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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
42/62

手首は返すし返されるもの。そして返させるものである。

 飛んでいった金髪ロールの剣。突然の事態に私は何も考えることができず、ただぼんやりと地面に剣が突き刺さった風景を見ることしかできなかった。

 唖然。その時の私を表すならば、その一言しかないだろう。

 だが時というのは人を配慮して待ってはくれず、そしてそのことを知っている人間がこの場にはいた。


「嬢ちゃん!剣が無いなら退け!!」


 中年男の叫び声を聞いてやっと我に返る。それは金髪ロールも同じだったらしく、慌てて―――何故か驚くほどに手慣れた動きで―――バックステップをして魔物蠍から距離をとった。

 直後のことだった。先程まで金髪ロールが居た位置を、魔物蠍の尻尾が突き刺す。もし一瞬でも退避が遅れていたら直撃は避けられなかっただろう。巨大な針を見れば、それがどれだけ危険だったかは論ずるまでもない。

 剣が折れたという不測の事態にあっても、中年男はすぐさま動いたし、敵である魔物蠍は動きを止めなかった。むしろ好機とすら思ったかもしれない。

 不慮の一つで呆けてしまうだなんて不甲斐ない。これではまるきり無能ではないか。


「坊主!全力で攻撃しろ!トドメを刺す勢いでやれ!!」


 再度あがった中年男の叫び声で、思考が一気に現実に引き戻される。後悔も反省も必要だが、目の前の事態に対処するのはもっと重要だ。

 改めて状況を観察する。一度バックステップしたは良いものの、金髪ロールはその後全く動いていない。まだ戦えると考えているのか、目の前に刺さった尾に怯えているのかは定かではないが、どちらにしてもあれでは中年男が援護に入れない。

 なるほど。確かに私の全力攻撃が必要な状況だ。そもそも金髪ロールを除いたら甚だ火力不足が目立つパーティなので、仕事が回ってくるのもむべなるかな。

 そして何度も言っていることだが、私の闇魔術は火力が低い。【闇拳ダークフィスト】ぐらいまで行けば少しは改善できるけど、あれは近接兵装なので、距離が離れている現状では使えない。一応ロケットパンチみたいに飛ばせはするけど、速射性が低い上にどちらにしても魔物蠍を一撃で屠れる威力は無い。

 ならば別の手段を考える必要がある。私が提供できる最も火力が出る方法は何か…答えは単純。物量だ。

 物量で相手を押しつぶすとなれば、適切なイメージは何があるか。魔術を行使するにおいて、このイメージというものはわりと重要だ。私の場合は、だが。

 魔術事態を加工する術はいくらでもある。後は何をイメージして形作るか。いつもは適当なゲームやアニメから引用するのだが、今回の場合は…そうだな。物量と言うより質量になってしまうが、引用元はあれにしよう。

 全人類を破滅せし最後の審判。神が定めし終焉。いわゆる洪水だ。

 背中の辺りに力を集約させる。あくまでそういうイメージだが、何度も言うとおりイメージは重要なわけで、目の前から津波が発生するなんていうどこぞの海を割る人みたいなものはイメージしにくい。人のなせる範囲を超えた行動ならば、人の知覚外。正確には私が見えない範囲の方がやりやすい。

 ―――【闇弾ダークブレッド】飽和発生。目標補足後、全力投射。―――

 一度形作った方がイメージしやすくなることは多々あるが、生み出した魔弾の群れは、洪水というより翼のようだった。私の背中から無数に作り出された【闇弾】は、ふわりと空を浮かび、私に当たらないよう距離をとった瞬間、高速を持って魔物蠍へと向かっていく。


「ぐ、グガァ!?」

「お、おい!?何だソレは!!?」


 カラスの啄みか、ゴミに群がる蝿か。色も相まって不吉な想像しか出来ないけど、敵を殺せるなら大差無い。むしろそれが死兆星であっても、相手の頭上に浮かんでいるのならそれは喜ぶべきものだろう。一撃必殺できそうだしね。

 視界の端であの金髪ロールが慌てて退避していくのが見えたけど、構わず連射連射。【闇弾】達は魔物蠍の外装に当たり、弾かれ、罅を入れ、そして打ち砕いていく。

 一度硬い外装を剥いでしまえば、後は内側を潰していく。魔物蠍も必死に半壊した右のハサミや尻尾まで使って防ごうとしてるけど、右を使うのは失敗ではなかろうか。元から外装が壊れているので、集中して撃ち砕き、防御の空いたスペースに【闇弾】を打ち込んでいく。

 結局かかった時間は十秒も無かった。いやむしろ十秒いかないぐらいかかってしまったと考えるべきか。

 あの攻撃ならば、津波よりファンネ○ミサイルとか光○翼とかのイメージの方が良かっただろうか?などと次のための反省を考えながら、中年男達に近づいて行く。

 …ん?何か中年男の顔が引きつってないか?…あ、そうか、考え込む余り周囲の警戒を疎かにしていた。失敗失敗。


「すみませんローレンスさん。お恥ずかしい所を見せてしまいました」

「え?あ、うん?うん、そ、そうだな。まだ見習いなんだから仕方ないさ」


 中年男は見習いだからと気遣ってくれるが、それに甘えてはいけない。あくまで『まだ見習い』だから見逃されてるだけで、そこで努力を怠ってしまえば、何も出来ない無能と成り下がってしまうのだ。

 大きかろうが小さかろうが、組織において無能とは排除されるべきものだ。学校では勉学。友達間では流行に乗らず、共通の話題も持ってこれないような人間はすぐにフェードアウトしていった。発言力が強めの人間が喋ったことならば、例え興味がなくても調べるのは基本中の基本なのである。

 注意点としてはネットで調べた情報を自分が体験したように語った場合、ニワカ知識はすぐに剥がれ落ちる。同様にウィキで調べたという単語もNG。重度のファンほどニワカに厳しいものだ。ちなみにほぼ全く知らないことに関しては、『あ、なんかテレビで聞いたことある~』という答えが万能である。

 …話がそれたね。


「今後は何があっても動揺しないよう心がけます。それにしても流石に現役の冒険者は違いますね」


 個人的に驚きポイントだったのは、なんだかんだで全く動揺せずに対処してみせた中年男だ。正直今までいまいちパットしなかったから分からなかったけど、なんだかんだでベテランの冒険者ということである。伊達に中年ではないのだ。


「年の功ってやつさ。坊主も言えばすぐに反応出来てたのは立派だったぞ!」


 褒められたのが嬉しいのか何なのか、上機嫌で中年男はこちらを褒めてくる。本当に分かりやすい人間だ。


「今回みたいなミスを積み重ね、一つずつ修正していく。それが生き残っていく上で大切なことだ。…大切なことなんだが………」


 そう言いながら中年男は視線を逸らしていった。

 その逸らした視線の先にあるものがはっきりと分かるせいで、できれば視線を向けたくない。向けたくないのだが、どうあがいても接触を回避できる未来が予想できない以上、諦めとともに私も目を向けなければならない。

 ため息を体の奥底に押し込むと、中年男が見ている方向に目を向ける。果たしてそこには大方の人間が予想できる通りに、折れた切っ先を回収してきた金髪ロールが立っていた。そして―――。


「折れたわ!」


 ―――いやだからそうじゃなくてですね。

 即座に百万語のツッコミと文句と注意の言葉が浮かび上がるが、渾身の自制心をもって言葉を胸の内にしまい込む。

 注意自体は悪くない。例え暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏だとしても、百万回言って一回分ぐらい脳に残るのならば、決して無駄にはならない。

 だとしてももちろんやる側にとっては苦行以外の何物でもない。そういう事態を前にした時、人間がやるべき正しい行動とは何か。それは誰かに役目を押し付ける事である。

 そして嬉しいことに、この場には厄介事を押し付けるに相応しい絶好の人物がいる。

 私は一歩だけ後ろ、正確には金髪ロールから姿を隠すように中年男の後ろに移動した。

 さぁ!不出来な後輩を戒めるのは先輩であり、お付きでもある貴方の仕事だろう!後は全て託しましたぞ!

 なぜだか中年男から殺意じみた何かが飛んできた気がするが華麗にスルー。何をされても私はこのポジションを譲る気はない。

 中年男は額に手を当てて一つため息をつく。気持ちは分かるよ。がんばれ。


「折れたわ!じゃない。さっきの動きは何だ?」

「なによ。折れたものは仕方ないじゃない」

「そうじゃなくて、その先の話だ」


 私は全く悪くありません。という態度の金髪ロールに、中年男は苦々しい表情で言葉を積み重ねていく。


「戦えなくなったのならすぐに退け。そうじゃなくても何らかの行動を起こせ。その場で棒立ちになるなんて論外だ」

「そっちの男だって止まってたじゃない。私だけじゃないわ」


 妙なところで目敏いなコイツ。


「位置が悪い。魔物の目の前で止まった嬢ちゃんと、遠くにいた坊主とでは危険度がまるで違う。それに坊主は反省してる。折れた剣のせいにしてる嬢ちゃんとは反対にな」


 言い負かされてきたせいか、金髪ロールの顔が傍から見て分かるほど真っ赤に染まっていく。こんな状況じゃなければ熱中症を心配しそうなほどだ。


「そこから先も何だ?俺は退けって言ったよな?どうしてその場を動かなかった」

「ちゃんと引いたじゃない」

「あれは後ろに回避したと言うんだ」


 ここぞとばかりに畳み込む中年男。ヒステリックな相手には悪手だろう、と前までの私なら考えていたところだ。


「いいか。戦えなくなったら下がって仲間を頼れ。それができなくても、最低限味方の邪魔になるような行為はするな」

「なによ!私はまだ戦えたわ!」

「折れた剣しか持ってなくてか?」

「折れても鉄の塊よ!」


 折れたまま手元に残ってる剣を掲げてそう主張する金髪ロール。半ばからじゃなくて根元の方から折れてるせいで、何だか変な形のトンカチにしか見えない。そういや前世ではハンマーを使うヒーローとかもいたなー。

 …あれ?何で根本から折れてるんだ?蠍の堅さに負けたなら、衝突したところから折れるもんじゃないのか?

 ダメだ、いまいち剣には詳しくないから分からない。とりあえず面倒だし黙ってよう。


「そんなのでどうするっていうんだ。言っとくが魔物蠍の堅さは半端なもんじゃない。確かにいつもの上段斬りなら簡単かもしれないが、本来二位の火属性剣士でも、殻を破ってから中に攻撃するっていう二工程が必要な相手なんだ。俺たち剣士の技っていうのは、剣の重量や長さも重要になる。熟練の三位ならまだしも、嬢ちゃんみたいにかろうじて三位に踏み込んでる人間が簡単に出来ることじゃない」

「別に折れた剣なんかじゃなくても、素手でいけるわ!」

「確かに折れた剣よりは技術に対する影響も低いかもしれないが…その柔らかい手で何をするんだ?素手で戦えるわけ無いだろう?」

「ソイツはいつも素手で戦ってるじゃない」


 …あ、そこで私ですか。


「あのな、そもそも坊主は基本は魔術師なんだ。それに素手で戦ってるのは森の獣であって、鎧持ちの蠍じゃない。それぐらい分かるだろう」

「ソイツが素手で森の奴らを倒せるなら、私だったら蠍の殻ぐらい余裕よ!」


 その理屈はどうなのよ、と思わなくもないけど、実はフュージョン状態なら素手で魔物蠍の殻を割れるので、なんともコメントしにくい。なおその状態ですら手自体は大丈夫じゃないので、やっぱりツッコミどころはあるのだが。


「仮に殻を破れても、剣が折れるようなものに素手で攻撃したら複雑骨折確定だ。剣と違って直接自らにダメージを食らう自滅技でしかない」

「うっ、で、でも…」


 金髪ロールの目がせわしなく動き回り、顔がさらに赤くなっていく。

 ヒステリックな人間は、ここで爆発する。小学生時代に私が失敗したことであり、そして女性の多くはこういう言い負けな際にヒステリックになる…のだが。


「ふんっ!」


 私は不貞腐れました、を体でそのまま表すように金髪ロールが顔をそらして鼻を鳴らした。

 金髪ロールは言い負かされた時、ヒステリックに叫んだり暴れたりするのでなく、こうやって急に大人しくなる。先程の妙に手慣れたバックステップとかと同じで、普段から矛盾の多い金髪ロールの不思議の一つだ。彼女のような性格の人間ならば、経験上なおさらヒストリックになりやすいはずなのだが。

 最近少しだけ分かってきたことを言えば、金髪ロールは独自のロジックの元会話しているらしい。今の場合も同じで、最初は自分のミスは折れた剣のせい。その後の行動だって言い訳ではなく、本当に折れた剣でどう戦うか考えていたのだろう。折れた剣がダメなら、次は素手でという考え。

 まず大前提として、自分は強いのだから敵に負けるはずがない、という考えの元に至る発想。

 例えとして出すならあれだろう。ゲーム脳的な。

 適正レベルには達しているのだから、このステージの敵には負けるはずがない。負けそうになってるのは戦術が間違っているせいだ。そうやって考えて、深入りして負けたりする。どっちかと言えばネトゲ脳か。残念なことにゲームならともかく、現実世界の命は一つしかないわけで、私からすれば全く理解できない発想だ。


「とにかく、嬢ちゃんがこの状態じゃあ戻るしか無いな」

「…ここまで来てですか?」


 以外なことと思われるかもしれないが、中年男の言葉に難色を示したのは私だった。


「と言ってもな。メインの火力が無くなったんだ。ここの敵は硬いのが多いし、これ以上は無理だろう」

「さっきみたいに魔術で倒せばいいじゃないですか」


 私がそう言うと、何故か中年男は呆れたようにこちらを見てきた。


「おいおい。あんな攻撃何回もやれるものかよ」


 んん?何だか中年男がおかしなことを聞いてくる。


「別にあの程度なら一日中出せますけど?」


 私がそう言うと、逆に中年男が驚いた顔をした。


「…本気で言ってるのか?」

「こんな事で嘘なんか言いませんよ」


 何故か中年男は金髪ロールを相手する時みたいに、額に手を当ててため息を吐いた。解せぬ。


「むしろ何で引き返すんですか?そもそも十分元は取れてる状況なのに、群生地があるとか言って進むことを決めたのはローレンスさんじゃないですか」


 改めて状況を説明しよう。

 私達は長距離狩猟の訓練のためにこの砂漠まで訪れてきたのだが、正確には目的は狩猟ではない。フリークエストの欄にあった砂漠に咲く花を求めてこんなところまで来たのだ。

 さすがファンタジー世界。サボテンとかではなく、妙な理屈によって砂漠にのみ咲く花がある。ぶっちゃけ他にも生態系が狂いまくってるし、さらに言うと地形事態が神様が地上を作る時思わず手が滑ったのではないかと聞きたいレベルでおかしなことになっている。うん。上位種とやらがあんなのばかりなら、きっとこの世界の狂いっぷりは神様のせいに違いない。

 この砂漠で戦うためには、大前提として魔物蠍を倒せる程度の火力がいる。わりかし頻繁に出てくるので、対策は必須。持ち前の巨体のせいで、火力係だけに頼るのも難しい。そんな魔物事情や、砂漠という気候も合わさって、目的の花は高く報酬が設定されている。

 元から長距離移動が目的だったため、ある程度の数が集まったところで私は引き上げを提案したのだが、それに異を唱えたのが中年男。金髪ロールは常日頃から言ってるのでスルー。

 中年男曰く、地元の人間と仲良くならないと教えてもらえない群生地があるらしく、そこまで向かおうという話になったのだ。もちろん金髪ロールは賛成。私も報酬額が上がること事態は嬉しいし、魔物も危険と思えるような相手ではなかった。こと狩場の話なら、全幅とまでは言わないものの中年男を信じているので、ならば大丈夫だろうと考えてここまで来たのだ。

 その結果は数時間に渡る歩き通し。遠足かと思わず文句を言いたいほど、いつまでたっても群生地とやらは見えてこなかったのだ。


「ローレンスさんと自分の魔術があれば問題はないでしょう。ここまで来たのだから群生地とやらまで行きましょうよ」

「あー、ほら。嬢ちゃんはどうするんだ」

「俺の側か、ローレンスさんの後ろにでもいさせればいいじゃないですか」


 正論を言っているはずなのに、中年男は厄介事に出会ったように天を見上げて「あー」と声を漏らす。


「嬢ちゃんはどうしたい?」

「どっちにしても戦えないならどうでもいいわ」

「…今から街に戻ったら、早く帰った分早く戦えるようになるぞ」

「今すぐ帰るべきだと思うわ」


 おいこの脳みそ金髪ロール!

 というか、今から帰っても、行ってから帰っても、次に狩場に行くのは翌日以降だから関係無いだろうに。

 私がそう言おうと口を開く前に、ドヤ顔の中年男が話し始めた。


「聞いてのとおりだ。先輩だから意見を聞け、とか押し付けるのは心苦しいが、今回はパーティ内での多数決の結果だ」

「こんな多数決は民主的じゃありません。完全に誘導尋問だったじゃないですか」

「ミンシュテキ?ユウドウジンモン?何だか知らんが、ハンターになりたいならパーティの和を乱すようなヤツは歓迎できないな」


 わざわざお付き特権の成績の脅しまで使ってくる中年男。

 最初に言い出したのは中年男なのに、どうしてそこまで断固として帰るのを譲らないのかは分からないが、ここまで来て徒労に終わることを許す私ではない。


「じゃあ、多数決で多数派になればいいんですね」

「お、おい。一回決まった決定を覆すのは…」

「何言ってるんですか。私の説得が終わっていないので、決定するのはまだ早いです」


 今回の場合中年男が意見を変えることはないだろう。だったら、中年男に対して使う時間はない。酷く憂鬱だが、私が相手取らなければ行けないのは金髪ロールの方だ。だが憂鬱な分、話すべきことさへ決まっているのならば、中年男を相手にするよりもやりやすい。


「エリザさん」


 今更だけどエリザってのは金髪ロールの名前ね。念のため。


「なによ。剣もこんなだし、私はもう行かないわよ。こんな暑くてべたべたする場所、一刻も早く抜け出したいわ」

「剣があればいいんですよね」

「確かにそうだけど…。こんなところに剣も鍛冶屋も無いでしょ?それとも剣が自生しているとでも?」

「それはそれで面白そうな光景ですけど、もっと単純な話です」


 そう言いながら、私は手のひらを水平に差し出す。


「魔術で作ればいいんです」


 手のひらをそのままに横に動かす。

 同時、私の手の動きに連動して、砂地に闇の剣が出現した。


「それは!?」

「名称は見た目通りに【闇の剣(ダークソード)】って、聞いてませんね」


 私が何を言うまでもなく、金髪ロールは【闇の剣】を食い入るように見つめている、というか手に取っている。

 新しい玩具を与えられた子供のようにキラキラとした瞳で【闇の剣】を物色する金髪ロール。…あれ?新しい玩具を与えられた子供であってるのか。やばい。同年代という言葉に対して自分を基準に考えてしまうから、何だかズレを感じてしまう。もしかしてそう考えると今までの金髪ロールの行動も年相応だったのか?…まぁいいや。

 改めて考えるとそこまで興味もない思考から戻ってくると、金髪ロールが不満気な瞳でこちらを見つめている。さっきまでとは大違いである。


「なんかこれ、刃の部分が丸いんだけど」

「そりゃこんな簡単にまともな剣を造れるんだったら、鍛冶屋も土魔術師も入りませんよ。名前と見た目に反して剣じゃなくて、棍棒を振るうぐらいの気持ちで考えてください」


 前にも同じようなことを言った気がするが、実用に耐えれるものだったら私が普段から使っている。

 じいさんから聞いた話によると、本来この世に物理的に存在しない二属の魔術というのはとても脆い。二属から現実にも存在する六属に変換することによって、やっと安定して世界に固定することができるのだ。

 代わりに不安定な闇や光は多様な形を取ることが出来る。もちろん何度も私が言ったとおり、形取れるだけで不安定なのは変わらない。私の膂力で振れば、相応の威力は出せても一撃で形が崩れてしまう。

 それなら剣を複数生んで撃ちまくった方がいいし、わざわざ複雑な剣の形を想像するより、玉を複数作るほうが早いので、結果的に今の形になっている。

 だがそれはあくまで私が扱った場合だ。

 剣の腕が良い、というのは決して威力だけの話ではない。剣の妙手は剣を扱うのも上手い…つまり、私が使うよりは剣の消耗が減るし、剣術の覚えがあるのなら威力だって私以上に出せるだろう。

 自分で使う気は全く起きないが、剣の無い金髪ロールにはうってつけの武器ということだ。


「気に入ってくれましたか」

「もうちょっと重く出来ないかしら」

「出来ますよ」


 嘘である。

 適当な品である【闇の剣】に重量を増やす機能などない。が、重量が増えたように錯覚させることならできる。

 いくら形が剣でも、【闇の剣】は本質的に私が扱う魔術だ。なれば制作後の操作だって私の思うまま。今回の場合重力方向に微速で動かし続ければ、使い手からすれば剣が重くなったように感じさせることができるのだ。まじつってすげー。

 ちなみに一角獣な機動戦士の浮く盾みたいな感じで、超謎理論で浮かんでいるため、浮かぶ力を切って重量を増やす、みたいなことは出来ない。魔術って不便だね。


「だいぶ良くなったわ」

「それは良かったです」


 満足とまでは言わなくとも、納得した顔で頷く金髪ロール。合わせて芝居がかった動きで恭しく頭を下げる私。

 …顔を青くして慌てたのは中年男だ。


「お、おいおい。納得してるところあれだが、本当にそんな剣で大丈夫なのか?命を預ける品が欠陥品なんて笑えないぞ?」


 苦し紛れっぽいが、妙に痛いところをついてくる中年男。まぁそれ事態はハッキリとしないといけないところなので、私にも異論はない。


「確かにエリザさんの力で振るったら、たぶん一回か二回で壊れると思います」

「だろう!そんな危険なものを扱って戦うわけにはいかない。今から戻る分ぐらいまでならともかく、この先に進むなら…」

「なのでこうします」


 中年男が捲し立てて来たのが面倒だったので、途中で割り込んで次の操作を行う。

 【闇の剣】を都合四本。内二本はクロスさせて金髪ロールの背中に、残りの二本は金髪ロールの左右に浮かんだ状態で待機させる。


「ほぉう。へぇ~………。いいじゃない!いいじゃない!」


 フルアーマーうんたらかんたら、もしくは擬人化艦船みたいになった金髪ロールだが、当の本人は身体を揺り動かしたり軽く走ったりしながら、自らに自動追尾してくる【闇の剣】を見て歓喜の声を上げる。

 魔術ってほんま便利やでぇ。背中のクロス部分も実際に衝突させてるってのに、互いに互いを貫通して問題なく扱えるっていうんだから。


「ひ、非常識な…」

「どうかしました?」

「あ、あんなにしたって取りにくいだけだろう」

「別に。私の魔術で作ったものですから、いつでも取りやすい位置に動かせますし、いざとなったら浮かんでるので多少の防御は出来ます。それに縦振りしかしない彼女なら、背中からの抜き出しざまの攻撃でいつもの威力が出せるでしょう。エリザさん。試してもらえますか?」

「いいわよ!」


 はしゃいでるにしては珍しく人の話を聞いてたらしく、金髪ロールは手に持っていた【闇の剣】を適当に放り投げると、右肩から飛び出てる柄を掴み、いつもの縦振りを行う。


「うん。問題ないわ」

「こちらでも余裕があればエリザさんが背中にかざした時に丁度いい位置に来るよう調整します」


 よくってよ、と何故か上から目線で言ってくる金髪ロールは無視して、中年男に向き直る。


「これでいいですか?」

「…。お付きの先輩として…」

「無理ですよ。自分だけならともかく、ああなったエリザさんを止めることはできません」


 私の指摘に、深々と。本当にふか~いため息をつく中年男。


「せめて折れた剣はお前が持っていけよ。あれがあるかないかで新しい剣を買う時の値段が違うんだ」

「分かりました。あの状態だと持って行けって言っても聞きそうにないですしね」

「新しい玩具を与えたお前の責任だ」


 そう言われてしまえばこちらとしては反論できない。粛々と金髪ロールがいつの間にか放り捨てた折れた剣を回収する。

 …のだが。


「これは…」


 折れた剣の状態を見て、私は思わず言葉を失った。

 私は真っ当な剣を持ったことはほとんどない。旅の途中盗賊団に囲まれて絶体絶命になった時、フュージョン状態で盗賊から奪ったのを使ったぐらいだ。

 理由は色々あるのだが、ここでは割愛する。しかし投げナイフは愛用しており、包丁が持てないのも合わさって刃物事態は結構扱っている。そしてそんな私から見て、この剣の状態は異様なものだった。剣を持たない私ですら、異常だと気づくぐらいに。


「ねぇ、エリザさん」

「何かしら?」

「剣の手入れって、やってます?」


 私の手の中にある折れた剣は、蠍を切ったせいだけでは言い繕え無いレベルで刃こぼれが悲惨な事になっていた。研ぐ前の最初期のドラゴンスレイヤーみたいになっていた。

 私の質問に対し、金髪ロールは傍から見ただけでは可愛らしく小首を傾げ、


「なにそれ?血油ぐらいは拭ってるわよ?」


 思わずその傾げた頭を吹き飛ばしたくなるような答えを返してくるのだった。

中々リアルが忙しく止まっていましたが、更新を再開します。

目標は一週間に一話投稿。…いつまで続くのやら。


次回は魔剣の実践。

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