店主、現状を確認する
日も暮れ、街中では夜の街に繰り出した酔っ払いたちが千鳥足でふらふらと陽気に騒いでいる。
サイフォンの漏斗の汚れを洗い流し、フラスコに差し込む。片付けも一息ついたところで客席に回り、カウンターの椅子に腰掛ける。
「今日はお客さん少なかったな。仕込んどいたやつもロスがいくつか出ちまうな。」
朝に拾い者をした後、急いで開店作業を終わらせて店を開けた。
しかし、常連さんがいつも通り来店してくれた後は客足はまちまちで、太陽が山の向こうに消えかかる頃にはお客さんの姿は店内にはなかった。
少ない売り上げの誤差がないか点検し、明日の食材の発注数は少なめにしようと考えてため息を吐く。
自室のベッドに寝かせている青年は目を覚ましただろうか。売り上げの少なさに落ち込みながら、2階へと向かう。
2階の自室に戻ってみると、少年はまだ眠っていた。気持ちよさそうにヨダレを垂らしながら、寝相も悪いのか掛け布団が床下に落ちてしまっている。
先のため息とは別の呆れた意味のため息を吐きながら、クローゼットからゆったりしたシャツを取り出し、仕事着から私服に着替える。
「んぅ、う、ん、、、ここは?」
ちょうど着替え終わった頃に少年が目を覚ましたようだ。
「おう、目が覚めたか少年。体調は大丈夫か?」
「うわっ!え、えと、はい。だ、大丈夫です、、」
「そんなに驚いてんじゃねえよ。こっちがビックリすらぁ。」
「すいません、、、」
起きて早々、見知らぬ誰かから声をかけられ驚いたのか大声でリアクションした少年に苦笑しながら、体に大事がないか確認する。
目が覚めて早々悪いが、少年から色々話を聞かないとな、、、、、
「なぁ、少年。いやその前に自己紹介だな。俺の名前はバンク・ハリマー。ちっさい珈琲屋をやってる。少年の名前は?」
「俺は、野島 悠人です。が、学生です。」
「ノジマ ユウトだな。それじゃ、ノジマ君。お前、何で俺の店ん裏で倒れてた?」
「、、、、、、、、。」
少年は俺の質問を聞くと、顔を俯かせて何か悩んでいるようだった。
つっても何を悩んでんのかは大体予想がつく。
てかある程度は知っている。
大方、なんか気がついたら知らない土地にいて、周りの人も喋っている言葉も分からず、それでも何とか情報収集しようとしたら街の人に不審がられて、警備隊を呼ばれて、慌てて逃走。
んで逃げて疲れ切って倒れた場所が俺の店の裏手だったっていうオチだろうなぁ。
おそらく街の人が警備隊を呼んだのも、この少年の対応に困り、警備隊に放り投げたかったからだろう。
そんでノジマ君が慌てて逃げたもんだから、余計不審がられて、ありがたく不審者の仲間入りとなったとさ。
「あの、バンクさん。信じてもらえないかもしれません。それでも話を聞いてくれますか?」
ノジマ君は神妙な面持ちで何か決意したように口を開いた。
「あぁ、アホみたいな話だろうが一応聞いてやるよ。ほら話してみろ。」
「ありがとうございます。実は俺、この世界とは違う世界から来たっぽいんです!!」
うん、だろね。ノジマ君が着ている服が『変な服』、もとい『学ラン』の時点でそんな気がしてた。
「、、、それで?」
「それで、気付いたら知らない街にいて、最初は定番の異世界転移来た!って喜んでたんですけど、冷静になったら周りの人が何喋ってるか分かんないことに気づいて、一気に不安になっちゃって、何とかしないとって色々してるうちに警察みたいな人たちに追いかけられました。」
俺ちゃん、大正解。ところで今の話のくだりで気付かんのかね、この少年は。
「それで夢中で逃げてるうちに気がついたら暗くなってて、大通りに出てまた警察に見つかったら拙いと思って、路地裏に隠れてたらそのまま寝ちゃってました。」
「そんで隠れた路地裏が俺の店の裏で、俺がノジマ君を見つけて、気がついたらベッドの上だったと。」
「はい。そうなります。信じられませんよね、こんな話。」
「いや、信じるよ。嘘ついたって仕方無えしな。」
俺の言葉にホッとしたような様子を見せる少年。しかし少年が気を緩ますにはまだまだ早いんだよな。
「ノジマ君が言ったことが真実だったとして、だ。ノジマ君、お前はこれからどうすんだ?」
「どうって?」
「身寄りもない、知っている土地でもない、何も分からないこの世界でお前はどう生きてくんだってことだ。」
少年は現実に気がついたようで、緩んだ顔を一転させ、真っ青になった。