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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
51/62

中年男の独白 三

 あれほど騒々しかった砂漠に、静寂が戻っていた。

 状況は……正直よく分からない。ルプスが身捨て同然の攻撃を仕掛けたかと思ったら、今までにないほど暴れたレッドスコーピオンが、地面に潜ってどこかに行ってしまったのだ。

 潜られた時はまた砂中からの攻撃か、と身構えたものの、どうやら様子がおかしい。潜ってから五分ぐらい経過したが、全く攻撃してくる様子が無い。どころか、いつの間にか砂中を動く音も聞こえなくなっていた。

 見逃された。その事実を認識し、なぜ?と疑問に覚えた辺りで、随分と余裕を取り戻した自分に気づく。

 そうなってくると人間周りが見え始めてくるわけで、正常に戻った思考が疑問の声をあげた。


「坊主はどうなった?」


 瀕死の俺を見て逃げるのをやめ、突如体を変化させ、今まで以上に見たことの無い魔術を使いレッドスコーピオンと戦ったルプス。最後の下半身を捨てた一撃は、否応なく脳裏に特攻の二文字を浮かび上がらせてくる。

 よくある話だ。理由はどうあれ、全滅の危機に陥ったパーティーが、犠牲役を選んでできる限り多くの命を救う。現にルプスが変身して戦う前、俺自身が坊主のためにやろうとしていたことだ。

 首を巡らせて周囲を探したいのに、体を起こすのすらままならない。光属性の嗜みとして三位の回復魔術までは使用できるが、三位では複雑骨折を完全に治すことはできない。

 一応今は見てくれだけは元に戻ってるが、腕に力を入れるだけで激痛が走ってしまう。腹筋の力で起き上がろうにも、片足が無いせいで上手くバランスがとれない。


「クソッ!!」


 あまりにままならない事態に、思わず悪態をついてしまう。

 どうやって体を起こすか。冷静になったら考えるべきことは他にも沢山あるのだが、その時の俺は起き上がろうと、ひたすら砂の上でもがくことしかできなかった。

 時折痛みで悲鳴をあげながらもがいていると、ザッザッザッ、と規則正しい足音が聞こえてきた。

 頭上から聞こえる音に、もがくのを止める。音は徐々に近づいてきていて、やがて頭上に影が差した。


「何やってるんですかローレンスさん」


 声色は全く違うが、この先輩を先輩と思ってない、言葉だけ丁寧な口調は間違いない。

 首と目線を動かし、影を落とした人物を見上げる。逆光で見えにくいが、そこには見慣れない変異したルプスの姿があった。

 目線が向けられたのに気づいたのか、ルプスは気まずそうに首の後ろを掻くと、ポツリと一言だけ呟いた。


「終わりました」


 その一言で、なんとなく俺は察してしまった。たぶんだが、もう既にレッドスコーピオンはこの世にいないのだろう。改めて考えてみれば、特攻なんて目の前の違和感の塊みたいな存在とは最も縁遠い言葉だ。駆け引きぐらいはあっただろうが、こいつが勝算の無い攻撃をしかけるはずがない。

 懸念事項がなくなると、不思議なほど頭が冷静になった。その上で早速なんだが……。

 こいつ、さっき首の後ろを掻いて無かったか?

 さらに言うと足音してなかったかおい?

 改めてルプスの全身を眺める……と、なんじゃこりゃ。

 あれだけ満身創痍としか言えなかったルプスの体は、いつの間にか五体満足な状態にまで回復していた。

 違和感があるとすれば腕に変な段差があること。あと明らかに人体だったら致命傷な風穴が二つ……二つとも目に見える勢いで回復してる。あれ?こいつの二属闇だったよな?

 三位の回復魔術を使える俺からすると、両腕はまだ納得できる。失った部位が形を残していれば、接続ぐらいなら三位でも簡単にできる。

 ちなみに欠損部位が残ってるかどうかはかなり重要な問題で、完全消失した場合、四位以上の回復魔術師が時間をかけて治さないといけない。

 なんてことを考えていると、突然ルプスが「あっ」と声をあげた。


「どうした?」

「見つけました」

「見つけた?何を?」


 いつも以上に口数の少ないルプスにオウム返しのかけあいをしてると、ルプスが手から直接鞭、というよりは縄のような形状の闇魔術を放った。

 闇魔術は一定距離まで伸びると、今度は逆にスルスルと手元に戻っていく。

 闇魔術が完全に手元に吸収されると、その手には一本の……あれだ、俺の足があった。


「これいります?」

「あ、ああ。うん。ありがとう。ありがとう?うん、ありがとう」


 ルプスの今の姿も相まって、何だか魔物に片足持ってかれた冒険者みたいな図になってる。いや現実は全く違うしありがたいことなんだけど、そんな物を持つように持たなくても。

 とにかくさっさと治そうと考え、ルプスに頼んで傷口を回復させた足の切断面に、ルプスの持ってる足の切断面を合わせてもらう。

 後は回復呪文を唱えると、三十秒ほどで足は繋がった。が、ルプスの腕と同じ様に妙な段差が残ってしまう。

 これは主に火系統を受けた時に起こる現象なんだが、切断箇所が広範囲だと、当然ながら繋げようとしても太さが合わなくなる。分かりやすく例えれば、肘から上を全て焼かれたら、肩から肘先を繋げないといけなくなるだろう?

 そういった場合は一回無理やり接続され、太さが違って中身が露出する場所は皮膚が覆っていく。その後回復魔術を重ねてかけていくと、段差ができた不自然な場所から、徐々に元の肉体が復活していき、最後には元の姿に戻る。

 もちろん変な繋がり方してるから、神経はめちゃくちゃでだし、関節だって無いからまともに動かせねぇ。無理やり曲げようもんなら、激痛が走るおまけ付きだ。

 今回食らったのは水魔術だったが、幅のデカさが拳ひとつ分はあったからな。無くなった分の体は水圧に負けて粉微塵にでもなったんだろう。

 でもまぁやっぱり欠損部位を繋げれるかどうかで、回復の効率はかなり違ってくるからな。今の状態なら、時間をかければ自分だけで完全回復できるだろう。

 などと頭の中で皮算用していると、妙な視線に気づいた。

 自分の足のことで頭が一杯だったんだが、なぜかルプスが接続のために俺の足元に座った体勢から動かず、繋がった俺の足を凝視してるのだ。

 何だがルプスにしては違和感のある行動に、思わず声をかけてしまう。


「どうした。光魔術の回復なんてそんな珍しいもんでもないだろう」

「……そうでもない、ですけど……」


 煮えきれない態度に眉をひそめていると、ルプスは覚悟を決めたようにこっちを真っ直ぐ見て尋ねてくる。


「この回復魔術って、どれぐらいの傷なら回復できるんですか?」

「どのぐらいって……具体的にどんな傷に対していってやがる?火傷か裂傷かでもだいぶ変わってくるぞ」

「その……例えば、腹部を刺された老人、とか」


 思った以上に具体的な質問に、これはちゃんと答えねばなるまい、と少しだけ頭を回す。


「貫通、してるのか?」

「はい」

「それなら使い手にもよるが、二位なら応急処置ぐらいなら、三位以上だったらまず完治できただろう」

「つまり、助かる可能性は……あったと……」


 その言葉を聞いて、正直、色々驚いた。

 付き合い始めて数週間しか経ってねぇが、それでもルプスが秘密主義なことぐらいわかる。

 別に悪いわけじゃねぇ。冒険者なんて多かれ少なかれそんなもんだし、ルプスの場合この年齢だ。さらに実力も申し分なし。一部の技術をかなぐり捨ててる感じはあるが、基礎的な技術や知識だって持ってる。何の裏も無いはずがない。

 んなこた互いに分かった上で、下手に詮索しない。実に冒険者らしい関係性で、ルプスもそれを知った上で冒険者になろうとしてる。

 そんなルプスが、こんな失言をしちまってる。

 ギリギリ例え話っていう建前での話だったのを、完全に脱ぎ捨てた一言。

 今のルプスは今まで見てきた姿と大幅に違う上、そもそも人間のそれではない。似てはいるが、似せてるだけの別物だ。そのせいで表情が読みきれないが、それでも俺には分かった。

 今ここで何か言えなかったら、何か取り返しのつかないことが起こってしまう、と。

 だっていうのに、薄っぺらい俺の脳みそは、まともな言葉一つ思いつきやしない。


「……けど、いくつが例外がある」


 結局俺の口から出てきたのは、長年ハンターをやり続けた経験からくる知識だけだった。


「例外、ですか?」

「ああ。例えば戦闘中は回復効果が下がる、とか」


 目に見えてルプスのテンションが下がった。


「ほ、他にも敵対者への回復は効果が下がったりするぜ!」


 若干テンションが上がった。

 が、今度は首を傾げた。


「なんでそんなことが分かってるんです?」

「回復魔術なんて言えば聞こえはいいが、要は身体に直接関与する力だ。技術が低ければ変な傷痕ができたり、おかしな治り方になる。応用すれば敵にダメージだって与えられそうだろ?んで、試したら全く効果無かったって訳だ」


 首の角度は戻ったが、下手するとそのまま自害しそうなテンションは変わらない。


「他にも他人が魔術使ってる近くだとやりにくいとか、あとは……あーと、あー……」


 思い出せ!思い出すんだ俺!剣士だけど一応回復も使う術士だろう!!

 確かそこそこ特殊な場合が……そうだ!思い出したぞ!!


「回復されてる奴が、回復してる奴より位階が高かったら効果が低くなったはずだ!」


 動きこそ小さいものの、凄まじい勢いでルプスの首と目線が動いた。どうやらここが突破口であるらしい。


「どれぐらいの差があったらダメなんですか?」

「どれぐらいってよりは、五位以上か未満かで結構変わってくるらしい。さすがにそこまで来ると普通のハンターじゃ中々見かけないから、俺は実体験したことは無いがな」

「どうしてそんなことが?」

「さぁな。そこまで詳しくは知らないが、回復魔術を習ってたらどっかで零れ話として聞く話だぜ。嘘は言ってない」


 俺がそう締めくくると、ルプスはしばらく口元に手を当てて何か考え事をし始めた。しばらくすると何かに納得したのか、僅かに頷きながらこう言った。


「そう……ですか……」


 その表情はどこか安堵しているような、しかし何より安堵すること事態を酷く拒絶している矛盾した表情だった。

 それでもさっきまでの自暴自棄な雰囲気と比べるとまだマシだ。

 やっと少しだけ息がつけるようになると、改めてこれから先のことに思考が向けられる。というか、今の話は完全に蛇足なわけで、本来は先を考えるのが普通なのだ。

 あー、その前に、一番の問題を片付けなければならないか。

 終わった時に俺の首は繋がったまんまだろうなおい?

 俺は首を限界まで動かしてルプスを正面から、ほとんど睨みつけるように見る。ルプスもそれだけで状況の変化を察して、改めてこちらを見てきた。


「それはなんだ」


 短い言葉。だがこいつ相手に無駄に長い文言なんて必要ない。

 僅かな逡巡をおき、ルプスが口を開く。


「これは……」

「分かってる。言えねぇって言うんだろ。もしくは自分でも分かってないか」


 ルプスが目を見開き驚いた表情をする。こいつ相手にこんな表情をさせれるとは、今日の俺は調子が良いらしい。


「別に俺だって詳しく知りたかねぇ。パーティメンバーとしてはどこまでできるか、とかは知っておくべきだが、同時に隠すべき事柄もある。何より俺自身、そんなもん普通に人前で見せるもんじゃねぇと思ってるからな」


 さて、ここからが問題だ。


「その上でお前は俺にこう言いたいんだろう?どうか黙っていてくれ、ってな」


 俺の質問に対し、無言を突き通すルプス。

 沈黙は肯定とも受け取れるが、ルプスの場合単純な肯定っていうより、先の展開まで考えた上での黙秘だろう。全くやりにくい。これでは適当にはぐらかすこともできない。


「はっきり言おう。確約はできない」


 あくまで誠実に、適当に分かったなんて言わない。

 ここらへんは結構直感によるところがデカイが、こいつとの付き合い方はこれが一番正しいはずだ。


「でも別に言いふらすって訳じゃない。そもそも子供が突然悪魔の姿になって戦いだした、なんて言っても誰も信じやしないからな。いくらお前が常人とはどう考えても逸した能力を持っていようとだ」

「ここぞとばかりに変な毒入れてません?」


 ルプスの戯言はこの際無視する。


「だが例えば国に聞かれたり、そうじゃなくても拷問を受けそうになったら簡単に喋る。最悪金が貰えるって状況だって、額によっては喋るだろう。分かるか?分かるよな。だってお前は……」


 ここから先の言い分は結構キツイ、というか自分で言ってかなり屑な言葉になる。


「お前は今回、勝手に自分の秘密を晒した」


 例えそのおかげで命が助かったとしても、事実は捻じ曲げれない。

 恩を仇で返す、なんてのは甘い方。恩を利用して仇で返すのがこの業界だ。

 俺の言葉に対して、ルプスは沈黙で返してくる。本人も分かってはいるのだろう。分かった上で最後の一線で踏みとどまってしまう。

 結局甘いのだ。ルプスも……そして俺も。


「こういった話はよくあることでな。冒険者なんて人に言えないことの方が多い連中だ。時には犯罪者だっている」


 今回はちょっと話が違うが、町中で今の悪魔の姿を晒したら捕まるのは確実。罪状がなんになるかは分からんがな。

 細かいところはともかく、こういうのはよくある話だからこそ、結末やら対処法なんてのも大概一つに絞られる。


「本気で口を封じたいなら、確実に殺せ」


 新人を導く指導役として、嘘偽りなくセオリーを教え込む。


「魔物に殺されたといえば追求されることはない。それこそよくある話さ。人間の味を覚えさせないために死体は焼き払った、普通の対処法だ。証拠は残らない」


 そういうリスクを全てひっくるめて自己責任ってのが、ギルドのハンターとして必要な心構えだ。

 沈黙を保ったまま、ルプスは俺を見つめ続ける。きっと脳内では殺すか殺さないかの判断をしているのだろう。

 眼の前にいる化物は、殺すときは殺す。別に見たことはねぇが、どう考えたってこいつは既に何人も手にかけてる類の人間だ。ハンターともなれば人殺しの機会はどこかにあるわけで、殺したことがある奴と無い奴。殺せる奴と殺せない奴ってのは雰囲気で分かってくる。

 んでルプスは黒。どっからどう見ても真っ黒だ。

 そして今の俺は、剣は折れてる腕は動かしにくい片足動かせないの三重苦。つまり、ルプスがやろうと思ったら全く抵抗できない状態だ。

 せいぜいレッドスコーピオンの前でやった命を捨てる覚悟が鈍らない内に、さっさと結論を決めて欲しい。

 さすがのルプスも決めるのに迷ったのか、長考の末、何か吹っ切れたように勢いよく立ち上がった。


「……いいのか?」

「一回助けた命を殺すなんてさすがに馬鹿げてるでしょう。だからやめました」


 どこまで本当の言葉か分からんが、どうやら本日二度目の修羅場はなんとかくぐり抜けれたらしい。

 起こしていた頭を砂地に倒し、溜まりきった息を吐く。やっとだ。やっとこれで次の行動に移れる。

 こんだけ長々とやっておいて、未だに発生した問題を片付けただけという。今から負傷した体を引きずって街まで戻らないといけないなんて考えたら、あぁもう面倒くさい。いやだからといって砂漠に置き去りにされるのは勘弁願いたいが。

 とりあえず……ん?とりあえず?とりあえず何か忘れてる気がするぞ?

 えーと、重要なような、そうでもないような。おかしいな。記憶力は良い方だと自負していたんだがなぁ。うーむ……あ。


「嬢ちゃんどうなった!?」


 結局その後、まるで俺たちが探すのを待っていたかのように、探し始めてすぐに嬢ちゃんこと王女様は発見できた。うん、なんとか首一枚繋がった感じがする。

 というか、つまり俺たちの行動は常に監視されてたって訳か?なんというかこう……やべぇな。色んな意味で鳥肌が止まらん。

 大変だったと言えば、俺たちの前で目を覚ました王女様に向かって、凄まじい勢いでデタラメを言い連ねるルプスに話を合わせたことだろう。

 全くあいつ程口から先に生まれてきたって言葉が合う人間はいないだろう。あ、言っておくけど、もちろん王女様が目を覚ました時にはルプスは元の姿に戻ってた。両腕の段差も気づいたら治ってやがった。

 帰りだって片足使えなかったから苦労しっぱなしだ。帰りは魔物蠍が少なかったのは不幸中の幸いってやつかね。剣も新しく買わなきゃならねぇし。あぁ、まったく散々な一日だったぜ。

 ……でもま、久々に冒険者らしい一日、ってやつだった。久しく忘れてたし、思い出す必要もないと思ってたんだがなぁ。

 青い空が妙に目に眩しい砂漠を、俺たちは共に歩いていった。




―――後日談。というか今回のオチ。


「おい坊主!今話題になってるレッドスコーピオンって、俺たちが討伐したやつだろう!」

「俺が、ですけどね」


 翌日明朝。国都に帰るために朝から宿の食事処で集まった俺は、開口一番にルプスにそう言い放った。

 ちなみに当然の如く王女様は寝坊。いざとなれば叩き起こすからこちらが別に問題ない。現状で言えばむしろ都合が良いぐらいだ。

 そんなことはともかく、昨日街に帰って日課でギルドに寄った俺はとある噂話を耳にした。突如新人パーティの狩猟報酬の中から出てきたレッドスコーピオン。本人達は狩猟を否定し、現在狩猟したのが誰かを探している、という噂を。


「名乗り出れば一攫千金だ!……いやそこまではいかないにしても、かなりの儲けになる!」

「私達が出ていったところで、あんなのを倒せる腕が無いのはすぐにバレるでしょう」

「お前が変身して実力を見せつければ……いやなんでもない」


 こ、この野郎。朝の食事処でそんな殺意の籠もった視線を向けんじゃねぇよ。思わず武器に手が伸びかけちまったじゃねぇか。

 こほん。さすがに今のは冗談として、だ。


「ほら。もちろん報酬は山分けだし、あんなのを倒したってなれば、お前の見習いって称号もすぐに取れる。なんなら一気に二位ぐらいなら上げられるかもしれないぞ!」

「別に言うほどお金には困ってませんし、見習いの称号だって今のまま順当に取れるでしょう?何よりその基準でいったら、エリザさんが真っ当な冒険者になってしまうじゃないですか」


 それはダメだな。と反射的に認めてしまいそうになった。

 くっ!元から御しやすいとは思っていなかったが、ここまで的確に弱点をついてくるとは!

 しかし今の会話で冒険者になれないと困るのは分かったぞ。ここは指導役としての権限をフル活用して……


「そんなことよりローレンスさん」


 発想が完全に外道のソレになっていると、待ったをかけるように先にルプスに喋られた。

 会話の主導権すら奪うとは。嫌らしい奴め。


「そんなことじゃない。子供のお前には分からないかもしれないが、これはとってもとっても大切な」

「砂漠の奥地に群生地なんて無いらしいですね」


 …………やべぇ。

 突然言われて一瞬思考が停止しちまったが、これはやべぇ。なんで知ってやがるんだよおい!?一体どこから漏れたっていうんだ!?

 下手するとレッドスコーピオンの前に立たされた時以上に背中に冷や汗を流しつつ、表面上は笑顔を取り繕う。


「なぁに言ってやがんだ。冒険者が簡単に他人においしい情報を流すわけ無いだろう?魔物の弱点とかならともかくな。あそこは偶然俺が発見した」

「ローレンスさんは火力的に心許無いから、あまり砂漠には来ないらしいですね。固定パーティもないらしいですし。こっちでローレンスさんがいつも組んでる友人から聞きました」


 情報漏れるの早すぎるだろう!こいつが情報収集できるタイミングって、昨日返ってきた後しか無かったよな!?


「そういえばローレンスさん。いやローレンス。エリザさんの剣が折れた時、随分行動が早かったですね」

「そりゃもうやってきた時間がちが」

「聞きましたよ。お付き冒険者って、見習いが装備をちゃんと手入れしてるかチェックするのも仕事らしいですね」

「…………な、なんの話」

「魔物蠍。砂漠の街じゃ割高な固定依頼で有名らしいですね」

「もう許してくれませんかね?」


 こちらに一切ターンを譲る気のない口撃の連打に、思わず机に頭をぶつけるレベルの謝罪を行ってしまった。

 ち、ちくしょう。なんでバレてしまうんだ!

 その後ルプスからさらに詳細を問い詰められたのだが、簡潔に説明すると今回俺が考えていた計画はこうだ。

 遠征だと言って、王女様とルプスを砂漠に連れ出す。適当に王女様の剣が折れるまで砂漠を散策。剣が折れたら、折れたことをダシにして街に撤退。ここでごねられる可能性はあったが、戦えないなら王女様が撤退に賛成するのは目に見えていた。

 となれば俺と王女様の多数派確定。こういう民主的な決め方にルプスが弱いのは既に調査済みだ。

 そして帰る際魔物蠍が出てくれば、当然前衛を俺が担当し、ルプスが後衛から魔術で仕留める。となれば、距離の関係で当然ギルドタグに討伐記録が残るのは俺。

 今回受けた依頼は王都のギルドのものだから、帰りにギルドには寄らない。ガキだけ先に返して俺は酒を飲むと言い張れば、後は一人で溜まった魔物蠍の討伐記録分だけ俺は儲かるって寸法だ。いや違う。寸法だった。

 最初に計算が狂ったのは意外と嬢ちゃんの剣が折れなかったこと。さらに折角折れたってのに、ルプスが新しい剣を用意し始めやがったことだ。

 その時点でいつ嘘がバレるかとドキドキだったってのに、しまいにゃレッドスコーピオンときた。全くとんだめに……自業自得?全くもってその通り。普通の冒険者相手にやったらリンチで済めば良いほうだ。


「ローレンス。いや中年野郎」

「な、なんでしょうか?」

「正直昨日の言葉を撤回して今すぐ口封じをしたい気分ではあるのだけど、幸いにも私は優しい。たぶん根っこの辺り、もしくは表面だけ」


 優しさの一欠片も見当たらねぇ。


「分かるだろう?命というかけがえのない宝物は勘弁してやるって言ってるんだ。誠意、見せるべきですよね?」

「な、何をすれば……」

「まずお金ですね」

「まず?」

「まず」


 まずですか、そうですか。


「おや、酷い汗ですね」


 ルプスがタオルを片手に、テーブルを回って近づいてくる。

 誰のせいだと言ってやりたいが、もちろん今この場で俺がそんな言葉言えるはずがない。死神に鎌でも突きつけられた気分のまま、ルプスが近づいてくるのを待つ。

 ゆっくり。俺の顔の汗を吹きながら、ルプスが耳元に口を近づけてきた。


「次は無いぞ」


 ああ。もうそろそろ引退かなーなんて考えてた日々が懐かしい。

中年男は冒険者としてはそこそこ真っ当だけど、人間としては限りなく屑です。

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