピンポイントな所を突いてくるね。見てよ、一瞬で皆の標的が変わったじゃないか。耳を澄ませ、俺を守るようにリアナを警戒しているよ。
「うふふ……止めましたよ?」
「そうだね……確かに俺の言った事を実行してくれたね。それと行動に見合う相応の対価を払うのは当然だ……」
確かに俺はリアナに三人を止めてくれとお願いした。そしてそれは、確かにやってくれた。止めて、としか言ってないので、間違ってるわけではない。
まぁ、お陰でステラたちは甘えることを止めている。単に俺がミスをしただけだな。この状況なら仕方ないだろう。そんな余裕があると思うか?
お願いした立場なので、ステラたちに離れてもらうように合図する。三人はぎょっとして俺を見た。ミレナに至っては「何で!?」と口にまで出している始末。ステラとクロエも口には出さないが、同じことを思っているようだ。
もう一度合図してみるが皆渋って中々離れようとしてくれない。さっきまで警戒していたのが嘘のように抱きついてきてダメ! と訴えてくる。
なんでそんなに嫌なのか……ちょっと気になってきたかもしれない。だって、いつものミレナなら仕方ないな、って感じだからね。
「……なんでそんなに嫌なんだ?」
「っ!? いやったらいやなの! ダメ?」
おぅ……珍しい。ミレナがこんなに冷静じゃないなんて。ステラとクロエも駄目だと言外に主張している。離れないように強く抱きついているのがその証拠だ。
細かいことや理屈は置いとくとして……梃子でも動かない姿勢の三人を剥がすことは今の段階では難しいみたいだ。
「分かったよ。悪い、リアナ。今回はちょっと無理そうだ」
「そのようですね。ですが大丈夫ですよ。言ってみただけなので」
まだ険しい表情の三人をまとめて抱きしめて優しく頭を撫でる。すると表情から険しさは消え、次第に顔が緩み始めた。
とりあえずこの件は片付いたな……これでリアナがこの部屋にやって来た理由が分かる。食事の時以外で部屋を訪ねてくる事はあんまりないからな。想定外の事が起きない限りは。
「……それで今日は何の用事なんだ?」
「ユートさんに会いたいという……睨まれてしまいました。冗談ですよ、冗談。要件と言っても大したことじゃないですよ。素材の換金に行きましょう、ということです。素材は全てミレナさんが持っているので」
俺と迷宮に行った時のじゃないよな? ……なるほど。俺がいない間に行った時のものね。なんで探索が終わった後に換金しなかったんだろうな?
まさか一人でも不味いレベルだったとか……いや、ステラたちが気にする事じゃないな。
「なんで換金してなかったんだ……?」
「ええ、なんでもユートさんと一緒に行きたいのと、皆で山分けにしようということらしいですよ。ね、ミレナさん?」
「そ、そうよ……」
何とも歯切れが悪い。こんなミレナは初めてかもしれない。あたふたする姿はなんとも可愛らしさしか感じないが。そこでステラたちの呆れる視線……何故に俺?
なんか呆れられることしたかなぁ……いや、してないな。悲しませることはしたけど。
「別にいいけどね。だってミレナたち四人で分けるんだろう?」
「……ユートくんも含めて五人よ?」
「なら四人で行っておいで。俺はそれに何も関与してないし。貰う権利も義務もない」
ステラたちの事だから借金の事を気にしてるんだろうが、前から言うようにあれは自分で払うことに決めているのだ。なにか関わっているならともかく、同行すらしてないのに貰うのはちょっとね。
ミレナたち三人は不満げだが、そこは頑として譲らない。前からそう言ってるのにミレナたちも頑なに諦めようとしないんだよ。特にステラが諦める姿勢を全く見せないし。残りの二人も見せないけどね。ただステラが一番分かりやすい。
「一緒に行くのもダメなの?」
「だって、一緒に行ったらステラなんて俺の分まで山分けにしようとするだろ?」
「……うん」
「それに甘えたくないからな。ただでさえ、戦闘面で足を引っ張てるしさ」
「家事とか……」
「あれくらいならステラたちだって同じレベルで出来るだろう? 俺が率先してやってるだけ。それに気持ちだけで嬉しいよ」
せっかくステラを助ける為に借金したのに、そのステラから助けてもらうってなんか違うと思ってさ。……まぁ、単に男の意地を張ってるとも言うが。……本当に無理な状況になったら求めるかもしれないけど……。
ステラを撫でながら引き寄せる。すぐにステラは胸元で頬ずりしながら嬉しそうに笑みを漏らす。
「ちなみに私やクロエちゃんがステラちゃんと同じ状況になったらどうする?」
「どんな手段を使ってでも連れ戻すよ。幸い、それに見合う力はあるわけだしな」
「そう、そう……うふふ。私たちの事そんなに大事なんだぁ」
「ユート様ぁ……」
ミレナとクロエもステラと同じ様に寄り添って甘えてくる。俺は俺で三人の面倒を見ていると……リアナがポツリと言葉を漏らした。
「いいですね……」
「ん? 何が?」
「えっ? ……あぁ、その関係性が、ですよ。そうやって想い想われることが私には無かったので。皆さんがとても羨ましいです」
「あら、ユートくんが認めない限りそんなことは許さないわよ? 皆同じ道を通って来てるんだから」
ミレナはさっきまでの態度が変わり、セリフも少し辛辣だ。まぁ、彼女たちの苦労を考えると……そう思って仕方がないか。本当、すいません。それ以上になんでこんな男を好きになったんだか。
そう思ったらステラたち三人がぐりんと顔を動かしてきてこっちを見てきた。その目には非難の色が込められている。顔の向き方が一瞬、ホラーだったんだけど。
「ユートくんって偶に自分で自分を虐げるよね」
「お兄ちゃん凄いカッコいいのに……」
「ユート様、自分を卑下するのは良くないですよ」
「お、おぅ……」
そこまで反応する? ……えっと、例え俺でも俺自身を貶める事は許さない。虐めていいのは私だけだ。……ちょっと待て。ミレナよ、俺を虐めていいのは君ではないだろう。そもそも虐めちゃダメだよね?
そう視線で訴えるとミレナは照れたようにえへへ、と笑った。それで誤魔化されると思ったら間違いだぞ。
……まぁ、とにかく分かった。これからはしないようにするから。ね? あとその目を止めて。顔の動きと同様にホラーみたいで怖いんだよ。
「……今度したら襲うからね。性的に」
「止めなさい」
そう確認を取るとミレナがとんでもないこと言ったので即座に止めさせた。ミレナだけじゃなく、ステラたちも目がマジだった……結末を考えると不用意に言えなくなったな。ああすると、結構落ち着くこともあるんだけど……。
「ユートくん?」
「どうしたミレナ」
「ん~何でもない。早速襲ってもいいのかな、って思って」
「ミレナって意外とデリカシーとかないよね?」
外面だけは合わせておく。……うん、これはバレたら洒落にならねぇわ。何故か気配を消しても数時間で見つかる未来が見えたよ。現実にならないことを願うばかりだ。
その後少し強引にステラたちを剥がして着替えをする。着替えの最中に視線を感じたが……気のせいだろう。毎度のことだがそう思わないとやっていけない。普通立場が逆と思うんだ。男がするものだと思うんだよ……
着替え終わると早速ステラたちが近寄ってきた。両腕に抱きついてきたのはステラとクロエ。ミレナの表情を見るに事前に決めていたようだ。
ちなみに朝食はまだである。外は太陽が大分高くなっている。あと、二時間程度で昼になりそうだ。……ね、大変だと思わないか? 大体毎日こんな感じなんだぜ。
今日も一日が長くなりそうだ。何故なら……この後ギルドに換金しに行くのだ。絶対男性陣から針の筵にされる。ある意味、宿命なのかもしれないけどさ……なら早く自分も相手を探せ! と思うよ。




