力を嫌悪できる辺りに、前世の名残を感じたい。この世界じゃ適応できてない証だけども。
「こちら、どうぞ」
「んっ?ああ、悪いな。頼む」
大きめの樽の注ぎ口に竹的なものをくっつけたり、コルク的なもので蓋をしている。なんだか日曜大工感溢れる容器を傾け、これまたアジのある木製コップにエールを注ぐ。
注ぎ終えると、さっき飲みきったばっかりだっていうのに、勢いのままゴクゴクと喉を鳴らして中身を減らしていく。結構コップのサイズでかいんだけど、見なくても分かるレベルで勢いよく中身が減っていく。
「って、なんで酒飲まねぇガキに酒注いで貰いながら酒呑んでんだ俺は?」
あまりの勢いにワンモア注ぎかな?と身構えていたのに、飲み切る直前で突然現実に戻ってきてしまった。いや戻ったのかなこれ?酒飲みの戯言な気もするんだけど。
「なんでって、暫定とはいえパーティーメンバーが冒険者ギルドの席で一緒になるのは、別に何一つとして間違ったことは無いでしょう」
「お付きと見習いはパーティかっていうと微妙だけどな。特に俺と坊主の場合被害者と加害者じゃないか?」
「せめて互いに加害者にしてください。一方的に自分が悪い扱いはいかがなものかと」
「自分もやらかしてる自覚はあるんだな」
「自覚してないよりはマシでしょう?」
はぁ、と中年男は深々とため息をつくと、残った酒を飲み干して、空っぽのコップを私に向けてきた。なんか解せぬ。
とりあえずおかわりを注ぐと、今度は一口だけ呑んでコップを置いた。
「というかほんと。どうして注文もしてないのにこんなところにいるんだ?依頼の受注もできないだろうに」
「深い意味は無いんですよ。ただ単純にやること無くて暇なんです」
私にしては珍しいことに死ぬほど素直に理由を告げる。
レッドスコーピオンとの遭遇から数日。私は完全に時間を持て余しまくっていた。
というのも、例の戦いで足が飛んで行っちゃった中年男。中年男自身の手で足を繋げちゃったから、回復魔術師って凄いなぁって話で色々問題が発生しかけたのだが、それはともかく繋げるのは簡単だけど、完全回復は難しいらしい。
正確に言えば回復専門の人に頼めばすぐらしいのだが、本人がお金を渋って自分で治すと言い始めたのだ。
中年男が自分で治すなら完治までは時間がかかる。もちろん足に不安がある人間が狩りに行けるはずもなく。結論を言えば、しばらく冒険者家業はおやすみになったのである。
活動できない間のお試し期間はどうなるの?って多少心配だったけど、中年男曰く「パーティメンバーが負傷してる時の活動」として評価の対象とのことだ。まぁ半分以上完治を待てない金髪ロールに対する方便なんだけどね。
私としては休めるなら万々歳。とはいえこの世界はとにかく暇なのだ。やることが無い。仕事が無くなったら宿で寝るしか無いんだけど、さすがに何時間も眠れるほど私は豪胆じゃない。ウェブ小説を読むだけで一日を潰せた前世が懐かしい。
ちなみにこの世界では本はかなり高価な上、実用書が最優先で制作されている。次点で国の華々しい英雄譚や歴史など。有名所のお話はいくつか売られてるけど、個人が書く物語なんて全く無い。そして売られてる本の一部の実用書以外は村にいたころに読んだ。……うん、じいさんの財力どんだけあんだよ。しかも途中で増えてたってことは、あんな辺境の村に届けて貰ってたんでしょう?どういうことなの?まさかそのせいでゴロツキ達に居場所がバレたとかないよね?
コホン。ともかく本もなければ娯楽もない。治安も悪いから図書館だって無い。いっそ自作小説でも日本語で書いてやろうかとも思ったけど、紙もペンもインクも高い。やってられるか!
道具が必要ない遊びをしようにも、そういうのは基本二人以上の参加者が必要。国都での知人関係が中年男、金髪ロール、その他は情報収集源。やってられるか!そもそもファンタジー世界でファンタジーな妄想とかお前もう何がやりたいんだよ!
ふぅふぅ。延々一人で脳内ボケ&ツッコミをしていると、呆れた様子の中年男が声をかけてきた。
「暇だ暇だって、俺が言ってた活動不可の間の行動はどうした?」
「方便じゃなかったんですか?」
「半分はな。もう半分はマジだ」
ふむ。確かに言ってることは正しいし、今も興味半分真面目半分といった顔だ。
一秒程思考して、とりあえず時間稼ぎのために言葉を紡ぐ。
「とりあえず怪我の原因について、パーティで協議が必要でしょうね」
「ま、当たり前だな。俺達にゃできない話だが」
「エリザさんは事実を知りませんからね。そして結論はローレンスさんが余計なことをしないように見張る、でファイナルアンサーです」
「反論のしようもない」
苦虫を噛み含んじゃったような表情で顔を逸らす中年男。こういうところは素直なのに、どうしてあんなあくどい計画を考えるのだか。人間としてアンバランスだよねこの人。私が言うな?半分ぐらいは糞鳥のせいなのでもーまんたい(死語)。
「他にはそうですね。というか突発的とはいえ休暇なんだから休めばいいんじゃないですか?」
「ほう?」
中年男が少し面白そうに身を乗り出す。
「そりゃ普段忙しくてできない装備の点検やら情報集めとか、やれることなんていくつもあるでしょうけど、休めるなら休めばいいじゃないですか」
「本来そのいくつもあるやれることができるかを聞きたいんだけどな。ま、坊主は心配するだけ無駄だな。不慮の事故まで含めて安全マージンとって戦いそうなヤツに、日々の心構えなんて問いても無駄か」
不慮の事故を考慮に入れるってそれもう不慮じゃなくない?いや言いたいのは分かるんだけど、過剰評価は困る。私を殺せるヤツなんて探せばいくらでもいるだろう。
ひとまずさっきの解答で満足したのか、中年男はコップの酒を一気に飲みきり、私に空のコップを向けてきた。
「残念。おかわりも空です」
「あら?もうそんなに呑んだのか」
中年男はギルド員件酒場の店員を呼ぶと、追加のエールを注文して代金を支払う。なんだかこういう店で先払いって未だに慣れない。
「そういや聞かなかったけど、お前の分はよかったのか?」
注文を待つ間暇なのか、中年男が話しかけてくる。
「大丈夫ですよ。特に頼む予定はなかったので」
「そうか。そういやお前ってここじゃ何にも頼まないよな。何か理由でもあるのか?」
「単純な話ですよ。ギルドの施設って基本割高な上に、質だって中の下から上程度じゃないですか。泊まってる宿がご飯付きだから、そっちで食べたほうが安いんです」
ギルドの中には冒険者が必要とする各施設が整っている。道具屋や鍛冶屋、今使っている食事処だって施設の一部だ。一般的な冒険者なら、宿とギルドを行き来するだけで町中でやることが終わるだろう。
が、逆に言えばギルドで管理維持運営を行っている、といえば何となく既に言葉が嫌らしいが、いわゆる遊園地価格的な勢いで値段設定が割高なのだ。
もちろん割高なだけだと人は寄ってこない。ギルドという組織を背景として持っているため、ギルド内の施設の品質は一定以上には保たれているし、もしもの場合のアフターサービスだってしっかりしてる。品数も普段から揃っており、割高ではあるがぼったくられたりはしない。
逆に市井の店は粗悪品が混ざっている可能性がある。逆に掘り出し物があるときもあるが、見極められるかは買い手次第。値切りも可能だがぼったくられる可能性もあるし、問題が発生した時は自己責任。品揃えが悪い日もある。
一言で言っちゃえばケースバイケースってことだ。何か妙に上手く回ってるし、たぶんギルドか市井か、もしくはその両方がわざと長短を作って、利益を独占しないようにしているのだろう。
以上。特になんてことはない話でした。
「宿か。宿はなぁ。どうにも金がかかっていけねぇ。国都を拠点にするんだったら、ギルド宿でも借りた方じゃいいんじゃねぇか?」
ギルド宿。予め言っておくがギルド員の宿ではない。
前世風に言えば、宿はホテル。ギルド宿はマンションと言った感じ?もしくは社員寮かな。
名前の通りギルドが運営してる宿で、確か最低でも半年間その街を中心に活動することを条件に、普通の宿より割安で泊まれる宿だ。
と言っても言うほど便利なものでも無いんだけどね。というのも、冒険者何かは遠出することが多い。丁度この前の砂漠みたいに、依頼のために街単位の移動をするのを考えれば結局宿に泊まる必要性が出てくる。さらに普通の宿にある、家具もろもろや食事などのサービスが受けられない。
それでも遠出する際に荷物を置ける場所ってのは確かに貴重だ。まさか遠出の間宿を取り続けるわけにもいかないって、それは先日私がやったことだ。なんだかんだ宣伝してたらあの宿も人が増えて、お礼として未だに超格安で宿を借りられている。向こうがやめてくれと言うまで搾り取ってやろう。
「今のところは宿が格安ですから、ギルド宿に泊まる予定はないですかねぇ」
「そうかい。……別に聞くほどのことでもないっていうか、分かりきってる話なんだが、坊主は見習いの冠が取れたら冒険者になるのか?それともハンターに?」
……ん?どういうこと?
「冒険者とハンターって何か違いがあるんですか?」
「知らないのか?以外だな」
「呼び方が二つあるって話は聞いたことあるんですけど、どういう理屈で別れてるかはいまいち知らないんですよ」
「そうかそうか」
中年男はなぜか嬉しそうに満足気に何度も頷く。いいから説明しろや。
「つっても文字通りって感じだな。冒険者は各地を転々と冒険しながら活動を、ハンターは一つの拠点を中心に活動してるって程度の分け方だ」
「わざわざ各地を巡る必要なんてあるんですか?」
「必要はねぇな。まぁ道楽みたいなもんだよ。お前が暇って言ったように、どっか一つのところにいてやれることなんて、酒呑んで飯食って友人とバカ話するぐらいだ。色んな土地の美味い飯や珍しい景色、新たなる友人。冒険者になったなら一度は憧れる話しさ」
「そんなもんなんですかね?」
前世と違ってこの世界には衛星写真も、インターネットも無い。もちろん通販だってないし、そもそも輸送技術が未発達だ。確かに一つの場所に留まり続けても暇だし、いっそ冒険者に……あ、ダメだ。移動計画を考えるだけでなんだか酷く面倒になってきた。私には向いてない生き方だわこれ。
「ああでも、遺跡を探索するのが冒険者で、依頼を受けて狩りをするのがハンター。なんて区別の仕方もあったっけな」
「遺跡ですか?」
「遺跡も知らないのか?」
「名前と何となくの概要ぐらいですかね?潜る気が無かったので」
「お前の場合……そうだろうな。確かに潜ってるイメージがわかねぇ」
遺跡と言われると、真っ先に召喚物のことを思い出す。
今でこそフュージョンモンスターなんて勝手な名前を付けられてる、ってか付けたの私だけど、とにかくフュージョン状態の身体の大本である召喚物。今の私を支える重要な要素であり、同時に酷く嫌な記憶を思い出させる存在。
「遺跡ってのはまぁ各地に点々として存在してるもんなんだが、そうだな。特徴を上げるなら、一つ目は普段と違う魔物が出てくるってところだな」
「確かゴーレムとかスケルトン。それにゴーストとかでしたっけ?」
「なんだかんだでちゃんと勉強してんじゃねぇか。普通出くわす魔物ってのは、あくまで普通の動物の延長線上にあるもんだ。まぁ二足方向だったり、腕やら足やらが複数だったり、この前みたいに人体が生えることもあるがな」
それって生物の延長線上って言っていいんだろうか?
「だが遺跡の魔物は明らかに異質だ。そもそもどうして生きて動いてるのかを疑問視しないといけない化物揃い。が、そのおかげで得するところだってある」
「得ですか?」
「ああそうだ。奴らからは特殊なものが取れる。武装、鉱石、宝玉。普通の魔物の素材から作れる武装だって、普通の鉱石や毛皮に比べると丈夫だが、遺跡産のそれと比べると格が違う」
「だから儲かる、と?」
「素材だけで言ったらな。特殊な魔道具が取れることもあるし。だが遺跡の一番の特徴はそんなもんじゃねぇ」
中年男は一度そこでタメ、タメた上で若干眉をひそめた。
「遺跡の奥には神や悪魔と呼ばれてるものを召喚する魔法陣があるんだが……。なんだ?これは知ってたか?」
「知らなくは無いですね」
あくまで普通な解答に留める。そりゃまぁ私のあの姿を知ってたら、召喚物の話題はしにくいだろう。そしてやっぱり召喚物という言い方は一般的では無いようだ。
「その神やら悪魔を倒すと技や魔術の使い方が分かるようになるんでしたっけ?そんなところわざわざ行くんですか?」
「行く。行くさ。冒険者やってて強さに憧れない人間なんていない」
中年男の言葉に、今度は私が眉をひそめてしまう。
「そんなの欲するもんですかね?」
「坊主には分からんだろうさ。冒険者にとって力ってのは、飯屋が出す飯、服屋が出す衣服、つまり商売道具だ」
身振り手振りを加えながら、中年男は言葉を繋げていく。
「冒険者なんざ計算もろくにできねぇ。商人みたいに回る舌も持ってねぇ。力で他者をねじ伏せて金を貰ってる生き物だ」
私からしたらそんなにお金が必要なのかとも思うが、この世界には娯楽が少ない。というか、ほぼ賭博と酒に偏っている。もちろんどちらとも金がかかるわけで、より多くの金があるほど長く大きく賭博できて、いい酒を呑める。素晴らしすぎて涙が出そうな経済循環だ。
「力しか金を稼げる手段がねぇから強くなる。最も強くなりやすいのはより良い装備だが、もちろんそのためには金がかかる。そして装備意外となりゃ自分の腕を上げるしか無い」
賭博や酒でお金を使い果たしたら、残るのは自分の職業のことぐらい。そして職業をより上手くこなせるようになれば、お金だってより手に入る。元々前世より人口も職種も少ないからか、この世界の住人は職業意識が高い。となれば、まぁ必然冒険者なら力を求める、か。
私だって暇を潰すために、情報収集をしたりしてる。この世界に馴染んでるのを素直に嬉しいと言っていいのだが。
「んで遺跡の奥の悪魔を倒せば強くなれるっていうなら、向かわない手はない……。まぁ、結局奥に行くために腕も装備も必要なんだけどな」
「世知辛い……」
私みたいに生きるためだけに職を求めてる人間は少ない。ただ少ないだけでいないわけではない。例えば―――
「でも今の言い方だと、まるでローレンスさんは違うみたいじゃないですか」
目の前の中年男は、完全に日銭を稼ぐためだけに冒険者をやっている。
「ん、そうだな。いや俺も子供の頃は、それこそ王女様みたいに伝説の冒険者ってやつに憧れてたさ」
中年男はずっと握りっぱなしだったエールに口をつける。まるでやりきれない現実を押し流すように、喉を鳴らして酒精を取り込む。
「どうしようもない。壁って奴があるんだよ」
「壁、ですか?」
「ああ。三位と四位の壁、単属性の壁」
どちらも聞き覚えがない言葉だ。そして既に闇魔術であれば五位が行使できて、無属性の私には単属性すらうらやましねと暴言を吐きたくなるレベルである。私には関係なさそうな話だけど、とりあえず喋らせるだけ喋らせとこう。
「一位の技術は基礎も基礎。二位は六属が入り、三位は二位の出力を上げただけ。だが四位以降は全く別の話になるんだ」
「全く別?とういうことですか?」
「言葉どおりだよ。三位までは技術を磨けば誰でも到達できる。だが四位以降はいわゆる才能みたいなのが必要なんだ」
既に一つダウト。三位だってそうそうなれるものじゃないんだよ?少なくともあの村では居なかった。
ただまぁ中年男が言った言葉も嘘とは言い切れない。適切な師匠とかがいればまた別なんだけど、この世は初っ端の時点で二属と六属かけて十二種類の戦い方がある。さらに戦士職と魔術職を分けると、そりゃ簡単に師匠に巡り会うのも難しい。
私が思考を巡らせる間、中年男も頭を悩ませてから口を開く。
「例えば同属性の同階位だったら、大概同じ動きをするだろう?」
「そりゃどっちとも同じなら同じでしょう」
「その通り。だが、四位以降は同じ属性でも動きが全く動きが違うんだ」
なん……だと?
聞き流しそうになってたけど、意外と重要な話だった。
「これでも冒険者やってて長いからな。四位の光の水属性の剣士と、二回だけ出会ったことがある」
「その二人の動きが違ったと?」
「ああ、そうだ。四位以降の人間と出会うなんて珍しいからな。来たらギルドでもちょっと話題にあがる。金を使って、ちょっと技を見せてもらったんだ」
過去の記憶を思い出すためか、中年男は遠い目をしてどこでもない場所を眺める。
「一人は嵐の日の大河みたいヤツだった。光で水だってのに自ら近づいていくんだぜ?慌てて攻撃をしかけたら、受け流されるどころか、気づいたら地面に転がされてるんだ。俺も一回だけ自分の体で試させてもらったんだが、剣が触れてから転がってる間の記憶がねぇんだよ。末恐ろしい体験だったぜ」
話を聞くだけでヤバさが伝わる。攻撃が触れたらアウトって、新種のデバフモンスターかなにかかよ。そんなの今時クソゲーにもいな……あー。魔物に寄生して、寄生主が怯んでようがお構いなしに自動迎撃してくる敵とかいたな。何回かキレてデビルト○ガーからのステ○ンガー連打した記憶がある。うん。アイツはうざかった。
「もう一人は揺るがぬ湖みたいなヤツだったよ。剣を盾のように構えて、最小限の動きで攻撃を逸らしまくるんだ。ありゃもう水属性とは別なもんだよ。三位の闇の風属性剣士が、二人がかりで止められなかったんだぜ?」
「ちょっと待ってください。風属性って確か水の弱点属性じゃありませんでしたっけ?」
「ああそうだよ。一撃の攻撃を流すことに重点を置いた水属性は、手数が多く器用な風属性とは相性が悪い。四位までなると関係無いらしいがな」
新事実。位階の壁は弱点属性よりも分厚かったらしい。
確かに格ゲーとかでもランク違いの相手だと、キャラランとか相性お構いなしにボコってくるもんね。上手いガ○ン使いは皆死ねばいいと思うの。絶対アイツランク下位じゃないって。
「でも恐ろしい話はこの後なんだ」
「まだあるんですか?」
「いいから聞けよ。冒険者ってのは強いヤツはほぼ無条件で尊敬する。んで力を見せてもらった後に、もちろん褒め言葉を言ったりするんだよ。そしたらその四位の連中は揃って同じことを言いやがるんだ」
「……なんと?」
「『五位以降の人間に比べるとまだまだだ』ってな」
再度エールを一気に呑むと、中年男は声のトーンを下げて語り始めた。
「壁があるんだよ。分厚い分厚い壁がな。最初見た時は、いつか俺もその境地に達してやろうと思った。二度目見せられた時に、俺はこの境地には達せられないと理解した。ま、今は下手に才能なんか無くてよかったと思っているがな」
「なんでですか?」
「お前には一生理解出来なさそうな話だが教えてやるよ。四位以上の使い手となれば、どこの国でも仕えればかなりの身分を貰える。国じゃなくて個人でだって引く手数多さ。それでも冒険者を続けるやつなんざ、求めるものは一つしかない」
「……力、ですか?」
「さっきの話をよく聞けてるじゃねぇか。国都の近くには五位の水属性の悪魔が祀られてる遺跡があるんだがな。俺が見た二人の四位の化物は、その後一回も見ることはできなかったよ」
なんというか、確かに私には分からない話だった。いや分かりはするけど、理解はできない話だ。
誰かに仕えたりするのは面倒だろうが、だとしても私の場合わざわざさらに強い力なんて求めない。必要な力を持っているなら、後は平和に暮せばよかったものを。折角才能を持ってたのに、自ら勝手に使い潰してしまうなんて勿体無い。
この世界には四位以降の使い手はほとんどいない。少なくとも私はほとんど見かけなかった。きっと下手に力を持ってるからこそ、下手な理由で死んでしまうのだろう。
「もう一つの単属性の壁っていうのはなんなんですか?」
「半分答えは言ってるようなもんだが、才能で壁を突破できなければ、遺跡の力に頼るしか無い。あれは才能だとか適正だとかガン無視して、祀られてる存在の階位までの力を全て伝えてくれるらしいからな。が、たった今言っただろう。階位の壁は分厚いってな」
「ああ、なるほど。そりゃ同属性な上に光闇両方備えた上位の相手には勝てないですよね」
「そうだ。万に一つ勝てたとしてもそこまで。才能で四位に上がれなかった人間が、他者の力で四位になれたからって五位になれるか?そしたら今度はまた遺跡に行っちまう。己の強運を信じて、そして死んでいく」
新手のダイソンみたいなシステムだになってるじゃないですかヤダー。吸引力の変わらないただ一つの死ばかり機?ん、なんか別のものになった。まあいいや。
「だから単属性じゃほぼ不可能で、複数属性じゃないと無理だと」
「それでもほぼ無理だけどな。いったろ?弱点属性二人組で負けたって」
「そんなところに行くバカいるんですか?ちなみに遺跡ってパーティ攻略は?」
「無理だよ。最奥のヤツはなぜか一人でしか挑めない。そしているんだよ。自分の命は一つしかない特別なものだから、名前も知らない有象無象と違って特別な自分は勝てる。なんて考えるバカが」
人口も少ないのに自殺志願とは恐れ入る。そんなに命が惜しくないなら前世の私に分けてくれよ。
「はぁ。ここらへんの基準で言うと、一番危ねぇのは王女様なんだよなぁ」
王女様?王女?……あ、金髪ロールか。一瞬素で分からなかった。
「確かに危なさの化身ですけど、さっきの話と関係が?」
「あんな感じで色々と残念ではあるけど、どう考えたってあれは化物の類だ。一応三位の人間はベテランって言われてるんだぜ?未完成とはいえ、あの年でその階位に到達してる。あれは大成するよ。力に関して言えば、最低でも四位はいくだろうな」
珍しい金髪ロールへの褒め言葉だ。きっと本人の前だと絶対に言わないのだろう。
「が、それ故に危うい。自分の才能を過信するからこそ、行き詰まった時に安易に遺跡に頼りかねない。ま、王女様だから心配する必要はないだろうけどな。あれが普通の冒険者だったら本腰入れて取り組まないといけねぇところだった」
「もう一人は模範的で良かったですね」
「え?」
「え?」
奇妙な沈黙。というか何でそこで凄い意外そうな顔してんだテメェ。エールにこっそり唐辛子ぶちまけるぞ。いや、香辛料高いからそんな勿体無いことしないけど。
「あ、あーと。そもそも何の話してたんでしたっけ?」
「そ、そうだな。お前はハンターになるのか冒険者になるのか、みたいな話じゃなかったっけ?」
「あーそうでしたねー」
グダグダだ。もうなんか色々グダグダだ。
とにかく場をつなげるために、三度目のお酌をしようとした時、バタン!と何故か聞き覚えのある。というより聞き覚えてしまった扉の開く音が鳴った。
あー。凄く顔を扉の方に向けたくない。というか絶対に向けない。偶然扉は背後にあるし、絶対私は後ろを振り向かないぞー!J○J○ー!
あ、待って。なんで足音近づいてくるの?落ち着こうよ。きっと気のせいだって。何か中年男が私の背後を指さしてるけど、きっと私の後ろの人に用事があるんだろう。何故か私を見ながら後ろを指さしてるけどきっとそうに違いない。あーあー。足音なんて聞こえない。聞こえないぞー!
「ちょっとルプス!なんでこっち見ないのよ!」
もうこれダメなやつですね。分かります。
仕方なく。しかたなーく声の主。金髪ロールの方を向く。一言目は笑顔で社交的に、私は無視なんてしてませんよというように堂々と……。
「ちょっと話があるわ。着いてきなさい」
だが断る(誤用?)。と言えれば言いんだけど、残念なことにネタが通じない。現世でも通じる友人いなかったけど。
「えっとそれってここじゃ」
「ここじゃダメ。着いてきなさい」
尽くこちらの言葉を潰す金髪ロール。分かったぞこれ要請じゃなくて命令だ。
しかし今現在では私と金髪ロールの立場は対等。一方的に命令される覚えはない!
「あのですね」
「いいから来なさい!」
こちらの言い分をガン無視して強引に腕を掴んでくる金髪ロール。っていうか握力つよ!女子のそれじゃないよこれ!?ゴリラ?ゴリラの子供だったの?
くそう!これだから子供は!この世の三大悪『話を』『聞かない』『子供』だ!一しかない?三つを一つにまとめてもいいぐらい嫌いなんだよ!
打開策はどこかにないのか!?今こそレッドスコーピオンすら退けた脳細胞の活躍時だろう。中年男……は元から期待してなかったけど、全力で目を逸らしてやがる。このろくでなし!たぶん私が中年男の立場だったら同じことするけど、だからこそろくでなし!自分のことを棚に上げてろくでなし!
えーと他に、他には……ない。ないな。うん。
あーギルドから出てしまった。こんな時はなんだっけ?どなどなどーなーどーなー?仔牛をのーせーてー?それ以降の歌詞知らないんだよね。




