防衛戦のやりにくさは異常。
どこを見てもあまり代わり映えのしない砂漠の光景が、高速で後ろに流れていく。
フュージョン状態のキモは五位まで使える闇魔術だけど、身体能力だって上がっている。人間状態でも化物じみてるけど、今は完全に化物のそれだ。
数十メートルは吹き飛ばしたレッドスコーピオンに、わずか数歩で迫りながら戦闘直前の最後の準備を始める。
まずは失った右腕の代わりに、闇魔術の腕を生やす。名称は普段使っているのと差別化を図って【闇義腕】とでもしておこう。人間状態だと操作しないといけない魔術が増えて、逆に戦い辛くなるけど、生身の肉体以上に魔術が馴染むフュージョン体なら作った方が何かと便利だ。
続いて一度【闇拳】を解除し【闇外套】を纏う。【闇外套】の変化先は【闇腕】。完全に近接戦闘を仕掛ける形態である。
できれば遠距離から一方的に攻撃するのが好きなんだけど、動けない上に瀕死な中年男がいる以上、インファイトを行ってレッドスコーピオンの動きを止めなければならない。
全く私が誰かのために自分の身を危険に晒すなんて。一分前の私が聞いたら呆れるだろう。
―――それでも。
レッドスコーピオンまでに必要な歩数。残り一歩。
既に向こうも吹っ飛ばされた状態から立ち直り、完全にこちらを迎え撃つ体勢に入っている。
「準備はお互いにいいみたいだな」
生身の左手。【闇義腕】の右手。それらに連動して両脇に浮かぶ【闇腕】の拳を硬く握る。
「だったら遠慮無く……」
最後の一歩を―――踏み出す。
「ぶっ潰す!!」
私の全力の右ストレートと、レッドスコーピオンの大きく振り下ろした左ハサミが交差する。
―――拮抗。【闇拳】の時は一方的に私が負けたけど、【闇腕】ならレッドスコーピオンの攻撃とも真正面から打ち合える。
拳とハサミの間で鍔競り合いが続く。状況はこちらが不利。魔術の威力うんぬん以前に、体格差のせいでどうしても私は下から攻撃するハメになるのだ。
「なら左も……!」
と、余った左腕に意識を向けた時に、私は偶然気づくことができた。殻が罅割れてるから、接近戦では役に立たないだろうと思っていた右ハサミが、真っ直ぐこちらに向けられていることに。
この構えはそりゃもうしっかりと記憶している。
「この近距離で!」
悪態をつきながら早々と鍔競り合いにわざと負け、押し出される勢いも合わせて後ろに跳ぶ。
直後、右ハサミから圧縮水流が発射される。跳んでいなければ今頃胴体が真っ二つになっていただろう。まぁそうなっても死にはしないんだけど、後の戦いがかなり辛くなる。
「追尾されたって!」
圧縮水流発車後、追撃で一直線に迫ってきた水流を普通に跳んで回避する。
再び懐に入り込むのに意識が向いた瞬間、背筋に異様な怖気が走った。酷く身に覚えのある、死の気配。
予感に逆らわず、再度全力で回避を行う。反動を利用するために地面に振り下ろした【闇腕】を、レッドスコーピオンの尻尾が貫いた。
「相変わらず異様に長いな」
【闇外套】のおかげで地面に足が着く頃には【闇腕】は再生したけど、これは困った。
【闇腕】一本とハサミ一本が互角。仮に尻尾も【闇腕】一本で対処できるとしても、圧縮水流を出せる右ハサミが残っている。向こうは攻撃手段が三つ。こちらは二つ。もう一本腕が欲しくなる状態である。
私の魔術の技術では、【闇腕】は二本が限界。腕以外の何かを足すにしても、結局は使用魔術の過多で処理が追いつかなくなる。
「さて、どうしようか」
などと言いつつ、私にしては珍しいことに策も無しに突貫。
倒すための策は必要だけど、今はレッドスコーピオンが中年男の方に行かないようにするのが重要。中年男が動かしても大丈夫なぐらい回復できたら、私が抱えて逃げる選択肢だって出てくるし、時間はこっちの味方だ。
いい策が思いつかないまま、殴る、避ける、受け流す、時に蹴る。乏しい格闘技術をフルに使って時間を稼いでる間に、事態は次のステップに移っていく。
地面を踏んだ足が、ザリッ、となんだか嫌な音をたてた。
「これは……しまった!泥沼が!」
中年男の魔術で泥と化していた土地が、乾いて砂地に戻ってしまっていた。
フュージョン前から暑さに強く、フュージョン後はなおさらだったから忘れてたけど、ここは真昼の砂漠地帯。焼け石に水。なんてことわざがこの世界にもあるのかは分からないけど、水なんて簡単に蒸発してしまう土地なのだ。
レッドスコーピオンの足元の砂が不気味に蠢く。私が反応したのを見て気づいた、なんてマヌケな話じゃないだろう。元より向こうは砂漠の住民。時間を稼いで地面が自分に有利な土地になるのを待っていたのだろう。
足元を動かして行う高速移動。狙いは……中年男か。
「行かせねぇよ」
レッドスコーピオンと中年男との直線状に割り込む。いくら高速移動ができようが、中年男に通じる方向を塞ぎ続ければ、簡単にたどり着くことは出来ない。
仁王立ちする私の考えに、奴もすぐに気づいたらしい。砂の流れが一瞬変わったかと思うと、瞬時に右方向に高速移動を始める。直線がダメなら遠回り押して脇から抜ける。―――なんて当たり前の戦法。予感できないはずがない。
「行かさないつってんだろう!」
【闇拳】を解除し、【闇翼】を展開する。
ビジュアルは元の【闇外套】からほとんど変化してないけど、横に大きく広がり、背後から見れば蝙蝠の羽のように見えるだろう。
脚力で跳んだ後、続いて【闇翼】の先を噴射。反動で無理やり体を浮かし続ける。
「追いついた」
強引な手法だけど、速度は申し分ない。人間体の時は待ち受ける以外の手が無かったレッドスコーピオンの高速移動に、後出しで追いつくことに成功する。
レッドスコーピオンも私が追いついてくるのは以外だったのだろう。横にぴったりとくっついて平行移動する私を見て、わずかに体が揺らいだ。
「問題は……」
大きな隙を見過ごしながら、ひとり言を呟いていると、レッドスコーピオンの二つのハサミがこちらを向いていた。さすがに立ち直りが早い。
「当たるかよ!」
噴射する方向を調整し、二筋の圧縮水流を回避する。地上を移動していた時ならともかく、三次元移動ができる今ならそうそう当たりはしない。
さっき言いかけたけど、問題はここから。【闇翼】は高速移動ができる代わりに、攻撃能力は限りなく低い。
さらに中年男のところに行かせないようにするために、下手な移動も不可。空戦特有のドッグファイトや空中からの一方的な攻撃もできない。
とりあえず手元に【闇弾】を出したり、【闇投槍】―――ラグビーボールをひたすら長く鋭くした感じのやつ―――を投げたりするけど、前者は装甲で弾かれ、後者はハサミや尻尾で吹き飛ばされる。
レッドスコーピオンの水流攻撃も当たらないので、結局また決定打の無いまま時間が過ぎてしまう。
まぁいいや。時間はこっちの味方だ。などと高をくくっていられる時間は、そう長くは無かった。
既に何度か繰り返した【闇投槍】の発射と、レッドスコーピオンが弾く攻防。繰り返す攻防に集中力が低くなっていたのか、私は弾かれた【闇投槍】をなんとなしに目で追っていった。
金髪ロールの剣。飛ばされた中年男。今日は何だか飛翔物に縁があるな。なんて頭の片隅で考えていた私の思考は、落下した【闇投槍】と共に視界に移った光景によって吹き飛ばされることとなる。
「砂が動いてる?」
【闇投槍】が弾かれたのはかなり遠方。レッドスコーピオンが高速移動のために砂を動かしてるのは知ってるけど、あんな所まで動かすのはどう考えても無駄な行為だ。魔力なんて概念は無いけど、魔術を使用すれば魂に負荷がかかる。かなり影響は低いけど、私だって消耗はある。魔物も例外では無いだろう。
今までの戦いで分かる通り、レッドスコーピオンの知力は高い。となると、高速移動に関係無い砂を動かしているのには、何らかの理由がある。
レッドスコーピオンのハサミの動きに注意しながら、どこの砂が動いてるのかを確認する。【闇投槍】が刺さった所を中心に二方向。帯の様に連なり、片方はレッドスコーピオンの足元に繋がっている。途中圧縮水流を避けながら、もう一方も確認する。砂が動いている場所は―――
「繋がった?」
レッドスコーピオンに繋がる方向とは反対に出ていた砂が動くラインは、こちらもレッドスコーピオンに繋がっていた。つまり全体で円を描くように砂が動いているのだ。
そしてレッドスコーピオンは常に円の上を移動している。攻撃と回避に集中していたのと、代わり映えの無い砂漠の光景のせいで今まで全く気が付かなかった。
なんでこんな回りくどいことを……と考えていると、突然レッドスコーピオンが動きを止めた。
慌てて【闇翼】を操作し、飛行停止、アンド行き過ぎた分を修正する。
私が微調整をしている間に、レッドスコーピオンが二つのハサミを同時に持ち上げた。
「また圧縮水流か」
避けられるよう【闇翼】に意識を向けていた私をよそに、ハサミの先端は私を通り越し、天に向かって高々と上げられた。
「一体何を……」
文字数より投稿スピード。基本的に三千文字を超えたら、途中でも良さげなところで止めます。中途半端な終わり方or始まり方をしてたらそれです。
基本的にあらゆることに関して試行錯誤なんで、意見があったらなんでも言ってください。




