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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
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地雷原でタップダンスしてると思ったら、核爆弾が降ってきた。

 木製の扉の開閉音。それは、この小屋の独裁者がやってきた音。


「クソっ!?」

「ひうぅ!」

「え?」


 反射的に鉄格子の方を見て悪態をついた気分が、すぐ傍から聞こえてきた可愛らしい悲鳴にかき消される。

 視線を再び金髪ロールに戻すと、年齢から見ると大きいけど、六歳児相当の小さい体をさらに限界まで縮め、頭を埋めて丸まっていた。。


「もうやだぁ。おうちかえりたい。おとうさまぁ」

「思ったより重症だなこれ」


 と、そんなことを考えてる暇じゃ……あるな。しまった!さっきの会話の流れで、私縄解いちゃってるじゃん!

 これはもう事前の準備があれこれとか言ってる場合じゃないね。ええい。サディスト野郎め。気分でやって来るからアイツだけパターンが読めないんだよ。

 とりあえず金髪ロールと並んで壁際に座り、両手を後ろに回す。当然千切った縄も回収。私がギリギリ準備を整えられた直後に、奴はやってきた。


「やぁ僕たち。睡眠はちゃんととれてるかな?」


 その丁寧で優しげな口調を聞いただけで肌がざわつく。

 全ての前提も尊厳も無視して、宿る力のままになぶり殺せと体が告げる。

 静かに息を吸って、吐く。魂に逃げて肉体の痛みを無視できると言っても、体が味わったあらゆる情報は魂に情報として記録される。例えるなら延々とスプラッター映画を見続けさせられるようなものだ。しかも対象は自分の体。殺意を持つのは当然の帰結とも言えるが、ただ感情のままに人を殺すなんてあってはならない。それじゃああの女と何も変わらないではないか。

 返答が無いのを気にすることもなく、サディストはこちらに歩み寄ってくる。

 当然今から趣味が始まるのだろう。そうなったら縄のことは隠しきれない。選択肢は一つで問題は二つ。目の前の変態と、横の恐慌状態寸前の金髪ロールだ。

 精神に異常がある状態で連れ歩くなんて怖すぎる。無理矢理にでも克服させる。ただし専門家でも何でも無い私にできるのは、思いつく限りのショック療法だけ。素材は一つ。確率は不明。でもやるしか無い。まったくもって最悪な話だが、やることだけは簡単だ。後は賽の目がどう出るか。

 体の後ろで必要な準備を終わらせると、後は待つだけだった。歩み寄るサディスト。私達の直前まで迫り、目線を合わせるためにしゃがみこむ。

 よし、ここまではいい。後はどちらに視線を向けるか。現状でも不可能ではないけど、できる限り可能性は上げておきたい。

 目前に座り込むサディストの目が彷徨う。まるで種類の違うお菓子のどちらを食べるか悩む子供のように。そして、その視線が…………未だに丸くなって独り言を呟く金髪ロールに向いた。

 サディストの口角が上がる。その瞬間、奴の意識が完全に金髪ロールに向けられた。


「っ!!」

「ガッ!?」


 十分。それで十分だ。

 足が縛られてるから一息に体ごと飛びかかり、自由になった左手で首を掴んで地面に押し倒す。

 突如のことに反応できなかったサディストは、ただ体が反応するままに空気を求めて口を開く。その瞬間を待っていた。

 開いた口に向けて、縄を巻き付けた右腕を突っ込む。


「がぅ!?はっ、はふははふはふふは!!」


 意味の分からない言葉を喚き散らしながら両腕を振るうサディスト。ここまで上手くいくと思わず笑いたくなってきてしまう。大人と子供の体格差があるとはいえ、光属性が闇属性を攻撃するとは笑える話だ。

 迫りくる右腕に自由になった左手で応戦。一撃で腕の骨を砕く。口に突っ込まれた右手のせいでまともに叫べない中、痛みで怯んでいる隙に足で左腕も粉砕する。

土属性だったらまだ可能性があったかもしれないが、目の前の変態は水属性。世に有名なのかどうかはしらないけど、水牢なんて拷問まで受けたから知っている。属性が二つある可能性もゼロじゃないけど、そんな人間は盗賊なんてやってない。

 今の所賭けには勝っている。でも今までの賭けは、最悪負けたなら負けたでリカバリーの効く賭けだった。重要なのは次の賭け。これに勝つか負けるかで、脱出計画自体の難易度が変わってくる。

 組み伏せている賭けの材料に目を向ける。必死に右腕に巻いた縄に歯を立ててるサディスト野郎。殺そうと思えばいくらでもタイミングはあった。わざわざ生かしたのが吉と出るか凶と出るか。


「エリザ」

「ひうぅ!?な、なに?」


 チッ。目の前で原因を組み伏せても幼児退行したままか。


「エリザ。お前がこいつを殺せ」

「え?……え?……むり!むりむりむり!」

「無理じゃない。素手でも人ひとりぐらい殺せるだろう」

「むり!むりなの!」


 ああもうこれだから子供は嫌だ。理屈を介さぬ自己中心生物。現実より心情を優先させるクソ野郎。

 王女じゃなければ本気で置いていくレベルだ。だが必要性がある以上、面倒だという自らの心情で見捨てることはできない。そんなことしてしまえば、それこそ今の金髪ロールみたいな愚鈍な生き物に成り下がってしまう。


「聞け、エリザ。よく聞け」

「いや!いやよ!」


 お前が嫌だろうがなんだろうが知ったことじゃない。


「お前がこの男を殺せ。さもなくば自分で自分を殺せ」

「じ、自分を?なんで……」


 私もそう思う。適当に言ったけど意味分からん。

 が、こういう時に大切なのは勢い。相手が混乱してるなら、まともな思考が戻らない内にひたすら言葉を重ねる。


「なんで?馬鹿か。お前は物を買う時に、どうしてお金を払うの?なんて聞くか。聞かないだろう。お金を払うのは大前提。あるのは何に使うかだ。そして今この場には、大前提として殺しが物事の根幹を左右してる。後は何を殺すかしかない」


 理論なんか通って無くていい。手段としては詐欺師。いやそんな上等なものじゃなくていい。恫喝するしか能のないチンピラで構わない。


「殺せない人間が殺しの舞台に上がったら、殺されるしか無い。だったら邪魔にならない間にここで死ね。誰も殺せない手で自分を殺せ」

「い……や。いやいやいやいやいや!」

「どっちが?こいつを殺すのが?自分を殺すのが?」

「どっちも!」

「そっか。なら仕方ない」


 交渉にはブラフだって必要。やるには勇気が必要だが、勇気のない交渉はジリ貧にしかならない。


「お前が選べないなら、俺がお前を殺してやる」

「なん、で?」

「お前がこいつを殺せないなら、お前が死ぬしか無い。だけどお前が自分を殺せないなら、俺がお前を殺すしか無いだろう。殺せない奴なんか邪魔だ。そんな奴必要ない」


 私がその言葉を放った途端、突然金髪ロールの動きが止まった。


「必要……ない?」


 ……ん?なんか反応の仕方が今までのどれとも違うな。

よく分からんが何かを踏んだらしい。地雷?地雷なの?ええい。突っ切れ!地雷除去車並のスピードで突っ切れば地雷だって怖くねぇ!


「そうだ。必要ない。必要ない奴は処分するしかない」


 ゆらりと立ち上がる金髪ロール。彼女の中で何かのスイッチが入った。それが何かは分からない。地雷原の上でタップダンスを踏んでる気分だけど、展開だけはこっちに都合がいい。


「んぐぉ!ごぉ!ぐぐぉ!」

「ひゃう!」


 折角金髪ロールが歩み寄ってくれたのに、サディストが必死に足を動かして金髪ロールを牽制する。残念ながら私の体格じゃあ足まで届かない。いや、私が手伝ってはいけないのだ。


「落ち着けエリザ。光属性の人間の蹴りだぞ。魔物狼よりのろい。まずは膝先を狙え。痛みで動けなくなったら、念の為太ももをぶっ壊せ」


 顔だけを背後に向けて、金髪ロールの行動を見守る。

 体の前で腕を構える金髪ロール。ボクサーみたいな構えだけど、習ったものなのか本能的にその形にしたのか。どちらにしろ選択は合っている。金髪ロールの能力があれば、光属性とはいえ水属性の人間なんて腕の振りだけで骨を砕ける。

 金髪ロールは構えたまま動かない。無闇矢鱈に繰り出される足をひたすら無感動に見続ける。

 まさかこの場に至って躊躇を?……違う。そうか分かったぞ。

 至極単純な話だ。この男は私の腕によって、今まともに口から息が吸えない。そんな状態であんな攻撃を続ければいずれ体力が尽きる。何もしなくとも勝ちが転がり落ちてくる。当たり前といえば当たり前の話だけど、今までの金髪ロールを知っていれば驚くべき戦い方の変化だ。

 金髪ロールの読みどおり、疲れが溜まったサディストの蹴りは酷いものだった。蹴りというより足を差し出しているだけの児戯にも劣る道化の行動。それでも足を止めたら破壊されるという恐怖から動きを止められない。

 無表情に、無感動に。差し出される足を打ち貫く金髪ロール。一旦両足を殴ると、私が言ったとおり太ももを殴りつけた。


「場所を譲ってやろう」


 右腕を口に突き刺したまま、サディストの頭を中心に反対側に回る。頭を除けばほとんど自由を取り戻すことになるが、両手足が折られた今では、体の自由なんて如何ほどの価値があることか。これではまるきり今までと立場が逆転している。

 無価値な体の自由も長くは続かない。私の代わりに金髪ロールがサディストの体の上に馬乗りになる。


「首だ。思いっきり締めろ。お前の力なら確実にそれで殺せる」


 もはや戦いなんてものじゃない。屠殺。土に汚れながら未だに白い金髪ロールの両手が、静かに男の首にまとわり、音もなく締め上げる。


「ぐぅ!ぐぅ!ぐぅうぅぅうぅうう!!」


 死の淵に立たされたサディストの最後の抵抗として、唸り声を上げながら全力で縄を噛み始めた。呪文の一つでも唱えられたら、確かに多少は勝ちの目も見えてくる。まぁ折角の頑張りだ。そんなに口を自由にして欲しいならしてやろう。


「うるさい」


 歯が突き立てられた縄を勢いよく引き抜く。前世ですら危ない行為だろうが、今の私の人外の怪力が合わされば結果は自ずと見えてくる。

 引き抜いた縄と共にサディストの歯が零れ出る。激痛に限界まで口を開き、出ない悲鳴をあげるサディスト野郎。

 ……そう。喉を潰されている以上声なんて出ない。呼吸ってのは口じゃなくて横隔膜でやるものだからね。口が動けば言葉が出るなんて錯覚、ある意味この世界特有のものだろう。

 口が自由になったらと考えていたのならご愁傷様。見た目は非力な少女でも、火属性の金髪ロールの握力はまともなものじゃない。空気の出入りなんて決して許さない。

 それでもサディストは歯の無くなった口をパクパクと動かし続ける。それが呪文を唱えるための動きなのか、空気を求めての行動なのか。もはや本人ですら分かってないのではないだろうか。

 葉が抜けた痕から湧き出る血と、撹拌された空気が混ざりあって泡となる。自身の血で窒息を更に深め、溢れた血泡が顎を伝って金髪ロールの両手を汚していく。


「ぐ、ぅ、があああああああああああ!!」


 理性を捨て去った獣のような叫び声。放ったのは男ではなく金髪ロールだった。

 ゴキリ、と窒息以上に致命的な音が響いた。

 静かになった。音が無くなったと言うだけじゃなくて、空間そのものが沈静化した。浮ついた狂気が薄れる。異様な興奮の後に訪れる奇妙な静寂。賢者モードとか言わない。

 あれ、そういえば金髪ロールはいつの間に縄を抜けたんだ?実は私未だに両足が縛れてて動きにくいんだけど、金髪ロールは既に自由に動き回っている。

 ちょっと不思議に思って金髪ロールが座っていたところを見てみると……なんだあれ。負荷をかけて繊維一本一本を千切っていくとか、そういう私みたいな話じゃない。剣で切られたみたいに縄が断裂してる!?

 ぜ、前世でなんか見たことあるぞ。バナナの両端をもって引っ張ったら、綺麗に二つに分かれるみたいなの。あんな感じ。いやバナナの話じゃないよ。縄のことだよ。

 自分は一体何を呼び起こしてしまったのか。踏んだと思った地雷はなんだったのか。

 戦々恐々とした気分の中、死体を見下したままの金髪ロールが言葉を発し始めた。


「次は、誰を殺せばいい……か?何すればいい……か?」


 も、戻ってこいさっきまでのノリノリだった私!この地雷を適切に処理できるのはお前しかいない!!


「俺が言った奴を殺せばいい。俺が言ったことだけをやればいい。そうしたらお前を自由にしてやる」


 よし完璧だ。後は最終奥義、お嬢ちゃん飴いるかい?だ!


「そういえば、一つ言い忘れていたな」


 金髪ロールの髪を掴み、無理矢理頭を上げさせる。そこには優しさのやの字もない。

 底なし沼に落ちてしまったような虚ろな目をしっかりと見つめ、言葉を放つ。


「よくやった」


 全て。全て計画通り。だと言うのに思わず。自分で自分を殺したくなってしまった。

 脳裏につい先程死に絶えた男の最後の顔が浮かび上がる。―――そんなに恨めしそうな顔をしないでくれよ先輩。全部あんたが実践してみせたことだ。

 優しい態度の人間に傷つけられた人間を、厳しい態度で救い上げる。目前の死体と何が違うのか。

 それでも止まらない。止められない。私は死なない。生きている。死体じゃない。

 金髪ロールの目を見続ける。決して逸らさない。他のあらゆる物を踏みにじり、踏み荒らしてでも生き延びる。そんな覚悟を心中で固めているときだった。

 金髪ロールがニコリと。思わずトキメイてしまいそうになるほど綺麗な笑顔を浮かべて。


「分かりました。ご主人様」


 笑顔で核爆弾を投下してきた。

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