快適な馬車の旅なんて、快適な海外旅行の機内ぐらいありえないわけで。海外旅行したこと無いけど。
動き続けていた馬車が止まる。
空気を入れるためだけの小さな穴から見える風景は赤い。時刻は夕刻前ってところだろう。
捕らえられた直後は煩く怒鳴っていた金髪ロールも既に静まり、今は俯いたまま……寝てるねこれ。こんな状況でと思うべきか、むしろこんな状況だからか。まぁ私としては煩くされるよりマシだけど。
捕まえられたのが朝を過ぎたころだったから、そういえば昼食食べ残ったな、といまさら思い出す。
馬車を止めたのは、時間的に野営の準備かな。馬車に入れられる直前に盗賊の数を確認したら、見える範囲で八人はいた。犯罪や借金関連以外では奴隷が禁止されてるこの国で、なお人を捕まえて売れるってことは、単純に金品を奪うだけの盗賊じゃない。可能性としてはどこかで村でも形成してる大規模な盗賊か、村自体が食うために盗賊になったか。
昼食をとらなかったのも、現場からできるだけ距離を離すためかな?凄い手慣れてる感じがする。
などと適当な推測を並べていると、鍵がかけられている馬車の扉が開かれた。突如入ってきた光に目を細めるが、扉を開いた人物はシルエットで分かる。熊みたいな大男。私達の前に最初に現れた、親分とか言われた男だ。
「ようガキども。ちゃんと生きてるだろうな」
大男の声に、向かい側で寝ていた金髪ロールが目を覚ます。
彼女はしばらく状況を確認するように周囲を見ると、大男をしばらく見つめてから、ただですら鋭い目をさらに狭めて大男を睨みつけた。
「おうおう嬢ちゃん。何か言いたげな目だな」
今私達は、息を吸える程度に猿ぐつわを噛まされている。自殺防止、というよりは単純に騒がれないためだろう。他にも手足を縛られたりと、わりかしきつい体勢を強制されてる。
大男は金髪ロールに近づくと、粗雑な手付きで彼女の猿ぐつわを外した。
「この卑怯者!」
猿ぐつわを外されてすぐに罵声を浴びせかける金髪ロール。さすがですなぁ。
「卑怯者?心当たりが多すぎるぜ。一体どれのことだいお嬢ちゃん?」
「戦いの最中に他の奴の手を借りたことよ!一人で戦えないの!?」
んな理不尽な。
「はっはっは。何を言うかと思えば。貴族様の決闘をやってるんじゃないんだぜ?どころかこっちとしては戦ってる気すらねぇ。それともなんだ。魔物を相手にしても同じことを言うのかお前は?」
「ふん!魔物以下の貴方達に相応しい例え話ね。私の剣を寄越しなさい。もう一回一対一で戦うのよ!」
相変わらずの煽り性能というべきかなんというか。
大男はハハハと適当な感じで笑うと。
「誰が魔物以下だテメェ!!」
突如大声を出すと同時に、思いっきり金髪ロールの頭を殴り飛ばした。
横殴りにされた衝撃で、金髪ロールが床に倒れ込む。いやぁ容赦無いね。女子供に容赦しないことで定評のある(一体誰から?)私だってあそこまで勢いよくやれないよ。
「そんな魔物以下の俺たちに捕まえられた!お前は一体何だ!餌か!魔物の餌か!!」
床に倒れた金髪ロールに容赦無く追い打ちをかける大男。人間って本気で蹴られるとあんな音鳴るんだ。びびる。
大男は金髪ロールの髪を掴み壁に叩きつけ、無理矢理元いた場所に座らせる。
「いいか。テメェの立場を教えてやる」
ベチン。と金髪ロールの頬をビンタする。
あれって普通に叩かれるより心折られるんだよね。殴るってより嬲られてる感じ?お前なんてどうとでもできるんだよって言ってるようなもので、痛くはないけど精神に来る。特に普段力で他人に対して優越感を抱いてる人間には。
うん。捕まえた盗賊に拠点聞く時とかに私もやったからなんとなく分かるんだよ。
「テメェは。テメェの言う卑怯者に捕まって。手も足も出ず。口でも勝てない。偶然商品価値があるから生かされてるだけの、家畜以下の肉袋なんだよ」
なおもペチペチと金髪ロールの頬を叩きながら、低い声でゆっくり言い募る大男。
「なんとか言いやがれ糞ガキがぁ!!」
かと思えば突如大声を出して、先程までのは何だったのかと言いたくなる勢いで金髪ロールをはったたく。あんなに頬を叩かれてた状態で、さらに脅されてる中何か言えるわけがない。理不尽ここに極まれり。いい感じに心を折りにきてる。
憐れ叩かれた勢いでまた床に倒れ込んだ金髪ロール。大男は最後に一撃蹴りを入れると、ケッ!と悪態をついて馬車の中から出ていった。
……いやいやおかしいでしょ。元々何しに来たんだよアイツ。
ただ金髪ロールを殴りに来た?奴隷として売るからには、見た目だって価値になる。腹を蹴ったって青あざになるし、まして顔なんて殴るはずがない。下っ端のチンピラみたいなやつならともかく、価値が下がるから犯すなって言っていたあの大男が?いやいやいやいや。
何を企んでる?ちらりと金髪ロールを確認してみても、ちゃっかり頬が赤く腫れている。
ううーんと首を捻っていると、馬車の中に新しい人影が刺した。
またあの大男が戻ってきたのかと出入り口に目を向けると、そこには意外としか言いようのない人物が立っていた。
「おやおや。旦那は随分暴れたみたいですねぇ」
大男とは真反対と言える、人当たりの良い優しい笑みを浮かべた男。身長はちょっと高め……あー日本人男性を基準にしちゃだめか。こっちの世界の人間だと普通?筋肉とかもついているけど、やっぱりこっちの人間としては普通の域で、大男と比べるとかなり見劣りする。
髭や頭髪もちゃんと手を加えてるのが分かるこざっぱりとした風体。中年男よりよっぽど身綺麗に見える。年は同じぐらいっぽいミドルおじさんだけど。
全体的なイメージを一言で言うと、なんというかその……酷く胡散臭いです。
こちとら前世は作り笑いと作り話で生き残る女子高校生界にいた身。洗練されきってない嘘つきの笑い顔なんてすぐに分かる。
前世と違って、この世界で身綺麗にするってのは結構手間がかかる。まして盗賊がやるともなればなおさらだ。
なんだろう。こんな胡散臭い人を見た記憶があるぞ。えーと。あれだ。サイコロでイカサマしてた人。暫定的に彼のことはチョウさんと呼ぼう。他意はあんまりないよ。
チョウさんはゆっくりと金髪ロールに歩み寄っていく。先程の大男のイメージが強いのだろう。金髪ロールは逃げようと体を捩るけど、両手両足を縛られたみの虫状態じゃどうにもできない。
とうとう距離が無くなり、チョウさんは金髪ロールの傍に屈み込んで、金髪ロールの体に触れた。金髪ロールは一瞬ビクリと体を動かすが、それ以上の抵抗はできず、強く目をつむる。そんな彼女にチョウさんは、大男と同じ盗賊とは思えない優しい声色で語りかけた。
「あんまり動いちゃダメだよ。傷に響いちゃう」
え、と小さく金髪ロールが声を上げた。
チョウさんは声に反応せず、慣れた手付きで金髪ロールの体をさぐる。エロい意味じゃないよ。
「うん。思ったより大丈夫みたいだね。見た目は酷いけど、そこまでのダメージはない。骨も折れてないし、これなら簡単で痕も残らない」
優しい声でそう言うと早々に呪文を唱え、金髪ロールを回復させるチョウさん。
「どう……して?」
しばらく回復されて、金髪ロールもだいぶ痛みから復帰できたのだろう。腫れが収まった顔全体に不思議そうな表情を浮かべると、その表情のままに疑問の声を発した。
「どうしてもなにも、怪我してる女の子を治療するのがおかしいことかい?」
歯に浮くような、しかし優男というよりは優しい気な大人なチョウさんが言うと、どうにも納得感が先に出てしまう。
金髪ロールも事態についていけないまま、その声に圧倒されて不思議と反論を封じられてしまっている。
「ごめんね。旦那が酷いことしちゃって」
声をかけながら、金髪ロールを優しく持ち上げ椅子に座らせる。
不思議とデジャビュを感じる光景。同時に全く反対の印象をもたらす丁寧さ。
「いやぁ。君に攻撃されたのが思った以上に痛かったらしくてさ。気が立っているんだよ。それで君に当たってしまったんだ」
「そ、そうだったの」
ちょろい。ちょろすぎるよ金髪ロール。
「本当にこれぐらいで済んで良かったよ。きっと君が鍛えてるから、あんまりダメージがなかったんだろうね。さ、もっとちゃんと治療したいから、あまり身構えないでくれるかな。敵対意識をもたれていると治療しにくいんだ」
「う……うん。分かったわ。お願い」
はぁ。まぁちょろ髪ロールはどうでもいいや。おかげで何となく見えてきた。
いわゆる良い警察と悪い警察、みたいなやつだろう。他の言い方だと吊り橋効果?ストックホルム症候群?適当に言ってるから合ってる保証はしない。ってか間違ってる気がする。アメとムチが一番的確な例えだと思う。
体への攻撃は青あざとかにはなるだろうけど、見た目と反してダメージは少ない。つまり簡単に治せる。初激は顔というより頭だったし、唯一顔に攻撃したのは平手。こちらも見た目は派手だけど、皮膚が裂けたりするよりは簡単だろう。
つまり最初から治すのを前提として大男は殴っていた。何より大男の六属は土属性。二属は分からないけど、元から攻撃系ではないのだろう。連れ去られた時に接触していたから、元から悪いイメージだってついている。
チョウさんの言葉選びもあくどい。多少褒めれば金髪ロールが付け上がるのを分かってやっている。目的は輸送中に暴れたり騒いだりしないように、かな。ほぼ無いだろうけど、他の馬車とすれ違ったりしたときに下手に騒がれないために。後は馬車が止まったってことは、今から夕飯なのだろう。となれば、手ぐらいは開放される。その前に大人しくさせたかった、ってところかな。
「さ、お嬢ちゃんの傷も治ったところだしご飯にしよう。そっちの僕も怖がらせてごめんね」
予想通り過ぎて逆に怖いんだけど。
言うがはやいやチョウさんはすぐに私達と自分の食料を持ってくると、手慣れた動きで私達の足以外の拘束を解いた。
夕飯を食べている間チョウさんは「ごめんね。旦那から監視しろって言われてるんだ」とすまなそうに言って、ずっと私達の傍にいた。時折会話を混ぜ、盗賊と捕まった人間という壁を無くすように場を賑わせる。
もちろん私は彼の言葉に笑顔を向ける。五歳児らしい無邪気な笑顔で、私は警戒してませんよと彼に告げる。……なんか金髪ロールがジェイソンでも見たような目を向けてきたけど、満面の笑みで返したら目をそらされた。どういうことだてめぇ。
旅路は続く、どこまでも。同時に目に見えない戦いも。
空気入れ程度しか外と繋がっていない馬車の中は酷く暗い。中でできることもないわけで、後は眠るしかなくなる。しかし狭く質も悪い馬車の椅子の上では、そう長時間眠ることは叶わない。
ご飯は日に二回だったり三回だったり。寝過ごしたから与えなかったと言われて抜かれたかと思えば、チョウさんがこっそり夜中に持ってきてくれたり。
断続的な不十分な睡眠。明かりの入りにくい小さな穴。不規則なご飯の時間。時間間隔などとうに狂い果て、精神は加速度的にすり減っていく。
唯一はっきりしたことがあるとすれば、時折現れては理不尽な暴力を振るう大男と、その後に現れて治療してくれるチョウさん。ご飯の時間にはチョウさんが現れ、良い主に拾われた奴隷の話だったり、自分が盗賊になったお涙頂戴な悲しい経緯を語ってくれる。
チョウさんの申込みのおかげで、途中から猿ぐつわや手足を縛っていた縄だって解いてくれた。ありがとうチョウさん。感謝!圧倒的感謝!
……なぁんて。普通の人間だったらそうなる。現に金髪ロールは段々と色んな部分が怪しくなっている。チョウさんを見る目なんて神を崇拝するかのようだ。
残念ながら私は普通じゃない。うん。一週間ぐらいなら寝ないままでも割と平気なんだよね。あと肉体の制御を手放して魂に逃げ込むとか。魂ってのはその人間の全てを記録し続ける。つまり寝てる間だって活動してるわけで、体が眠りにつこうが周囲の観察ぐらいならできるのよ。
更に更に魂のお得機能はそれだけじゃない。地味にこれ完全記憶媒体なわけで、前世で読んだ小説とかアニメの記憶をそっくり持ち出せる。普段は続きが気になってどうしようもなくなるからしないんだけど、背に腹は代えられない。
そんなこんなで捕まってから五日後。私達は盗賊のアジトに通された。と言っても、馬車を降りる前から目隠しされてたから、どんな場所かは分かんないんだけどね。日の出入りを数えれば日数は分かるけど、あんな閉鎖空間で移動先とかまで分かんないって。
私と金髪ロールが入れられたのは、家畜小屋を改造したのであろう牢屋。空気入れの穴も無いあたり、馬車とどっちが居心地良いかは微妙なところ。
何にしても今日からここが私の宿だ。せいぜい助けが来るまで、あんまり痛いことされないようにゆっくりしていようか。
……王女様が誘拐されてるのに、助けが来ないわけないのよ。例の監視さんが来ないのは、一人じゃ金髪ロールに危険が及ぶかもと思って、助けを呼びに行ったのかな?何にせよ私が何かする必要はない。
前述の通り、私はゆっくり寝心地の悪い床で眠り続けるだけ。そう言えば折角金髪ロールを見つけたのに、門番からの追加報酬受け取れないなー。なんて考えながら、私は久しぶりに肉体と共に深く眠りについた。
基本的に本小説は無能と屑と外道が無い知恵を絞って進行しております。残虐&バイオレンスは今後も自重する気はあまりないので、合わない方はご注意を。




