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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
55/62

つまりただの子供の口喧嘩(一方的)。

 走る。ただ走る。

 感情のままに、恐怖から逃げるために、恐怖を感じる自身を見ないようにするために。最初はあった理由すら忘れて、走るために走る。走るのを止めたくないから走り続ける。まるで死にたくないから生きてる誰かのように。

 ―――私は負けず嫌いだ。師匠からは武士としては才能だが、戦士としては欠点となると言われた性格。自身の力を高めるためには悪くないと思って、今までなおそうと思ったことはない。それで損しかこともあったし、得したことだってあった。

 今回もそうだった。理由も分からず走り続ける自分を、他人の目に触れさせたくなかった。見られるだけで負けた気分になってしまうから、人が少ない場所に走り続けた。

 それが悪かったのだろう。壊れそうなほど傷んだ足が絡まって倒れた時には、私は今まで見たことがない場所に倒れていた。


「ここ……は」


 酷い場所だった。空気そのものが腐ったかのように漂う饐えた匂い。道は全く整備されてないし、雑草が伸び放題で、そこら中に石が散乱してる。

 家屋も酷いもので、木の板で作られたものはまだマシな方。木と布でツギハギに組まれていて、なんとか囲いと屋根の役割を果たしているものがほとんど。身を寄せ合うように複数の家が合わさってできていたり、屋根を大きい一枚の布で共有しているのなんか、生きていくための工夫が垣間見えるほどね。かと思えば、一つ孤立している家があったり、広く大きな一戸建てのテントが広がったりしているし。

 ―――混沌。普通という縛りで生きていけない人間が集まった場所。人が集まる場所に生まれる陰。ここに来る理由は人によって様々で、故に統一感がない。同じところがあるとすれば、普通から外れた様相と、他人に関わろうとしない拒絶感ぐらいか。

 現に外から来た私に関わらないように、道には不自然に人がいない。

 知識としては知っていたけれど、今まで見たことはないし、見ようとしたこともない。城に留まっていれば一生見ることが無かったわね。

 薄暗い道は街灯の魔道具一つ無い。宿にルプスと行った時は出ていた太陽も、いつの間にか無くなっていて、陰が異様に暗く見えてしまう。

 心中に恐怖心が芽生える。あの陰に誰か潜んでるんじゃないか。そんな不安が彼の言葉と被って、意地で否定の言葉を発する。


「大丈夫。大丈夫よ。私はあんな臆病者じゃない」


 明るい方向に。人の声がする方向に。ここに来たのとは逆の基準で進めば、やがて表通りに到達するはずよね。

 動こうとしない足を疲れたせいだと嘯いて、懸命に足を動かす。

 混沌とした住宅群は、普段のそれとは違う迷路のような構成をしている。整備もされていない道は、ここの住民には分かるのかもしれないけど、私からしたら道と思えないものが多い。道と思えない道を前提にした通路は、そうと知らなければ酷く移動を制限してくる。

 さすがの私だって、どう考えても近づいたらいけない建物は分かる。そういった場所を避けるように歩いた結果、とうとう移動に行き詰まってしまう。表通りの光は見えているのに、いつまで経っても辿り着けない。

 そうやってこんな場所を、私みたいな子供が延々歩き続けていたら、必然こういうのに出くわす。


「おい嬢ちゃん。こんな時間にそんなキレイなおべべ着てどうしたんだい?」


 今まで不自然なほど出くわさなかった中で、初めて出会った他人。

 とはいえもちろんこんなのに道を聞いたりする程バカじゃない。こんなところに来てしまった時点で色々手遅れな気もするけど、それはそれとする。


「恋人にふられて夜がもの恋しくなっちゃったのかな?」

「その年でかぁ?がはは!最近の子供はませてらぁ!」


 見た感じ酔ってる?足元も覚束ないってぐらいじゃなさそうだけど、思考はあれね。


「ふん!子供でも、そんな年して呑気に酔っ払ってる貴方達ほど落ちぶれてないわ!」


 よせばいいのに、こんな酔っぱらいに侮辱されたのが許せなくて、ついカッとなって言い返してしまう。

 言った後になって、このぐらいの時間に酔うのはそんなに悪いことでもないわね?と冷静に考えてしまうあたり、条件反射の負けず嫌いが恨めしい。


「はっは!子供が言うなぁ!」

「きっと俺たちなんかよりずっと大人なんだろう。どれ。落ちぶれた大人に、本当の大人がどんなものなのか教えてもらおうぜ」

「こんな子供にか?お前も物好きだなぁ」


 ゆらりと迫ってくる二人の男。いくら酔ってるからってすぐ襲おうとするなんて、男ってこんな生き物なの?ちゃんと脳みそ働いてるのかしら?

 こんな酔っぱらいなんかにはさすがに負けない。動きの邪魔になりそうな髪を適当に払って、堂々と告げてやる。


「貴方達みたいな酔っぱらいがこの私に?ふん。切られてから後悔したって遅いのよ!」


 そう言って剣に手を伸ばして……伸ばして…………無い?

 あ。そうか。今日は外にも行かないし、剣は宿の中に置きっぱなしだったんだ。

 剣が無い。もはや体の一部とも言える相棒がいない。心臓を犯すような恐怖が広がり、指先が痺れて自由に動かなくなる。―――それが私に火を付けた。

 恐怖という感情が受け入れられない。負けず嫌い。確かにそうだ。だけど考えてみれば、他人に対して負けるのが嫌だと感じたのは、ルプスで二人目。

 私は負けず嫌いでありながら、負ける相手は負けるのが当然な相手ばかりだったから、今まではそこまで激しく反発することは無かったのだ。そんなところに彼が現れて、いつも近くにいることになったから、いつにないほど激しく反発心が働いた。

 彼がいつも負けている恐怖に、彼から感じさせられた恐怖になんか負けたくない。恐怖という感情自体が火種になって、私の心を再点火させる。


「素手だって師匠に習ってる。私は負けない。負けない!」


 いつも剣に合わせていた歩法を体術に合わせる。雷属性の直線のみに速い高速移動。

 行ける。そう確信して足を踏み出した瞬間、慣れた加速感が体を包む。

 一息に加速し、減速しない勢いに任せて右側にいた男の腹を殴りつける。


「がっほ!?」


 手応え十分!私の倍の重さもありそうな男が、私の拳で吹っ飛ばされていく。


「こ、このガキ!」


 左の男が私に向かって手を伸ばしてくる。属性特有の動きでもない、ただの緩慢な動作。師匠どころか魔物狼より遅い。

 体躯の小ささを活かして腕をかいくぐり、火属性の力任せに顎を撃ち抜く。

 手応えは十分。鈍い音を響かせ、男が立ったまま後ろに倒れる。


「や、やった。やっぱりやれるじゃない私。私はちゃんと強い」


 まだ殴った感触が残ってる手を見ながら一人呟く。私はできる、ちゃんとやれたと。

 ……失念していた。いつも魔物を一撃で倒していたから。人の体というのが意外と丈夫だということを。


「調子にのんなガキが!!」


 声に慌てて右を見る。最初に吹き飛ばした男が、手を伸ばしながらこちらに向かってきていた。

 さっきの男みたいに顎を、ダメだ。勢いが乗ってるから、殴ってもそのまま突進してくる。最初みたいに雷の歩法を使わないと。

 間に合うのか。接触まで数瞬。いつもの万全な体勢じゃない体勢から、足に意識を向け、体を制御する。移動距離が短くても雷属性の歩法なら最高速で攻撃できる。

 行ける。多少の不安要素を押し流して、体が動こうとした瞬間。

 足が掴まれた。


「なんで!?」


 目を向ける。顎を殴り飛ばした男が、地面を這って足に絡みついていた。

 行動に失敗した体は呆気なく。あまりに呆気なく押し倒され、強かに背中と頭を地面に打ち付けた。


「いたっ!」


 この時はむしろ地面が舗装されて無くてよかった。石畳だったら頭が割れていたかもしれない。

 そんな冷静な判断も、体の上から聞こえてきた言葉に塞がれる。


「ガキがぁ。おとなしくしてりゃあ優しくしてやったって言うのによぉ。大人をなめやがって。まだ腹が痛むぜ」

「や、やめ。やめなさい!」


 腕を動かして抵抗しようとするけど、倒されたのと同時に二の腕を掴まれていて自由が利かない。足も動かそうとしたけど、いつの間にか両足とも動きを封じられてる。

 これ、動けない?

 肌が粟立つ。血の気が引き、体から自由が奪われそうになる。

 怖い。再び湧いたその感情に逆らうためだけに、自由の利かない体を必死に動かし続ける。


「大人しくしやがれってんだ!糞っ!この状態でまだ殴ってきやがる!糞ガキが!」


 二の腕の上に膝を載せられる。今までの掴まれてたのとは違う、血管が押しつぶされるような痛みに腕が引きつる。


「痛い!痛い!やめて!やめなさいよ!」

「口の減らねぇガキだ!今すぐ喋れなくさせてやる!」

「おいおいあんまり傷つけんなよ」

「顔を傷つけても体は使えんだろうが!」

「口は使うだろうがよ」


 私の上に座る男が、はっと鼻で笑う。意に返さない。とりあえず目の前のガキは殴る。足元の男も諦めたようにため息を付いた。

 それだけ。まるで物のような扱い。私という人格も、何もかもを否定した言葉に、負けず嫌いという性格だけで抑え込んでいた感情が溢れ出る。

 男の拳が振り上げられる。痛みには慣れてるつもりだった。だけど慣れてるのはただの痛さで、暴力には慣れてないことに気づく。

 傷をつけられるとか、痛くなるとかじゃない。理性と人間性を捨てた破壊。

 怖い。怖い。怖い。頭が痺れる。現実を否定しようとする脳裏が、現実の行動を阻害する。

 目の端に涙が浮かぶ。拭うことすら叶わない。嫌な現実から逃げるために、ゆっくり瞼を閉じようとして。

 ―――綺麗な音が響いた。

 酷く鈍い音だった。私が殴ったのとは比べ物にならないほど。音は頭皮、頭蓋、脳漿に達し、反対側に抜けていく。

 酷く暴力的な行為だった。私に暴力を振るおうとした男とは比べ物にならないほど。人間ってこんなに脆いものなんだと、少し前に感じたことと矛盾した感情を抱くぐらいに。

 酷く恐ろしものだった。私が感じていた恐怖なんかとは比べ物にならないほどに。誰よりも怖いことを知ってるから、誰よりも怖いことをできる。

 それを綺麗だと思った。思ってしまった。あまりにも綺麗な破壊、あまりにも綺麗な暴力。音は一回しか聞こえなかったけど、音源は二つ。測ったように私には一滴の血も中身も欠片も降り注がず、綺麗に左から右へと飛び出ていく。合わせるように、遅れて体の上から重さが流されていった。

 朱に染まった黒球。誰がやったかなんて論ずるまでもない。

 いつの間にか左腕に絡まっていた黒い縄に引っ張られて、私の体は見通せない闇に引きずり込まれていった。



―――視点変更。ルプス―――



 私はそれをずっと見ていた。

 具体的に言うと……ずっとだね。うん。どれぐらいずっとって貧困街?スラム街?混沌としすぎて名前がいまいち決められてないこの一帯に金髪ロールが入る前から。

 宿屋で私が放心してた時間は、たぶん一、二分ぐらい。体感的には十分ぐらい過ごした気がするけど、実際には短い、はず。

 意識を取り戻した私は、すぐにこんな時間に少女一人で外に出すってやばくね?と気づいた。特に金髪ロールなんていう歩く災厄。絶対に碌なことにならない。

 そんな考えでこっそり屋根から屋根に渡るという、前世のヲタ諸君が聞いたら羨ましがられそうな行為を行いながら探してみると、金髪ロールは意外とあっさり見つかった。というか街中走ってて凄く目立ってた。

 ところがここで困ったのが、私が出てきて危ないから宿に戻ろうと言っても、絶対金髪ロールは従わない。下手に実力行使なんてしようものなら、金髪ロールの実力でガチで反抗されたら、最悪殺し合いになりかねない。

 そんなこんなで手が出せずにバレないように見守ってたんだけど、いやぁ墓穴をほるほる。某ゲーム会社のヘリが必ず落とされるのと同じレベルで着実にフラグを立てていく。

 何を考えてるのか、驚くほどまっすぐスラム街(仮称)に入り込み、突然転んだかと思うと、恐恐と周りを見ながら歩き始めたのだ。やっと普通に街に戻ってくれるのかと安心していたら、今度は思いっきり迷子になっていた。ちょっとこっちが引くレベルで迷子だった。

 たぶん走ってきたときは周りなんて見てなかったんだろうね。来たときはそんな場所通るのかとドン引く場所を通っていったのに、今度はそういう危なげな場所を見たら引き返してしまう。だから元の場所に帰れない。

 これどうすんべ?と真剣に悩んでいたら、なんと金酔っぱらい二人に絡まれるじゃありませんか。まぁそうなるな。どうしよう。

 勇ましい言葉をあげる金髪ロール。うん。剣があったら確かに勝てるだろうね。相手を殺すの前提だけど。ついでに言えば今剣持ってないけど、本人は気づいているんだろうか。気づいてなかったな、腰元に手を当てて慌ててる。

 って素手でやるの?はえー。素手も意外といけるやん。あまいけど。

 うん。人体って意外とシブトイんだぜ?最悪勢い乗ってたら、頭撃ち抜いても攻撃してくるレベルで。

 ここらへんが難しいんだよね。前世の映画やらなんやらじゃ首に手刀で気絶させたりしてたけど、そうそう人間気絶なんてしない。顎を打ち抜いて脳震盪も同上。人を気絶させるってめっちゃ難しい。普通に人ぞれぞれで痛みとかの耐性も違うし、この世界の住人は前世と比べて驚くほど体が丈夫に出来てる。冒険者レベルになると、原付きの突進ぐらい受け止めれる。

 気絶させたと思ってたら狸寝入りで襲ってくるとか、気絶はしたけど一瞬だけだったとか、とにかく気絶は難しい。つまり人間を殺さないように無力化させるのはとても難しいのだ。下手に凶器を使えば殺しかねないし、鈍器で殴りつけても意外と動き続ける。背骨なんてやろうもんなら確実に後遺症が残る。

 反対に殺すのは簡単だ。殺すまで殴れば死ぬし、明らかに死んでる状態に追いやれば死ぬ。最初から確実に死んだ状態にするまで気を抜かなければ騙される心配もない。

 私が金髪ロールが絡まれたのに、すぐに助けなかったのはそこらへんに理由がある。私は私の力を過信していない、というかしないように努めている。一般人よりは強いかもしれないけど、一般人だって私を殺せる可能性は十分に持っている。

 だから私が戦いに介入するとしたら、確実に相手を殺す。そうしないと不安だから確実に殺す。そりゃまぁ時と場合によってはしないかもしれないけど、今回の場合は例外に値しない。

 さすがに軽々と人を殺す気はない。何より罪に問われるのも嫌だし。だから静観していたんだけど、ダメだねこれ。

 私が見ている先で金髪ロールが男二人に組み伏せられている。このまま放置していたら殴られて犯されてしまうだろう。さすがに見逃せない。主にきっと今も金髪ロールを見守ってる誰かが手を出して、結果金髪ロールが城に戻ってしまえば折角今日まで耐えて待ち望んでいた報酬が貰えない。

 闇に紛れて【闇弾(ダークブレッド)】とついでに【闇縄(ダークロープ)】を用意して、二人の男を撃ち殺すと同時に金髪ロールを回収する。

 人外の怪力に任せて金髪ロールを小脇に抱えると、そのまま表通りに向かって走る。バレなければ犯罪じゃないという理論を信じて、ひたすら現場から走り去る。幸い抱えられた金髪ロールは何も喋らず、振り落とされないように私の体に抱きついてきた。珍しく良い行動だ。

 走り続けてスラム街から出た直後の道で、金髪ロールを降ろして一息つく。いくら人外の力と体力があるとはいえ、人一人抱えて走るのはキツイ。

 いくらスラム街から出たとは言え、逆に言えば表通りからスラム街に入る道。ちゃんとした表からすればまだかなり暗い場所だ。息を荒げてるのを不審に思われないし、表通りに金髪ロールを抱えたまま出られないから都合はいいんだけど。

 こんなタイミングでなんか言われたら嫌だなぁ、とか思いながら金髪ロールを見てみると、何やら様子がおかしい。こちらを見る目が今までと違ってなんというか……熱っぽい?


「その……ルプス。なんというか……」


 何か言おうとモジモジしだす。うん。ふざけるな。

 そうだね、そうだろうね。今回私が被った疲労を考えれば、多少の八つ当たりぐらいしてもいいだろう。

 口を『あ』の形に開こうとする金髪ロールに先制して口を開く。先になんて喋らせない。


「お前のせいだ」


 私の言葉に、何か告げようとしていた金髪ロールの顔が曇る。さすがに今回は思うところがあったらしいが、きっと彼女は私が言った言葉の意味を分かってない。


「お前のせいであの二人の男が死んだ」

「え?」


 きっと自分が何も考えないで動いたせいで危ない目にあった、そんな風なことだけ反省していたのだろう。


「あ、あいつらは私を襲ったのよ!?」

「その通り。だけどあいつらだって、こんな時間にあんなところをほっつき歩いている無防備な少女がいなければ、襲うことなんて無かっただろう」


 例えばこれが普通の子供だったら、私だって八つ当たりなんてしなかった。

 だけど彼女は王女なのだ。今は身分を隠していても、将来執政には関わらないとしても、彼女が生きている限り彼女は他人に影響を与える。ただの人間より何倍もの影響を。


「それは、そうだけど。でも……」

「でもも何もないんだよ。お前が何も考えずにあんなところにいたからあいつらは絡んできた。そしてお前が弱いからあいつらは殺された。お前が素手でもあいつらを制圧できたなら、私だって殺す必要は無かった」


 そして私が介入しなければ、きっと今もどこかで見ているであろう監視係が殺していた。あいつらは金髪ロールに絡んだ時点で、金髪ロールから制圧されなければ確実に死ぬ運命にあったのだ。


「分かるか。お前の行動であいつらは死んで、私は殺しの罪を背負った」

「あんな屑が死のうが殺そうが問題なんてないわよ!」


 分かってない。ある意味人の命が軽いこの世界じゃ仕方ないんだけど、こいつは何も分かってない。


「確かに屑だったさ。法律に照らし合わせたって場合によっては死ぬだろうさ。でもいくら屑でも、もしかしたら気まぐれか偶然で人の命を助けるかもしれない」

「あの屑が?簡単に人を犯そうとするあいつが?人を助ける確率より、害する確率の方が高いでしょう。今日ここで死んだのが、世界にとっては有益なことだわ」

「確率の上ではな。だけど可能性はある。何かがきっかけで改心することだってあるかもしれない。未来なんて誰にも決められないし分からない。可能性はいくらでもある。だけど死んだ人間は、他者に自身の死という影響しか与えることができない。今日この日、あいつらはこの先何年と他者に及ぼせる可能性を完全に失ったんだ。死ぬってのはそういうことで、お前がそうさせたんだ」


 金髪ロールに勢いが無くなる。頼りなさげに俯きながら、か細い声が響く。


「じゃあ。じゃああいつらは死ぬべきじゃなかったっていうの?」

「いや。それは関係ない。あいつらはあいつらの意思で行動を行った以上、行動の責任は果たされるべきだ。たとえそれが死であっても」


 心底訳がわからないという顔でこちらを見る金髪ロール。だけどどうでもいい。これはただの八つ当たりなのだから、別に論理が整ってる必要なんて無い。


「行動の責任。それが問題なんだ。お前はお前が行った行動に対して、自分のだけじゃなくて他者に対する責任も取らなければならない。今回の場合死んだあいつらと、そして私に」

「ルプスも?」

「私はあいつらを殺した。もしかしたらあいつらと仲が良かった誰かが、逆恨みで私を殺そうとするかもしれない。そうじゃなくても、理由があったとはいえ私は殺人の罪を背負った」


 最初の熱っぽさの欠片もない金髪ロールに、ゆっくりと近づき、顔を寄せ至近距離で呟く。


「生きるのって怖いだろう?」

「!?」


 反らそうとする顔を掴んで無理矢理こちらを見させる。


「少しは分かったか。お前が感情のままに行った行動の結果がこれだ。もっと言ってしまえば、私とお前が出会ってしまった結果がこれだ」


 金髪ロールの瞳から涙が零れ落ちる。


「泣いたらいいってもんじゃねぇんだよ」


 女の子を泣かしたらいけない、なんて中高男子の頭の中だけの世界だ。むしろ泣いたのをダシにして攻める。今どき小学生の口喧嘩だってこれぐらいはする。


「何が原因で、何がきっかけで起こるか分からない。昨日の一つの行動。一つの言葉で人が死ぬ」


 遊び半分で送られた告白のメッセージで。無属性という悩みを開放してあげようとした善意で。


「誰も何も背負ってくれない。だから自分で背負わないといけないんだ。自分の命と他人の命を」


 誰かが助けてくれることもなかった。誰かを助けることもなかった。


「っく、っう……離して!」


 顔を掴んでいた手を振り払われる。人外の力を出していなければ、体格が上で火属性の金髪ロールには勝てない。

 私の手を振り払った勢いで、表通りに足を向ける金髪ロール。


「また一人で行くんですか」


 その一言で、動きかけた足が止まる。

 いくら表通りとはいえ、こんな時間に少女一人で歩くのは危険だ。いや見た目から言うと私もアウトなんだけど。

 足の止まった金髪ロールの手を取る。


「行くぞ」


 振り払われないのを確認してから先導する。どうせ帰る場所は同じだ。

 既に日は完全に没し、日没後しばらくは点灯させられる魔道具の街灯すら消えている道は暗く、酷く情けない星々の光がうっすらと道を染める。まぁ私夜目効くから関係ないけど。

 八つ当たりで多少気が晴れたのもあって、帰りは互いに一言も喋らない。おかげで、暇な頭が勝手に思考を始めてしまう。

 責任。そう、私は責任を果たしていないし、果たそうともしていない。王女の身分を隠して冒険者になろうとしてる金髪ロールと何が違うのか。

 ルプス=クロスロードに込められた思い。じいさんの願い。ウルムナフ王国。

 夜は暗い。思わず、空いた手のひらを前方に伸ばしてしまう。もちろん誰も先導なんてしてくれない。

 後ろの少女はどうなのだろう。彼女には帰る家もあるし、導いてくれる他人だっているだろう。私が先導できるのは、宿までの短い道のりだけ。

 伸ばした手を戻し、元のように歩く。金髪ロールが逃げないよう、しっかりと手を握って。

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