時の重ねる重さには、技術進歩の有無は関係無い。
中年男が言ったレッドスコーピオンという言葉を聞き返す時間は無かったけれど、私はその一言で目の前の蠍が尋常のそれでないことが分かった。
というか、聞かなくても分かった。これが今までのと同じだというのなら、この世界は色々と世界の法則を考えた方が良いだろう。幸いなことに目の前のソレはやっぱり通常種とは異なるようで、そしてそういった特異種は普段のものとは違う呼ばれ方をする、という知識は、直後からの私の行動の支えとなった。
勢い良く飛び上がり、続いて地に足をつけた魔物蠍…レッドスコーピオンとやらが、こちらにハサミを向け、その両刃を大きく広げた。
距離はまだまだ遠い。金髪ロールみたいな突進でもない限り、いくら巨体とはいえレッドスコーピオンでも届かない。
それでもやばいと感づけたのは、事前に今までと違う強力な個体だと知っていたからか。もしくは、何となくあの日包丁を向けられた時と、どこか似た感触を肌が覚えたせいか。
直後の私の判断は電光石火であると共に、私自身意識する暇すら無いほど本能的な行動だった。
どうにか行動のために体を動かせた私だったが、結果はさんざんなものとなる。
レッドスコーピオンはこちらにハサミは向けた瞬間、開いたハサミの中心から高圧の水を噴射し始めた。私の体が反射的な思考に従って動いたのはこの瞬間だ。
恐らく魔術で行っているのであろう高圧の水噴射は、一撃でこちらを射抜くのでは無く、初めは私達の少し前に着弾し、ペンでラインを引くように上に持ち上がっていった。
見た目で言えば逆方向から迫るギロチン。最初に考えた距離など関係無い。むしろ距離が遠くなれば遠くなるほど、レッドスコーピオンの手の角度の調整で動く圧縮水流の距離は大きくなる。
一閃。僅かにその身をしならせた圧縮水流は、切り裂くように真上に抜けていった。
同時に空に向かった圧縮水流の横に、くるくると飛ぶ棒きれがあった。どこかデジャヴュを覚える光景。ああ、そう言えばさっき見た金髪ロールの剣が飛んでいった光景に似ている。などと他人事な感想を覚えながら…私は切れて飛んでいった自らの右腕を眺めていた。
「坊主!?」
「引きましょう!」
どうやら向こうもなんとか避けていたらしく、中年男が慌てた声をこちらに向けてきた。
しかし今は彼の言葉に返す余裕はない。あんな飛び道具がある以上、遮蔽物の一つもないこんな場所には立っていられない。
水流で砂が巻き上がったのか、熱された砂と衝突したせいで何かの反応が起きたのかは分からないが、嬉しいことに私達の周囲には煙幕が勝手にできていた。それに私達のすぐ後ろには数メートル代の砂丘がある。この世界の剣士の脚力と、私の人間から外れちゃってる脚力を考えればなんとか逃げ込めるだろう。
私は中年男の返事を聞く気もなく、全力で砂丘の裏側に走った。いのちをだいじに。とにもかくにも自分の命を。
なんとか砂丘の頂天にたどり着くのを確認した瞬間、走った勢いのまま砂面に体を投げ打つ。
同時に肉体の操作を肉体そのものを直接扱うのでなく、魂から間接的に操る方式に変更。これが間に合っていなければ、たぶん今頃腕の断面に入り込んだ砂のせいでもんどりうっているころだろう。
こんな時ばかりは便利な自分の体に感謝したくなる。全体的に呪われた機能にしか思えないところは置いておいて。
一人心の中で愚痴っていると、砂丘の麓で座り込む私の横に、私とは違って綺麗に中年男が滑り降りてきた。
中年男は降りると同時に私の切断された右腕を見ると顔を顰め、しかし直後に周りを見渡し、逃げ込んできた時以上に必死な形相でこちらに詰め寄ってきた。
「嬢ちゃんはどうした!?」
中年男の言葉の通り、私達の周りに金髪ロールはいない。
私からすれば実は当然なのだが、事情を知らない向こうからしたら、今頃無謀な特攻でも仕掛けてるんじゃないかとヒヤヒヤしているだろう。
黙っている必要もないので、私はそうそうに中年男にネタバレすることにした。
「殴り飛ばしましたよ」
「は?え?今なんて?」
「いやだから一撃で意識を刈り取ると同時にどこかに吹き飛ばしましたよ、と」
「何言ったんだお前!?」
うん。普通に考えたら中年男の言葉も分かる。でも冷静に考えてほしいのだ。
「だってそうでもしないとエリザさんは確実にアレに向かって突っ込んでいっちゃうでしょう?私の安全のためにも、今は彼女には黙ってもらっているのが一番です」
「いや…まぁ確かにそれはそうなんだが」
否定しないんだ。一番最初にやった私が言える言葉じゃないけどさ。
「だからってお前魔物の前に意識を無くした状態で放っておくのかよ」
「ローレンスさんは気づいてる、っていうか知ってると思いますが、普段からエリザさんにもし何か合ったときのために、常に誰かが私達の後をつけてる人がいます」
この事を私が知れたのは完全に偶然だった。偶々狩りで例の探索をやってた時に、一度だけ妙な人影を捉える事が出来たのだ。
とは言え反応が合ったのはその時の一度だけ。その後も何度か探知を試みたけど、一切引っかからなかった。唯一例外を上げれば、何らかの対処が施されるのを前提で放った魔術に、何かの細工が施されたのが分かったぐらいだ。
「それは…。おかしいとは思ってたんだ。いくらこれ以上ハンターを目指さないようにさせるためとはいえ、俺みたいな木っ端のハンターに大事な王女様を預けるなんて出来過ぎだと思ってたんだ」
以外なことに中年男も聞かされていなかったらしい。
ま、重要なのはそこではない。
「本気でエリザさんがヤバイ状況になったら、向こうで勝手にどうにかしてくれるでしょう」
腕の方も、私の探知から簡単に抜けるのもそうだし、思い返せば今まで何度か金髪ロールは危険な目にあったことがある。だと言うのに、私達を追跡している誰かは一度も介入したはない。逆に言えば、あの程度では危機的な状況だと判断されなかったということだ。
当てつけ染みた予想だが、それぐらいの腕利きでもつけてないと、名も知れぬハンターや私みたいな見習いに大事な王女を預けはしないだろう。
「でも、本当にそんなやつがいるなら、そいつにもレッドスコーピオン討伐を手伝って貰えばよかったんじゃねぇか?」
「いえ、あくまでそいつが助けるのはエリザさんであって、私達は対象外です。私達を囮にしてエリザさんだけを連れて行く可能性を考えたら、もういっそ最初からいないほうがマシです」
「だからってよくまぁ大胆な手を思いつくもんだよ。どこまで計算してやったんだ」
「自分自身咄嗟のことで、半分ぐらいは後付です。完全に計算だったらこんな無様な格好になってませんよ」
切れて無くなった右腕を持ち上げるような仕草をとって、中年男にアピールする。私のジェスチャーは向こうにもちゃんと伝わったらしく、今まで見たことも無いような顔で中年男がこちらを見てきた。
「その腕は…なんというか…こう…」
「やめましょうよ。切れた腕を見つければ、回復魔術でなんとでもなります」
この世界の医療はもちろん私の世界のものとは比べ物にならない。が、こと物理的な損傷という面に関しては超えている可能性がある。
理由はもちろん光属性の回復魔術。ハンター内にいるそこそこの使い手でも、切れた先があれば四肢欠損ぐらい治せる上、専門のところに頼めば高額で生やすことだってできる。
私の場合自前の再生機能でもいけるしね。これぐらいのダメージで泣き言は言ってられない。
「それよりも今はあのレッドスコーピオンのことを教え…」
てください。と最後まで言うことは叶わなかった。
私の言葉を塞いだのは、再度聞こえてきた地響きの音だ。
中年男も地響きに気づき、二人して中腰になってレッドスコーピオンの方―――今まで背中を預けていた砂山に目線を向けた。
「どこから来ると思う?」
「真下からの奇襲…だったら楽なんですけどね」
事前予兆が無いならばともかく、地響きという分かりやすい予兆があるから、下から来るなら跳んで回避すればいい。あの図体だと避けるのも難しく思えるかもしれないけど、レッドスコーピオン自体が下から押し上げる砂を使えば、普段より遠くまで跳べるし、何より先に砂が当たるので致命的なダメージにはならない。
遠方に出て例の圧縮水流。このパターンでも、さっきこそ金髪ロールを吹き飛ばすために片腕を犠牲にしたが、重しが無いなら回避するのは不可能じゃない。
現状で一番問題になるのは…。そんなふうに考えている間に、地響きが止んだ。
思わず中年男と顔を見合わせてしまう。向こうは向こうで、私と全く同じ結論に至ったのだろう。
つまり、最悪の結果になってしまった、と。
先程も言ったとおり、レッドスコーピオンが地中を移動すれば、その分地上の砂は動くことになる。真下からの場合、跳ぶための足場にも、威力を弱める干渉材にだってなる。
ならここで問題。目の前の砂丘をレッドスコーピオンの巨体が高速で通ったらどうなると思う?
ちなみにここで豆知識。爆発っていうのは、原理的には物質の質量が急速に膨張することを言うらしい。ガチの人に聞かせたら怒られそうな説明だけど。ところで砂丘を一個の塊と考えたら、その中にレッドスコーピオンが現れるのは急速な膨張と言えなくもないのではなかろうか?
私と中年男。どちらが先に砂丘から逃げ始めたかはこの際問題ではない。
どちらにしても二歩と進めない内に、二人揃って背後から水平に飛んできた砂にぶち当たり、ゴロゴロと転がされるハメになったのだから。
お気づきの方もおられるだろうが、当たり前ながら私の受難が一撃で終わるわけがない。偶然仰向けに止まった私の視界には、青い空を覆い隠す砂のベールがはっきりと見えた。
「ああ、もう!」
まともな愚痴を言う暇もなく、大慌てで【闇拳】を展開する。
逞しすぎる生存本能が働いたのか、重量の問題で私よりも飛ばされなかった中年男が、私の足元に転がり込んでくる。
わざわざ守る必要は無いが、入ってくるなら勝手に生き残ればいい。とにかく上から迫ってくる砂に対処するために、【闇拳】の手を開いて傘のように頭上に掲げる。
「うっ…」
津波のように襲い掛かってきた砂の勢いは強かったけれど、決して本来だったら【闇拳】揺らぐほどではない。
…にも関わらず、受け止めた【闇拳】の右手側が、不安定に揺らめく。
何度も繰り返したとおり、私の魔術にはイメージが重要となってくる。愛用している【闇玉】や【闇弾】なんて分かりやすさの塊だしね。
【闇拳】や【闇腕】みたいに複雑な人間の手を扱っているのだって、自分の手や腕と連動させることによって、比較的簡単にイメージできからだ。
逆に言えば右腕が無い現状では、左手側に比べて幾分出力が落ちてしまう。そして左右で出力の違う感覚が、普段イメージしている【闇拳】から離れ、さらにイメージを悪化させていく。
それでもなんとか決壊せずに、砂の波に耐えきれた。一回波に耐えても砂の重みは変わらずのしかかって来る。酸素の問題や、僅かに【闇拳】の間から零れ落ちてくる砂を考えると、すぐさま砂を押しのけて地上に出ていきたいが、その前にやらないといけないことがある。
「ローレンスさん。あの蠍がどうやってこっちを見ているのかは分かりませんが、生き埋め状態の今なら少しは感知を騙せるかもしれません。あのレッドスコーピオンって奴は一体なんなんですか?」
今は情報が欲しい。前世でゲームやってたときなんかは、あえて何も知らずにやるのが面白さの一つだったけど、現実に命が関わってくるのなら攻略情報だろうがチートだろうが望んでやってられる。命の前には基本的にどんなことだろうと頭を垂れるしかないのだ。
攻撃方法に防御方法。そこまで望めないなら、噂でも聞きかじりでもいいから少しでも奴を知りたい。逆に下手な情報が自らの首を締めることもあるが、一切何も知らないよりはマシだ。
そんな期待を込めて、魔物の知識に関しては大先輩の中年男に聞いたんだけど、結果は芳しいものとは言えなかった。
「俺もほとんど知ってるわけじゃない」
「だったら何でアレを見た瞬間レッドスコーピオンなんて言ったんですか」
「噂、といえるほどでもねぇな。おとぎ話地味た伝説があるんだよ」
おとぎ話、ねぇ。なんでもいいからとは思ったけど、本当にそれだけしか情報が無いなんて。
「今から五十か六十年前、ってなると、俺が生まれるより前だな。その頃にこの砂漠で魔物蠍達が集団、ちょっとした村の規模を超える大団体で、村や街を襲う事件があったらしい」
五、六十年前のことが伝説ってどうなのかな?情報伝達のスピードも精度も高くないしそんなものなのかな?
…と、今はそんな思考に意識を割いてる場合じゃない。話を聞かなければ。
「その事件の時に、先頭に立って他の蠍達を指揮し、数多の街を落としたのが赤い魔物蠍、固有名レッドスコーピオン」
ありがち、という感想はさすがにアレだよね。
でも正直今更なに?といった話だ。魔物の中には特殊個体がいるなんてだいぶ前から知ってるし、特殊個体が別の魔物を従えるのだって知っている。前なんて元が豚の個体が狼を侍らせていたのだ。
特化させていけば多少の軍勢ぐらい簡単に作れるだろう。何より食料が必要無いというのが強すぎる。これ上からの命令を周りが完全に聞くんだったら、下手なアンデット軍勢なんかよりよっぽど恐ろしい話じゃないかな?
「それから先はどうなったんですか?」
「最初こそ備えの無い村や街をいくつも破壊したみたいだが、むしろそれが不味かった。砂漠に知り合いが居た素人やハンター。国の軍が総力をあげてすぐに大規模襲来は終わったらしい。ただ、レッドスコーピオンが討たれたという記録だけは、どこにも残ってないっていう伝説を残して」
何にしても中年男が話した言葉の結論は、むかーしむかし、あかいさそりっていうやばいばけものがいたんやで、という極々簡単なもの。しかも短い話を聞いただけでも、単純な特殊体を超えてるっぽい。つまり出会ってはいけないやつに出会ってしまったらしい。
ゲームだったら負けイベントとコントローラーを投げ出せるんだけどな、と現実逃避しながらも、現実に合わせて先の展開を思い浮かべる。
「逃げる、と言いたいところですけど、無理ですよねぇ」
「無理だな。あの砂中移動がどこまでの性能があるのか分からないが、人間の足で砂漠を走って避けられるとは思えない」
「地形無視ですからね。私達と違って、向こうにとっては絶好の場所みたいですね」
砂漠のことを砂の海、なんて表現するのをよく聞くけど、その例えに合わせるなら鮫に狙われた亀というところか。狩る側と狩られる側がよく分かって結構。
砂を支える私の横で、中年男が剣を抜く。
「やるぞ」
「作戦は?」
「極々スタンダードなツーマンセル。丁度光と闇、剣士と魔術師だ。こっちはどうとでもするから、坊主はひたすら奴の外殻を抜いて殺すことだけを考えろ」
ちなみにこの世界でこういう時に言われる光と闇、というのは防御と攻撃的な意味合いだ。決して中二病的なアレではない。
「それはもちろんですけど、さっきみたいに詳しいのは無いんですか?」
「坊主だって分かっているだろう。情報が少なすぎる。あの水攻撃と、図体がデカイ分今までより攻撃の間合いに気をつけろ、ぐらいしか言えないな」
レッドスコーピオンに対する情報が少なくて困っているのは私だけじゃなかったらしい。
当たり前か。むしろ前世のせいでゲーム何か知ってる私よりも、この世界に生まれてこの業界で戦ってきた中年男には、歳を重ねた分だけの重みがある。
中年男、なんて第一印象で決めたあだ名も、なんだかむしろ良い意味何じゃないかと思えてきてしまう。
「いざ…っと、その前に」
黙り込んだ私を緊張したとでも思ったのか、ちょっとおどけた調子で中年男が私の右手側に回り込んできた。
「なんですか?」
「いやいや、止血ぐらいはしておこうと思…って…な?」
ああ、光属性の回復か、自己再生能力があるから滅多にお世話にならないんだよね。
―――などと考えている場合じゃないことに、中年男の凄く微妙な顔を見て気がついた。
「おい坊主」
先程のおどけた調子はどこに行ったのか。恐ろしく低い声を発した中年男は、射殺さんばかりの鋭い目つきをこちらに向けてくる。
「み、見なかったことにしてもらえませんかね?」
「ちゃんと言え。どうしてもう傷が塞がってやがる!」
れ、レッドスコーピオンめ!(責任転嫁)
い、言い訳!実は私光属性でしたー、とか?いやいやいやいや。ここまで闇魔術使って騙せるわけ無いだろう私!
どうしようどうしよう。暑さと全く関係のない冷や汗を垂らす私の横で、中年男が深々とため息をついた。
「いい。とりあえず応急処置する必要は無いんだな」
いいの?
「ええ、…で、でもいいんですか?」
聞いちゃったよ。
「…お付きと見習いって関係でも、パーティを組む以上自らの能力を隠すのはご法度だ」
ダメじゃないですか。
「だが、同時に奥の手や詳しい説明を省くのも暗黙の了解で認められている。特に自分の秘密に関わることとかは、な」
図星をついてくる中年男の言葉に、思わず目を逸らしてしまう。同じように目を逸らして、苦渋を飲むように中年男は続けた。
「魔物だの巷を騒がせる野盗だの、相手を変えたって俺たちがやってるのは殺しで、暴力を振るって金を稼いでる。正気でも、常識でもやってけない世界だ」
重みが違う。職業なんてまだ漠然としか考えられ無かったただの高校生に、彼の言葉に返せる言葉は無かった。
「そうやって危ない薄膜を割らないよう、俺たちは今までやってきた。特に秘密に触れないってのは重要でな。俺は下手に仲間の秘密に近寄って、後ろから刺された奴を見たことがあるよ」
中年男の言った言葉に、さすがに言い返さなければと思い、憂いの浮かぶ中年男の横顔を見る。
「私は、そんな…」
「やらないか?それともやれないとでも?」
そしてすぐに目を逸らすことになった。
やれないとは言えない。というか多分やれる。
確かに中年男は年齢を重ね、腕を磨き、経験を積んできた達人だろう。技術面で言えば、私の何倍も優れている。
それでも。私は既にそういった達人を何人かこの手で殺している。特にじいさんを殺したあの男達は、今考えてみれば対人に対してもかなり尖った能力を持っていたような気がする。
やるかやらないかで言えば…いや、分かりきった話だ。必要性があるなら私は中年男を殺す。私は私に対してそういった所を躊躇わないという信頼があるし、逆に他人に対して信頼していることはない。例え今日秘密を守っても、明日まで守ってくれるか分かったものではないのだから。
今ならレッドスコーピオンというスケープゴートもいる。いつも見張っている金髪ロールのお守りも、タイミング良く金髪ロールの保護をしていてこちらを見ていないだろう。
最後に。人の足ならともかく、ゾドムの力をフルに使えば逃げる程度どうとでもなる。そんな冷たい計算が、瞬きの内に脳裏に浮かぶ。
…あれ?ちょっと真剣に殺害を考えようかな?
「そう怖い顔をしなさんな。だから追求しないって言ってるんだ」
しまった。無言の時間が何より雄弁に暗殺計画の存在を示してしまった。
「俺が回復魔術を使って応急処置をした。お前の状態はそれ以上でもそれ以下でもない」
さすがにそこまで念押しされてしまったら、じゃあ殺しますとは言えない。
「とりあえず。蠍をどうにかしますか」
重くなった空気を吹き飛ばすように、努めて明るい口調で言い放つ。
「お、良い意気だ坊主。図体がデカくて水を撃てるぐらいで人間様には勝てないってことを教えてやろうぜ」
さすがベテラン。調子を合わせて軽口で返してくれる。
言葉の応酬が終わると、中年男が改めて剣を構える。そこには先程までの軽い様子は一切見えず、気の抜けた体をいい感じに引き締めさせてくれる。
「開け」
主語を省いた言葉に対して、何を、などとは聞き返さない。
【闇拳】を調整し、頭上で三角屋根の形になるように傾ける。やがて上部の砂が減って来たのを感じると、砂と砂の間に指を突っ込み、砂の蓋を一息に押し広げる。
「蠍狩りだ!」
怒号一発。剣士ならではの脚力を活かして飛び出た中年男を追って、私も地表に跳び出す。
砂の下よりよっぽど死の満ちた空間に向かって―――。
蠍さんの探知方式はジョ○ョ三部の水使いの地面の振動てきなやつなんで、自分で潜ったり潜られたりすると鈍くなる。
今後出るかどうか分かんないので一応。
次回こそ中年男が活躍するかも。




