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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
40/62

中年男の独白 二

 エールを一気に呷ると、俺はふぃーと一日の疲れを吐き出した。

 朝起きてから一人になれるまでの長いルーティーン。久しく体験していなかった忙しい生活だ。全くどうしてこうなったという嘆きを、飲んだ酒と吐き出した息に流し込む。

 百歩譲って、まあ王女様の護衛は…うん、最も疲労の溜まる要素だが諦めるとしよう。本人も周りも権力を振りかざさないため、態度がガサツでいいと言うのが唯一の利点だ。

 しかしどうだろう。ついさっき席を立って、他の冒険者のところに向かった一人の男…いや少年の背中を見る。

 厄介事の元凶。そしてある意味王女様より危険な存在。

 王女様みたいにただのじゃじゃ馬であるならば、まだ制御のしようもある。―――王女様を制御しているかはともかくとして。

 だがかの少年は自らの意思を持った軍馬。それも戦地で乗り手の意を汲み、落ちた敵の頭蓋を砕く良馬だ。もしそれが急に裏切ってこちらを振り落とそうとしてきたら?乗り手の意を汲む…乗り手の意思を知っている馬が。

 つまりそういうことだ。ただ暴れてる馬と、的確に弱点をついて攻撃してくる馬では、圧倒的に後者の方が危険に決まってる。普段理性的で人間を見てる分、暴れた時は少年の方が厄介なのだ。それは一週間前の事件で分かったし、俺自信何度も苦汁をなめさせられている。


「はぁ…」


 深い溜息と共に、もう一度エールを流し込もうとしたところで、中身が空になっていることに気づく。


「おーい!エールおかわり~!」


 大声で定員を呼べば、代わりに見知った冒険者の顔が寄ってきた。


「よーう《水流》の。ガキのお守りはどうだい!」


 そいつは陽気にこちらに近づいてくると、ドカッと遠慮のえの字もなく隣に座り込んできた。


「どうもこうもねぇよ。そもそもお付きなんて毎日酒と愚痴を流すもんだろ」

「はっはっは!それがな。今回はお前の苦労話のおかげで肴にゃ困ってねぇんだ」

「なんて野郎だ!って、お前も誰かのお付きしてんのか?」

「こっちは貴族の三男坊だな。三人目は三人目でも王女よかマシだぜ」


 うるせぇ、と心で呟いていると、今度はちゃんと店員がやってきたので注文を頼む。ちなみに隣の友人も勝手に頼みやがった。

 改めて友人は向かい側に座りなおすと、こちらに向かう前から持っていたエールを飲む。


「ま、だから今日はこうやってお前の愚痴のために来てやったんだ」

「本当かよ。苦労話のネタ探しじゃあるまいな」

「はっはぁ!俺にとっては甘露ってなぁ!」


 投げるのに丁度いい具合のエールの木製の杯に意識が集まる。この杯が時折酒が僅かに木目から溢れるレベルでボロいのは、冒険者がよく投擲物に使って壊れるからである。ギルドのジョッキ直し、なんてバイトがあるぐらいには頻繁に壊れて、直すのも簡単な粗雑な品だ。

 今日は歴史に準じてやろうか、と構えていると、友人は慌てて手を前に出す。


「待て待て。ほら、愚痴こぼしたら気分が楽になるだろ?無いのか?あいつら見てたら若い頃を思い出すなーとかそういう話」

「若い頃を思い出す…?」


 疑問形で言っているが、その言葉自体には聞き覚えも身に覚えもある。

 当たり前だが今お付きとなっている冒険者も、昔は同じようにお付きの冒険者に連れられて見習いをしていた時期がある。

 そしていざ自分がお付きとなった際に、見習いの無鉄砲さや将来を夢見る瞳を見て、昔はこうだったなーと考えるのはよくある話だ。特に見習いの多いこの時期は、ギルド内を昔話が行き交う、昔の俺話大会会場と化す。ちなみに失敗談なども語られるため、なんだかんだで見習いの勉強にもなるのだ。

 友人はそれをふまえて尋ねてきたのだろう。もしかしたら友人自身が昔の話をしたかったのかもしれない。

 しかし、だ。


「無いな」


 記憶を頑張って探すまでもなく、俺はそう断言した。


「あの嬢ちゃんじゃあさすがにそんな気にもならんか。ん、でもお前はあの坊主も受け持ってなかったか?」


 そういって友人が雑に指差す先には、ベテラン冒険者の肩を揉んでいる少年…ルプスの姿があった。

 俺は何も分かっていない友人の言葉に、思わず苦笑がこぼれ落ちてしまった。


「それこそ大きな間違いだ。方向性が強すぎるとはいえ、あれに比べればまだ嬢ちゃんの方が若いなと思える」

「なんだそりゃ。あ、そうか。若すぎるんだろ。俺も聞いてびっくりしたよ。六歳で冒険者とはな」


 わざわざ言ってやったのに、未だに友人は間違った考えを抱いている。

 訂正する必要も特に無かったのだが、自分だけ悩み続けるのも馬鹿らしい。折角愚痴に付き合ってくれるようなので、親愛なる友人にも余計な知識を教えこんで差し上げよう。


「お前、あの坊主と喋ったことはあるか?」

「あん?そりゃ当然だろ。今のギルドに出てる連中であの坊主と喋ったことないやつなんざいねぇよ」

「どう感じた」

「ああ?」


 俺の曖昧な言葉に、しかし表情から真剣に聞いてることを悟った友人は、額に皺を浮かべながら考え込む。


「…別に何にも感じたようなことはねぇが、そうだな。特に違和感がなかったって話でいやぁ話しやすい相手だった、ってことなのかね」

「はん。当ててやろうか。まるで孫と話しているようだった、だろ?」

「おうおうそんな感じだ!こうなんか…思わずポロッと口から零れ落ちてしまうんだ。分かったってことはお前もそうなのか?」

「まさか!」


 友人の勘ぐりを大声を出して否定する。

 アレが孫?俺にとっては新種の魔物にしか見えない。


「えらく強く否定すんじゃねぇか。だったらなんで俺の考えてたことが分かったんだ」

「教えてやろうか?なに単純なことさ。あの坊主と喋った知り合いの全員が、お前と全く同じことを言ってんだ」


 …は?と目の前の友人が口をぼんやりと開けて固まる。

 普段であれば、他者を思い通りに唖然とさせた時は優越感のようなものが出て来るのだが、今回に限っては苦々しい感情しか出てこない。

 タイミング良く店員がエールを持ってきたので、一気に呷るついでに次の注文を頼む。もうこれは一々一杯ずつなど頼んでいられない。樽ごと注文だ。


「おいおい。まさかあんな年の坊主が、喋りやすいように印象を操作してるっていうのか?」

「疑うんだったら他の連中に聞いてくればいいさ。そして孫談義で盛り上がってこい。俺らみたいなならず者には遠い存在だからな」


 冒険者と婚期ほど遠い存在は無い。明日の命も分からないようなやつが恋人を作る余裕なんてないし、昔からジンクスとして、恋人と約束して出ていった冒険者は死にやすいというものがある。彼女彼氏持ちの冒険者など、一種の死神としてみなされてると言っていい。恋人づくりすらままならないのに、まして孫なんて到底見れるものじゃない。


「あの坊主が…まさか…」

「少なくとも俺はアレを孫だなんて思ったことはないね。見た目が子供なだけの化物だよアレは」

「《水流》にそうまで言わしめるたぁすげぇやつだな。俺があのぐらいの頃は何やってたかね…覚えてねぇや」

「そもそも六歳で見習いとはいえ、冒険者が務まってるって辺りで、色々と察して欲しいもんだがね」


 やっと友人に理解を求めてもらえたところで改めてエールを飲む。

 愚痴れば気が楽になる、というのは案外馬鹿にならないらしく、今度のエールは先程までよりも美味く感じた。


 にしても、俺もあの頃は何やってたかなぁ、と早くもアルコールが回り始めた頭でローレンスは考え始めた。

 もちろんあの頃とは年齢ではなく、見習いをやっていた頃の話だ。

 今でこそ主に一部のルプスから中年中年蔑まれてる彼だが、若い頃にはそこそこ有名な若手冒険者だった時代がある。

 彼の動きは堅実そのもの。一害のために百利を捨てることに躊躇しないスタイルは、冒険者の生存力を体現したかのようだった。

 しかし同時に無茶することの多い同年代の若手にとっては、慎重に慎重を重ねた動きは受け入れ難く、固定のパーティこそ無かった。だが確かな生存力の高さから培った経験は、ローレンスを裏切ることはなかった。

 元より剣の才能にも恵まれ、見習い時代で既に二位中級程度の能力を持っていた。冒険者としての経験はその能力を着実に成長させ、三位の腕前となるころには、周りの人間もローレンスの動きに同調する玄人が多くなっていた。

 ただ唯一弱点として金遣いの荒さ、そして自分が大丈夫であると判断すれば、勝手な判断を行う勝手なところがあった。普段はバカのように振る舞ってるが、頭も主に悪巧みにのみ特化して良く働き、口先も驚くほど上手い。

 堅実さはあっても誠実さは無し。結局本人も性格をなおす気はなく、固定パーティは最後まで持つことは無かった。それでも人の足りない際などにはよく呼び出されることもある辺り、彼の実力がしれるだろう。一ギルド内においてそこそこ信頼された手練の一人程度であり、それ以上でも以下でもない。それがローレンスという男だった。

 本人は特に上昇志向も無かったので、今の地位で十分満足している。なんだかんだ言われているとおり年でもあり、いい加減引退を考えてる時に今回のことが起きたのだ。

 エールと一緒に持ってきて貰ったつまみに食いつく。いわゆる焼き鳥であるそれは、潤った口にちょうど良く染み渡る。

 いつまでもこんなゆっくりした時間が過ごせれば良かったんだけどな、と一人後悔するローレンスだが、同時にただでは転ばないのが彼という生き物だ。主に方向性が失われた報酬の分素材量を誤魔化してちょろまかすとか、そんな方向に走ってしまうことは完全に欠点だが、本人は長所だと考えている。


「よし!」


 一気に飲み下したエールの杯を机に叩きつけると、ローレンスは勢い良く立ち上がった。

 その表情を見てまた何か企んでると気づいた友人は、突然歩き始めたローレンスに着いていった。

 ローレンスが向かった先はクエスト掲示板の前。既に殆どの冒険者が役割りを終えたこの時間では、貼られているクエストも常駐のものばかりだ。

 ローレンスは頭の中で今のパーティの戦闘能力、癖、出来ることと出来ないこと、ギルドのシステム、やった結果と起きうることを細かに思い浮かべる。

 やがて思考と同時に動かしていた目が、二つのクエストを行ったり来たりする。


「まーた悪いことを考えてやがるな《水流》の」

「悪いこと?この世に命を失うこと以上に悪いことはねぇよ《岩壁》の」


 余裕を取り戻したローレンスは、友人の言葉に冗談で返す。といっても半分は本心な辺り、なんだかんだで死生観はルプスに近いところがあったりする。


「はぁ、ほどほどにしとけよ」

「もちろんさ」


 告げるローレンスの頭の中は、既に別のことで一杯になっていた。

 我ながら天才的なことを考えると自画自賛するローレンスは、既に終わった後の金計算、そしてその後の消費方法まで思いついていた。もしルプスが知っていたら、捕らぬ狸の皮算用という前世の知識を語ったであろう。

 かくして本人の全くあずかり知らぬところで、新しい厄介事の種は芽吹く。

 嘆きは届かず。ただレールは彼女を運んでいく。

遅くなって申し訳有りませぬ。

スラ転が面白くて放置してました(素直)。

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