外面良ければ中身はどうでも。
無理に空中で移動したのもあるけど、下半身に力が入らないせいで、着地に失敗して地面を転がる。いつの間にか中年男を手放してしまっていたが、今の私に中年男に意識を向ける余裕はなかった。
「ぐうううぅぅぅ」
激痛を発する腹部に手を当てようとして、既に両腕が無くなっているのを思い出す。
意図的に地面を転がり、うめき声を上げて痛みを散らす。
なんとか痛みが収まってくるまで耐え、横向きに倒れたまま腹部を確認する。
左脇腹に拳大の風穴。今更だけど青黒いデビル○ンみたいな表皮とは別に、体の内側は黒いガラスみたいな鉱物でできている。本能的に心臓部と頭部以外はダメージを食らっても大丈夫と理解していたけれど、どうやら内蔵すら無かったらしい。
「まさか……尻尾からも出せたのか……」
弱々しいうめき声がどこかから聞こえてくる。空中で放り投げてしまったけど、中年男は大丈夫らしい。
ずっと隠していたのか、それとも圧縮水流ほどの攻撃力が無いから使っていなかっただけか。きっと前者だろう。攻撃を受けたからこそ分かることがある。
負傷した腹部からジュワジュワと音があがり、風穴が徐々に広がっていく。発射してきたのが蠍の尻尾となれば、どう考えても毒。それも麻痺毒ではなく、体を溶かすヤバイやつだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
左の【闇腕】で大量の砂を掴む。
「ぐっ……うっ!」
覚悟!気合一発、腹の傷口に砂を流し込む。
「あああああああああああああ!!」
痛み散らしの叫び。だけど痛みを我慢したかいはあったらしく、腹部の激痛と溶解はおさまった。
いつもだったらこれぐらいの傷ならフュージョンの自然治癒能力で治るんだけど、今回は全く元に戻る様子がない。両腕が無くなっている分治癒力が分散して効果が弱くなっているのか、例の毒がまだ効果を発しているのか。
下半身に力が入らないので、右の【闇腕】を再生し両【闇腕】を使って立ち上がる。
レッドスコーピオンが飛び出た時に起きた砂煙が晴れる。そこには、既に戦闘準備が整っているレッドスコーピオンがいた。
「逃げ……ろ」
後ろのどこかから声が聞こえてきた。
「今更無理だよ」
「なら、俺を見捨てろ。庇いながらじゃあ……無理だ」
「無理じゃない」
精一杯の強がりだった。
「次の一撃で、決める」
長期戦は不可能。ゆえの発言。
一応策はある。だけど通用するかは分からない。
思い返してみれば、勝てる確証の無い戦いなんて久しぶりかもしれない。旅の間は敵の危険さを考えて、自分に対処できると確信を持てないと戦わなかった。それ以外は全て逃げてきた。
「いや、嘘か……」
ほぼほぼの確証はあった。だけど確信があったことなんて一度も無い。
私はいつだって臆病だ。百通りの勝つための戦法を考えても、百一通りの負けのビジョンを思い浮かべてしまう。
ほんと、何で私はこんなことしてるんだろ?やきでもまわったかな。
こちらがまともに下半身に力が入らないのがバレたのか。レッドスコーピオンの二つのハサミが圧縮水流の構えをとる。
「ルプス!!」
「その言い方で呼ぶなよ……」
ハサミの方向を見る。片方は完全に私を、もう片方はいつでも動かせるようにあそびをきかせている。きっと一発撃って私が避けた所を攻撃しようと考えているのだろう。
その考えは間違っていない。避けられるのは一発が限度。【闇翼】を使っても、出始めの加速状態では回避行動はとれない。無理やり回避しても、次の攻撃が避けられない。
だから、私は。
「違う人を思い出す」
片方のハサミから圧縮水流が発射される。予想通り、確実に私を狙った安全狙いの一撃。それを私は―――避けない。
「ぐぅっ!」
「ルプスッ!?」
直撃の直前に僅かに動いたおかげで、想定通り元の風穴と対象になるように右脇腹に穴が空く。
そう。ここまでは想定通りだ。
「【闇杭】!!」
全体像はT字のハンマーみたいなもの。ただハンマーだと持ち手である場所の先端が尖っていて、さらに一部大きくなって返しになっている闇魔術。名称の通り、効果は何かに打ち付け固定すること。数は二つ。
攻撃対象は……自身の両足だ。
「うっ……」
全速力で突き刺し、突き刺した状態で地面に向かってひたすら魔術を伸ばしていく。砂と言っても、十メートルも伸ばせば十分重りになる。
私が自分の足を【闇杭】で止めている間、レッドスコーピオンの残ったハサミがこちらに標準を合わせてくる。圧縮水流を動かして切断しないのは、私に動いたら危ないと脅すためか。なんにしてもこちらとしては好都合だ。
レッドスコーピオンのハサミがピタリと私の頭に向けられる。本来の心臓の位置か頭。普段の不死身性と違って、そのどちらかを破壊されたら私は簡単に死ぬ。逆に言えば、それ以外だったらどこが壊れたって問題ない。
「飛び……」
【闇腕】を大きく振り上げ、全力で地面に向かって振り下ろす。
「たて!!」
【闇腕】を振り下ろしたことにより、体には上方向に力が発生する。しかし【闇杭】で足を固定してたおかげで、上方向の力に反発する力が生まれる。
私の体の中で全く反対方向の力が拮抗する。もちろんそんなことをすれば体に負荷がかかり、二つの力が争う中央部。特に、元から損傷してる場所なんかでは顕著に悪影響が現れる。
ビシリ、と風穴が二つ空いた腹に罅が入る。だがまだ足りない。
目線をしっかりと前に。レッドスコーピオンの標準は既に終わってる。もう一度【闇腕】を叩きつける時間はない。
「だったらなんだ!押し通す!」
叩きつけた時はグーだった【闇腕】を開き、地面を全力で押す。たかがフュージョン体の接合力が何だ!そんなの【闇腕】で押し広げてやる!
ビシッ!亀裂がさらに深まる。
ハサミから圧縮水流が放たれる。
―――そして。
「行けぇ!!」
下半身の軛から解き放たれた体が宙を舞い、圧縮水流が真下を通過した。
【闇腕】を前に投げ出していたおかげで、カタパルト的な要領で体は前に飛び立っているけど、下半身分離が主目的だったせいで飛距離が足りない。このままでは重力による落下と、レッドスコーピオンの調整で体が真二つになってしまう。私が何もしなければ。
前に出た体とは反対に、後ろに流れた【闇腕】の内、左の方の形をわざと崩して中の闇を背後に噴射。体が軽い分いつもより加速した体は、それだけで圧縮水流の危険領域から抜け出した。
残った右の【闇腕】を握りしめ、殴り掛かる体勢をとる。向こうもこちらの意図と状況を察したのだろう。尻尾を構え、こちらの攻撃を迎え撃とうとしている。
交差は一瞬。レッドスコーピオンの尻尾が、【闇腕】を通過していた。
「……騙された」
正確には、私が左と同じくわざと形を崩した【闇腕】を通過していた。
こうなるとほとんど尻尾は空を切ったのと変わりない。もちろん衝突してないから、私に影響もない。
右を崩した際、体が下に向かうように闇を噴射させている。右ハサミと左ハサミの圧縮水流。そして尻尾。三つの攻撃手段をくぐり抜けた、今までにない無防備な背中に向かって。
ここからは私の問題。無防備はいいが、未だ完全に抜けたことのない外殻が、最後の関門として立ちはだかっている。外殻を抜ければ勝てる、という確信はあるものの、その一撃に心当たりが無い。
私が今までメインに戦ってきた相手は、素早さの魔物狼、突進力の魔物豚、豪腕の魔物熊、後は人間ぐらい。多少硬い奴はいても、【闇拳】をクリーンヒットさせれば倒せない奴はいなかったし、そんな化物がいたら戦わずに逃げるつもりだった。私の戦いとは結局どうやって攻撃を当てるかであり、最大火力を求めたことなんて無かったのだ。
今この場においては、致命的な経験不足。それでもやる。やるしかない。
「【素材闇】全力放出。半崩壊の【闇腕】も【闇外套】ごと素材に」
私のつぶやきに合わせて、フュージョンモンスターであるゾドムが、内包する知恵を使って勝手に術式を組み上げていく。
必要なのは何らかの形になっていない、魔術で作られた純粋な闇。既存の魔術体系と違う行動のせいか、普段空間に出現する魔術と違い、体から直接無定形の霧のような闇が滲み出る。
さらに自分で壊したせいでボロボロな【闇腕】も、派生元である【闇外套】もろとも霧のような闇に変換された。
「【素材闇】を素に魔術構築」
霧状の闇を一点に集める。
私が今までやってきた魔術は、いうなれば粘土細工みたいなもの。形だけは簡単に作れるけど、素材が不安定で脆い闇だから、あっさりと砕け散ってしまう。一撃の威力を上げるためには、まずこの脆さをどうにかしなければならない。
今回とる方法は至ってシンプル、かつゴリ押し。
物理法則から外れ、故に脆さのある闇魔術。弱点を補うためには、長所を延々伸ばすのが手っ取り早い。つまり、物理法則を無視してひたすらに圧縮する。
「【闇刀】……」
集まった闇が刀の形をとる。いつもだったらここで完成だけど【素材闇】の注入は止めない。
イメージは職人が精魂込めて打ち上げた一振りの鋼。槌を打ち付け、鍛え上げていく鉄の塊。
―――いや。
体から出続ける【闇刀】を見つめていると、別のイメージが浮かび上がる。
むしろ妖刀。血を浴び、刀身に吸い込み続けることによって、無限に成長し続ける化物。
レッドスコーピオンの背中が迫る。刀を振ろうと考えたが、両腕どころか足の一本も無くなっている。でも闇魔術で補う暇があれば、【闇刀】の成長に使いたい。
導き出された結論は一つだった。
「があああ!」
口を大きく開き、【闇刀】の柄食らいつく。
「あああああ!」
できうる限り首を振り、【闇刀】の切っ先を叩きつける。
衝突。突き刺さる刃。しかし―――。
足りない。刃先が僅かに突き刺さっているけど、外殻を抜けきっていない。
だが今まで剣の形にしても、まるで切れ味を持たなかった闇魔術が突き刺さったのも事実。硬い外殻と戦ったのに、刃先が毀れてすらいない。
足りないのは勢い。落下と首の振りだけでは不十分だったのだ。
事前に考えていたのはここまでだった。後は本能に任せた反射だった。勢いをつけるといわれたら、思いつく手が一つしかなかっただけとも言えるが。
強いて言えば、目の前に外側だけ硬くして戦っている存在がいたことぐらいだろう。
【闇刀】の柄の下端から、内部の闇だけを全力放出する。やり慣れた加速方法が、最後の攻撃を始めた。
『貫け!!』
聞こえるはずのない、聞き慣れた幻聴が聞こえた。
切っ先が確かに動く感触。
そして、外殻を突破した【闇刀】が根本までレッドスコーピオンに突き刺さった。




