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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
50/62

赤影の最後

 理解ができなかった。

 戦っている相手は、ただの人間だったはずだ。

 過去の戦いから決して油断できる敵ではないのは分かっていたが、同時にたった数人では大した力を持っていないのも知っている。彼らが恐ろしいのは、数と多様性。そして時を重ねて研鑽したであろう連携だ。

 魔物となった生き物は数多くいるが、そのほとんどは元と同じく本能で生きている。多少気性が荒くなったりもするが、明確な意識を保てる者は少ない。意識を持ったとしても、他の個体と関わる時は本能的な意思同士で繋がっていて、言語や文明を作ることはない。

 平均的に通常の人間を上回る身体性能や、一部には魂操作による無詠唱魔術というアドバンテージを持つ個体もいる。にも関わらず魔物は狩られる存在で、レッドスコーピオンが過去の戦争で負けたのもこの辺りに理由があった。

 とはいえ、たった数人に負けるほどレッドスコーピオンは弱い存在ではない。戦争を生き抜いた力は伊達ではないのだ。

 初激で誰も殺せなかったのは以外だったが、手傷は与えた。いつの間にか一体、少し遠くにいたもう一体と同時に気配が掴めなくなったが、気にするほどのことではない。隠形に長けているのは、裏を返せば真っ向からの戦いを挑めないということだ。一太刀で死ぬ脆弱な体を持っているならともかく、レッドスコーピオンは自身の外殻の硬さに絶対的な自身があった。

 残った敵は二体。双方ともに手練であったが、過去の戦時に同じ程度の使い手ならば何人も出会った。防御を任せていた配下がいないのは多少不安要素だったが、既に複数の同胞が倒されている。目的の分からない強者を多少のリスクで逃すことは出来なかった。たった二体に負けることはない、という考えもあった。

 実際に戦いは予想通り、終始レッドスコーピオンの優勢で進んだ。

 様子見の内はいくらか手傷を負ったものの、本格的に攻め始めた後は一方的だった。元より魔物化した蠍の中では珍しく、闇属性の適正が高く攻撃に特化している存在。その上で外殻の硬さは通常の魔物蠍よりも硬い。重戦車のような分厚い攻撃の波は、あっさりと二体の内の片方を戦闘不能に追いやった。

 そこまでは順調だったのだ。

 逃亡していた小さきものが、突如として異様な力と共に姿形を変化させた。

 その姿は異様にして異形。されどとても身近に感じる容姿。

 魔物化した―――人間。

 初めて遭遇した理解の及ばないソレに、レッドスコーピオンは最大限の警戒を持って挑んだ。

 どうやら守りたいらしい瀕死に追い込んだ人間を狙うことで、注意を逸らし、罠をしかけ、不意打ちを行い、最後の隠し手である尻尾からの毒水発射まで使用する。

 変異した人間は確かに強かった。今まで戦ってきた中でも、個体であればトップと言えよう。

 だがそれだけ。いくら個体で強かろうが、人一人ではレッドスコーピオンと渡り合えない。あるいは足枷がなければもっと自由に戦えたのかも知れないが、たらればの話を戦場に持ち込むべきではない。

 それでも最後まで確実に。遠距離からわざと相手に攻撃を避けさせ、回避したところを狙い撃つ。満身創痍の敵を倒すのには十分な作戦だった。

 分からなかった。―――訳が、分からなかった。

 避けずに攻撃を受ける姿も、下半身を置き去りにして宙を飛ぶ姿も。あらゆるレッドスコーピオンの攻撃を、自らを崩して避けきった姿は、生存本能で生きる魔物にとって異質としか言いようがなかった。

 そんな異質な存在に、無防備な背中をとられた。恐怖の感情が心中に滲み出る中、レッドスコーピオンが最後に頼ったのは、幾度も自身の命を救った硬い外殻だった。

 攻撃を受けて破損することはあろう。連続すれば破壊されることもあろう。だが未だ無傷の背中は、蠍の構造上守りにくいのも相まって、ハサミの次に硬い場所だ。

 体の動きを止め、攻撃を受けることに集中する。この世界においてその行動は、土属性の防御性能を付加する確かな防御行動となる。

 防御した後の行動をどうするか、というところまで思考を回していたレッドスコーピオンは、直後おぞましい気配を変異した人間から感じる。

 言葉にするにはどうするか。不吉の塊。病床の感染源。悪意そのもの。ただただ不気味な気配を感じたレッドスコーピオンは、そこで戦うきっかけになった恐ろしい魔術反応を思い出した。

 既に自身の判断を後悔するには遅く、衝撃はすぐに訪れる。

 直撃。深く背中に突き立ったが、貫通はしていない。

 最後に頼った外殻が確実に守り通してくれたことに、改めて外殻への信頼感を高まらせる。

 ―――ソレは最悪のタイミングで訪れた。

 衝撃と一拍遅れたタイミング。二度目の衝撃が外殻を貫き、何かが深々と体に突き刺さった。

 魔術―――魂を操る術に長ける魔物だからこそ、精神の安定は戦いにおいて重要な要素となってくる。

 その上で言えば、ルプスが放った一撃はたいして大きくない威力とは裏腹に、致命的なダメージをレッドスコーピオンに与えた。

 恐怖。理解できない動きで戦い、理解できない身体構造をして、理解できない魔術を使い、一撃で強固な外殻を貫く存在。

 相手が自身より強い存在ならば、意地と意思で戦い抜ける。しかし理解できない存在と戦うのは、生物の本能を宿すレッドスコーピオンには不可能だった。

 外殻を破られたことで精神の柱を失ったレッドスコーピオンは、計算も作戦も無く無茶苦茶に体を振るってルプスを叩き落とすと、全力で地面に潜り逃走を始めた。

 その素早さは逆にルプス達が警戒してしまうほどであり、地中を進む速度はレッドスコーピオンの生涯において最高の速さだった。

 どれだけ移動し続けたのか。周囲に複数の人間の気配を感じたところで、やっとレッドスコーピオンの移動は止まった。

 どうやら慌てるあまり、いつも居る人気のない奥地ではなく、人里の方向に向かってしまっていたらしい。

 近くにいる人間が、気配から先程まで戦っていた異常な人間ではないと分かったところで、やっと少しだけ精神に余裕が生まれる。

 同時に貫かれた傷が、レッドスコーピオンからすれば爪楊枝に刺された程度の損傷であることも、精神の安定に役立った。

 改めて考えると、奴の最後の攻撃は命を捨てた一撃だったように思える。……本当にアレで死ぬのかどうかはともかく、下半身が無ければさすがに戦闘に支障が出るのは必定。

 そこまでやってつけた損傷がこれだけ。一撃で外殻を抜かれたのは驚いたが、あのまま戦っていれば、実は普通に勝てたのでは?と思ってしまうレッドスコーピオン。だからといって今更戻って戦う気は一切無いのだが。

 どうやって先程の連中を迂回して奥地に戻るか。と思考を切り替え、砂中で体を反転させる。

 その時レッドスコーピオンの体が、不意にピタリと止まった。いや、むしろ止められたと言うべきか。

 ミシリ、という異音が、体内から鳴り響いた。

 異音は一度で止まらず、連続して鳴り続ける。そして音が鳴る度に、レッドスコーピオンの体から自由が失われていった。

 滴るはずのない汗を幻視するレッドスコーピオン。そんな彼の聴覚に、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。


『私が魔術を生み出せる範囲は、体からおおよそ球状に三メートル。ただし例外が二つ程ある』


 人間の女性の声。それは奴と戦っている最中、実際に空気を伝わる音以上に明確に聞こえていた、魔術の元である魂を判別できる者にしか知覚できない声だった。


『一つは目視。目に見える範囲なら、百メートルぐらい自由に出せる。といっても敵の近くに出しても、気配で出す前に気づかれるし、目視の都合上敵の背後には出せないから、使い勝手はそこまで良くないんだけどね』


 一体どこから聞こえているのか。大慌てで地上を事細かく探査するが、どれだけ探査しても奴の気配は見つけられない。

 そう言えばヤツは空中を飛んでいたな、と思い出し、空にも探査の網を広げる。

 ルプスはソナーのようなものと考えているが、蠍達の探査方法はソナーとはかなり違う方法である。彼らは魔術で薄く広く、操作できないほど微弱に周りの砂を自分の支配下に置き、砂に及ぼされる反応を捉えているのだ。例えるなら、地上全体を自らの触覚にしているようなものだ。

 本能的に地上探査を行っている普通の魔物蠍と違い、仕組みを理解しているレッドスコーピオンは単純な範囲増加から応用技までやってみせる。

 空中探査の方法は簡単で、極僅かな支配下に置いた砂を宙に放ち、後は地上探査と同じく砂の反応を確かめるのだけだ。

 地上探査ほど広範囲はカバーできないが、立体的に確かめれることを考えれば性能は上。自身を中心に半径百メートルを確認したレッドスコーピオン。もし彼に動かす眉があれば、盛大に皺を寄せていただろう。


『もう一つは魔術。これが今回の話のキモ。私が作った魔術を中心に、大体一メートルぐらいに新たな魔術を生み出せる。逆に他者の魔術の周囲では酷く魔術が生み出しにくい。場合によっては生み出せないことだってある』


 どれだけ細かく探査しても、どこにも奴の姿がないのだ。いくら音とは違う声の聞こえ方だとしても、近くにいなければここまではっきり声が聞こえるはずがない。

 まさか自分と同じく地中に?と探査するものの、やはりどこにも見当たらない。


『たぶん支配権みたいな何かがあるんだと思うけど、まぁ立場的にも状況的にも調べる時間なんて無かったからね。多少興味があるっていうか、それぐらいしか暇が潰せないからいつかどうにかしたいけど、今は生活基盤の確保が第一だからね』


 どこにいるか分からないが、とりあえず今はこの場を離れよう。体が動かなくても、魔術で行う地中移動に支障は無い。

 移動のため砂に意識を向けたレッドスコーピオンは、そこで困惑した。

 砂の動きが妙に重たいのだ。


『だから今回みたいなイレギュラーは絶対に避けたい。そしてイレギュラーを放置するなんて考えられない』


 なぜ?事態の解明のために過去の記憶を掘り起こし、思い出し続けたレッドスコーピオンは、最後に直近の記憶にたどり着いた。

 ―――他者の魔術の周囲では酷く魔術が生み出しにくい。―――

 ―――私が作った魔術を中心に、大体一メートルぐらいに新たな魔術を生み出せる。―――


『私は今までずっと逃げることばかり考えてきた』


 今まで半ば聞いていなかった声に初めて耳を傾け、その声色に体が震えた。

 冷徹な狩人の声?明確な殺意を持った戦士の声?意思と意地で自身を奮い立たせる勇者の声?否。それらのどれもその声には当てはまらない。

 その声は―――怯えていたのだ。理不尽な暴虐に震える町娘のように。

 どこまでも残酷なことをしていながら、誰よりも恐怖の感情を持っているのだ。


『だから、一番逃げられない方法も知ってる』


 レッドスコーピオンは既に何をされたのかを悟っていた。同時に対処法が無いことも分かっていた。

 レッドスコーピオンは戦士である。砂漠の奥地にひっそり暮らし、時折来る人間に怯えて暮らす同族を憂い、蠍達をまとめて戦争を起こす程度には誇り高い。

 未知に恐怖することこそあれど、死を恐れはない。そんな彼が最後に願ったのは、せめて最後は同じ戦士に殺されることだった。こんな真正面から戦えない卑怯者にも劣る、ただ恐怖に怯えるだけの子供に殺されたくない、と。

 扱いにくい魔術を使い、人気のある方に向けて全力で地中を移動する。だが、そんなレッドスコーピオンの願いが叶うことは無かった。


『お願いします。私の勝手のために死んでください』


 レッドスコーピオンの体内で爆発が発生した。

 実際に起きた現象は、レッドスコーピオンが地中で停止した瞬間から、体に密かに残しておいた【闇刀(ダークエッジ)】の刃先を中心に、血中に流していた極小の【闇弾(ダークバレッド)】が、棘を纏って一斉に巨大化したのだ。

 威力としては大したものではない。【闇拳】の方がまだマシだろう。

 だが防御力を外殻だけに頼り、体内は柔らかいレッドスコーピオンには致命的な威力だった。

 地上を目指していたレッドスコーピオンの体が完全に停止する。真っ暗な砂中で、いつ意識を失ったのかも分からぬまま、呆気なく伝説の赤影はこの世を去った。




 ―――その後、砂漠で活動していたハンターのグループの獲物に、突然伝説のレッドスコーピオンが現れた。

 ハンター達は安定していたグループではあったが強くはなく、一時ギルドが騒然となった。

 獲物の不当な略奪は違反であることなどから、グループ事態も自分達が倒していないと主張。その後レッドスコーピオンを倒したという報告も無かったため、どこかで自然死して、偶然近くにいたグループが死亡時の反応を拾ったのだろうと結論づけられた。

 本当に死んだのか確認のため。さらに死亡確認後は、レッドスコーピオンに抑えられていた砂漠探索が広まり、多くの魔物蠍が討ち取られることとなる。

 最後の意地で手柄が消えたものの、当の殺した本人は目立たなくて良かったぐらいにしか考えておらず、むしろ最後だけ都合いいやつだななどと思われていた。

 魔物蠍達の不幸だけを増やして、砂漠は変わらず時を重ねていく。

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