四十九話 ……ここからが本当の試合か
開始の合図があったのだがステラは右手に持つ木剣をだらんと下げたまま動かない。ステラの厄介な点の一つ目はここ。動きが予想できない事だ。
ステラはリュートさんから徹底的に剣技について教わり、それをある程度以上オリジナルに昇華させてきた。この型が無い体勢もその一つ。まぁリュートさんと同じなんだけどね。ただ、リュートさんは下げて一気に来るんだけど、ステラはいつ来るかが分からない。なので常に見てないといけない。
目を離すか、意識を逸らす、もしくは気を緩めたら即座に大敗を喫すること間違い無しだ。以前の俺がそれを証明している。確か……最短で負けた時間は一秒無かった。その時のリュートさんからは苦笑いを貰ったよ。
ちなみに今のステラに向かって行っても返り討ちに会うだけだから必然的に俺も様子見になる。これも過去に何度経験した事か……
ただ、いつもと違うのならばその瞳の力が強く、常に俺と目が合ってる事だな。普段ならどこか虚空を見てる。大体、自分より後ろか右上辺りを。
それから数分ほど睨み合い? が続いて、ようやくステラが動き出した。こっちに向かって一歩ずつ歩いて来る。その足並みは物凄くゆっくりだが、瞳の強さは一歩進むごとに強くなっている……様な気がする。
ステラと戦う上で厄介な点二つ目。あり得ないくらいに緩急が鋭い。多分、居合とかと同じ事なんだろうけどゼロからイチ、イチからゼロの緩急の切り替わりが驚くくらいに早いの。
リュートさんからもその速さはお墨付きを貰ってるし、国内旅を始める前にリュートさんと模擬戦をした時にはリュートさん以上の緩急の鋭さだった。それこそリュートさんが参った、と言うくらいには。総合的にはまだリュートさんの方が上みたいだけどそれもあと数年、ってとこらしい。
俺とステラとの距離が十歩を切った時、ステラの姿が消えた。そこからはもう反射的に全力のバックステップ!
体感にして一瞬、実際には二秒くらいかな? それくらい下がると元居た俺の位置から少し進んだ所でステラが木剣を振り切っていた。だが、相変わらずその目は俺を離していない。
「流石お兄ちゃん。最初はもう当てられないかも」
「いやいやないない。それにまだステラは本気が出て無いだろう?」
ステラの厄介な点三つ目。これがただの身体能力だって事。魔法で一切の強化をしていないただの身体能力でこれ程の速さ、ついでに強さもある。加えてステラはまだまだ本気じゃない。今のじゃ、三割超えてたら良い方じゃない?
ステラは再び力を抜いて剣を下げる。そして、こっちへ一歩ずつやって来る。あぁ、まだまだ厄介な点はあるよ。今のこのステラの居合戦法、実はステラの強さ的にはまだ初歩の方なんだ。強くなってくると緩急の時間が短くなって、魔法を組み合わせて戦闘が巧みになってくるからね。
脳がどういう処理能力を持ってたらそんな行動が出来るんだよ! ってな感じの動きを平然とやって来るしね。脳が凄い処理能力を持ってる事は知ってるんだけどさ……
ステラを見ていたらそのステラの姿が見えず、俺の身体が勝手に動いている事を今更ながらに認識した。目の前には見失ったステラの姿が。俺の身体はステラの剣の軌道に槍を構え、威力を逃がそうとバックステップの体勢になっていた。俺も慌てて槍に三重の「耐久強化」を張る。
それで剣と槍が交差した時、俺の身体は後ろに吹っ飛んだ。交差する前にダメージを抑えるクッション系の風魔法を使っていたお陰で軽く肺から空気が出る程度で済んだ。強制的に空気を出される経験は何度として来たが、やっぱり苦しい。
それと三重と元々掛けていた五重、合わせて八重だった「耐久強化」は全部壊されていて、槍まで軽いヒビが入っていた。普通にこえぇよ。ただの膂力でここまでの威力が出るんだぜ? もし体に当たったらそこから上下か左右に泣き別れをする事になるね。
「げほっ、げほげほっ。……前より威力が上がってないか?」
「うん。そうみたい。お兄ちゃん、まだまだ行くよ」
「ちょ、まっ――うぉ!?」
もう俺の身体能力では避ける事が難しくなって来てるので威力ゼロの風の砲弾を自分に当ててステラの突進を避ける。これ、まだ突進なんだけど時間が経つごとに追随してくるんだ。それで顔が引き攣るのは俺だけじゃ無いはず。
ここでステラの厄介な点四つ目。それはステラがスロースターターである事。最初からかなりの強さなんだが、時間が経つごとにその複雑さや速さ、全体的な能力が本来の全力になっていく。
そう考えると半日も戦闘を続けたらちょっと俺には想像が出来ないくらいの強さになっていそう。
そうしてステラの突進を強引なやり方で避ける事、十数回。ステラの突進には早くも次への動きに移動する動作が見て取れた。……あれ? いつもよりも強くなるの早くない? そう言えば初撃と二撃目の間隔も少し短かったような――
気づいたら俺は地面に倒れていて、ステラが馬乗りになっていた。辺りを見渡すと俺の足元から数メートルほど離れた所に三つに分かれた木槍と木剣が重なり合っていた。
「……私の勝ち」
「そうだな。俺の負けだよ。それで最後の方はどうなってたんだ? 全く認識できなかった」
「う~んとね、お兄ちゃんがちょっとだけ油断してたから槍を三つに斬って抱きついたの」
へぇ~木剣で物って斬れるんだ~。ってそんな訳ねぇよ! 一体どういう斬り方すれば斬れるの!? 元はただの剣だよ? それに十重以上の「耐久強化」を常に張ってたのに簡単に破られたのも意外とダメージが……
一人でさっきの流れを反芻、反省していると急にステラの顔が眼前に現れた。……吃驚したぁ。驚かさないでよ。
「ううん。そんな事無いよ」
「うん? 何がだ?」
「お兄ちゃん、自分の事をダメとか、弱いって思ってるでしょ? 全然そんな事無い。だって、私の全力を受け止めてくれるのはいつもお兄ちゃんだけだもん。パパはその前に負けちゃうか、引き分けになっちゃうし、ミレナやクロエはそもそもやってくれないもん。それ以外になると最初で終わるか、初めからしてくれない……お兄ちゃんだけなの、存分に出来るの」
「お、おぅ。……………………そうかい」
珍しいステラの長文。まぁステラからそう言って貰えると少しは気が楽になるかな。何と言うか認められる感じがして。大方、ミレナの差し金なんだろうけど、それでも嬉しい。ある意味、ミレナには頭が上がらないな。そう言う意味ではミレナは俺よりも何段階も上だよな。
決闘も終わったし、あとは甘えるだけなんだろう。ステラがうずうずし始めているんだが、その前にステラに断りを言って起き上がらせて貰った。流石にこのままじゃ、動きが取り辛い。
俺が起き上がる間も俺から離れる事は一切なく、起き上がるとステラは両腕を伸ばして待っていた。
俺はステラを抱きしめる。ステラが苦しくならない程度に強く。ステラは驚きの方が強いのか、固まったままだ。
「……ありがとう、ステラ」
「!!!!!?????」
耳元でそう囁いて首筋に顔を埋める。その所為か、ステラの感覚がじかに伝わって滅茶苦茶驚いているのが分かる。それから頭を抱かれる感覚からはステラの母性を感じた……。
顔を離すとステラはぽーっとしていて、ちょっと虚空を見ていた。その状態で俺からキスをすると意識が戻って来たらしく、大きく目を見開いていた。何か言いたいみたいだが、口が塞がっているので何も言えない。ただ、驚いているのだけは分かった。
唇を離すとステラの顔がみるみる赤くなり、まるで茹でだこみたいだ。照れてるステラを見るのは中々に珍しいなぁ。
そんな感じ見ていたせいか、ステラの目には少しだけ恨みがましさが宿っている。まぁただ可愛いだけだが。
「……う~お兄ちゃんのばか」
自分の顔を隠す様に抱きついてくるとその顔をいやいやと横に振って何かを消そうとしているみたいだ。あぁそれと、さっきのステラの小さい独り言みたいなのはしっかりと聞こえてましたよ? 本人的には小さくしたつもりなんだろうけどね。傍にいる俺にははっきりと聞き取れました。
それを指摘すると余計に恥ずかしいのか、抱きしめる力が強くなった。
そこら辺でミレナ、クロエ、領主さんがやって来た。部下たちは俺とステラを見て和んでいる。……おい。
ミレナは後ろから、クロエは傍に寄り添う感じで近づいて来て、領主さんの方は何やら満足そうだ。ミレナの方から圧を感じたのでミレナ……とクロエを撫でるとその圧が消えた。
「いや、素晴らしかったよユートくん」
「はぁ……特に見てる分にはそこまで得られるものなんて無いと思うのですが」
「まぁぶっちゃけ私も何をしてたなんて分からないさ。一つ分かる事とすればユート君たち四人の実力はかなり高いという事だね」
「ステラたちは兎も角、俺は……」
「そこは彼女たちに任せるとして……実力云々抜きに面白いものは見れたからね」
それでぽんと大金貨が入った袋を渡して来る。こんな大金をさらっと渡せる辺りは素直に凄いと思うんだけどなぁ。目的に余興が入ってるじゃねぇか。ほら見なさい、クロエが恥ずかしがってステラみたいになっただろう?
クロエも顔を隠して私を見ないで! と言外に言っている。
何とかステラとクロエを復帰させた後は領主に「機会があったら」と言って館を後にした。途中でいつでも来て良いと言われたが俺は御免被る。それにそろそろ次の都市へと向かいたいのだ。ある意味次が最も重要と言えるからなぁ。
〈旅人の宴〉へと帰る途中、ミレナから結構恐ろしめなこと言われた。
「ユートくん、帰ったら説教をします」
「何故に?」
「ちょっとユートくんの精神を叩き直そうと思いまして」
「ミレナって大体が唐突だよね」
「ユートくんの事が大好きですから。……これはそれ以上にユートくんには自信を持って貰いたいの」
いや、俺が自信を持てないのって自分でも分かってるよ? だから、ヘタレだっていう自覚もあるんだから。ミレナはそれを身を以って経験してるよね? ステラも感じてるところはあるんじゃない?
そんな既に分かっている事を何故に問いただすんだ? それにこれは俺が自分自身で解決する事だと思うんだけど。
「それとユートくんは何でも一人でやろうとするので人に甘える事も覚えて貰います」
うわ……ミレナ、目がマジだよ。そこでミレナがステラと場所を変わった。ステラはまだ照れがあるのか、後ろの方にささっと隠れてしまった。
そして、ミレナから囁かれた言葉には若干、ヤンさんが入っていたんじゃないか? だって、「達成できるまで終わらないからね?」って言うんだぜ。まさか、決闘が終わった後からが本当の試合とは……一難去ってまた一難とはこの事か。
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