七十五話 ……二人目じゃん
「おはようございます。ユートさん」
「おはよう」
宿を出るとリアナが壁に寄りかかっていた。ニコニコと笑みを浮かべて挨拶をしながら目で何かを催促してくる。
まぁ何かは分かるけどね。服装がさ、違うんだよ。しかもしっかり主張してきているので気付かないなんてあり得ない。リアナは普段から服装がきっちりしているし……確かにイメージは変わるよ。勿論いい意味で。
だけどね、そこまで力を入れる必要もないと思うわけよ。若干、化粧をしているようにも思えるし。
「……力を入れてきたな」
「どうです? 似合います?」
「あぁ、うん。似合うよ。いつもとイメージが違ってて」
見惚れていますか? と聞いてくるが、別に見惚れてはない。ステラたちがいる以上、そうそう見惚れるなんて事自体が起こらない。俺が思ってるのは普通に疑問だ。ついてきたときからずっと思ってるが、俺がそこまで思われるとは思えない。
考えている間もリアナはニコニコと笑みは絶やさない。打算とかないの?
「改めてリアナって打算とかないわけ?」
「勿論ありますよ。ユートさんについて行けば安全に過ごせそうって打算が。それにユートさんは女性を優しく接してくれるので安心できますし」
「……いや、それくらいの理由なら他にいくらでもいるだろう? リアナの容姿と若さなら他の男が放っておくことが無いんだが」
「ふふふ。それ以上は乙女の秘密、ということで一つ」
「そこまでして聞こうと思わないけどさ……まぁ、いいや」
はぐらかされてる気しかしない。現にこれ以上聞いてこないで、って意志が聞こえてきた。本当かどうかは脇に退けておいてな。
まぁ……藪蛇を突く必要なんて更々ないし、無理に聞こうとも思わないんだけどね。それで暴走されたら普通に困る。――後処理が。
俺はリアナの手を掴んで歩き始める。目が言ってるんだよ、リードお願いします、って。それと宿の中から俺に向かって少し強めの催促もあったし。……君たちはリアナの敵なの? 味方なの? 俺はよく分からないよ。
今日のデートはリアナとヘルセテをぶらぶらと歩いてみると昨日決まった。殆ど経験がないらしいリアナの提案を採用した形だ。
歩き始めてすぐに指を絡めてきて、腕まで組んできたリアナを連れて取り敢えず露店が立ち並ぶ辺りに向かう。あそこって、いろいろ揃ってるから楽なんだよ。今日はそこ以外も行くけどさ。
「おや? 数日前の少年じゃないか。今日は違う美人を連れてるねぇ。見かけによらずモテるじゃないか」
「……前と同じ奴を下さい」
恰幅のいいミスから話しかけられてきた。……クロエと来た時に顔を覚えられたのだろう。面倒な。…………おばちゃんと言っちゃいけない。言ったら多分、俺に良くないことが起きる。だからミス、と言ってるんだ。
物を受け取るとささっと離れる。リアナとミスが話してるんだがその内容が聞いてて恥ずかしかった。そして、聞くごとに変わっていくミスの表情に耐えられない。
ここの露店エリアに来たのはリアナにもステラたちのと同じようなものを買うためだ。さっきからあちらこちらから来る微笑ましい視線はどうにも苦手だ。イチャイチャするだけならプラーベート派だ、俺は。…………俺は何を言ってるんだ。
リアナにはブローチを買って、そくささと露店エリアを離れる。単に俺が温かみの視線に耐えられなくなっただけだ。リアナはむしろ、嬉しそうにしていた。
彼女たちの精神って何で出来てるんだろうね。俺にはとても堂々としてられない。余程の切迫した状況じゃなきゃ。
露店エリアから逃げた俺とリアナは街の中をぶらぶらと歩いていた。言ってしまえばそれだけの事なのだが、リアナはステラたちに負けないくらいに幸せそうだ。甘えてきているステラたち並みに、だ。俺はそこまで幸福に思える節が見当たらない。
「そんなに楽しいのか?」
「ええ。二人っきりで歩けていることだけで」
「……それは付け加えなくてもいいと思う」
「よいではないですか。本当にそう思っているのですから」
そう言ってリアナは憂うような表情になった。……って待て待て。俺はシリアスはお腹いっぱいなので遠慮願いたい。肝心のブレイカーはここにはいない訳だしな。
「前にも言ったのですが孤児院を出てからユートさんに会うまで――」
「待て待て。今はシリアスの時間じゃないでしょ。それにシリアスはお腹いっぱいだから」
「ふふふ。ユートさんは優しいですね」
「若干、無理してでも話そうとしてるんだ。流石に止めるよ。……お腹いっぱいなのは事実だけど」
顔にあそこまで出てたんだ。表情を見てたなら誰でも分かる。よほど鈍感な野郎か、自分にとってのご都合思考にならない限りは。
それでリアナが目を丸くして驚いているのでも言い当てた事が分かる。そして目を細めて興味深そうに俺を見たあと、身体を寄せてきた。
「隠していたつもりなのですけれど……」
「いや、表情に出てたよ? 誰でも分かるくらいに」
「…………そうですか。それは恥ずかしいですね」
微かに頬を染めたリアナは目を伏せて顔を逸らす。……恥ずかしいのは分かったから早く戻しなさい。辺りの男たちがノックアウト寸前になってるから。いや、ノックアウトされてる奴もいるな。
大人っぽい容姿で美人のリアナが頬を染めて目を伏せたらどうなるか……男なら大体が心臓を撃ち抜かれるのではなかろうか。ギャップもあるだろう、美人の恥ずかしさもある。
言ってしまえば……ミレナと同じような事態になっているという事。規模はもっと酷いが。
相手の女性から鉄拳制裁を受けている者が数人、壁に激突したのが数人、その場に崩れ落ちたのは十人を超える。知らない人が見たら何が起きたんだ!? とびっくりすること間違いない。
「あの……これは?」
「あなただよ? リアナの照れ顔がこの状況を作り出したんだけど」
「あ、あは、あはははは……」
参ったなぁ、的な感じで笑うリアナ。だが、俺に向けられる目には早くここを離れたい旨がありありと伝わってきた。……ちょっと悩みそうだ。
「そんなぁ……」
「冗談だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。俺が殺されそうだ」
リアナの手を取って足早に走り抜ける。いやね、さっきまで崩れ落ちていた男たちがリアナの悲しそうな顔を感じただけで殺気を向けてくるんだ。彼らのあの息ぴったりな行動には恐怖を覚えたよ。
それとリアナがもし故意的にあれをしていたんなら……末恐ろしい。単純にミレナが二人になったのと同じだからな。
逃げた先でちょうど良い店があった。時間的にも昼だし、もしあいつらが追っかけて来ていたらここで撒けるだろう。――ということで入ってみた。
「そう言えば、一回目も料理店でしたね」
「あぁ……憩いの空間だったっけ?」
「覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
「リアナの後にステラたちとも行ったからな。そりゃ覚えてるって」
リアナの表情に少し影が――――悪かったって。だから……迫ってくるのは止めません? 今のリアナは普通に綺麗だから、ね? ね?
ファミレスみたいな店内なので隣に座ったリアナから迫られる。ひとまず押し退けて頭を撫でてみる。どうやら満足してくれたみたいで迫るのは止めてくれた。案の定、というか撫でる事は止めさせてもらえないが。
「デート中に他の女性の名を言うなんてマナー違反ですよ?」
「悪かった悪かった。これでいいだろ?」
「いえいえ。抱きしめて貰わないと……言いふらしそうですね……」
「ちょっと待った。ここじゃ流石に不味いからな? 他人の目だってあるんだし……」
自分の願いを惜しげもなく告げてくるリアナになんとか昼食を食べ終わってからという事で、納得してもらった。……やっぱりミレナ二人目だったわ。
♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓
店を出るまではずっとベタベタされ続け、周りからはとても温かな視線を頂いた。それに大分気を良くしたリアナだったんだが、お願いの方は忘れることはなかったらしい。
出てからは、いつするのか? と常に訴え続けている。二つの瞳が。それはもう、雄弁に。
昼を終えてから一時間ちょっと。ようやく誰もいない広場に辿り着いた。リアナの目からの主張はここに着くまでほんの少しでも衰えることはなかった。……リアナもリアナで意志が強いというか、強情だね。
「……ようやくですか?」
「なんでこんなに無いんだよ……」
この広場も正確に言えば一、二組程度のカップルはいる。一時間探してこれが最高なのだ。何が原因なのか全く分からないが……俺的には最悪である。
ちなみにそのカップルたちは互いの事も顧みずにイチャイチャしている。……ああいうのってある意味尊敬するわ。実行する気は一ミリたりともないけど…………あ、今からするんだった。
前言撤回にしても早すぎるだろ。
当事者であるリアナは俺の目の前で今か今かと待ちわびている。そんなに楽しみにされてもそれはそれで困るんだが……
「ようやくですか?」
「ねぇ、リピートは止めて? さっきからずっと同じセリフを同じ音程で言われて少し怖いから」
「あんなに待たされたんですよ。いくら何でも少し私に対する扱いが雑だと思いませんか?」
「いや、本当にそれは申し訳ない。ごめん」
「という事なので、たくさん、お願いしますね?」
ここに来てまでも一切自分の視線を崩さないその姿勢は凄いと思う。だからと言って真似たくなることなんて一切ないけどな。
とうとう目まで閉じ始めたリアナを抱きしめる。抱きしめるとすぐに脇の下からリアナの手が背中まで回される。身動ぎが殆ど出来ないことを鑑みるに、リアナが満足するまで離れることは難しいだろう。
首元に顔を埋めたリアナはとても満足してるんだろう。……だって、耳まで真っ赤だからな。恥ずかしいんだろうが、嬉しさの方が強いんではなかろうか。ステラたちと反応がとても似ているんだ。
――――抱きしめること十五分。どうだ、凄いだろ。この間ずっと抱き合っているんだぜ? ミレナもリアナも長時間やって飽きないのか。ミレナからは飽きないと聞かされているが。
リアナを解放すると手を引かれて近くにあったベンチに座らされ、思う存分甘えられた。それからすぐに――――――泊っている宿の部屋にいた。目の前にはミレナたちが。にっこりと笑顔で。




