四十八話 ……二人共強すぎない?
俺たちは今、昨日の訓練場にいる。昨夜ああなったとは言え了承してしまったし、領主さんの部下が聞いてたらしく、自動的に取り消しは無くなった。
気づかなかったよ。色々と大変だったから。ステラたちは気付いた上で知らない振りをしてみたい。
まぁなっちゃったもんはしょうがないんだけどさぁ、流石に大勢の部下も一緒に見させるってどうよ? ……ねぇ領主さんよ? 多分血反吐吐く奴がいると思うんだけど。
ジト目で非難してみたが、柳の様に受け流された。加えて頑張れーと呑気な応援までしている始末。ちなみに応援しているのはステラたちの方だ。気持ちは分からんでもないが、こっちにも一言くらい良いんじゃないか? せめてお詫びとか。どう見ても俺は巻き込まれた側だし。
それから皆さん一向に視線を合わせてくれないので諦めた。それでステラたちに視線を戻すと誰かさんが拗ねておられた。頬を膨らましてこちらを睨んでくるのだが、普通に可愛い。だが、この後を考えると素直にそう思えない。
「むぅぅぅぅぅぅううう」
滅茶苦茶不機嫌そうな声まで出しておられる。怖さなど一切ない。寧ろ、ただ可愛いだけである。まぁこういう表情をしてくれる事自体が幸せなんだけれども。最悪の場合は超冷たい視線で無表情で見るからね。過去に何人か体験した人がいる。……俺はしてないけど。
ところで俺が決闘する順番はミレナ、クロエ、ステラに決まっている。ステラが不機嫌になる前に三人でじゃんけんをした結果、勝った順にそうなった。
三人とも意気込みが凄いのだが特にステラが凄い。今すぐにでも木剣の持ち手を握り潰しそうだ。……言ってる自分も怖くなって来た。俺、大丈夫かなぁ。
一先ず気持ちを切り替えてまずはミレナ、と。ミレナが使うのは木製の短剣。基本は精霊属性で攻防が一体だし、空間属性は距離が関係ないので最も扱いやすい短剣を使っている、と言っていた。
まぁその二つを使わなくても身体能力だけで結構いい線行くんだけどね。それに空間属性って障壁があってもあまり意味が無いのである意味三人の中で最もやりづらい。総合力なら一番はステラだけど。そのステラが最後の時点で俺は嫌な予感しかしないよ。
で、本題のミレナは昨日の様に慌てていた感じは無く表情は穏やかだ。ただ一つ、目だけが笑ってないのが非常に気になる所だが。
試合が始まる前に俯瞰全視、高速多考に超感覚を発動して、ついでに自分の体も耐久力を上げておこう。……まずは三重で。
そして、審判の合図が始まるゼロコンマの刹那的な瞬間にミレナの姿が俯瞰全視から消え、始まったと同時に俺の背中に柔らかい感触と、首筋に何かが当てられていた。
超感覚すらも使えなかった。バルガーには使えたのに。それと耐久強化の三重掛けも普通に破られてた。
ここまで空間を移動したんだろうけどそれにしても早すぎない? 首筋には見間違えようも無く木製の短剣が。で、俺はミレナに後ろから抱き締められていた。そこでミレナから下される命令。……羨ましい? ははっ。言ってろ。
「ユートくん今持っているものを降ろして」
俺は指示に従って木槍を地面に落とす。カコンッと言う音が良く響く。誰がどう見ても俺の負けであり、もう終了のはずなのだが審判は素知らぬ顔。領主さんは興味深そうにこちらを見ているだけ。ステラたちは羨ましそうにこっちを見ていた。
多分、ミレナが満足するまでこれは終わらないんだろうなぁ。そして、それが後二回。持つかしらん。
「こっちを向いて」
再び放たれるミレナの命令。振り返るとミレナも短剣を落とし、俺にしなだれかかって来た。ただし、視線は俺の目を見て離さない。
領主さんの方からヤバい感じがしたので視界を潰そうと風の壁でも張ろうとしたらミレナに壊された。その視線はさせないと言っている。
「領主様ばかり見て何で私を見てくれないの? 主役は私たちなのに」
改めてミレナを見るとこの方も拗ねてらっしゃる。って事はクロエも拗ねてる可能性が高い。そう考えたらミレナからの非難の視線が強くなった。
「クロエちゃんの事を考えたでしょ?」
「いや、まぁ、その……はい」
「今は私だけを見て欲しいな」
相変わらずミレナの俺限定で心を読む能力は平常通りのようだ。しかも瞳を潤ませながら懇願するように俺を見て来る。あざといよ。
それとさっきからミレナが使う精霊たちが俺の両腕をミレナの腰に回そうとしている。幸いにも精霊たちの力はそこまで強くないので俺と精霊たちの攻防は拮抗しているのだがそれの時間に比例してミレナさんの機嫌は悪くなっていく。
「ユートくん、この決闘どっちが勝ったか分かる?」
「……ミレナさんです」
「昨日ユートくんはなんて言ってたっけ」
「……どっちが勝っても甘えて来て良いと言いました」
ミレナは「じゃあ……」と言葉を区切ってこちらを見つめて来る。精霊たちも引っ込め、目が何が言いたいか分かるよね? と言っている。
自主的に両手を腰に回すとミレナは満足そうに頷いた。そして、目を閉じる。……いつも思うんだけどさ、君たちってどうして公の場でしたがるのよ? 毎日最低でも一回はしてるよね? プライベートだけでいいじゃん。恥ずかしいんだよ。
精一杯表情で訴えた。絶対分かってるはずなのに一切の反応を示さないミレナ。領主側のテンションはどんどん上がっていっている。あれ? 血反吐吐いてる奴がいない。
いや、反応は示しているか。早くして、とせがんでいる。服をぎゅっと掴んだり、少し背伸びをしたりと。
…………まぁ敗者は勝者の言う事を聞こう。そう言い訳でもしないと恥ずかしさで死にそうだ。
腰を軽く叩くとミレナはゆっくりと目を開ける。そこでミレナにキスをする。途端にミレナの顔を真っ赤になるんだが、気にしない。せめてもの仕返しだ。この人、仕掛けるのは得意なのに実行されてそれを自分が認識してると恥ずかしがるんだよ。これを知ったのがあの日なのは少し複雑な気持ちだが。
唇を離すとミレナがもっとと視線で訴えて来る。同じく俺も拒否の意を示すとミレナは悪そうな笑みを浮かべる。口角の上がりが何ともわざとらしい。
その表情に比べて行動は迅速。俺は一歩も動いてないし、強い風なんて吹いてないので倒れるはずが無い。なのに今の俺は後ろに身体が倒れて行っている。後、ミレナの腰に回した時から俺の体が一ミリも動かない。逃げられないのはこれが理由。
まぁミレナがしたのは明白だけども。そんな事出来るのもする意味があるのもミレナしかいない。当の本人は俺に全体重を預けて、迫って来ている。
それで俺が地面に座り込むのとミレナからキスされるのは殆ど同時だった。しかもこの人舌を入れて来てるよ。……されるがままに好きにさせていたら満足してくれた様で、ようやく離してくれた。頭を固定されてるから逃げようにも逃げられなかったんだよね。
俺はミレナがキスで満足してくれたと思ったんだが、違ったらしい。今度は身体を丸めてステラみたいに甘える。次は俺の手を自分の頭の上に置いて撫でろと言う。ご希望通りに撫でて上げると気持ち良さそうに目を閉じた。
やぁ~公の場でここまで甘えて来るのは初めてだなぁ。一体何が切っ掛けだったんだろうか。考えてたくもないね。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇっ! それ以上はダメ!」
ステラが物凄い速さで走って来て、ミレナを退ける。ミレナははいはいと言う感じで俺から離れた。ステラはと言うと俺にくっ付いて幸せそうだ。ミレナと追いついたクロエはやれやれと言った感じで呆れ気味にステラを見ている。
「ほら、ステラも離れて。次はクロエとなんだから」
今回は意外に聞き訳が良い。さっと立ち上がり、俺が立つのも手伝ってくれた後、ミレナに呆れられながらも見学席の方へ戻って行った。……ステラには失礼だが怪しい。今回は何を企んでいるんだろうか。
それまで待っていたクロエは既に杖を持って準備万端。気を取り直して俺も槍を取って構える。この三人の中で唯一クロエだけが真面に攻撃のモーションに移れる。だって、残りの二人はそもそも攻撃の「こ」すらもさせてくれないし。
ちなみにパーティという意味では俺を除けば出来る。ステラが前衛、ミレナが遊撃、クロエが後衛と言った感じで。俺がいる意味ってあんまりないんだよね。三人曰く、やる気が上がるらしいが。他に強いて言えばステラの代わりに盾になって火力を増やす事かな。
「始めっ!」
審判の合図で少し空中に浮かぶ。途端に地面が動き、あと一瞬でも遅れたら俺の脚は掴まれて最終的には身動きが取れなくなってた。
クロエって基本的に光属性の魔法しか使わないんだけど、こういう時は自然属性も使って来る。で、それが思った以上に厄介なんだ。自然に属する物、例えば土とか草とか木とかね。こういうのを自在に操るんだよ。
クロエ曰く、まだまだ強くなれるそうだが今でも十分に厄介だよ。
幸い効果の範囲がまだそこまで広くない為、範囲外に移動すれば一先ずは安全だ。とは言ってもまだクロエの自然属性は厄介な事が多い。自然を操るってのが意外に応用が聞いてね。水も操ることが出来るんだよ。
魔力的にもクロエには劣るので範囲内の場合、水属性は役に立たない。という事で俺が使えるのって風と光と氷の三つの属性なんだよ。それも風と光は攻撃系が殆ど無いし、氷は魔力消費が多い。一応、ステラの時にも残さないと本当に何もさせて貰えない気がする。
以上によって槍での直接攻撃くらいしかクロエとする場合は方法がない。よく考えると凄い縛りだよね。
「お次はこれですよっ」
突如、俺の周りが二重の光の壁に覆われた。クロエお得意の「聖壁」と「絶壁」のコンボだ。片方だけなら壊すのも簡単なんだが同時なので少し厄介なんだ。物理と魔法どっちでも壊しにくいからね。それもクロエのなので一般的な物よりも強力だ。
俺は「氷翔」で氷の礫を浮かべて槍の一撃と一緒に壁にぶつける。まぁこれを何回かしないと壊せないけどね。
「氷翔」と槍の同時攻撃が三回終わった所でクロエの範囲内に入った。即座に浮かぶ。土が俺の両脚を掴み損ねたと思ったらこっちに伸びて来た!?
「はいぃぃっ!?」
咄嗟に「風踏」でより高い位置に移動する。それからクロエと距離を取る。確かに一年くらいは皆とは模擬戦的な物でもやってなかったけどミレナのもそうだったし、クロエもかなり上達してる。となるとステラがどうなってるか想像もしたくないんだが。
さっきよりかなり多めに距離を取って仕切り直そうと気持ちを切り替えたら、クロエからクロエらしくない笑みが浮かんだ。まるでミレナが罠に引っ掛かった時に見せる笑みの様だ。って、まさか!
空中に上がろうとしたら足が動かず身体がガクンッと下に引っ張られた。見ると俺の脚は地面に少し埋まっていて、身動きが取れない状況だった。
「ユート様掴まえた♪」
まぁ上機嫌なクロエがこっちにやって来る。俺はここから逃げ出す為に全力で魔法やスキルを使いながら壊しに掛かってるのにビクともしねぇ。涼しい顔してどれだけこれの維持に本気なんだろうか。
結局多少は削れたけどその程度でクロエが着いてしまった。それで杖を俺の首に当てて先を促される。
「……参りました」
「ふふふ……私の勝ち、ですね」
「そうだな」
クロエは俺が使ってる槍と自分の杖を傍に置いたら自然属性の魔法も解いて抱きついてきた。それもステラやミレナの様に強くなく、ふわっとした優しい感じだ。
クロエは毎回こんな感じなので最早、反射的に抱き締めてしまう。クロエもクロエでそうされるとちょっとだけ力が入る。ただ態度を見る限り嬉しい様なので続行しておこう。どうせ、時間になったらステラが来そうだし。
予想通り数分ほど経ったらステラがこっちにやって来るのが見えた。クロエもそれを感じ取ったみたいですっと離れた。まぁちょっと名残惜しそうだけど。
軽く頭を撫でると嬉しそうに笑いながら身を任せている。手を離すと見学席の元へ戻って行った。あぁ、クロエにはあのまま純粋でいて欲しい。
「お兄ちゃん次は私と」
「はいよ……」
やる気前回のステラさん。右手に持っている木剣は今にも折れそうなんじゃないかと思ってしまう。だがその視線はクロエを向いており、何を考えているのか一目瞭然だ。
で、視線が戻ってくると完全にこちらをロックオン。まるで獲物を狙うハンターみたいだ。
この中で最も強いであろうステラにはこれまで以上に俺も頑張らねば。……別に今までが本気じゃなかった訳じゃないよ? 第一、ミレナ相手には何もさせて貰えなかっただけで。クロエには攻撃方法が殆ど無かっただけで。
読んでくれてありがとうございます。




