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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
39/62

つまみの代わりに貰える情報は同量の金に勝る。命あっての物種だしね。

 今までは多少はあった会話も一切無く、私達は静かに国都に帰っていった。

 生物を見れば襲いかかっていった金髪ロールも、今回ばかりは野生の動物を目で追うだけで見逃していく。幸い帰るまでの間に魔物と出くわすことはなかった。

 ギルドに帰って精算。今回からは私もちゃんと付き添い、最後までカウンターの前、というか中年男から目を離さなかった。

 余談だが通常の討伐報酬などと違い、素材の報酬はその都度計算する方式になっているらしい。これは魔物単体ですら取れる部位が違う上に、量も毎回変わるため、掲示板などに貼り付けようとしても必要な事項が多すぎるせいで場所が無いからだ。一応目安の値段はあるが、それもギルドに聞かないと説明してもらえない。まぁさすがに信用第一のギルドが嘘をつくとは思えないので、私が監視するのは中年男だけだ。

 討伐対象の中にピッグリーダーがいた事を驚かれたが、いつもはそこで胸を張るであろう金髪ロールは当然よ、と一言だけ言うと不機嫌そうに顔をそらした。ギルド員は不思議そうにしていたが、特に事情は聞いてこない。他人のことには深く言及しない。個人的に心地良い関係性だ。

 いつもより少し多めの精算を受け取る。いつもだったらこの後ギルド内で反省会、という名の金髪ロールがひたすら自慢とまだまだ敵に味気が無いだの言って、中年男がそれを諌めるだけの時間が始まるタイミングだ。最初は中年男の小言を聞いて不機嫌になっていた金髪ロールだが、最近になると慣れたもので、小言は全て嫉妬と受け取ってうざい流し方をしていた。

 もちろん今日は開催されなかった。正確には精算を受け取った後、金髪ロールがそうそうに帰ってしまったので、私と中年男だけが無言で癖のように同じ席に付いて、いつもの注文をすることなった。この頃になると私も懐に余裕がでていたので紅茶を一杯だけ飲むことにしている。決して美味しそうに飲んでいる金髪ロールや中年男を見て、我慢が効かなくなったわけではない。熱いのを頼むことによって、何杯も頼むのを阻止してるなんて悲しい話もない。懐に余裕が出たから楽しんでるだけだし。

 しばらく無言の時間が続く。よくよく考えてみれば、私達二人から話し始めたことってほとんど無かったかもしれない。今日に限って言えば、原因はそれだけじゃないだろうけど。

 初めて沈黙が破られたのは、中年男が頼んだ二杯目のエールとおつまみが届いた時だった。


「にしても驚いたな」


 二杯目に口を付けた後、息を吐き出すように中年男がそう洩らした。


「何がですか?」

「お前の話だよ」


 中年男は器用におつまみでこちらを指差してくる。


「正直俺は…むぐ。お前は嬢ちゃんのことに関しては、一切手をつけないつもりだと思ってたんだがな」

「もちろんそのつもりでしたよ」

「正直なやつだな」

「そっちの方が好きでしょう?」


 私が尋ねると、中年男は目をそらしながら新しいおつまみを手に取った。図星の合図である。


「ローレンスさんは分かりやすい…というか、わざと分かるようにリアクションをとってるでしょう」

「何の話だ。癖みたいなもんだよ」

「それも間違いじゃないでしょう。でも冒険者の人には多いんですよ。普段からアイコンタクトとかとってるから、自分の気持ちとかを分かりやすく表情で表す人」


 そういうと、今度は酷く真面目な表情のまま、一切顔を動かさずにこちらを凝視してきた。だから分かりやすいって。


「そして普段から意図的に動かすことで、いざという時に顔を動かさないようにしてる。そもそも自分で自分の行動を癖なんて言う人の言葉は信用できませんよ」


 私の言葉を聞いたまま、中年男は一切表情を動かさず…。


「………ふふ、はっはっはっはっは!」


 やがて楽しそうに破顔した。


「いやぁよく見てんな坊主!」

「ここまで来る間も、来た後も遊んでたわけじゃありませんから。ちなみにそういった暗黙の了解みたいなのを知ってる人が好まれるのも知っています」

「はは!そこまで知ってるならその鉄仮面を崩しやがれ。俺には坊主が全然分からんよ」

「すみません。まだ見習いなもので」

「へへへ、そうだな。あーでも、今日は初めて仮面の下を見れたかもしれねぇ」


 チッ、と心のなかで舌打ちする。会話を逸らせなかったか。

 今更言うのもどうかと思うが、我ながら不思議に思うぐらいあの時はキレていた。手遅れ感が凄すぎるんだけど、たぶん今日までの間に私の性格は、元々歪んでたのがさらに歪んでる気がする。自分でも把握しきれないぐらいに。


「そう露骨に嫌そうな顔すんなよ」

「出てましたか」

「出してるんだろ」


 とりあえず肩をすくめてみせて、一通り儀礼的な会話を行う。


「んで本当のところどうなんだ」

「さっきも言ったとおり、口を出すつもりは無かったんですよ。でもさすがにアレは手に負えない」


 紅茶のカップの縁をなぞる。中身はちびちびと飲んでいるのでまだ半分ほど余っているが、かわりにかなりぬるくなっている。


「あの場でも言ったとおり、ローレンスさんみたいに防御属性があるわけでは無いのです。いくら守ろうとしても、このままでは私のほうが先に死んでしまいます」

「だからって殺すってのは思考が早すぎるだろう」

「別に殺す気はありませんでしたよ。そんなことしたら大変じゃないですか」

「本当かよ。驚くほど殺る気のある顔してたぞ」


 他人に合わせて顔を変えるのは得意だが、中年男の言った殺る気のある顔というのはいまいち分からない。一体どんな顔してたんだ私。

 誤解されてはたまらないので、私はあの場で思いついた完璧な計画を中年男に伝えた。うん、誤解はいけないよね。特に誤解で殺人とか。

 するとちゃんと説明したというのに、何故か中年男は死ぬほど渋い顔になった。干し柿みたいになってる。


「なんというかまぁ…坊主にしては短絡的な発想だな」


 短絡的とは失礼な。確かに行動は短絡的だったけど、思いついた計画は…あ、あの場で二秒ぐらいで思いついたものだ。


「はぁ…本当は教えちゃいけねぇんだけど、坊主には教えていいか。というか教えてたほうが良いな、今後のために」


 中年男が額に手を当てながら呟いた。金髪ロールの発言とかに対してよくやる、心底呆れた的なニュアンスだ。失敬な。


「まだ何か隠してることがあったんですか?なんです?実は王族の血が入ってないとか言われても驚きませんよ」

「いきなり不敬で首持ってかれそうな危険発言をしてんじゃねぇ!そうじゃなくてな。本当に王族の方々が、俺みたいな一介の冒険者を信用すると思うか?」


 その一言だけで、私は何となく事態を察した。


「なるほど。つまり…」

「そうだ。俺達は実は三人パーティじゃなくて、隠れて見えない四人目がいるんだ」


 それは…理由もあるし意味ももちろんあることなのだが、私は驚きを隠せなかった。


「ですが周囲を探索した時には、上空含めてどこにもそんな影はありませんでしたよ?」

「そりゃそうだ。噂レベルではあるんだが、嬢ちゃんの護衛筆頭は超弩級の人物らしい」

「超弩級…」


 頭の悪い言い回しである。


「ああ、なんでも《風殺王》なんて呼ばれてるらしい」

「風ってことは風属性?剣士ですか?魔術師ですか?」

「剣士って話だが、確かなことは言えないな。なんでも暗殺とかが専門だで、相当な腕前らしい。なんでも五位の力を持ってるとか」

「五位ですか、なるほど超弩級ですね」


 私の知ってる中で魔術剣術関わらずに五位の腕を持つものは、未だにじいさんしかいない。正確には私もだが。

 …記憶の中にある言葉。―――召喚物は己よ強い存在に呼び出された場合のみ、おとなしく召喚される。その基準は専ら位階である。

 転生者特典のおかげもあって、私は召喚物であった現フュージョンモンスターゾドムの力を、限界以上に引き出している。とはいえ単純な元スペックで言えば、四位のゾドムでは五位の相手に勝つことはできない。

 全く悪いことはできないものだ。少なくとも私の警戒網を避けられてるのは確定事項なわけで。というかそうか、暗殺専門な上、最大速度では雷に負けるものの、速さを得意とする風属性だ。もしあの時中年男が間に入ってくれなければ、今頃私の首は繋がっていなかったかもしれない。

 そう考えると首筋をゾッと恐ろしいものが走る。あえてもう一度言わせてもらおう。悪いことはできないものだ。


「すみませんローレンスさん。助けてもらったようで」

「いきなりどうした。あー、あん時のことか。いや、俺自身そこまで深く考えてなかったからな。礼はいいさ」

「それでもですよ。次やる時はちゃんと注意します」

「次もあるのかよ…」

「残念なことに、やらないまま終わりまで過ごせる自信がないので」


 そう言って私は残った紅茶を一気に飲み込んだ。

 ヌルくなった紅茶は普通にあまり美味しくなかった。お茶の劣化版。とか言えば気持ちが分かってくれるだろうか。


「それはそれとしてローレンスさん」

「なんだ坊主?」

「その話の前の件。忘れたとは言わせませんよ」


 ビクン!と中年男の体が分かりやすく震えた。


「ま、魔が差したっていうかさ、許してくんない?」

「この情報って売れますかね」

「待って待って待って待って待って!」


 言葉と共に席を立ち上がったら、机越しに中年男が腕にしがみついてきた。

 何だか前にも同じような光景を見たことがあるな。


「さすがに冗談ですよ。もうはねたお金も無いんでしょう?今更返せなんても言いません」


 私がそう言うと、中年男は露骨に安心して見せた。なんかうざいな、やっぱ伝えるかな。


「とは言えただより高いものはない、ということで。…まさか無償で許してもらえただなんて思ってませんよね?」

「あーあーはいはい。何が欲しいんだこんちくしょうめ」

「とりあえずは貸し一、いえ二ぐらいでしょうか?まぁ今回助けてもらえたので一ということで。それより気になることがあるんですよ」

「気になること…って、何だかこんな会話前にもしなかったか?」


 確かに何だか見に覚えのある会話だったのだが、認めるのもなんかアレなのであえてスルーする。


「気になったのは例の力場とやらを捉えるシステム、一番近い人が優先されるんですよね。それって何だか不備がありませんか?」

「不備?今まで使ってて特に感じたことは無いが」


 キョトンと告げる中年男の言葉は、今回こそ全く他意はなさ気だ。

 ならば本当に問題ないのか。なんだかんだで中年男は頭が良いから、私が聞いて二秒で思いついた事柄に気づかないはずもない。うーん。少し悩むけど、まぁどっちにしても聞いたら解決するか。


「一番近くの人が取れるんだったら、必然的に前衛の人が取ることになるじゃないですか」

「ん?ああ、そりゃそうだろうな」


 察しの悪い中年男に、何となくイライラとさせられる。


「つまり後衛が殺しても、その力場は前衛に奪われるのでは?」

「あーあ!」


 私の言葉にやっと理解できたと言った感じで大きく頷く。


「あれか、手柄の話か」

「そうです。あと報酬」

「それなら問題ないさ。ギルドで登録される評価も、報酬も基本的にパーティで均等に分けるのが常だ。ま、時々力の差がありすぎて偏らせないと問題が起こるとかがあるが、坊主の場合そんな心配も無いだろう」

「なるほど。つまりこっそり奪うような不心得者がいなければ平気と」

「そ、その話いつまで引っ張るんだ」

「最低でも貸しを無くすまでは」

「前にも言ったけど大成するよお前は」


 前と同じく嬉しくないですと心の中で言っておく。


「でもそれならそれで、強い人間が弱い人間を無理やり引き上げることもできるんじゃないですか?」

「基本的に冒険者はわざわざ足手まといと組もうとも、足手まといを勝手に上にあげようともしないさ。あー師弟関係とかだとないでもないけど、そういう場合はちゃんと師匠の方が管理して上げさせないようにするし、ギルドもそういうのは把握してるから問題ない」


 ふむふむ、単純なシステム上の無理は無い、と。

 ならば次の問題はバグチェックである。何だか開発途中のゲームを調べるみたいになってるけど、基本的に人間はシステムの裏をつこうとする人間なのだ。


「無作為に近くの人間が取れるんだったら、他のパーティが戦ってるところに割り込めれば奪えるのでは?」

「おいおい。完全後衛パーティとかならともかく、前衛で直に剣を持って戦ってるヤツより近くに入り込むってか?どんな人間でも、それこそ風殺王でも無理だろうよ。それにそんなことをしようもんなら、ギルドからちゃんと罰則が下る。最悪犯罪者の烙印まで押されかねないだろうさ」

「じゃあその場にいなければどうですか?」

「あん?どういうことだ」


 私はとにかく帰ってくるまでの間暇だったので考えていたことを言い連ねる。


「回収するのはギルドタグなんですよね。だったら倒すところを見計らって投げ込むとか」

「普通にバレるだろ」

「そうじゃなくても、地面に置くとか埋めるとか」

「…知ってて言ってんじゃないだろうな?」


 うん?それはどういう反応だ?


「前者は戦ってる最中に踏まれて壊れたらしい。後者も魔術を撃ち込まれたところにあって壊されたとか言う話を聞いたぜ」

「前例…あるんですか」

「ああ。他にも不正をしようとして失敗した話なんていくつもあるぜ。だから坊主もやめとけ」

「自分じゃしませんよ。あくまで対策のためです。そもそも非効率的すぎるでしょう」


 戦闘と言うのは流動的なものだ。一昔のRPGみたいに一箇所で戦うわけじゃない。そうなれば、事前に仕込んで直に接近してる人間より近くに置くことは難しいだろう。完全に運ゲーだ。唯一最初に言った頃合いを見計らって投げるのは再現不可能ではなさそうだが、言われたとおりにバレる確率が高すぎる。そもそも一回使ったら回収しないと使えない辺りポンコツすぎる。…いや、私だったら魔術で回収できるか。どっちにしても普通に戦った方が早いけど。


「とにかく制度に問題は無いんですね」

「何年ギルドがあると思ってるんだ。問題のある部分は大方改善されてるさ」

「王女の入会は止められないのに?」

「イレギュラーが無ければ止めれてた」

「イレギュラーで問題が発生するなら、やっぱり改善が必要ですね」


 嫌味を言ってきたので皮肉で返してやった。実に文明的会話だ。

 はん、と鼻を鳴らしながらエールを飲む中年男だが、別に怒ってるわけではない。よくある会話の応酬だ。むしろ関係良好と言うべきである。


「とりあえずこれぐらいですかね」

「そうかい。今日もやりにいくのか?」

「ええ。情報は待ってても来てくれないので」


 中年男にそう言うと、飲み終わった紅茶のカップを置いたまま私は立ち上がった。


「結構結構。皆やってることだ。励み給え」

「ローレンスさんが教えてくれてもいいんですよ?」

「悪いな、俺は酒と語り合いをせねばならぬのだ!」


 中年男は悪びれもせずに言うと、声高々とおかわりを注文した。

 その様子に背を向け、私は近くの別の席に移動し始めた。

 これは私が最近やり始めたことで、目的は他の冒険者との交流にある。当たり前だが人間同士の交流や情報の交換は、冒険者にとって命にも等しい価値あるものだ。前世に読んだ小説の記憶で、そういった大事な情報は隠しているものだと考えていたのだが、この世界の冒険者というのはそうでもないらしい。

 基本的に情報は互いにあっさりと交換し合う。そんなに簡単に渡していいのかとも思ったが、交換し合うのだから対価としては相応しい。もちろん新人は教えれる情報が無いのだが、驚くほど先輩方は普通に教えてくれる。つまみとかを要求されることもあるが、ほぼ無償と言っていい。ちなみに私の場合肩揉みなどで代用している。

 というのも理由は簡単で、さっきも言ったとおり情報は命にも等しい価値がある、というか情報によって冒険者は命を拾う。そして一人でも新しい冒険者が増えれば、その分貰える情報も多くなる。特にお付きでついていた後輩からは、無償で教えた分後に低い代償で教えてもらおうと考えてるわけで、やっぱりギブアンドテイクの関係は崩れていない。

 …そして本人たちは決して言わないだろうが、教えないで死なれるのは目覚めが悪いというのもある。簡単に人が死ぬ場所だからこそ、冒険者という生き物は生命の価値を蔑ろにしないように心がけているのだ。お付きの件といい、この世界は冒険者に対してかなり良い環境が整ってるといえるだろう。それでも死ぬものは死ぬのだが。

 ついでに同じ見習いに声をかけておけば、後々パーティになる際に役に立つ。コネというのはいつでも重要なのだ。

 持ち前の対人スキルの活かしどころである。金髪ロールとは真逆で、今こそ重要な時だと身構えながら、私はギルドの喧騒に溶け込んでいった。

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