七十三話 ……俺の羞恥がマッハだ
「ねぇ、ユートくんってば!」
馬乗りになったミレナが俺の頭をガンガン振っている。クロエは俺に抱きついた状態ですやすやと眠っている。……なんで気が付かないんだろうね? ミレナ、結構大きな声出してるよ?
「起きた。起きたからこれ以上揺らすな。気持ち悪くなってきただろ?」
「あぅ……ごめんなさい」
「別に怒ってないって。まぁ……クロエが起きてからでいいか?」
「うん。クロエちゃん……幸せそうだね」
ミレナが言う通り、クロエは腕の中で顔を綻ばせている。時折頭を撫でるとくすぐったそうに身を捩って、良さそうなポジションに移っている。
クロエを見ているとミレナが身体を倒してきた。至近距離までやって来ると目で催促してくる。「私は? 私は?」って。心配せんでもミレナの相手はちゃんと努めるよ。
優しく押し付ける感じでちょっと乱暴気味に撫でてみるとミレナは一人で勝手に盛り上がり始めた。ぎゅ~~~~っと抱きついてきて、顔は見えないけどこっちも幸せそうだ。
「……これで満足?」
「えへへ……」
だらんと表情が蕩けているミレナの相手をしていると横がもぞもぞと動き始めた。視線を動かすとクロエと目がバッチリ合う。
目が合ったクロエは徐々に顔を赤くしていくんだが……俺がまだ抱きしめているので逃げ出すことが出来ないみたいだ。いや、逃げようと思えば逃げれるけどね。俺よりも力強いし。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
「昨日はどうだった?」
「……とても嬉しかったです。ずっとユート様と一緒にいられて……」
「それは良かった」
恥ずかしいのかまだまだ顔が赤くなっていくクロエをミレナは面白そうに見ている。クロエはなんかいっぱいいっぱい見たいで、ミレナがいることに気づいてないらしい。
「おはよう、クロエちゃん」
「……。…………み、ミレ……ナ?」
「うん。そう。ねぇ、ユートくん、クロエちゃん可愛いよね?」
「この初々しさがなぁ……クロエの魅力だと思う」
「!? ……あぅ……あぅ……」
クロエは目までぐるぐると回し始めた。絶賛混乱中のようだ。ミレナはそれをさらに面白がっているのだが……まぁ、俺も人の事は言えない。乗ったのは事実だし。
何て言うか、クロエってちょっと虐めたくなるんだ。反応が可愛いから。本気で嫌がったら流石に止めるけど。
クロエを解放してみると、がばっと起き上がってダッシュで部屋を出ていった。よっぽど恥ずかしかったんだろう。周りから見られるの苦手だもんね。ミレナやステラであっても。
俺は大丈夫みたいだけど。それならミレナやステラも大丈夫だと思うんだけどなぁ。
「ユートくんに甘えるのに、遠慮してたら意味がないじゃない」
「そうかなぁ……」
「そうよ。ユートくんはまだまだ女の子を学ばないとね」
「返す言葉もございません」
俺がそう言うとミレナはにっこりと笑顔になった。そしてそのまま動く気配がない。……早速実践をしろ、と。いきなり過ぎませんかね、ミレナさんよ。
どうせ今日はミレナと一日を過ごすんだし、取り敢えず起きよう。まぁミレナならずっとこのままって言うのもありそうだけど……。
俺はミレナを少し強めに抱き寄せて起き上がる。胡坐にして視線を下に向けるとミレナは胸元に手を添えて、次の行動を待っていた。笑顔のままで。ちなみに目は閉じられている。
ミレナの背中と後ろ頭を支えてキスをする。甘えるように突いてくる唇を受け入れるとするするとミレナの両腕が伸びてきた。一応止めてみるんだが、止まることはなく、首の後ろで繋がった。離す気配は今の所、見受けられない。
体感時間で十分弱経ってようやくミレナの腕が離れた。そして、ミレナを解放するとさっき以上に蕩けた表情を見せた。
キスしてる間、息継ぎを除いてずっとしてたんだぜ? どれだけ甘えてくるんだよと思った。まぁ、拒否はしないけども。流石に最後の方は苦しかったよ。
「……及第点くらいは取れたかな?」
「んふ~。五十点くらい、かな。あのまま押し倒してくれたら満点だったのにね」
「ふむ。という事は満点を取ったと言っていいか」
「ぶぅぶぅ」
「あのなぁ……まだ色々と落ち着けてないだろ。それに心の準備だってあるし」
目をパチクリさせたミレナはついさっきのクロエのように顔が赤くなっていった。はい不意打ち成功。と言ってもミレナの言葉に乗っただけだけどな。ちなみに嘘は言ってない。
その後、さらにミレナが甘えてきて本当に起きたのはそれから一時間ほど経った後だった……。いやぁ……凄かったよ。ステラ並みに甘えてきやがった。
「ユートくんとデートっ。ユートくんとデートっ。えへへへ~」
「テンション高いなぁ……」
あれからミレナが元に戻った時に今日はどうするのか、聞いてみた。ミレナは「デートっ。街をぶらぶらしましょ?」と若干、食い気味に言ってきた。
一先ず理由を聞いてみる。――返って来たのは新婚さん気分を味わいたい、との一言だった。俺たち、婚約者ではあっても、夫婦じゃないからな?
新婚さんなら新婚旅行とか、初夜とか……そう言うものじゃない?
「ユートくんがいいなら……初夜をお願いしたいんだけど……」
「なるほど。なら仕方ないな。デートにしよう」
一応打開策としてのデートだったらしい。正直、助かった。もししようものなら確実にステラが拗ねる。そして以前のような事になっても俺はごめんだ。
ミレナの手を取って宿を出るとミレナは勢いよく身体を寄せてきて、嬉しそうにした。
そうするとふわりと漂ってくる女子特有の甘い香り。ミレナのは少し甘さ控えめだ。ふわふわと漂うその香りに心臓が多少ドキッとした。
その直後、ミレナが覗き込んできた。その瞳はとても興味津々だ。何に、と聞かれても俺にも分からないが。
「……ふふ。ユートくん、ドキドキしてる」
「ミレナが可愛くて綺麗だからな。当然だろう?」
「!? ……嬉しい」
これで照れてくれると思ったんだが、そのまま受け取られてしまった。ミレナはより抱きついてきて、年齢の割に豊満な胸を押し付けてくる。
不規則に変わる胸の影響で、数ヵ所から何かが落ちたり、ぶつかったする音がした。恐らく誰かが何かにぶつかったり、品物と衝突してしまったんだろう。怒鳴り声も聞こえる。
……まぁ、気持ちは分かる。確かにエロい。ミレナが意識してるのか無意識なのか俺には分からないが。
「へえ……ユートくん、私の胸をそんな目で見てたんだぁ~。もっと見る?」
「そこは変態! とか罵声が飛んでくる場面だと思うんだが……取り敢えず、止めなさい。俺への殺気が増えてきてるから」
「は~い」
ミレナがさらに胸を押し付けてくるので、主に男性陣からの殺気が増えてきているのだ。宿から少し離れていたことに感謝である。ステラたちが対抗しかねん。一部の女性がミレナに羨望と嫉妬の視線を向けているが……皆まで言わない方がその人たちの為だろう。
少し早歩きでその場を離脱する。幸い、追いかけて来るという人はいなかったようだ。厄介な事に繋がらなくて良かったぁ……。
今俺とミレナが歩いているのはある通りで、通りの真ん中は川が流れている。澄んでいて綺麗な川だ。川の近くでは均等に木が並んでおり、景観も素晴らしいものだ。
そして、俺たちの周りにいるのは元気に遊ぶ子供たちと、ラブラブのカップルである。それも昨日のクロエとのデートの時にいたカップルもちらほらといる。全ての組が甘い空間を発している。いくつかのカップルはキスまでしているようだ。
ミレナが目ざとく見つけて催促してくるが、当然受け入れない。俺が恥ずかしい。せめて部屋の中とかのプライベートな空間にしてくれ。
「いい加減、気づけよっ!」
「そう言うのいいんで。邪魔しないでくれます?」
「このっ。ガキの分際でぇえええっ!」
俺が現実逃避に走るときは決まって目の前に面倒事がある時だ。少しでも落ち着く為にやっている。普段はステラたちの機嫌をどうやって直すとか、どういう打開策があるのか模索してたりするが。
今は十人以上の男から一斉に飛び掛かって来られている。さっきの台詞はその中の代表の男のものだ。皆さん、服装が汚い。俺ですら触りたくないほどに。ミレナになんて絶対触られたくない。
まぁ、さっきの現実逃避も結局はこれからどうするかで、少しばかり機嫌の悪いミレナをどうするか、ということである。
一先ず俺が二人の気配を消して、ミレナが空間を移動して外に出る。腕まくりをして、殺気を放ち始めたミレナはその男達に近づこうとしている。
俺はミレナを後ろから抱き止めて、こっちの向かせる。至近距離まで近づけばミレナの視界に入るのは俺だけだ。
「……ユートくん、離して。あいつら殺せない」
「まぁ待てって。今、ミレナには何が見える?」
「ユートくん」
「ならそれで良いだろ?」
ミレナと額を合わせてしばらく見つめ合っていると、俺から離れようと突き放すようにしていた手が俺の頬に添えられた。少し鋭かった瞳も潤み始めている。
……これは俺たちが気配を消してるから出来る芸当だ、じゃないと恥ずかしくて出来る訳がない。だが出来なかった場合、ミレナはあいつらを即殺しにいくだろう。ちょっとそれはさせられない。
無駄な殺しは意味がない。余計な傷なんてつける必要はないのだ。
まぁ、流石にこれ以上は俺の羞恥が限界なので戻ってからにしてもらおう。俺はミレナから離れるとミレナはむぅぅぅと不貞腐れる。
腰を掴んで抱き寄せるとすぐに元に戻ったが。このチョロさは助かる。
「ミレナ、帰ろうか」
「そうだね。……でもね、こうなるのはユートくんだからだよ?」
「こんな子に想われて俺は幸せだな」
気配を消したまま俺たちは宿に戻った。結局最後まで気付かれることはなかったな。だけど……中止かぁ。機嫌直し、どうしよう?
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部屋に戻ってきた俺とミレナは椅子に座ってぐでーっとなった。ミレナが俺の上に乗っているので、そこまでぐでーしてるわけじゃないが。
だが、やはりミレナは少し機嫌が悪い。原因はあいつらで、デートを中止させられたことが腹に据えかねるらしい。
「……ミレナ。俺はな、ミレナに傷ついて欲しくないんだ」
「?」
「あの時、ミレナを止めなかったらあいつらを即殺してただろう?」
「うん、してた。せっかくのデートなのに邪魔されるのは嫌だったもん」
「けど、殺してたら……何らかの形でミレナは傷を負ってたんだと思う。元日本人ならそれくらいの優しさがある」
「かもしれないけど……」
『あいつら如きが俺の大事な女に傷をつけていい訳がないだろう?』
「っ!?」
おお、おお、驚いてる。あのミレナが見た事ない様な驚きだな。今まで初めてじゃないか?
少し、いや相当――それも穴があったら入りたいレベルの、恥ずかしさだが本来の意味以外にも収穫があったな。二度としたくないが。だから日本語にしたんだけど。ミレナ以外に聞いて欲しくないから。
『未来は俺のなんだろ? だったら未来自身でも未来を勝手に傷つけることは許さない』
『裕人君……』
『なんだ?』
『裕人君裕人君裕人君っ!』
振り返ったミレナが思いっきり抱きついてきた。感極まって涙まで出ている。
『うん、うんっ。私は裕人君の女っ。裕人君のものだから……だから――ちゃんと守ってね?』
『どちらかと言えば俺が守られそうだけど……』
「えへへぇ~」
そう言ったら何も聞こえないようで自分の顔を押し付けてミレナは抱きついている。さっきまであった不機嫌さは嘘のように無くなっている。機嫌を直すことは成功のようだ。ただし、俺の羞恥がマッハで限界を超えてマイナスを更新中だが。
その日が終わるまでミレナは俺の傍から離れることが文字通りなかった。……いや、トイレだけは別を死守した。待つか、待たされたけど。




