普段と違うことをするとき、普段と違うことは起こるのだ。…意外とバカにできる話じゃないよ。
「さっそく見つけたわ!」
金髪ロールが剣の手入れを怠っていたことが判明してから三十分も経たずに、私達は新たな魔物蠍を発見した。
最前衛は、ほっとけばスキップでもしそうな金髪ロール。次になんともやる気のなさ気な中年男。そして後衛を歩く私。すなわちいつも通りだ。
時折方位磁石的な物を取り出すことを除けば、すっかり先導すらしなくなった中年男。そんなんで本当に群生地とやらにたどり着けるのかは不安だったが、何も言わないということは平気なのだろう。さすがにそこまで中年男も見境ないわけではあるまい。すっごい頻度でため息をついているが大丈夫なはずだ。這い丈夫だよね?
ともかく、歩き通した私達は新しい魔物蠍を見つけたのである。私としては戦うことは二の次なんだけど、金髪ロールが【闇の剣】を使ったらどうなるのかに興味が無いと言えば嘘になる。いざ実験のスタートだ。
「行くわよ!!」
…スタートだが。
「???。なに?なによこれ!?」
金髪ロールが背後にある剣を掴もうとするのに合わせて、細かく【闇の剣】を操作して、金髪ロールが柄を握るのを回避する。
しばらくパントマイム地味た一人芝居を続けた金髪ロールだったが、さすがに理由に気づいたのか、熱以外の理由で真っ赤な顔でこちらを睨みつけてきた。並の子供だったら泣き出すレベルの眼圧である。
「なんのつもりよ!!」
「今までは魔物蠍に対して、少なくとも一匹は一撃で仕留めてきたから大丈夫でしたが、今回は一撃で終わらせられるか分かりません。その場合、誰かが援護できないとエリザさんが危険です」
「私の力だったらあんなの一撃に決まってるじゃない!」
「ええ、エリザさんならできるでしょう。現に今までだって一撃でしたし」
「っ、そ、そうよ!当然のことだわ!」
「ですが私の剣がエリザさんの力を支えられるかは分かりません」
私がそう言ったところで、金髪ロールは言葉を止め、両腕を組んで何事かを考え始めた。
お前が考えることとかあるのかよ、と言いたくなる光景だけど、前にも言ったとおり、きっと今は彼女のロジックで物事を判断しているのだろう。
しばらくしてふんっ!と例の如く鼻を鳴らす。だけど今回は少しだけ、いつもより機嫌が良いように感じる。なぜだろうか。
「まぁいいわ。確かに私が仕損じることは無いけど、貴方がどうかは分からないものね」
金髪ロールから配慮を勝ち取ることができた!これは人類初の快挙に違いない!記念日にして休日にしよう。陛下様の誕生日とか大好き!
…こほん。
「せめてローレンスさんが援護に入れる位置まで待っていてください。ローレンスさん、作戦とかってありますか?」
「ん?ああ。そうだな。普通はあるな」
そうだよね、普通はあるよね。
何だか悲しい気持ちになりながら、中年男の説明を聞く。心なしか中年男の声も弾んでいる気がする。まともに活動できるのが嬉しいのかもしれない。
「まずはあの蠍についてだ」
遠く、高低差があるので分かりにくいが、およそ五十メートル先にいる魔物蠍を指差しながら、中年男が言い放つ。
「今見えるのは一匹だが、あれはどうかんがえても他に待ち伏せしてる奴がいる」
「そうなの?」
「魔物ってのは基本的に本能的な生き物だ。が、同時に狩りに対して手を抜くようなことはない。ああやって明らかに待ちの体制をとっているからには、それ相応の理由がある」
中年男が言い放ち、直後彼と私の気持ちが被った。
「というか、この話は今日出る前にしたよな?」
「そうだったかしら?」
「『待ち伏せは魔物蠍の常套手段だ。相手が待っていたりしたら、まず隠れているやつがいると考えろ』と言ったはずだ」
「今まで待っている蠍なんていたかしら?」
「嬢ちゃんがすぐに突っ込むせいで分からなかったんだよ」
中年男が額に手を当てて一度ため息を吐く。金髪ロールと会話するには必須の、話す側のクールタイムだ。
「でも、逆に今までは何であんなに突っ込んでて大丈夫だったんでしょうか?」
「ああ。そりゃリーチの問題だよ」
簡単なことだ、と中年男は一つ前置きを置いた上で。
「待ち伏せする蠍側は、囮役のリーチが届く場所で待ち伏せをする。いくら砂の下に潜れると言っても、自由自在に動けるわけじゃないからな。砂からハサミを出したところに丁度敵がいるのが一番望ましい」
中年男が手で何かしながら語る。
…もしかしてあんたそれ、待ち伏せする蠍と狙う相手のつもりか?
「そして向こうは蠍のリーチで物事を考えている。囮役の蠍の丁度いい位置を考えて潜伏するんだ」
「…なるほど。つまり逆に今まで突っ込んでたおかげで、向こうの意表をつけたということですか」
「その通り。あんな速度で無理やり人間様のリーチに持ち込まれたら、待ち伏せ側は最適な位置での攻撃ができなくなるからな」
なるほどなるほど、と頷いてみせる。
…逆に言えば、相手が人間ならばそのまま最適な位置におびき出されてしまう訳だ。
そしてもちろん、そんな細かいことを理解出来る金髪ロールではない。
「要するに今回も突っ込めばいいのね!」
「嬢ちゃんが何も考えてねぇのは分かったから、お願いだから人間として最低限の知恵を取り戻してくれよ」
絶望すら声ににじませて中年男は懇願する。
「さっき言ったこともあるが、嬢ちゃんが大丈夫だったのは一撃で正面の敵を倒した分、向こうの包囲網が崩れるからって理由もある。今回一撃で倒せるかどうかわからない以上、何が起きるか分からない。さっき坊主も言った通り、せめて俺が援護できる位置に移動するまで待ってくれ」
「ふんっ。まぁいいわ。で、どうするの?」
金髪ロールが大人しいとか、間違いなく明日は雨が降る。…砂漠の場合そっちの方が助かるのか。それで金髪ロールに頼み込むようになるのは嫌だけど。
「まずは俺が突っ込む」
「盾役の貴方が?罠なんでしょ?」
「ああ。だけど最初に攻撃するのは俺じゃない」
「どういうことよ」
基本的に思考放棄で尋ねる金髪ロール。それならいっそ最初から口を挟まないでほしい。
「最初から援護できる位置まで移動してからって言ってるだろ。あの地上に出てる蠍と嬢ちゃんまでの道のりは空けとくから、そうだな…。二十メートルだ。俺がその距離まで近づいたら、攻撃を仕掛けていい」
二十メートル。私としては五十とか百とか、そういったメジャーな距離ならともかく、それ以外となると途端に距離感覚が掴めなくなる。投げナイフの間合いである三メートルは分かるけど。果たしてちゃんと二十メートルなんて計れるものかね?
「分かったわ」
分かったの!?
「二十メートルがどの位置か分かってるんですか?」
「百メートル圏内なら私の距離よ」
猪突猛進剣術ガールは基準が違った。
「よし。それじゃあ行くぞ!」
猛々しい号令だが、悲しいことにその声を聞いて動くのは言った本人の中年男だけ。いや作戦上仕方ないことなんだけど、傍から見てるとすごく悲しい光景だ。初詣で山登りするとき、久々の家族での遠出で、間違った方向に張り切る父親みたいな。なんだか酷く痛々しい。
もちろん私の死ぬほど失礼な心の声など聞こえるはずも無く、中年男は剣を片手に魔物蠍に向かって走って行く。基本的にこの世界の人間、特に剣士は身体能力がバカ高いので、剣やら装備やら明らかに動きにくいものを装備していても、六秒ほどで五十メートルを走りきる。
今回は残り二十メートルまでなのでさらに早いわけだが、その僅かな時間でも何もしないという選択肢は無い。いい加減金髪ロールに背中の【闇の剣】を抜かせ、ついでに無くなった【闇の剣】を新たに補給する。
今更だけど、こんなに真面目に作戦建てて戦うとか初めてな気がする。…本来はこっちの方がデフォルトなんだよなぁ。なんだかんだで金髪ロールのでたらめな火力と、中年男のサポート力の高さに驚きを覚える。よく今日まで大きな怪我もせずにやっていけたよ私達。
そんな感慨深い気持ちを抱いていると、金髪ロールがいつもの型通りに剣を振り上げた。
―――時間だ。
金髪ロールの体が跳ね跳ぶように一瞬にして加速する。一つの砲弾と化した彼女は、何百、何千、いや恐らくもっと重ねたのであろう体に染みついた動きをトレースする。
私の知っている力学エネルギーを超えた何かを纏いながら、しかしその動きに一切の無駄は無く、重さを、速さを、手に持つ棒切れに寸分違わず乗せしていく。
衝突。物理を超えた力を持った【闇の剣】は、魔物蠍の外殻を打ち砕き、衝突部以外の範囲まで卵のように罅を入れていった。
外殻を打ち破った衝突部では、そのまま内側の柔らかい肉の部分まで侵入し…。
―――そこで【闇の剣】は止まっていた。
「やっぱり足りなかった!」
思わず叫んでしまった私だが、そこまで心配はしていなかった。
今までと違い、今回は元よりそういった不慮の事態を考えた上での布陣だったのだ。人格はともかく、中年男の実力は本物だ。単純な経験値としても、他者をサポートする能力に関しても。
その中年男が大丈夫だと考えた作戦なのだ。すぐに彼の援護も入るとなれば、問題は無いだろう。
…そんな風に甘く考えていた時期が、私にもありました。
そう。私と、そして久々にまともに作戦を立てられる中年男も忘れていたのだ。中年男の場合、むしろ経験値があるからこそ間違えたとも言える。
私たちが相手にしないといけないのは、敵である魔物蠍などよりも、味方であるはずの金髪ロールであるということを…。
中年男が考えた作戦というのは、あくまで通常の連携ができる人間を対象にした作戦だ。逆説的に言えば、真っ当な連携ができない人間をそこに組み込むと不具合が生じる。そしてもちろん金髪ロールにそんなことを求められるはずがない。
私にも誤算があったと言えば、【闇の剣】が金髪ロールの一撃で壊れなかったことだ。一回でも手元から剣が失われれば、あるいは金髪ロールだって一度引くことを考えられたかもしれない。しかし手元に剣がある以上、彼女が後ろに引くはずがない。どう考えたって単発アタッカーである彼女は、一度攻撃したら次の機会を待つためにタンク役に前衛を任せるのが正しいことであってもだ。
「嬢ちゃん!一回退け!」
慌てて今更声をかける中年男。もちろん金髪ロールが退くわけが無い。そして残念なことに、つい先ほど中年男は、『戦う力が無くなったのなら退け』と言ってしまっていた。つまり戦う力がある以上金髪ロールが中年男の言葉に従う義理も無い。いや普通の人間の思考だったらおかしいんだけど、金髪ロール思考の場合そうなってしまうのだ。エラー文字を吐き出すコピー機かよ。
状況の悪さは加速度的に増していく。中年男の予想通り、砂の下から新しい蠍が出てきたのだ。そしてこちらも中年男の言っていた通り、金髪ロールからは若干離れた位置に出てきたのは幸いだったが、事態はそう上手くはいってくれない。
新しい魔物蠍が出てきたのは金髪ロールの左後ろ。中年男もまた、最初に出た蠍と金髪ロールとの直線ルートを作るために、左手側から進行していたのだ。つまり、これでまた金髪ロールを援護する道が遠くなった。
これがまだ相手が魔物狼とかだったら、中年男が大声や切りかかったりすることで注意を向けることもできる。しかし相手は蠍。蠍には攻撃に使用できる、でかい針付きの尻尾があるのだ。
後ろに目があるわけでは無いから大丈夫か?と考えるのもまだ甘い。思い返せば奴らは目が見えないはずの砂の下から、私達が五十メートルほど先にいることに気づいて一匹だけ表に出て囮になる戦法を使っていた。これってつまり目視以外の方法での探知方法があるというわけで、地上に出ても探知方法が使える場合、目の見える見えないに関係なく後ろを攻撃できるのでは?
私の予想はどうやら正しいらしく、出てきた蠍に対して中年男が露骨に警戒している。あれでは金髪ロールの援護どころの話ではない。
やれやれ、保険を残しておいてよかった。…前世だとやれやれ系って嫌われてたけど、いざ自分がその立場になると、誰かに立ち場を押し付けたくなるなこれ。私の不幸を変わってくれる人募集中。友人に刺されて性転換アンド異世界転生して天涯孤独になるだけの簡単な人生だよ。
ともあれ命の保全に関して私ほどプロフェッショナルな人間はいない。前世の反省があるからね。
【闇の剣】の紹介の時にも言ったけど、あれは私の魔術であり、金髪ロールに握られてる分を除けば自由に動かすことができる。金髪ロールに足りない防御は私がどうにかするしかあるまい。元より闇属性な上に闇単体とかいうクッソ貧弱な剣に防御なんて期待しないでほしいが。
そう考えて剣を操作するため、手を金髪ロールの方に伸ばした時だった。
―――ざわり、と何かが私の中心に触れてきた。
「…え?」
思わずかざした手を引き戻そうとしたとき、私の目に信じられないものが映った。
あの金髪ロールが。
剣を横に。縦じゃなく横に構えてる!??!?
あまりのことに目を見開く私の前で、金髪ロールが剣をバットを振るうようにフルスイングした。いつもの雷を仕込んだ型のあるものでなく、完全に火単体の火力任せな一撃。
しかしその一撃は、魔物蠍が最初の一撃で沈んだ体を上げようとしていたことと、身長の関係で上手く剣が魔物蠍の下に潜り込んだことにより、驚く結果をもたらした。
魔物蠍の巨体が吹っ飛んだのだ。
…というのは少し過剰表現だが、浮き上がったのは本当だ。
そして右から左に飛んだ魔物蠍は、勢いのまま新しく出てきた魔物蠍にぶつかった。
ストライク、というべきかホームランというべきか。この世界ではどちらも通じない冗談を考えられる時間はそう長くなかった。
今の一撃で【闇の剣】の一本目を失った金髪ロールが、背にある二本目に手を伸ばし、柄に触れた。
瞬間。先ほどの比ではない勢いで、私の中心に何かが侵攻してきた。
「か…っは!?」
な、なにこれ!?なにこれ!?
体の中心を貫くような衝撃に、全身の力という力が吹き飛ばされ、なす術も無く私は砂面に倒れ込む。
やっばい。これ。魂に直接干渉されてる!?
何度も言った通り、私の本体は人体ではなく魂の方にある。むしろ魂が大丈夫だったら人体が壊れても問題無いレベルで。逆に言えば、魂に何かあったら人体関係無く速攻で死にかねない。
それにしても訳が分からない。いったいどうして突然こんなことに?
…いや、原因なんて一つしかない。若干パラノイアめいてるけど、どうせあの金髪ぐるぐるのせいだ!
筋繊維一本動かすのに全力がいる状態で、何とか頭を動かして金髪ロールの方を見る。
…なんだろう、あれ。目が悪くなったのかな?なんだか【闇の剣】が帯電しているように見えるんだけど。
現実から目を離そうとした私だったが、全体的にこの世界は私に対して厳しい。
改めて金髪ロールが帯電する【闇の剣】を構えると、今度は剣そのものが炎を吹き出し、というか炎になった。剣が炎になった。同時に私への干渉も強くなった。死にそう。
炎の柱みたいになった帯電する剣を持ち、構える金髪ロール。ひときわ激しく炎が勢いを増し、同時に金髪ロールの周りに展開していた他の【闇の剣】が吹き飛ぶ。
視界の端に全力で逃げてくる中年男が映る。無理もあるまい。傍から見てるだけで、なんか一種の地獄絵図みたいになってるし。
そして中年男が何とか離脱できたかできなかったかの境目。おそらく本人はそんなこと一切気にせずに、剣を振り下ろした。
なんと形容すればいいか。
ともかく前述の通り五十メートル離れているここまで、明確に分かるほどの衝撃が地面を揺さぶった。爆心地はどうかって?正直直視したくないけど、想像通り小爆発というか大爆発というか。金髪ロールが振り下ろした方向に直線状に爆炎が広がっている。金髪ロール死んでないよねあれ。疑問に思いながら爆心地を見つめるが、巻き上がった砂塵のせいで何も見えない。
死んでる方がいいのか死んでない方がいいのか。我ながらよく分からないけど、考えている間に砂塵の中から金髪ロールが出てきた。
「酷い目にあったわ」
こっちの台詞だ。
ややすると、爆発と同時に地面に伏せていた中年男も立ち上がった。こんな世界なのに妙に爆発物に対する回避方法が身についてるな?もしかして火炎弾を放つ魔物でもいるのか?…あ、別に火の魔術で爆発系があるからか。
「なんだ今のは?」
なぜそこで私の方を見てくる。
と、そこで私は先ほどまでの衝撃が無くなっていることに気づいた。
若干重い体を引きずるように、何とか体を持ち上げる。魔物蠍は…確認するだけ無駄か。どう考えても爆殺されてる。
それからは特に互いに何を言うでもなく、謎の連帯感で皆が一か所に集まっていった。なぜこの連携を普段生かせないのか。
集まり終わった後で一番初めに言葉を発したのは中年男だった。
「今のはなんだ?」
さっきと同じセリフだぞ。そしてさっきも考えたがそこで私を見るな。
「知りませんよ。エリザさんに聞いて下さい」
「私も分からないわよ」
おい。事態の解明が不可能になってるじゃないか。
「分からないにしても何かなかったんですか。前兆とか、なんか感覚的なものとか」
私にしては適当な意見だけど、体のだるさも相まってもう何だかどうでもいいので勘弁してほしい。帰って寝たい。
しかし金髪ロールは思った以上に真面目に考え始めた。
「そうね…何というか、剣が教えてくれたような気がしたわ」
なんだそれ。新手のオカルトか。
私としては死ぬほど辛辣な気分にさせられたが、中年男はその言葉から違う発想をしたらしい。
「ほら!やっぱりあの剣が原因か!何をやったんだ坊主」
「だから何もやってませんって」
なんだか中学生みたいに詰め寄って来たので雑に言い返す。
「もう一回やってみれば何か分かるかもしれないわ。あんた、もう一回あの剣出しなさいよ」
ぶち殺してやろうかコイツ???
こほん。
「嫌ですよ。あんな何が起こるか分からないモノをそんなお試し感覚で調べたくないです。変に暴走でもして自爆したらどうするんですか」
「今回ばっかりは俺も坊主に賛成だ。あれは危険すぎる。なんだか坊主も疲れてるみたいだし、今回は帰ろう」
さすがに今度は私も中年男の意見に異を唱えない。
それにしても本当に何が起きたのやら。面倒極まりないが、魂に干渉されたのは見逃せない。仕方ない。少しだけ真面目に頭を働かせてみるか。
特筆すべき点を挙げれば、一つは謎の干渉が私に行われたこと。他は金髪ロールが言った、剣が教えてくれたという言葉も参考にすべきか。
うーん。基本的に今の私の魔術は、私の魂の中にデータ化的な感じで残っているフュージョンモンスター、ゾドムの知識から引っ張りだして使っているものだ。
となれば、【闇の剣】を通じて金髪ロールが知識の元である、私の魂の中にいるゾドムにまで届けるのかな?そんなこと意識も無く魔術系統の知識が無さげな金髪ロールにできるのものか?
…逆、なのかな。私はゾドムにフュージョンすると同時に、ゾドムの魔術知識とゾドムの体を使った戦い方、つまり体術の知識を手に入れた。あくまであの体をベースにした戦い方だから、今の私の体だとサイズの問題で上手く扱えない。殴る蹴るに応用するぐらいだったらできるから、いつも使わせてもらってるが。
それと同じで、剣の形の魔術を握ったから剣の扱い方を流し込んでしまった。単純に【闇の剣】を握るだけなら私もしたことあるし、たぶん条件として、真っ当な剣術の心得が必要なのだろう。私も一応剣術の指南程度は受けてきたが、習熟をさっさと諦めた身だ。覚えたてですら仮一位だったのに、全然扱ってない今ではそれ以下だろう。第四位の力を持つゾドムの剣術の知識を理解できるとは思えない。
理解、そう。理解か。ゾドムが知識を蓄えてある本であると考えれば、この想像にも納得行く。従順だからすっかり忘れていたが、ゾドムにも自意識のようなものがある。だから自らの知識を得るにふさわしい人物に託したのだ。【闇の剣】を私と他者とを繋げる回路として。
この方式。今回は完全に一方通行だったけど、私が意識すれば私が習得できない知識を盗み見れるのでは?現状闇単体の剣術が一位までしか開発されてない以上、それ以上を望むためにはゾドムの知識に頼るしかない。
………いや、やっぱりやめよ。何が起こるか分からないし、私が欲しいのは力なんかじゃない。むしろ力を得れば得るほど遠ざかっていくものだ。自衛程度ならともかく、現状でこれ以上の力を得る必要は無い。
「帰るにしてもエリザさんは剣がありませんし、そこら辺も考えますか」
自分の考えを打ち切るためにも、努めて今後の予定を口に出す。そのことに気づいたわけでは無いだろうが、中年男も合わせて口を開いた。
…しかし、開いた中年男の口から言葉が発せられることは無かった。
地面が振動していた。長く。何かの雄たけびのように、いつまでも地響きは続いていく。
「…なんだ?」
私の見立てでは、本来『そうだな』とでも言いたかったはずの中年男の口が、疑問の言葉を発する。それに対して答えを返せる人間は、この場にはいなかった。
単純に何が起こったのか把握している人間がいなかったというのもある。だがそれ以上に、地響きの音は徐々に大きくなり、足元の振動も真面目にバランスをとる必要がある程まで大きくなっていることもあった。中年男の言葉には答えられなくても、この場にいる誰もが分かっていた。
何かが近づいてきている、と。
思わず腰元、いつも剣を吊るしている位置に手を伸ばす金髪ロールの姿が、視界の端に映る。誰もが固唾を飲む中、やがてソイツは現れた。
一瞬だった。たった一つの行動でソイツが今までの奴とは違うと判断できた。
形は今までと変わらない蠍型。しかしその外殻は真っ赤に染まっていて、元より巨大だった魔物蠍に輪をかけて一回り大きかった。
何より現れ方一つとっても、ソイツは今までと違った。今までの魔物蠍は、砂の下から出てくるとき、砂を持ち上げるように多少時間をかけて浮かび上がってきていたが、新しく出てきたソイツは、持ち上げるどころか地面から出てくると同時に魚のように宙に跳ねていた。まるで、この程度の砂では重しにもならないと言わんばかりに。
「レッドスコーピオン…」
着地した赤い魔物蠍が地響きの何倍もの音を立てる。
そんな中で、思わず漏れ出たような中年男の言葉が、なぜだか耳に残り続けた。
一週間で投降したい(目標)だからね、仕方ないね。
ダメですか、そうですよね、私もそう思います。
次回は頑張りたいです(毎回言ってる気もしますが)
次回は意外と感情豊か(?)な魔物の事情。




