七十二話 クロエと二人っきり……
隣の部屋のドアをノックすると「……どうぞ」と遠慮がちなクロエの声が聞こえてきた。
部屋の中に入ると服を着替え、髪を整え、準備万端のクロエが座って待っていた。頬を染めながら。
隣に座ると顔を真っ赤にさせて少し離れる。近づくとその距離分離れる。近づく、離れる。近づく、離れる。近づ――
「あぁもう、面倒くさい!」
「きゃっ!?」
クロエの手を掴んでこっちの引き寄せる。抱き寄せてステラみたいに甘やかすと段々、身体を預けてくるようになった。
クロエの初々しさもね、嫌いじゃなんだよ。ステラは基本的に甘えただし、ミレナは積極的過ぎるし、ある意味一番落ち着くんだけどね。
そう言えば国王がクロエは自分を抑えてるって言ってたっけ……。本当にね、リアナの方がまだ積極的なくらいだよ。俺としては積極的に来られる方が慣れてしまった。それにもっと自分を出して欲しい。ステラたちまでとは言わないけどさ、些か消極的過ぎる気がする。
「クロエはもっと積極的になってもいいと思うんだ」
「!! あの、それは、えっと、その……」
「あぁ、無理しなくていいって」
あわあわしながら何かを訴えようとするんだが、焦りすぎて何を伝えたいのかが分からない。抱きしめてゆっくり撫でると落ち着いてきた。
……失言だったわ。クロエにもクロエなりのやり方があるのは分かってるんだが……。
「……悪い。言い方が悪かった」
「いえ……大丈夫、です。私の方でもユート様を戸惑わせてるのは分かっていますから」
「戸惑ってはないけどな。ただ、クロエにはもっと自分を出して欲しいと思ってる。クロエの我が儘くらいなら全然平気だよ。ステラやミレナに比べるとさ」
忘れそうになってたけどクロエは俺たちよりも一歳年下だ。それにクロエの性格の面から考えても遠慮しやすいのは分かってたはずだ。そう言う意味ではちょっと怠慢だった自覚はある。
三人を婚約者とした以上、三人の同士の仲もだけど、俺がそこに胡坐をかいちゃいけない。一人一人のケアはしっかりするようにしないとな。俺の出来る範囲で。
「……あの、お願いがあります」
「いいよ。今日一日はクロエと一緒にいるわけだから、基本的に何でも聞くよ」
「お出掛けしませんか……?」
クロエは不安そうに言ってくるが……なんとも可愛いお願いだろうか。ステラやミレナならそれ以上のものを普通にお願いしてくる。
それに比べたらクロエのお願いのなんと可愛いことか。勿論、頷いた。幸い二人とも着替えているのでこのまますぐに出られる。
照れながらも嬉しさを伝えてくるクロエをもう一度抱きしめると、今度はちゃんと抱きしめ返してくる。俺としてはこの方がいい、かな。
解放するとクロエはにへへと笑いながら腕に抱きついてきた。
そう言えばヘルセテでのデートってクロエが初じゃなかろうか。まだ三人とデートするって約束はしたが、やってないし。
その事を伝えると小さくガッツポーズを取るクロエ。とても可愛かった。周りもそうらしい。クロエの行動を和やかな目で見ている。
ちなみに、正直に可愛いと伝えると顔を赤くして恥ずかしむ姿は俺たち全員が思いっきり和んだ。クロエの赤面姿って三人の中で一番だと思う。ステラは甘えてくるで、ミレナは不意打ちの照れだ。
恥ずかしがりながらもクロエは俺の腕を取って先を歩く。向かった先では色々な種類の露店が道沿いに出ていて、とても活気がある。
そこの一つで朝食を買って、食べ歩きながらその他の露店も見てみる。基本的に食べ物が軒を連ねているが、日用品を売っていたり、アクセサリーなどを売っていたり、または食べ物とアクセサリーといった、二足の草鞋で商売をしている所もあった。
クロエやステラたちに似合いそうな物を買ってみたりしたんだが、そこはクロエが美少女なおかげか、値引きしてもらえ、安く手に入った。
クロエには深い青の石の耳飾りを買ってみた。そしてそれがが良く似合っている。店主も別嬪さんだなぁ、と褒めていた。俺もそう思う。
クロエは知っているかどうか分からないが、耳飾りをつけてはにかむクロエを見た何人かの男は鼻を押さえてどっかに行ったぞ。多分、鼻血が出たんだと思う。押さえている手から赤い液体が漏れていたからな。
その調子で歩いていると大きな広場に出た。真ん中に鎮座する木が大きな存在感を放っている。まぁすぐに目に入る、という感じで広場全体で言えば和やかな雰囲気で包まれていた。とても迷宮がある町とは思えない。
広場には至る所にベンチが設置され、カップルや家族連れが楽しそうにわいわいやっている。……これ、独り身の人間には結構キツイぞ。イチャついてるだけならまだイラつく位でいれそうだが、家族の団欒に手を出そうものなら周りからどんな視線を浴びるか……ここを作った人は中々いい性格をしてる。
……単純に自分が楽しみたいから、という線もなくはないが。
まぁ……その一つに座る俺は、独り身でささっと通っていく男性(偶に女性もいる)に同情なんていちゃいけない。なんか失礼だ。彼らの気持ちが分かる故に。
空いてるベンチにクロエと座る。クロエは肩に頭を置いて、身体も預けてくる。出かける前に言った事を守ってくれるクロエさん。
ただねぇ……家族の主に母親の人がクロエを見たり、カップルの女性がクロエを見てその相手に自分も! と頼んでいる。父親の方は若干、顔を引き攣らせてはいるが肩に手を置いたりと、それぞれ自分が出来ることで応じている。子供たちは両親の仲の良さに嬉しそうだ。
「あぅ……」
俺が気づけば当然クロエも気づく。そんなクロエは頭から湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にさせた。次いで顔を隠してしまった。今の心境的には穴があったら入りたい、だと思う。
そこでふと、彼氏や父親の人たちと目が合った。互いに頷く俺たち。
ちなみに今の頷きには俺の彼女(嫁)は可愛いだろう? という意味と、互いがそれを羨んでいるという意味が含まれている。
何となく分かるのだ。女子にもあると思うが、男子にもそういう瞬間があるのだ。そしてそれが今なのだが……通じたものが何というか、惚気という時点で言いにくいものがあるが……。彼らは後で羞恥の海にダイブするのだろう。
俺たちが来てしまった事で全体的に広場の空間内が甘くなってしまった……。独り身の人は最早、この広場を迂回して回るようになった。……なんかすいません。
「ユート様……」
「ん、どした?」
「私、幸せです。ユート様と二人っきりでこんな時間を過ごすのなんて久しぶりで……」
「みんな一緒、よくあったけどな……お詫びになるか分からないけど、これからはこういう日を作るからな……」
「ありがとうございます……。ですが、その……人前であれは……」
クロエが顔を徐々に赤くさせながら指を差す。その方向には数組のカップルがキスを含めたイチャつきにグレードアップしていた。家族連れの方は子供たちの期待の瞳に両親は揃って顔を引き攣らせている。
クロエはお約束で、ちらちらとそちらの方向を見ている。なんとなく期待の感情が見え隠れしているように感じる。
「……!? ……んぅ……」
俺からキスするとクロエは大きく目を見開いた。ただ、自分から離れる気はないようでむしろくっ付けてきている。無意識だったのか、それに気づいたクロエは顔を羞恥に染めた。それでも離す気はないようだが……。
まぁ、人前でキスをするのならクロエが恥ずかしがるのは分かり切っていたので、周りからは俺の身体で見えないようにしている。一番端っこで良かった……。
離すとクロエの瞳は潤んでいて、……もっとと、訴えている。実際に小声でも「……もっと」と聞こえた。
二度、三度と繰り返すとクロエの表情が蕩けてきて……最終的には横になってしまった。「……きゅう」という可愛らしい声と共に。勿論、俺が膝枕をする方向で。
カップルは最初に比べると明らかに距離がいつも以上に近いし、両親の方は諦めて子供たちの望むことを出来る範囲でやっている。ただ、母親陣は嬉しそうだが。
「……クロエ、もっと我が儘を言っても良いんだぞ」
「ですが…………いえ、しばらくこのままでお願いします」
「これは……どうだ?」
「はひゅぅ……」
変な声を漏らして目を閉じるクロエ。……まぁ、単に髪を梳いてるだけなんだがな。ステラのお気に入りである。あの子、本当にこれが好きなんだよね。
昨日なんて一日で何回も求めてきたんだよ。髪を梳くの。
あとは若干、眠そうなクロエと軽く話しながら二時間ほど広場でゆっくりとした。あ、俺は自分に疲労回復の魔法をかけてるよ。そうしないと二時間なんて足が痺れちゃうよ。
その後、一時間クロエが仮眠をとった辺りで宿に戻ってきた。その間、視線は感じなくはないがステラたちは一人として係わってくる事はない。本当に二人っきりなのね。昨日の時点で分かってたけどさぁ……よく我慢できるね?
部屋に戻ってからも誰かが突撃してくるようなことはなく、クロエと二人きりで色々と話せた。これからはクロエも自分の意見を多少は言ってくれるだろう。
俺の場合は、大体読まれているので伝える必要性がない。全く以って楽だ。
唯一、ステラたちと会ったのは夕食時だけ。それ以外はかなり淡白で、逆に心配しそうになった。大丈夫なのか? と。まぁ、それも他の男が話しかけてきたのに一切気が付かない振りをする時点で理解したが。
それで偶に俺の方へ視線を飛ばしてくる。多分これ、ミレナの計画だろうな。今度は一体どんな事を企んでいるのか……?
夕食も終え、あとは寝るだけとなった。ベットにクロエと横になるとクロエは感慨深そうに言葉をつぶやいた。
「……ユート様と二人きっりで眠るのって初めてですよね」
「そう言えば……ステラやミレナとはあるからなぁ……」
ステラとはミレナと再会するまで毎日。ミレナは前の世界で一度。密度や量は違うけど、どちらも同じような感じだ。
……だが、改めて思い出してみるとクロエと眠るのは初めてだな。クロエと一緒に眠るようになってからはステラやミレナも当然のように一緒だったし……。
「ユート様を独り占めできるなんて……とても嬉しいです」
「ははは……ステラたちもだけど、そう思ってもらえて光栄だよ」
「ユート様、あまりご自分を下に見ないでくださいね。私たちはユート様自身が好きなのです。例えユート様でも許しませんよ?」
「以後、気をつけるよ。……俺もクロエのことが好きだからな」
「っ!! はいっ!」
抱きついてきたクロエは(初めてなんじゃないだろうか……)足を絡めてきて、甘えるようにしている。
優しく抱きしめているとその内、寝息が聞こえてきた。その後に続いて俺も目を閉じる。
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「ユートくん、今日は私の番ね!」
早速、昨日の時間に戻りたくなった……。




