人間も魔物も考えることは大抵一緒らしい。
何をしようとしてるのかは分からないけど、ろくでもないことなのだけは分かる。
もちろん目の前で怪しげな行動をしている敵を見逃す私ではない。【闇翼】で空中にホバリングしながら、咄嗟に攻撃を……ってああ!咄嗟すぎて癖で【闇弾】を使ってしまった!?
手元から放たれた【闇弾】は既に何回も試した通りに、レッドスコーピオンの外殻に弾かれてどこかに飛ばされていく。そしてレッドスコーピオンのハサミが、地面に振り下ろされた。
もし私が地に足をつけていたら、地震が起きたとでも勘違いしただろうと思えるほどに、地面が激しく揺れている。円状に動いていた砂が、より一層激しく動き出した。水面に石を投げたような波紋をいくつも作り出し、集合体恐怖症の人が見たら叫びそうな極彩模様を描き出す。
「やばい。なんかよく分からないけど。とにかくやばい」
やばそうな何かが起きたら、敵を目視しながら離れる。完全に某ダークな魂で染み付いた経験則を元に背後に下がる。
直後だった。砂に浮かぶ波紋の中心から、野球ボールぐらいの砂が上空に射出された。
「砂?高角砲?」
砂の射出は一度では収まらず、滝が逆流したかの如く大量の砂が空に舞い上がる。
前世で神風特攻隊の戦闘機に対空砲を撃ちまくる米軍艦の映像を見たことがあるけど、まさにその再現。砂を射出している円の外に出ようとしたら、全身がアニメのチーズみたいになるのは確定。完全に閉じ込められた。
だけどこの攻撃の本質はそんなものじゃない。我ながらすぐ気づくのに嫌気がさす。
私は未だに射出を続ける目の前の円に背を向けると、全力で円の中心に向かって【闇翼】を動かした。
「あの蠍野郎本当にイイ性格してやがる!!」
罵倒でもしてないと気がすまない。何より同じ立場だったら私も同じことをしそうなのが気に食わない。
全速力を出したのが幸をなし、撃ち上げられた砂が落ちてくる前に、予想通りの場所に予想通りの人間がいるのを見つけた。
「これは……」
彼―――為す術もなく撃ち上がる砂を見ていた中年男は、呆然と言葉を発していた。
「ローレンスさん!」
ダメージを与えないように、中年男の側に優しく着陸する。
光魔術の回復量がどれぐらいのものかよく知らなかったけど、どうやら一命を取り留めるのには成功しているらしい。こぼれ出ていた中身は見る影もなく、足の荒い切断面も完全に止血されている。とはいえ両腕は未だ無残な姿であり、致命傷になりかねない傷から治したのが分かる。
「坊主?バカヤロウ!何で戻ってきた!」
私が近くに来たのに気づくと、中年男は血の気の悪い顔の血相を変えて怒鳴ってきた。
「分かっているでしょう」
「ああ分かってる。この攻撃は俺をダシにしてお前に攻撃を当てるのが目的だってことはな。だから聞いた。なぜ戻ってきた」
「だから言ったんですよ。分かっているでしょうって」
上昇するのとは別の音が聞こえてくる。見上げると、青かった空が砂色に染まっている。
会話が無意味だと悟ったのだろう。中年男はため息をついてから尋ねてきた。
「闇魔術師がどうするんだ。落ちてくる砂に魔術の気配はしないが、あんな高さから落ちてきたらそれだけで凶器だぞ」
「当然」
【闇翼】を【闇腕】に変化させ、両拳を打ち付ける。
「ゴリ押し」
堂々と宣言した私に、中年男が唖然とした顔を向けてくる。
言いたいことは分かる。きっと中年男が言いたいことは、私が私自身に言いたい言葉と一緒だろうから。
―――それでも。勝手にパクってるフレーズだけど、不思議な言葉だ。なんだか、根拠も無いのに無限の力が湧いてくる気がしてくる。
中年男の真横に立ち、【闇腕】を天に向かって構える。今の私の動体視力だったら、落ちてくる砂も明確に捉えられる。
「はぁ!」
一撃目。振り上げた右の【闇腕】の拳が三つの砂に直撃する。
接触部は全て抉り取られたようなクレーターが残り、指が一本手のひらから離れた。
「まだぁ!」
左の一撃。右と同じく接触部が吹き飛ぶ。
左を繰り出してる間に、既に右の損傷部は復活している。左の損傷を無視し、再び右の【闇腕】を繰り出す。
繰り返す。右、左、右、左、右、左。何度でも。何度でも、何度でも何度でも。
雨にしては硬質過ぎる音が、周りの地面から幾重にも発せられる。音の暴力。【闇腕】をかいくぐり近くに落ちた砂によって発せられた砂の波紋が、地肌に突き刺さる。
「あぁ!」
繰り出す右の【闇腕】。どうやら砂が二重に重なって落ちてきていたらしく、親指の付け根を穿った後に、追撃の砂が魔術で作った右腕を根本から奪い取った。
「だからなんだ!!」
構わず左の【闇腕】を繰り出す。元より千切れてきた右腕。中年男に当たるよりは何倍もマシだ。
右腕のリンクが無くなり、攻撃が雑になった右側の【闇腕】の分を左で補う。無理なカバーがたたり、左の回復が追いつかなくなる。
そしてとうとう左の【闇腕】の回復しきれてない穴をくぐり、落下してきた砂がまだ生身の左腕を、右腕と同じように根本から奪い取った。
「ぐうぅっ!」
痛みが電流となって体を突き抜け、思わず口から悲鳴が漏れる。だが同時に、駆け巡った電流は規定概念という枠を破壊し、今まで考えたことも無い発想を呼び起こさせる。
今から【闇義腕】を用意する時間は無いし、実体の腕が無い曖昧な操作では降り注ぐ砂に対処しきれない。
なればこそ。咄嗟に思いついた発想を、私は躊躇せず実行した。
体の神経を直接【闇腕】に繋ぐ。理論だとか物理法則だとかはこの際関係無かった。できると私が確信した。だったら結果は後からついてくる。
操作精度を取り戻した、いや前以上に精度が上がった【闇腕】で砂を迎撃する。
―――しかしそれは諸刃の刃だ。【闇腕】に神経を繋ぐということは、つまり同時に痛覚も共有してしまう。砂と拳が衝突する度に、腕を抉る痛みが伝わってくる。
さらに都合が悪いことに、【闇腕】との神経接続は、物理的にではなく魔術発生の元でもある魂との繋がりでできているらしい。本体である魂に直接届く痛みは、手が破裂する痛み、なんて生易しいものじゃない。脳を直接むしり取られるような痛み、が感覚的には一番正しい。
「があああああああああああああああああああああああああ!!!」
叫ぶ。ただ本能のままに。
まともな思考なんて壊れやすいもの、この地獄ではただの足枷にしかならない。
「雨の日は……水面を見ても、魚は……見えない」
だというのに、突然足元の中年男がそんな言葉を発した。
なんだって?と聞き返す暇など無い。雨の日。水面。魚。いくつかの単語だけを、ぎりぎり残っている理性で延々と繰り返す。
雨の日。水面。魚。ぐるぐると単語が回るだけで、結論が出てこない。次第に理性は遠ざかり、思考力の代わりに感覚が戻ってくる。麻痺すらさせてくれない痛覚を感じながら、体を離れていく理性が、地面に落ちる砂の音を聞いた。―――まるで雨のようなその音を。
「そういうことか!」
瞬間。意識が一瞬の内に戻ってきた。迫りくる痛覚を無視し、結論を確認する前にやるべきことを割り出す。
まず拳を繰り出す合間に空を確認する。砂色だった空も今では元の青色を取り戻し、あとどれだけ砂が落下してくるか分かるぐらい、上空の砂の量は少なくなっている。
時間が無い。砂の量を確認した私は、本能と勢いのみに従って行動した。
右と入れ替えに放つ左の【闇腕】をわざと大振りに振り、振り終わりと同時にしゃがんで、勢いのまま中年男を鷲掴む。
しっかり掴んだのを確認すると、しゃがんだ体勢を利用して全力で上に跳ぶ。まだいくらか残ってる砂対策に、右の【闇腕】を天に向かって伸ばす。
いくらかの砂と衝突しながら、全力で跳んだ体が数メートル浮いた。反対に、無限にも思えた砂の雨が全て地面に落ちきった。
直後だった。私の足元が突然隆起し、凄まじい勢いでレッドスコーピオンが跳び出してきた。
「分かりにくい暗号を!」
砂の雨で空に注意を向けさせ、さらに地面を移動する音も聞こえなくさせる。二重の隠蔽からの隠密攻撃。全く嫌らしいことこの上ない。中年男の暗号が無かったら今頃完全に攻撃を食らっていただろう。
だが事前に逃げられたからと言って安心はできない。跳んだおかげで直接攻撃の範囲からは抜け出したけど、空中で僅かに角度を変えたレッドスコーピオンのハサミが私を捉えている。
「させるか!」
天に伸ばした右の【闇腕】の形をわざと崩すことによって、内部の闇を噴射。反動で空中を移動する。ちなみに【闇腕】を崩すと意識した時点で神経接続はなくなったため、痛みは感じなかった。
【闇腕】を犠牲にした空中移動のおかげで、放たれた圧縮水流を回避する。これで再び地上戦に、そう考えた私の目に、こちらをしっかりと狙っているレッドスコーピオンの尻尾が映った。
さすがにこの体制から尻尾での攻撃は無理だろう。もしできたとしても、いくらか形を崩した右の【闇腕】で防御できる。
咄嗟に対策を考え、いつ攻撃が来てもいいように身構える。
―――プシュン。それは小さな音だった。
レッドスコーピオンの尻尾から小さな水の塊が発射され、近接攻撃に備えて無防備な体を晒していた私を貫いた。
裏?設定解説
どうしてあんな分かりにくい言い方をしたのか。
後から分かるはずだけど、レッスコさんは実は人間の言葉を理解しています。ってか上位の魔物だと大抵分かります。
ローレンスもそれが分かってるから、レッスコの攻撃がバレてるということをバレないためにあんな言葉を使いました。水面とか魚とか砂漠に縁が薄い言葉を使ったのも、砂漠住みのレッスコにバレないため。




