七十六話 ……なんか色々と凄いことになった
部屋に入った途端、リアナは俺の腕から離れすすすっと部屋を出ようとしたが、ミレナがすかさず捕まえ、大人しく椅子に座った。
「ユートくん」
「……何でしょうか?」
三人を代表してミレナが問いかけてくる……ねぇ、なんでそんなに笑顔なの? 笑顔が逆に怖いんだけど。
ちなみに代表して、であるので三人全員がゆっくりと近づいてきている。俺は逃げるという選択肢がないので、立ったままだ。……何故だ、と声を大にして言いたい。君たち認めたよね? リアナとデートに行くの了承したよね?
「どうだった? リアナとのデートは。楽しかった?」
「ま、まぁ、それなりには……」
「ふぅん……」
その間はなに? 一体何が言いたいんだ? ステラもクロエも黙ってないでさぁ……なんか言ってくれないと不安になるんだけど。
それからミレナたちは一言も話さず近づいてきて、既に距離は殆ど無い。ただ、最初から浮かべられている笑顔だけが異様な雰囲気を放っている。
リアナは蛇に睨まれた蛙のように椅子に座ったまま立ち上がることすら出来ていなかった。……俺が不安になる材料の一つだ。
……三人の手が俺に触れる。一体何を――――あれ? 何もしないの? いや、抱きついてる? まぁ、確かに何もしてない訳じゃないけど……えっと、それだけ?
ミレナたちは俺に抱きついてきて何かを堪能しているようだった。…………思ってたのと違う……。
「……私たちが何かすると思った?」
「いや、だって、そんな雰囲気醸し出してたよね? 笑顔でスタンバイして、近づいてきて、リアナ捕まえてたし。そうとしか思えないよ?」
俺がそう答えるとミレナがくすくすと笑い出し、ステラとクロエはにへへと微笑んだ。リアナはなにか安堵したようにほっと息をついていた。
「リアナさんのあれは演技。最初からそうするように話してたの。でも……可愛かったよ。『俺、何か悪いことしたかな?』って感じでびくびくしてるユートくん」
「……」
「お兄ちゃん可愛い!」
「ユート様にはいつもされてばかりですから。偶にはお返ししてみようかな、と」
「ほぅ……」
三人から可愛い可愛いと連呼される。それと……俺が何をしたというのかな? ねぇ、ミレナさんよ。そこの所、答えてくれるかな? ん?
「ユートくんってあまり感情が乱れないじゃない。だから、感情が乱れるユートくんを見たくって」
「はぁ。なるほどなぁ…………」
「――ね、ねぇ、ユートくん? なんで私たちを離すのかな?」
決まっているだろう。お返しだよ、お返し。いきなりこんなことされたらさ……流石に思う所もあるわけよ。それに日頃のは大体自業自得な気がするんだが。俺的にはそのフォローをしてるつもりなんだけどな。
特にステラとミレナはそれが多いと思うんだがどう思うよ?
「……それは謝るけど……それと私たちを離すのになんの関係が……?」
「なにって……簡単だよ。今から数日くらい一人にさせて貰おうかな、って思って。流石に本気で隠れたらステラたちでも気付かないだろうし」
「……今までのって、本気じゃなかったの?」
「本気なのは間違いないけど、それでもまだ余裕はあったかな。ということで……」
いつもの隠蔽コンボを発動させてすぅっと気配を消していく。ここで「凪」を発動させることでさらに気配を薄くさせる。実はこれ、学生時代に習得したんだよね。一人の時に試行錯誤させてさ。
目的は……ちょっとした悪戯? まぁ、索敵とかもあるけど。しかもこれ、意外と制御技術とか高いから難しいんだ。その分、効果は折り紙付き。誰に試したかは……言うつもりはない。
三人は捕捉を使って辺りの気配を探してるようだけど、この「凪」、効果範囲の状態を無にする、って効果があるし、空間魔法を使っても冷静な状態で集中しないと無駄だと思う。試したことはないけど。
皆はこの近くで見つからないと分かるとそれはもう凄い早さで宿を出て行った。実は、部屋の中にいるんだけどね。入り口から少しズレたところでステラたちの様子を見させて貰ってたんだ。
ステラたちが宿を出てから一分ほど。これらを解除する。それでベットに腰掛ける。
――ずっと部屋にいたリアナは突然俺が現れた事に驚いていたが。
「……凄いですね」
「そこまで言われるものじゃなけどな。ステラたちになにか一つ、優っているものが欲しかった結果だよ」
「いえ、十二分に凄いです。だってそれは……相当難しいのですから」
「……見覚えが?」
どうやらリアナは俺のこれの技術について多少、知っているらしい。まぁ、俺も使えるだけでそれ以外は知らないけども。それにすごい技術であっても俺にはその自覚はないし。
ステラたちはヘルセテ中を探し回っているだろうし、もうしばらく時間がかかるだろう。それまでちょっと話を聞いてみよう。
「聞いたと言っても噂程度ですよ。確かその名前は『虚無』です。そこにいるのにいないと錯覚させる魔法です。……合ってますか?」
「……多分。そんな感じだと思う。そもそも俺は詳しいことは知らないよ?」
「余計に凄いと思うのですが…………まぁ良いでしょう。虚無は他の大陸に何人か使える方がいるそうです。使える条件も水と風の二属性ですから出来なくはないのですが、相当難しいらしく習得するのには何年もかかると聞きました」
「俺も何年かかかった。確かに相当難しかったよ」
リアナはそうでしょう、と呟きながら頷いていた。ちなみにこの情報、ギルド職員の頃に聞いたそうで、上司に聞いてみたところ知っている者は殆どいなかったそうだ。偶然にもギルドマスターが少しだけ知っていたそうだが。
それだけ使える者がいないらしい。確かにあの効果と、難易度の高さではいずれ廃れるものだろうとは思った。それを知ってるリアナもリアナだけど。
それからこの虚無というものについて教えてもらった。とは言っても今までのに多少程度の付け加えとリアナの推測だけど。
――――思わぬところで得てしまったこの魔法、ある意味バレたら不味いらしいのが分かった。やるとしてもステラたちから逃げる目的か、索敵に留めて……まずバレないと思うが一応気をつけておこう。
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数時間経ってもステラたちは戻ってこない。外はすっかり暗くなり、俺とリアナは夕食を持ってきて三人の帰りを待っている状態だ。
「遅いですね……」
「まぁ、流石にそろそろ帰ってくると思う。ミレナが探せばすぐだと思うし」
その言葉が引き金になったのか――――扉がバンっと勢いよく開いて、三人が荒い息を吐いて、汗を流しながら入ってきた。
それで俺を見るなり向かって来ようとするんだが……ちょっと待ちなさい。まずは君たち、汗を流してきなさい。
「まずは汗を拭け。話はそれからだ」
「「…………………………………………はぁ~い」」
「……………………分かりました」
ステラたちはとぼとぼとお湯をもらいに行き、別の部屋で身体を拭かせた。
十分ほど経ってステラたちは戻ってきた。今度は有無を言わさずに飛んできて――
「「「うわあああああぁぁぁんっ!」」」
抱きついてきて泣き始めてしまった。
――三十分が経ってようやく落ち着いてきたステラたち。ただし、俺から離れることはなく、未だに夕食にも手を付けていない。
「……ほんとに、いなくなった、っと、思った、んだからぁ」
「悪かったって」
「……今日は絶対離れない」
ステラとクロエは抱きついたままで、ミレナ程回復はしていないようだ。ミレナも俺にそう宣言するとステラとクロエ同様、抱きついてしまった。
この状態を見るに俺が単独行動ができるのはまだまだ先のようである。
その後は俺が食べさせることで三人は夕食を食べ、それ以降は引っ付き虫となって全く離れなかった。残った皿はリアナに片付けて貰った。そのリアナも時間が経ち、寝ると言って部屋に戻っていった。
そして俺は今、薄暗い部屋の中でステラたちに抱きつかれたまま横になっている。
泣き疲れたステラとクロエは眠ってしまっているが、ステラは服を、クロエは腕をしっかりと掴んでおり、絶対離れない意志が寝ていても伝わってくる。
「……ばか」
「悪かったって」
それで定期的に毒を吐いて来るのはまだ起きているミレナだ。気持ちは分かるんだが……まぁ好きにさせよう。気持ちは分かる。まさかそこまでだとは思わなかったけど。
「手分けして隅々まで探したんだからね。迷宮はクロエちゃんに頼んで張ってもらったし、街中は私とステラちゃんで探し回ったのに……全然いなかったんだよ。その時の私たちの気持ちが分かる?」
「寂しかった?」
「それもあるよ。だけど……怖かったの。もう会えないんじゃないかって。冷静になってみればそんな事はないけど、でも……もう会えないと思ったんだからね」
そう言うとミレナはずいっと顔を近づけてくる。俺はミレナの頭を掴んで引き寄せて唇を合わせる。ミレナは俺の頭を両手で掴んできて、瞳からは満足するまで離れないと言っていた。
俺の方でも了解、と伝えると次第に甘えてくるようになった。頭を撫でながらキスを続けると吐息が甘くなってきて――って待て待て。気持ちは分からなくはないが取り敢えず落ち着け、な。
「今日は流石に無理なのは分かるだろ?」
「……いつもさせて貰えないけどね。だから、こうしてできる範囲で甘えてるの」
ミレナはそう言うと唇以外にも色々なところにキスをする。頬、鼻、瞼、首筋と――
それも満足してきたミレナは俺の横に自分の顔を置く。その目からは「いいよね?」と無言の圧力が降り注いでいる。
「私は大分満足したけど、明日はステラちゃんとクロエちゃんにもちゃんとしてあげてね。二人は私以上に酷かったから」
「そうだな。……まさかミレナまでもがああなるとは思わなかったけどさ」
「ううぅ……。……ユートくんはどこにいたの?」
「ずっとこの部屋にいたよ。ミレナたちは気付かずに外を探しに行ったけど」
「…………はぁ。灯台下暗し、だったわけなのね」
あからさまに落ち込んでいる。確かに結果的に見れば凡ミスとは言えなくもないものだった。とは言え、それも無理らしからん。予想以上に効いて俺も驚いたわけだし。
この話は終わり、と締めくくるとミレナの目がとろんとしてきた。ミレナも疲れがやって来たんだろう。頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めたまま眠ってしまった。
「……ま、俺は皆の傍から離れる気なんてないけどな」
一人、そう独り言を呟いてそれぞれを見てみる。ステラとクロエは少しずつ力が抜けていっているのか、服や腕を掴む力が弱くなっている。それに表情にも安堵の色が伺える。
ミレナはさっきのお陰で安心しきったような表情で穏やかに眠っている。
寝顔って誰でも可愛いらしいけど、美少女のは特にそう思う。それとも好きな相手だとそう思うのだろうか。




