六十四話 ……どうしたものか
口争が始まって二時間近くが経った。外は人気が少なくなってきて、そろそろリアナには帰ってもらった方がいいんじゃないかと思う。
ミレナとリアナの二人の口争は未だ続いていて、俺も時々強制参加させられる。ステラとクロエはというと、ちょっと眠たくなったので、ベットに腰掛けた俺の膝を枕にして眠っている。髪を梳けば気持ち良さそうに身じろぎする二人はなんだが癒される。
「……ユートくんは、私たちのものです。リアナさんの席はありません」
「……ですから、私もお嫁ではなく、妾でもいい、と言ってるではありませんか」
「……ユートくんは妾にするくらいなら、お嫁さんにするの。だから、諦めて」
「……私も自分の人生が、かかってるのです。譲れません」
そりゃ、二時間近くも喋りまくれば息もきれるよ。それと若干、疲れてるみたいだし。ついでに言うと、三十分ほどこの話がループしている。
酔ってはいないのでもうギブアップなんじゃないだろうか? いろんな意味で。
「はいはい、そこまで。二人とも疲れてるようだし、今日のところは終わり。続きは明日にして。リアナさんも今日はここに泊まっていいから」
そういうとミレナはふらつきながら俺に寄ってきた。そして俺の近くで横になるとすぐに眠り始めた。リアナはまだ余裕があるようだが、それも長くは持ちまい。
椅子に座ったリアナは俺たちの方を見てちょっと悲しそうに笑った。
「……どうしてですか?」
「何がでしょう?」
「私ってそんなにダメでしょうか?」
おおっと、いきなりシリアスな流れになって来たぞ。俺はそんなフラグを立てたつもりはないんだが。
おそらくそれを立てであろう本人は俺の側で俺の手を掴んで幸せそうに寝ている。さっきまで誰かさんと口争しあってたのに……なんとも自由だな。
ミレナ辺りにシリアスブレイクしてもらいたいところだが、多分この調子じゃ誰も起きないだろう。だからといって、俺が無視したらそれはそれでなんか罪悪感もある。……あんまり重い話は無しの方向で。
「いや、会ってたかが数日、そんな日が浅い私がリアナさんと恋人になるなんて無責任ですよ。それにそもそも信用できていませんし」
「……やっぱり、ユートさんは優しいですね。それに温かい」
なにをどう解釈したらそうなるのか分からないが、何故かリアナの俺に対する好感度が上がっていってる気しかしない。俺としては拒絶したはずなんだが。それもやんわりと。
今度は少し嬉しそうな笑みをリアナは浮かべる。
「以前、二人きりで憩いの空間で食事をしましたよね」
「そうですね。あそこにはこの町にいる間、ミレナたちと何度か行きたいですよ」
「そこでのお話の内容を覚えていますか? 私に相手がいないということを」
「聞きましたよ。見つけたとしても既婚者だったと。ですが、一夫多妻制はこの国でも認められているでしょう? 今思えば不思議ですがどうしてアタックしなかったので?」
思い返しても不思議に思っていた。基本的に、一夫多妻制はどこの国でも認められている。他の大陸はどうか知らないが、それに則ればそのまま仕掛けても良かったと思うんだが。でなければ、あんな悲しい表情をすることもないだろうに。
「狙った、といってもそれは行き遅れにならないようにという急しのぎです。それに実際に話してみると下心丸分かりで、すぐに消しました。実はお相手がいたなんて、嘘なんです」
……アラサー女子って以前のリアナのようなものだろうか。結婚に飢えているというか、行き遅れるのを怖がっているというか……。大事なのはそこじゃないだろうに。
そして、重くない話を要望したのに結構重くなってきた。その上、身の上話までされたらたまったものじゃない。心情的にきついぞ。
「それと……私、実は両親を知らないんです。小さい頃からこの町の孤児院で暮らして、働けるようになってからは冒険者もしていました。孤児院にある程度の恩返しの為にギルド職員になり、その間に何度かお付き合い自体はしたんです。ですが、相手は全員私の肩書か、私の外見にしか興味がなく、すぐに切りましたけどね」
「そ、そうですか……」
「私自身も温もりを求めていたんでしょう。本当の家族望んでいたんでしょう。だからか、その反動で怖くなってしまいました。誰も『私』を見てくれないって。それを引きずって今のようになったのです」
わぁ、身の上話まで聞いちゃったよ。フラグは…………俺か、俺だな。さっき、絶対フラグを立てたのは。しかも結構重くなってきた。しかも、両親というワードが俺と共通してるせいか、どうにも他人事に思えない。
まぁ、だからといって、心を傾けるまではいかないけどさ。自作自演って、手もあるし。……そう言う意味では、俺って最低かな? だが仕方ない。俺の性格だし。治す気もさらさらないし。
「ですがユートさんは違った。ちゃんと『私』を見てくれた。考えてくれた。それがどれだけ嬉しかったか……婚約者さん達もそうなのでしょう?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。あなたは『彼女たち』を受け入れているのでしょう? 外見とか、性格とかじゃなく、彼女たち自身を。だから、婚約者さんたちもユートさんの側にいると思うんです。それに普通……彼女たちのような人は敬遠されがちですから」
「……ステラたちの強さ、ですよね」
「そうです」
確かに人間は「未知」に対して恐怖心を抱く。霊を怖がる人がいるが、それも霊が見えない、つまりは知ることが出来ないから怖いというのはよく例である。
そう言う意味では得体のしれない強さが怖いと感じる人もいるのでだろう。まぁ、それはさておき。
……確かにステラたちの外見とか性格だけで決めたわけじゃないんだが……俺、皆に話した覚えはないんだけど。なのに気付くとは……女の勘ってやつなのかな。こういう時は早く終わらせるに限る。
「それで結局何が言いたいんです?」
「言ったでしょう? 私の婚約者になってくれませんか、と」
「私は……無理です、そう答えましたよね?」
「それは私のことをよく知らないから……そうですよね? だから、私も他の場所に行くなら付いて行くとも」
「それも難しい話だ……そう言ったはずです。第一――」
「ユートくん」
寝ていたはずのミレナが俺の言葉を遮った。後ろから抱きつかれているので表情は分からないが、リアナを見ているのはわかる。
君、寝てたよね? それもすやすやと。いつから起きてたんだい? それと話はどこまで聞いた?
……なんかミレナの空間が甘くなった。なにを思い出しているのだろうか? 最近、この子たちの甘さは当事者の俺でも砂糖を吐きそうなくらいになってる。
「……ユートくんが私たち自身を受け入れてくれてる、ってところから。とっても嬉しかった」
そう言って自分の顔をすり寄せてくる。より抱きついてきて当たってるものがあるんだが……気にしたら負けだろう。どうせ、意図的にやってきてるんだろうし。
「リアナさん、一つ良いことを教えてあげる。打算でユートくんを落とそうしてるなら諦めた方がいいよ。ユートくん全く動じないし、それ以上に心象が悪くなるだけだから。婚約者にして欲しいなら、心の底じゃないと。それでようやく挑戦権を獲得できるんだから」
「それは……」
「私とステラちゃんは十年以上、クロエちゃんも私の事込みで最低でも三年……これだけの時間をかけてようやくなんだから……ユートくんのになりたいならそれくらいの覚悟がないと。あなたはそれが出来ていない。だから私は認めない」
押し黙るリアナ。図星のところでもあったのだろうか。それにしても……経験者は語る、実際に聞くと確かに重みが違う。自分でも何言ってんだろうって言う自覚はある。その原因が俺だし。
ミレナは二十年くらいで、ステラは十年弱、クロエもミレナの紹介とかじゃなかったら王族だったとしても何年かかるか……というか、王族ってだけでアドバンテージがあるような気がしないわけでもない。……客観的に見ても本当、何やってんだと思われても仕方ない。
ミレナは勝ち誇ったようにリアナを見ているんだと思う。その証拠に鼻を鳴らして言ってやったぞ、という雰囲気が抑えられていない。
ステラとクロエが寝ているはずなのに機嫌が悪くなったので頭を撫でるとふにゃ、と表情を崩した。よしよし、可愛いな~。
「……私は?」
「後ろから抱きついて頬ずりしてるんだからそれで満足しなさい」
「ぶぅー、ぶぅー」
口では文句を言いながらも人の顔を勝手に移動させてキスしてくる。何度かしたら満足したように離れた。
「…………満足したか?」
「うん、した」
「ユートさん、その……お願いがあるのですが……」
リアナ曰く、久しぶりに甘えたくなったらしい。孤児院を出てからというもの、日々を忙しく過ごし、恋人なんて居なかったため、ちょっと恋しくなったそうだ。
俺の方の返答はと言うと……ミレナが勝手に決めた。勿論、俺に意見を挟む余地なんて一ミリもなかった。……俺が聞かれたんだけどなぁ。
その後、ミレナが部屋の端にあった二つのベットを真ん中でくっ付けて、俺はその片方から寝かされた。丁度、ベットを横切る体勢になっている。
俺の膝の上で眠っていたステラとクロエは俺の胸を枕にして俺を抱き枕にして寝ており、その外側からミレナとリアナが来ている……という構図だ。
これら全てをミレナの空間魔法で行ったので俺は行動を起こすことすら出来なかった。というか、魔力の無駄遣いである。本人は全然そんな気はしていないが。
二つのベットを合わせたことで広くなったところでミレナは、俺の斜め上辺りを大きく使っていた。俺の真横に顔を近づけて満面の笑みだ。
対するリアナはミレナの反対側でミレナより少し離れて俺の手を抱きしめている。
「……ミレナさん、俺の意見はどこいった?」
「いいじゃない。今回は私に免じて、健闘したリアナさんにこれくらいはいいでしょ」
他人の発言権及び行動権を掻っ攫ったミレナはまったく悪びれてない表情で笑いかけてきた。そもそも、笑いかけている時点で悪いと思っていない。
「それに泊まっていい、言ったのユートくんじゃない」
「まぁ、そうだけどさ……」
その肝心のリアナが俺の腕を抱きしめた状態で嬉しそうなんだよ。それに大分目がとろんとしてきて眠りそうだし。未婚の女の子がそんなにガードが柔くてどうするんだよ? 母親じゃないけどさ、少し心配になる。
「ご心配なく。ユートさんがそんな意図じゃないのはミレナさん達を見れば明らかです。それに……やっぱり温かいですね。落ち着きます」
会って数日程度の異性にどうしてそこまで心を許せるのか、俺は不思議でならない。そう言う意味ではクロエも同じだ。
ステラとミレナは年月としてはどちらも結構長いので別に気にしてない。むしろ、よくそんな長期間耐えてきたものだ、と感心すらしてる。
「なぁ、ミレナはリアナと口論したり、こうやって手伝ったりと賛成と反対、どっちなんだ?」
俺はミレナに聞いてみた。今までもそうだが、ミレナは普段リアナを敵対視してるくせにたまにこういうことをするのだ。ちょっと理解できない。普通なら、近づけないようにするだろうに。
「私は二回、ユートくんと離れ離れになりそうになった。一回目は小さい頃に、二回目はこっちに来る時に。だから、周りで恋路が叶わないのは嫌だなって思うの。でも、本心でユートくんに近づかないならそれはダメ」
ミレナは一度、句切ってそれに、と付け加えた。
「ユートくんはかっこいいから他の人から好かれちゃう。それでその人が本心からなら応援するよ。私がそうだったから。でも、私もちゃんと見てね」
そう言うとミレナは微笑んだ。……つまり、どっちもってことね。相手の恋路はたとえ俺相手でも応援するが、本心からじゃないと駄目。だけど、自分たちもちゃんと見て、と。
女性の本能的に取りづらいと選択だと思うんだが……。
続きを聞こうにもミレナはまた寝てしまい、リアナも穏やかな表情で眠っている。
ミレナと過ごして何年もたつが未だに全部は分からない。いやまぁ、全部わかるとは思ってないんだけどさ。人に言えない秘密の一つや二つ誰にでもあるだろうし。そこら辺は、ミレナが自分が話すのを待つしかないか。
……俺も寝るとしよう。
読んでくれてありがとうございます。




