真性のキチガイ野郎はさすがに手に負えないので、帰って、どうぞ。無理?だろうね。
どうも、おはようございます。こんな寝床なのにあんまり体が痛くならないのって便利な体だなぁ、としみじみ思っている私です。
それにしても久々にぐっすり寝て、寝起きの低血圧が抜けた今だからこそ思うんですがね。
私の計画、雑じゃね?
はい。いや助けは来る、来るはずだとは思うんですけど、王女様誘拐されてるんだから助けにくるやろ、とか適当に考えて良いものなのかと。本当にただただ流されていいのかと。
というわけで一応。再検討をしておこうか。人間ってのは基本的にミスを起こす生き物で、ヒューマンエラーなんて言葉があるわけで、自分を疑えない人間に明日はない。実際に無くなりかねないのがこの世界。慎重に慎重を期して然るべきだろう。
ええと……まず例の監視さんは本当にいたのか。
いた、いたとは思うんだけど、正直確証が無い。少なくとも砂漠の時にいたのは確実だけど、冒険者活動が休止されてる時までつきっきりでいたのかな?
思い返してみれば、例の金髪ロールと話し合った(?)日。金髪ロールは結構ピンチだったのに、監視さんは何もしなかった。本気で死にそうな状態じゃないと手を出さないとか、私がいるのも考慮に入れた上で手を出さなかったのかと思ったんだけど、実は単純にあの時は護衛してなかったとか?だとすれば今回だって監視さんはいなかった可能性はある。
もしいたとしても、あの馬車をずっと追い続けれたのか。馬車といっても速度は徒歩とそう変わらないから速度は問題ないけど、いきなり長距離移動となれば食料がない。国の兵ならそれぐらい意外といけるんじゃないかなー、とか期待したいけど、確証はない。少なくとも前世の人間じゃ難しいだろう。でもこの世界の住人だったら十日間断食ぐらい普通にできそう。私はできるし。でも私はこの世界ですらイレギュラー体質だから基準にできない。
ええい。普段どれだけ探しても見つけられないから、監視さんがどれぐらいの技量を持ってるのかも分かんないって逆に不便なんだよ!今更だけど監視さんが一人なのか複数体勢なのかすら分かんない!
実は時々探そうとしたときも、見つけられなかったんじゃなくて、普通にいなかっただけとかないよね。監視についてるのは数日に一回で、砂漠の時は遠征だからついてただけとか。うっわ妙に生々しいぞ。疑い出すと際限無くなっちゃいそう。
いやでも仮にいなかったとしても、王女が失踪したのは分かるはずだ。でも換金場所が分からない……にしても、メンツだとかなんとか関係無く、さすがに国を挙げての大捜索になるだろう。元から出没情報があった盗賊だし、いずれ見つかるはずだ。バックに国がつく捜査なら、探査魔術とかもするかもしれない。
でも失踪がイコールで捕まったってことに繋がらなかったら?例えば既に殺されてると判断されるとか。時々いるからね、シリアルキラー。他にも他国の間者に誘拐されたと勘違いするとか。……どっちにしても捜索はするか。
一つ情報として考えなければならないのは、あの盗賊達は金髪ロールの正体に気づいていないこと。気づいていれば、さすがに王女の身で手に入る金よりも、国に喧嘩売る危険に気づいてやめるだろうし。下手に大事になったらバレる可能性もあるけど、まぁその時はその時だ。
何にしても、結局私は何をしなくても国が援助に来てくれるかな?つまり最初の考えでオーケー?
……待て、待てよ。金髪ロールを助けるためなら、盗賊を襲って助け出す必要なんてないんじゃないか?
このご時世で人さらいとなれば、裏ルートで人身売買が鉄板。盗賊の下働きにされるルートもあるけど、だとすれば攫うのが見目麗しい少女なのは違和感がある。となればやっぱり人身売買。
この国では本来不当な人身売買は禁止されてるんだけど、主な利用者が貴族な時点でお察し。そこら辺の癒着がどうなってるかなんて知らないけど、王女が誘拐されたとなればなりふりかまってられないだろう。国が本腰をあげて人身売買ルートに圧力をかけたなら、平和的に、盗賊を襲うまでもなく金で解決するのが早い。一般の人間には王女失踪がばれないというのも悪くない。
利権だとか弱みだとか、貴族王族のドロドロした関係は知らないから、この際は考慮にいれないものとする。あくまで可能性の一つとして十分にありえるって話だ。
その場合私はどうなる?王女誘拐を知っていて、身寄りのない、親しい友人もいない、たった五歳の冒険者見習い。中年男は金で黙るだろうし、例の門番は国の兵士。私が勝手に出ていって勝手に死んだことにすれば万事解決。もし生きていて後から私が出て何を言おうが、証拠能力なんて欠片もない。つまり放置、どころか暗殺者を送られる可能性だってある。
やばい。やばいよなぁ。
かと言って我が身可愛さに暴れて、金髪ロールに危険が及ぶのだってなぁ。
これは何か対策を考えたほうが良いかもしれない。と私が頭を悩ませ始めたところで、牢屋の扉が開いた。
牢屋に入れられてすぐに寝たから時間感覚が薄いけど、飯の時間にでもなったのかな?
扉の方を見てみるとチョウさんが立っていた。なんだか見慣れた光景になったのが辛いところだ。
声こそあげないものの、部屋の隅で金髪ロールのテンションが上がったのが分かる。完全に手懐けられてるぞこいつ。
―――でも、後から思えば私もだいぶほだされていたのかもしれない。盗賊である彼を見て、私もただただ飯の時間かな、ぐらいにしか思えなかったのだから。
「よ、良かった。このまま餓死するまで放置されるのかと思ったわ!」
はしゃいだ金髪ロールは、立ち上がろうとして見事に中途半端な形でぶっ倒れる。そりゃ手足縛られてる状態でそんな動きしたらそうなるよ。
「とりあえず、縄を解いてくれないかしら。こんな鉄格子のある場所、馬車の中より脱出しにくいでしょう?今更こんなみの虫みたいにしなくたっていいじゃない」
すっかり慣れた口調で話す金髪ロール。ってかむしろ中年男や私と話すときより馴れ馴れしくないか?さすがにちょっと凹むんだけど。ほぼほぼ自業自得だけど。
「……そうだね」
チョウさんは一言そう言うと、いつもどおりの歩みで金髪ロールに近づいていった。
金髪ロールが終わったら私の方も解いてもらおう。…………あれ?なんかナチュラルにやられてたから忘れてたんだけど、なんで今更私達縛られてるんだ?
いや、立場としてはおかしくない。おかしくはないんだけど、今更わざわざ縛った理由ってなんだ?金髪ロールが言っていたとおり、馬車より頑丈なここに来てわざわざ縛る必要もないだろうに。馬車の中だともう縄は外してもらっていたんだから。
待て待て、もらっていたなんて感想はダメだ。
縄を解かれたのはチョウさんの善性をアピールして、私達に下手に騒がれないため。盗賊達のアジトに来た以上善性アピって騒ぐのを防止する必要はない。である以上チョウさんが演技する必要は無くなった?
不味い。私が事態の危険さに気づいた瞬間、金髪ロールの方から嫌な音が響いた。
ギュッ、と。縄が強く締められる音。もちろんそれを行える人物なんてこの場に一人しかいない。
「え?」
金髪ロールが間の抜けた疑問符を放つ。
彼女の目の前にかがむチョウさんは、いつもどおりの笑顔を浮かべて、いつもどおり自然な動作で……金髪ロールを殴り飛ばした。顔面を。グーで。
「いっ!?な、なんで?」
「なんで?逆に聞こうか。なんで私が君たちみたいな糞ガキに、疲れる魔術まで使って優しくしたと思う?」
チョウさんの動きは決して早くない。荒々しくない。まるでそう在るのが当たり前のように、ごく自然に金髪ロールに痛みを与えていく。
「痛い!痛い!謝るから!何か気に触ったなら謝るから!!」
「いやいやとんでもない。私はね」
痛みを与えていた手を止め、金髪ロールの髪を掴み上げる。
「君たちみたいなのが希望から絶望に叩き落とされた面が大好きなんだよ」
ああ畜生。分かったよ。分かっちゃったよ!アメとムチだの、ただの盗賊がやるにしては妙に手が込んでると思った!
違ったんだ。偶然。偶然そうなっただけ。マジモンの精神障害のサディスト野郎が偶然やったのが上手くいったから、勝手にやらせたいようにやらせてただけ。いっちばん最悪なやつだ!
一度掴んだ金髪ロールを放り投げる。大男にどれだけ理不尽な暴力を受けても睨み返してた瞳が、不安気に揺れ、怯えている。
「う。うそでしょう。うそなのよ……ね?」
「大丈夫」
チョウさんは金髪ロールの肩に手を当て、いつもの無条件に人を安心させる声で囁く。
「私は回復魔術師だ。どうやったら小さな傷で痛めつけれるかはちゃんと知っているから」
世の中一番間違ってることがあるとしたら、こいつが光属性ってことだろう。
―――時間経過―――
クソクソクソクソ!!あの外道サディスト野郎が!畜生!畜生!!
私がするにしろ誰かがするにしろ、混乱が発生するようなら、ドサクサに紛れてアイツだけは殺してやる!絶対、絶対だ!顔と声は完全に覚えたからなクソ野郎が!
元から胡散臭いと思ってたせいで表情が動きにくかったからって、糸と針だけであんなことができるかよ!暴力ってあんなに平和だったんだって思わせられるかよ!
私が魂に引きこもって肉体の痛みから逃げられるからよかったものの、あそこまで人の体を玩具みたいに扱いやがって。穴を縫い潰して皮袋って窒息するわ!
クソう。未だに自分の指先、具体的に言うと爪が見れない。針山って分かるかな?雛○沢じゃねぇんだぞ!!
ふぅふぅ。よし、愚痴って少しは落ち着いた。とりあえず確証が無い以上、自分でも抜け出せるように準備しなければならない。
そんな時に使うのはもちろんこれ。【闇糸】先生。
あまりに魔術として微細過ぎて、感が良い人でもほとんど察知できない上、ここみたいに荒い作りの小屋だったら、色んな所からこっそりと出せる優れもの。我が魔術ながらパーフェクトな働きをしてくれる。
しかも普段はやんないんだけどピンと張れば糸電話的な法則で音まで拾ってくれる。まぁ音域が高いとすぐに切れるんだけどそれはそれ。ちなみに普段やんないのは、森とかだと音が雑多過ぎて頭がパンクするからである。
さてさて情報収集と行きましょうか。基本地味だから、小説やアニメだと一気にすっ飛ばされるシーン。
いや私だって辛いんだよ?馬車の中と違って前世の記憶で遊ぶこともできないし、あのサディスト野郎の様子だと今回の一回で済むとは思えない。一応命の安全は逆に確保されてそうだけど、それ以外の一切は保証されない。どころか精神に関して言えば叩き折りに来られるだろう。
ちらり、と一瞬だけ視線を金髪ロー……あー、もうさすがにロール状じゃなくなってるな。うん。今日ぐらいはまともに名前で呼んで、エリザの方に向ける。
まったく人間の尊厳なんて安いものだ。人の振り見て我が振り直せ。ちょっと意味合い違うけど、まぁ言うなればああはなりたくないって話だ。
……いや、既に色々手遅れなのか?ううむ。ううーん。悩みどころだけどいいや。別に私が発狂してても困るの私じゃないし。
とにかく真面目で地道な下積み活動といきましょう。それでは皆様(誰に向かって言ってるんだよ)また後日。




