厄介事は基本外からやってくるわけで、私以外の全人類が居なくなったら厄介事もなくなるのかしら?
多少事件が起こったところで、人の日常というのは変わらない。
具体的に言うと、私は先日となんら変わること無く、ギルドで中年男と席を共にしていた。
「いやなんでだよ」
と、唐突にツッコんできた中年男。
「何かあったんですか?」
「いや、だからなんで俺は、酒も飲めねぇガキと連日席を連ねてるんだって話よ」
「昨日も同じようなこと言いませんでしたか?それはともかくおかわりどうぞ」
「おっ、悪いな」
うん。ちょろい。
下手に昨日の話なんか持ち出されても面倒だし、適当に対応して誤魔化そう。
「って、さすがに酒注がれたからって誤魔化されねぇぞ」
あっれぇ?おっかしいなぁ。さすがに二日連続がダメだったのか。冷静に考えたら、昨日の時点で誤魔化しきれてなかった気もするけど……まぁいっか。
世の中の出来事は大抵どうでもいいことと、どうでもよくはないことに分けられる。例えば宿のサービスはいつまで受けられるんだろうな、というのがどうでもよくないことであり、金髪ロールが私の言葉をどう受け取るかとか、今後の行末とかが心底どうでもいいことだ。
「そういえば昨日は途中で……途中で終わりましたっけ?まぁ途中で終わったということにして、力ってそんなに欲しいものですかね?」
とりあえず話を逸らすために適当な話題を振る。内容については、金髪ロールとの会話が頭の中に残っていたせいである。
「坊主が言うと嫌味にしか聞こえないな。そういう坊主は力が欲しいと思ったことはないのかよ」
「特に……いや言われてみればありましたね」
確か初めて人を殺した日。妹分一人守れず、その手を血に汚させてしまったのを悔やんで、じいさんに鍛えてくれるように頼んだっけな。
その結果があれだ。ここまでの旅路で分かった話なのだが、盗賊と傭兵は明確に違う。前者は食べるのに困った人間が、自分より弱い人間に暴力を振るう行為。後者は暴力で食べられる人間が、金を得る手段として暴力を振るう行為。
つまり盗賊は他に手段が無いから、最後に余った自らの肉体を振るってるにすぎない。しかも冒険者という、この世の中じゃちゃんと肉体で稼げる職業がある中やってるんだから、力のほどは言うまでもない。反対に傭兵は力だけで食っていける能力を持ちながら、金の良さや単純な趣味嗜好から犯罪行為を行う。言うまでもなく後者のほうが質が悪い。前世風に言えば、裏道でカツアゲしてるヤンキーと、マジモンの極道の違いみたいなものだ。
じいさんを殺した連中は明らかに傭兵だった。そして傭兵は誰かから依頼されないと基本動かない。
私とじいさんの立場を考えれば、悪意ある誰かが傭兵を送ってきたのは明白だ。そしてじいさんがそういう連中に対して、何の対策も施してなかったはずがない。情報的にも防衛的にも。
あの召喚術をしたから隙が生まれた。あの瞬間。あの場だったからこそ、じいさんは殺されてしまった。
「以外だな。いやむしろその力を考えると普通なのか?ともかくその結果が今のそれだと?」
中年男の言葉を聞いて、思考が現実に戻ってくる。
「そうですね」
ある意味で、もしくは色んな意味で。
「でも、私は自分と、せいぜい親しい知人を守れる程度の力が欲しかっただけだから、力のために力を欲する人間ってよく分からないんですよ」
「冒険者全員に喧嘩売ってんのか?」
「私だって見習いとはいえ冒険者ですよ?」
やれやれと言わんばかりに中年男が肩をすくめて酒を呑む。どうやら酒呑みの場で話すのはこれぐらいらしい。
別に私だって真剣に悩んでるわけじゃない。私とは違う誰かがいて、私はその誰かを理解出来ないし、きっと誰かも私を理解できない。前世でだってそうだった。相互理解なんて夢物語で、分からないから普通なんて基準を生み出して、みんな普通の真似をする。
私の処世術は触らず近寄らず。自分の口が上手いとも思えないから、適当にはぐらかして誤魔化す。
死ぬまでそんな感じだろう。と適当に視線を空に彷徨わせながら考えていた私の思考は、突如鳴り響いた扉の開閉音によって中断された。
このギルドにおいては、どこぞの金髪ロールのせいで扉の大きな開閉音には慣れている。……んだけど、一部の耳の良い人間が、思わず扉に目を向けた。私もその一人だ。
金髪ロールのせいで開閉音に慣れている。逆に言えば、金髪ロール以外の大きな開閉音には慣れていなのだ。要するに何が言いたいかと言うと、来た人物は金髪ロールじゃないということで、真っ当な人間が勢いよく扉を開くってのは何かがあったときだ。
果たして、幾人かの視線が集まる中、ギルドの扉を開いていたのは……。
「兵士?」
ギルドの扉を開けたのは、随所でよく見る制服を着た兵士だった。年の頃はだいぶ若い。三十はいってないだろう。
全体的に線が細く、ガチガチの兵隊というより内勤系。最近見かけるのがゴリゴリのおっさんか脳筋ばっかだから、なんだか無性に嬉しくなる。
「珍しいな。魔物の大規模な氾濫でも起きたか?」
中年男の言葉に頷きそうになるが、それにしては様子がおかしい。そういった兵士が冒険者にまで頼るような出来事なら、すぐさま大声で救援を求めるだろう。緊急事態の報酬の分け方などは決まっているので、報酬に関する話もしない。
ここまで走ってきたのであろう肩で息をする兵士は、誰かを探すようにキョロキョロと周囲を見回すと、……なぜか私達で視線を止め、走らない程度の速さで歩き寄ってきた。
昨日と同じ様に扉に背を向けて座っていた私は、全力で正面にいる中年男の方に向き直った。うん。私達の方角に向かってるだけで、私達に向かってきてるとは限らない。もしかしたら私達の奥か手前にいる人に用事があるのかもしれない。
もちろんそんな訳はなく、例の兵士は私達のテーブルで足を止めると、中年男に向かって話し始めた。
「『タンポポの種』係の冒険者の方ですよね」
謎の言葉。まぁ言わんとすることは分かるけど、暗号を交えて会話してくる兵士。願わくばタンポポの種とやらが金髪ロールのことを差しているのでなければ嬉しいのだが、私の期待はいつも裏切られる。基本めんどくさい現実から目を背けるための、期待と言う名の妄想だから大概裏切られんだよ。うん。
「こんな時間にこんなところで兵士がどうした。話がしたいなら場所を移そうか?」
暗号に対して、反応をしないという反応をもって肯定を示す中年男。なんか妙に慣れてるなおい。
とにかく巻き込まれるのは御免である。ここは早々と立ち去ろうと、ザ・好青年的な爽やかな笑みを浮かべる。
「ローレンスさんは何か話があるみたいですね。俺は邪魔みたいですからこれで……」
「お前も係の一人だろう。座ってろ。っていうか逃げるな」
で す よ ね。
私を留まらせたのに兵士は一瞬驚く顔を見せたが、すぐに取り繕って要件を話し始めた。
「急いでる要件なので、ここで大丈夫です。実は……」
兵士は酷く言いづらそうな顔をした。
「『タンポポの種』がお一人で外に出てしまったのです」
「「は?」」
思わず中年男と全く同じ疑問の声を上げてしまった。それにしても……ねぇ?え?まじで?何考えてるのあの人?
もちろん今回で言うところの外、とは国都の外という意味だ。
「あ、えーと。その。なんだ?まず貴方はどこの所属で?」
あのレッドスコーピオン相手にすら最後は立ち向かった中年男が、今までにないほど狼狽した様子で必死に言葉を絞り出す。
「ああ、すみません。自分は門番をしているものです。それで『タンポポの種』関連も知っていて。あとお二人のことも直に会ったことはありませんが、何度か見かけて覚えていたんです」
なるほど。確かに門番ともなれば金髪ロールの正体なんか一発で分かるだろうし、何も知らずに金髪ロールが見知らぬ冒険者と歩いていたら即刻捕縛案件だろう。
「門番だから知ってると。そのーえっと。疑うわけじゃないだが、どうして出て行かせたんだ?」
「それが急にお立場の名前を出されまして……」
「王女だから通したって?」
あまりに杜撰な仕事に、思わず口を出してしまう。
兵士改め門番さんは、私の口から王女の名前が出たのに慌てて周囲を見渡している。バカだな。冒険者なんて情報命の人種が、金髪ロールについて気づいてないわけ無いだろ。だからベテランの中年男に依頼されたのだ。ギルド員が下手な行動を起こさないように。
「まぁそう攻めてやるな。門番さん。あんた平民出身だろう?」
以外にも門番に助け舟を出したのは中年男だった。
「え、ええ。私は平民出身です」
「平民出身なのがどうかしたんですか?」
「大方不敬罪で処刑するとでも脅されたんだろうさ。今どきあんま聞かない話だが、制度としてはかなり自由にできるからな。王女なんてネームバリューを出されちゃ、平民上がりの兵士にゃ抗えないさ」
「その通りでして。ふ、不甲斐ない限りで」
なんだかんだで権力に押され、勝手にさせてしまったのを悔やんでいるのか、歯切れが悪い口調で喋る門番さん。
とは言っても出すもんかね?それ後から金髪ロールの身に何かあったら結局処罰されるんじゃないのか?いやまぁでも、私が彼の立場だったら正しい選択を行えたのかは微妙か。大概そういう選択っていうのは、全て終わった後に思いついてしまうもので、現場の人間は完璧になんて振る舞えない。
それにしても変なところで知恵が回るなあの金髪。脳みその回転を全て髪の毛に奪われてるんじゃないかと思ったけど、一部分だけ特化してるらしい。害悪だなぁ。
「出ていった後を追ったりはしなかったのかよ?」
「ちょうど他国の貴族が来てたところで、門番に暇な人間がいなくて……」
「貴方が行けばよかったじゃないですか」
「いや、やっと仕事が少しだけ片付いて、一人でも人手が多いほうが良いと考えてここに来たんです」
は???
「つまり仕事が一段落するまで、何の対策もせず放置していたと?」
「も、門の出入りの管理が門番の仕事ですから」
う、うわぁ。
素直にドン引く。なんかこう……ひっでぇ世界だなぁ。それ以外に感想が沸かない。
「今は門番が捜索してるのか?他の兵士は?」
「一応要請していますが、どうしてもそれぞれ持ち場の仕事がありますから、調整するのにも話し合いが必要ですし。事が事ですから、普通の冒険者さんにも頼めませんし」
いっその事一人で森に行って熊にでも食われて死んでしまえばいいのに。
ああでもなぜだか責任問題に問われる気がするなぁ。いやだなぁ。死ぬのは勝手だけど、私とは一切関わりのないところで死んで欲しい。
中年男は何が楽しいのか、状況を理解してくると無精髭に手を当ててニヤニヤしている。
「なるほど。もちろん報酬が出るのは大前提として、今すぐにも動いてやろう……と言いたいところだが、あいにくまだ走り回ったり、長時間動けるほど足が治ってねぇ」
中年男が軽く足を叩きながら偉そうに告げる。
「そこで。坊主」
「嫌です」
私の即答に鳩が豆鉄砲食らったような顔をする中年男。おいなんだその顔は。行くわけ無いじゃん。
「いやお前……か弱い少女が危険な外に出てるんだぞ?そこは男としてだな」
「男だとか女だとか関係なく断ります」
はぁ、と私は一つため息をおいて語りだす。
「いいですか。どうせ例のずっと監視してる人が着いてるでしょう。砂漠まで着いてきてた人が、今回だけいないとは考えられません。危なくなったらその人がどうにかしますよ」
「あ。いやでも、そいつが動いて嬢ちゃ……王女様に気づかれたら、今回の国からの依頼が無くなっちまうんじゃないか?」
「何言ってるんですか。門番に自分が王女だなんて言ってる時点でアウトですよ」
今まで金髪ロールが自由気ままに活動できたのは、あくまで金髪ロールはエリザという王女とは関係ない立場で動いていたからだ。対外的にはそんなところに王女はいない、ということに無理矢理して、なんとか冒険者活動を認められていたのだ。王女として活動してしまった以上、当然すぐに確保させられてしまうだろう。
私の言葉でやっと現状に気づいたのか、中年男が顔色を悪い方向にコロコロと変える。
「どうにかならんのか?」
「どうにもならないでしょう」
にべもない私の反応に、ぐわー!と頭を掻きむしる中年男。なんだか無性に緑茶でも啜りたい気分である。
しかしこれで終わらないのが中年男という第二の害悪。彼は「そうだ!」と何やら閃くと、酷く嫌らしい顔を浮かべて門番に向き直った。
「なぁ門番さん。今回の出来事、俺たちの手で『無かったこと』にしないか?」
「「え?」」
まさかの私と門番さんのハモリだった。
「冷静に考えてみろよ。一国の王女を護衛も出さずに街の外に出すなんて、アクシデントどころか一国のスキャンダルだぜ」
「そ、そんな!?」
「もちろん関わった人間だってタダじゃすまないだろう。特に、王女様を見送ってしまった門番とかな」
「私はただ自らの仕事を……」
「お前だって分かってるだろう?もし王女様の身に何かあったら、いやぁ考えるのも恐ろしいな」
先程までの青い顔が何だったのか、愉しげに嫌らしい笑顔を浮かべる中年男。反対に門番さんの顔が死人みたいになっていく。ホラーゲームに出てきたら即刻撃ってしまいそうな顔色だ。
「そこで、だ。俺とあんたら兵士が手を組んで、今回の事件を無かったことにするんだ」
「一体、どうやって……?」
「幸い王女様は身分を偽って今まで過ごしてこられた。だから今回も、たまたま王女様に容姿が似てるエリザという冒険者見習いが、冒険業の休暇中に暴走して一人で外に出てしまっただけにするんだ」
ほとんど間違ってないあたり、かなり質が悪い。
「複数の人間が、彼女が自らが王女だと語った彼女を見聞きしていますよ?声も大きかったですし」
そんなところでも相変わらずなのか金髪ロール。
「そんなの子供の戯言さ!きっと本物の王女様や王様だって許してくれるだろう。お前たち門番は、あくまで制度上問題ないから少女を通した。それでも少女の身を案じたお前らは、門番として見たことがある少女の仲間である俺たちに話を持ってきてくれた。良い門番じゃねぇか。なぁ?」
席を立って門番と肩を組む中年男。うん。ひっでぇ人間である。
「ですが、既に色んな隊に要請を出していて、今更収拾なんてつきませんよ?」
「言っただろう?こんなの国のスキャンダルになるって。つまり国が協力して事件を隠蔽してくれるってこった。大丈夫。俺に依頼してきたやつは城で勤めてる人間だろうし、国との交渉は俺がしてやるさ。お前はそういう風に話をまとめないかというのを、兵士達の中で喧伝してくれればいいんだ」
完全に喋っていることが悪役で草も生えないんですが。
中年男は門番が言い返せなくなったのを無理矢理了承ととって、こちらに顔を向けてくる。こっちみんな。
「と、言うわけだ!」
「何がですか。行きませんよ」
そこまでやっておいて、報酬が貰えるかもしれないって。一体誰が行くと思ってるんですかねぇ?
中年男は可愛くもないのにぐぬぬと唸ると、断腸の思いと言わんばかりの渋りきった表情で叫んだ。
「八割だ!報酬が貰えたら、金額の八割をお前にやる!」
なん……だと?
色々驚きである。守銭奴の中年男が自らの報酬を渡すとは。元々半々にするって話だったから、報酬の額は聞いてるけど……八割。八割かぁ。それだけあったら余裕をもって本の一冊ぐらい買えるなぁ。
ぐぬぬ。今度はこっちがぐぬぬだ。正直魅力的な提案なんだけど、その前に確認しないといけないことがある。
「そこまでやったらローレンスさんはほとんど報酬を貰えないですけど、一ヶ月もアレに関わってそんな報酬でいいんですか?」
「正直報酬が惜しくないかと言われたら惜しいさ。しかしな。ただの報酬以上に、国から任された依頼を達成するってのは特別な意味をもつんだよ」
なるほど。嘘を言ってる可能性もあるけど、特段疑う余地もないか。
八割。元々想定していた報酬額の一点六倍。わざわざ金髪ロールを探しに出る労力と比較して……比較して……ああもう。
「分かりました。分かりましたよ。行けばいいんでしょう行けば」
「よしきた!門番さん。報酬は参加費はもちろん、発見できたら別途金額追加してもらうぜ」
「え、ええ。それは構わないんですが……」
ちらりと門番がこちらを垣間見る。
「彼が行くんですか?」
あ、こういう反応見るの久しぶりだわ。
「大丈夫だ。こう見えて腕は確かだからな。多少魔物が出たって一人で対処できるし、捜索系の能力だって持ってる。早熟の天才ってやつだ。時々いるだろ」
「ああ。なるほど」
え?それで納得するん?
でもまぁ確かにこの世界の力って、魂とかいう完全才能準拠の力だから、そういった特異なこともあるのかね?
「門番さん。冒険者見習いのルプスです。外に出るときに時間をかけたくないので、門までお願いします」
「分かった。王女様を頼む」
話が決まったら後は早く、門番について行ってギルドを出る。
それにしても金髪ロールの行方か。正直やる気の有る無しで言えばあんまり無いんだけど、一応は考えよう。
昨日の会話で金髪ロールは脳みそはあるのに、致命的にバカであるのが分かった。それを前提に、まずどうしていきなり外に出たのか。うん。昨日の事件が原因だろうね。迂闊な行動をするなって言ったはずなんだけど、どうしてこんなことになるのかね?
……いや。確か八つ当たり半分で、人死に対する責任とか言ったっけ?金髪ロールの思考形態を考えれば、そっちの方だけ頭に残って、その前の迂闊な行動云々が抜けてる可能性が微レ存?だとすると狙いは殺しの責任を知ること、とか?だとすると―――殺してもいい人間。犯罪者や盗賊?
興味がないことにはとことん記憶力が貧弱な脳みそをフル回転させて、ギルドの掲示板の内容を思い出す。金髪ロールは結構な頻度で受けれもしない掲示板の情報を見てた。そして残念なことに、昨日話したことで金髪ロールには物事を記憶できる程度の脳みそがあるのが分かった。
確か盗賊の出没情報があったなぁ。と嫌な予感をビンビンさせつつ、私は門番さんの後ろをついていくのであった。




