飴より鞭を!頭で理解できなくても、体は覚えることができるから。
「一体何がいるってんだ」
ぼやく中年男と共に、突っ立ったままの金髪ロールを茂みに隠れるよう誘導しながら私も隠れる。
まぁ隠れきったかなと確信したところで、改めてこっそり金髪ロールが先程指差した方向を見る。
「…おい。ありゃピッグリーダーじゃねぇか」
「あのぶたやろ…こほん。厄介な豚に狼が付いたのか」
私達の視界の先には、金髪ロールが思わず何か変なのと言って、接近を躊躇うのも理解できる魔物がいた。
通称ピッグリーダー。文字通り豚の魔物だが、その姿は異様の二文字に尽きる。
普通に巨大な高さ一メートルはある巨大魔物豚。元の色が分からない黒めの灰色で、変な模様混じっている肌。ここまでは大きめの魔物豚として許容できる。
しかしどうだろう。その体の頭から、人間の上半身みたいなものが出てると言えば、その異様さが分かると思う。しかも人間部分には頭がないし、ゾドム以上に魔物魔物した体になっている。
ケンタウロスの豚版。違うところと言えば豚が頭まで残っているところ、といえば分かりやすいだろうか。もしくは豚に乗った人間が豚と一体化してしまったような感じ。
「逃げるぞ」
中年男の判断は早かった。
「何でよ。周りに狼もいるじゃない。ちょうど四匹。これで依頼達成よ」
金髪ロールの言うとおり、ピッグリーダーの周りには魔物狼が四匹ほど侍っている。…が、金髪ロールの意見は素人のものと言う他無い。
「あのな。お前はリーダー系統の話を知らないのか」
「知らないわ。どうせ人間っぽいのが生えてるだけの雑魚でしょ?」
金髪ロールの言葉に、中年男は額に手を当てて深々とため息を吐き出す。気持ちは分かるよ。分かるから全部任せた。
「リーダー系統は詳しい発生条件は分かってないんだが、幾つか特別な能力があることが発覚してる」
「特別な能力?」
「ああ、まず見た目通り普通の元となった動物系統の魔物より体が大きく、身体能力も高い。大きくなった分遅くなったと思ったら痛い目を見ることになる。それに知能も総じて高く、付近の魔物を統率する能力を持っている」
「魔物の統率ってことはあの狼が?でもなんで狼が豚の指示を聞くのよ?」
「さぁな。基本的に魔物になった連中ってのは力第一主義になるところがある。つまり強いヤツには従うってことだ」
「ふぅん。強いヤツに従う、ねぇ」
その言葉を聞いた瞬間私と中年男は同時にしまった!と心の中で悪態をついた。
だが静止する間もなく、金髪ロールは立ち上がると、剣を抜いていつもの大上段に構えてしまった。
「つまり手強いってことね!いいじゃない!丁度骨のある相手が欲しかったのよ!」
この時点で二つの手遅れが発生した。
一つ目は攻撃準備が整ってる火、雷持ちに触れるのは自分にも相手にも危険であること。
そしてもう一つは金髪ロールの大声のせいで魔物達に気づかれてしまったこと。
「待て待て待て!リーダー系はそれだけじゃなくて他にも特殊な能力が!」
それでも中年男は止めようとしたが、もちろん金髪ロールが言葉で止まるはずがない。
私は彼に先んじて、誰よりも早く前、魔物たちに向かって走り出した。
直後、雷特有の歩法により、身体能力強化の入ってる私の何倍ものスピードで金髪ロールの体が動いた。さすが純正である。
スライドするように移動する雷の歩法。直線の移動だけならばあらゆる移動方法を凌駕するその速さは、まさしく雷撃の如し。私からすれば弱点だらけなのが気に入らないが、さらにそこに火属性の強力な威力が入った金髪ロールの一撃は驚くべき力を発揮する。
十メートルは距離があったのを一瞬で詰め寄ると、その勢いのまま金髪ロールの一撃がピッグリーダーを切り裂いた。三位級と名乗る威力は凄まじく、先程の声を聞いて丁度こちらを向いていたピッグリーダーの豚部分の頭を吹き飛ばした。ピッグリーダーを中心に四方に散らばっていた魔物狼も咄嗟に対処できず、特に奥にいる二匹は未だに事態に気づけていない。
電光石火の一撃。頭部を失った豚部分は、力なく四肢を地面に投げ出し、自重で潰れるようにペタリと倒れ込んだ。
「クソッ!」
それを見て私は走る足に一層力を込めた。
後ろで遅れて中年男が走ってくる気配を感じる。一方ピッグリーダーを切った金髪ロールは、振り向いて回りにいる魔物狼に注意を払う。当たり前の行為で、普段ならば攻撃後に隙を作らなかったと心中で評価を上げるところだが、今回に限っては悪手だ。
手前にいた魔物狼二匹に注意を向ける金髪ロール。その背後に蠢く影があった。
先程中年男が言えなかったピッグリーダーの特殊能力の一つ。
例え上の人間体が殺されても、もしくは下の豚が殺されても、もう片方の部位は問題無く動き続ける。
生き残った人間部分の右手が、固く握られ気づかれないようゆっくりと振りかぶられる。魔物狼達も分かっているのだろう。金髪ロールを挑発するように、すぐには襲いかからない。金髪ロールの方はすっかり釣られて、狼を警戒して真横に剣を構えている。さすがに二匹同時に来るのを縦に裂こうとはしないらしい。
ピッグリーダーの攻撃準備が整った時、状況は動いた。
このままでは間に合わない。一瞬で察した私は、魔術を発動させる。
ポイントは一部分に集中しないよう均等に放つこと。背中の右上、右下、左上、左下。四点から魔術を噴射し、体を前に出す。火や風であればもっと速度が出るんだが、と心のなかで悪態を付きながら、狼達が噛み付くよりも早く金髪ロールに迫る。そうしないと最悪金髪ロールにフレンドリーファイアされてしまうから。
目の前で酷く驚いた顔をする金髪ロールを放って、一気に押し倒す。直後目標を失った三匹の魔物の攻撃が重なり、運悪くタイミングの良かった魔物狼がまとめてピッグリーダーの一撃で吹き飛ばされた。
二匹まとまってたっていうのに、地面に激突してバウンドした後バラバラに分かれて左右に飛び散る。さすがにあの火力はフュージョンしてても生身じゃ出せない。
その様子を確認して、気が抜けないと分かりながらも、とりあえず金髪ロールを守れたことに安堵する。だがそんな私に、思いもよらない方向から攻撃がとんできた。
「邪魔よ」
酷く冷淡に、とんできたゴミを払うように。鋭い蹴りがもろに鳩尾に入った。
―――このクソアマが。
「が、がはっ」
いくら私の身体能力が強化されてるとはいえ、人体として弱い部分は変わっていない。
もんどり打つ私に、後ろから来た中年男が駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「そ、そんなことより向こうを…」
とりあえず現状奥の狼二匹は状況を見守っているらしく、すぐに襲われることはないだろう。最悪襲われても魔術でなんとかできる。
となれば、もちろん今一番危険なのはピッグリーダーと対峙している金髪ロールだ。
「ふん!豚が死んでも生きてるなんてしつこいわね!」
先程の一幕を全て忘れ、中年男が言おうとしていたことも忘却の彼方に放っている金髪ロールは、自分の世界に入り込んでピッグリーダーに向かう。
再び分かりやすく上段に構えると、ピッグリーダーは先程の一撃をしっかり覚えているらしく、全力で体を後ろに反らした。
「無駄よ!」
いや、無駄ではない。
振り下ろした一撃は例のごとく凄まじい威力を誇り、目に見える剣より長い範囲を射程距離に収める。そこまでは意外だったのか、ピッグリーダーの左半身に縦一線の赤いラインが奔る。
だがそこまでだ。致命傷までは負っていない。
私が戦いの中で気をつける要素の一つ。相手の生死を見極めること。じいさんから狩りを習っていた時代から鍛えていた直感が、今の一撃が浅かったことを告げている。
その原因は…身長だ。
いくら剣の腕があると言っても、金髪ロールは齢八歳であり、恐らく同年代の中では高いであろう身長も、成人男性などと比べれば低いと言わざるをえない。そして彼女に合わせた長さの剣も、通常のそれと比べれば短いと言わざるをえない。
元より豚部分だけで一メートルの高さがあり、金髪ロールがいる豚の鼻先より後ろから生えている人間部分。そこからさらに後ろに反れば、足回りが無くなったピッグリーダーでも、ギリギリ致命的な範囲から逃れることができたのだ。
もしも豚面が残っていれば、ピッグリーダーは笑っていただろう。
手のひらを上に。掲げるように上げられた右手の上に、一発の【火球】が浮かぶ。
中年男が言えなかった特殊能力のもう一つ。リーダー系統は魔術を使う。それも無詠唱の。
既に『向こう側』にいる魔物は、簡易の魔術程度なら詠唱をせずに出せる。それ意外の魔術であっても、例の人間には聞こえない帯域の詠唱ですることができる。
本来であれば豚が走り回りながら、上の人間部分が魔術を放つ人豚一体の攻撃。それがピッグリーダーの得意技だ。豚が死んでそれができなくなったとはいえ、人間部分の魔術に問題は無い。
いくら比較的早い方とは言え、大振りな火属性と攻撃の前後に隙を生んでしまう雷属性をあわせた一撃は、致命的な遅延を金髪ロールに与える。
自らの目の前にある死に、初めて目に見えて金髪ロールの顔が恐怖に歪む。
【火球】が発射される。例え簡易な二位程度の魔術でも、その一撃は歪んだ金髪ロールの顔を吹き飛ばすのには十分だろう。
妙にゆっくりと進む時間の中…咄嗟に間に割り込んだ中年男の剣により、火球があらぬ方向に吹き飛ばされた。
心のなかでいいねを送る。あの二人というか、中年男がフォローに入るなら人間体だけのピッグリーダーに負けることはないだろう。
しかし私の安心は再び吹き飛ぶことになる。
「邪魔よ!」
先程のような冷淡なものでなく、激怒したような言い方。恐らく自分の必殺の一撃が避けられ、あまつさえ殺されかけたのがよっぽど気に食わなかったのだろう。
言葉のまま目の前にいる中年男を、金髪ロールは蹴りで横に突き飛ばす。さすがに後ろにまで気を回していなかった中年男は、私と同じような感じで見事に脇腹に入った足に押されて地面に打ち倒された。
突然のことだったが、咄嗟にピッグリーダーは好機と見たのだろう。さっきと同じく体を全力で後ろに反らす…が、いくら金髪ロールでも二度目は無い。
「この豚野郎が!!」
剣を逆手に、槍投げのように構えた金髪ロールが、その構えのまま全力で剣を投擲した。
体を後ろに反らしていたのが今回は裏目に出た。咄嗟に体を動かすことができなかったピッグリーダーは、あっさりと胸を貫かれ、そのまま絶命した。
今度こそ私の直感も彼が死んだことを明確に告げている。
…だが同時に、鍛え上げられた私の六感が警戒を解くなと告げている。
急いで周囲を見渡す。ピッグリーダーは死んだ。吹き飛ばされた二匹の狼も動きはない。ならば奥の二匹は?
見るまでも無かった。現状を好機と見た二匹の魔物狼は、全力で金髪ロールを目指している。
それもそうだろう。現状見た目的に派手で最も活躍したのは金髪ロールだし、何より今は剣を投げ捨てて武器は無い。お供の男二人も当の本人が蹴り倒している。
未だに腹部に違和感の遺る体を無視して、再び【闇噴射】を使うことによって勢い良く立ち上がる。
行動と結果は簡単。挟み込むように襲いかかった魔物狼と金髪ロールの間に、腕を突っ込む。
「ぐぅ!」
さっきも同じようなことを言ったが、いくら強化されてるとはいえ魔物狼の牙を通さないような非常識な体になったわけではない。
たった五歳の細い腕が、魔物狼によって引きちぎれそうになる。噛まれた後は自重で落ちていく狼のせいで、刃のように尖った牙がそのまま腕を切り裂いていくのだ。
「調子に!」
咄嗟に思いついたのは、とにかく落下を止めること。
「乗るな!!」
【闇拳】。突如出現させた巨大な闇の手のひらが、落下していく魔物狼を掴む。
そのまま【闇拳】を握りしめる。ボキボキと骨が折れる音が響き、痛みに悲鳴を上げる魔物狼の口が大きく開いた。
隙を逃さずすぐに腕を抜き取り、後は【闇拳】の握力を高めて一気に握りつぶす。感覚的な手のひらの中で、命が二つ潰えたのが分かった。
今度こそ戦いが終わったことに安堵の息を吐く。もちろん探査の手は怠らないが、周囲に襲ってくるような魔物の影はない。改めて体からも力を抜く。
しかし私の戦いはまだ終わっていない。とりあえずは…。
「おい!大丈夫か坊主!」
慌てて近寄ってくる中年男への対策が必要だ。
実を言うと、骨まで達していた噛まれた傷は、僅かな痕を残してすでに治癒できている。その痕ですら近いうちに消えるだろう。
一般に知られていない闇魔術は、まぁ謎の師匠とか、練習の成果とか言えば少しは誤魔化せる。結局闇魔術は闇魔術であり、誰もそんなものを深く尋ねようとしないからだ。
だがさすがにこの自己回復能力は説明できない。実は噛まれてませんでした、的なことを言ったって血まみれだから誤魔化せるはずがない。痕も残ってるしね。服だってボロボロだし。
一見八方塞がりに見えるが、私はまだ手を残している。実際こういった事態は旅をしている途中にもあったから、対策法は既に身についているのだ。
「大丈夫ですよ。ほら」
下準備を施した私は、あっさりと両腕を中年男に見せた。
「…なんだそれ?」
そこには肘から先がすっぽり闇魔術に覆われている私の腕があった。
「【闇籠手】っていうんですけどね。ほら俺よく素手で戦うじゃないですか。その時のために覚えたんです」
「な、なるほど?見たことねぇけど…、あぁ。でも確かに土系のやつが似たことをしたのを見たことがある」
「それの闇バージョンです。といっても土ほど防御力は無いから、服がボロボロですけどね」
嘘は言っていない。本当のことも言っていないが。
素手で戦うためというのは本当だ。フュージョンモンスターから無理やり知識を奪って覚えたってのも本当だ。そして見た目ほど防御力は高くなく、せいぜい皮装備以下ぐらいの効果しかないってのは本当だ。つまり魔物狼の攻撃を防げるほど硬くない。別に教えてやる必要はないけどね。
地面に散らばった私の血も隠すために魔物狼の血をばら撒いたし、手が血だらけなのは…後で何か誤魔化そう。最悪【闇籠手】は手が蒸れるとかいって洗いに行こう。
雑だけど中年男への対処はこれでいいか。問題は…。
チラリ、と私は視線を関係ないと言わんばかりにそっぽを向いている金髪ロールに向ける。
三回だ。今回私や中年男が入らなければ危険だった回数は三回。その内二回は直に死を感じている。
私を気にして動かない中年男を無視して、金髪ロールに近づいて行く。するとさすがに向こうも無視できなくなったのか、私に視線を向けてきた。
だがそれも一瞬で、ふんっというお決まりの言葉と共に目を逸らした。その目線の先には、金髪ロールが投げた剣が突き刺さったままのピッグリーダーがいた。その足元は潰されたように叩き切られた豚面のせいで、脳漿と血とその他色々の織り交ざった酷い空間と化している。
「そうだ、そこの貴方」
思いついたように金髪ロールは私に指先を向ける。その声と表情には、どこから来るのか全くわからない自信が宿っている。
「アレ、とってきなさい」
そう言って今度は突き刺さったままの剣を指差した。
「草むしりとか、そういう回収するのは得意でしょ?」
…その言葉を聞いた瞬間、私の酷く冷たい部分が判断を下した。
人間、いやあらゆる生物と生物の間で、メリットとデメリットという秤が存在する。生き物と言うやつは多数の事柄をその天秤に乗せていき、最終的に傾いた方の選択肢をとる。
単純な話全てはいかいいえで片付く話なのだ。ロボットの感情だとかいう話があるが、私から言わせれば感情なんてものは、個人によって秤の上に事前にものが乗ってると言うだけの話。夏が嫌いな人は全体的に暑いのも嫌いだろう。虫が嫌いであれば夏が嫌いな人が多いだろう。幼いころに虫に関するトラウマ的事柄があれば虫が嫌いになるだろう。
結局はそんなことの積み重ね。ロボットに感情が無いなんて言うのも、ロボット達のはいといいえの判断が均一化されたプロットの上にあるから。例えば狂信的な人物が作り上げたロボットがあるならば、そのロボットは狂信という心を得るだろう。神を崇めることもあるかもしれない。魂なんてものを知ったせいでもあるけど、私の深くそう考えている。
話がそれてしまった。結論を言おう。私の中にある最も大きな秤は、相手が私を脅かす敵かどうかだ。
そして今、あらゆる事柄を乗せた上で、奴は敵という判断が下った。
守護属性の中年男はまだしも、そもそも中途半端な上に攻撃系の属性である私は、これ以上コイツに関わっていたらこちらの身が危なくなる。なればそれはもう敵だ。そんなやつは味方じゃない。どころか人間として、生物として認める気が起きない。私に危害を加えるなら潰すしか無い。
決まれば行動は早かった。
剣を取りに行くふりをして、金髪ロールに近づく。
直後、私の手が彼女の首を掴んだ。
「ちょ、なっ」
迫る私の手を見て言葉を発したが、それ以上は喋らせない。体格差のせいで掴んだままはきつそうなので、そのまま押し倒して馬乗りになる。見下ろす形になったが、あえて身をかがめて真正面から彼女の目を捉える。
誤解なきよう言っておくが、私は冷静だ。今回だって金髪ロールを殺す気なんて全くない。
しかし経験という最も偉大な説得が通じなかった以上、私はそれ以上のことをやらなければいけない。
脅迫。分からないというのなら、性格が捻じ曲がってでも言うことを聞かせる。
「分かっているのか」
視界の先の少女は強き意志を潜めたまま、怯えきった表情でこちらを睨む。
その表情がいつかの少女…この世界に私を叩き込んだ、初めて私を殺した人間の顔を思い出させる。
「私が死ぬところだったんだぞ!」
私の言葉を聞いた金髪ロールが、驚愕するように目を見開いた。
なんだその顔は。お前のせいで何回私が被害を被ったか。お前にだけは、そんな表情をされる覚えはない。
「お前が下手なことをしたせいで、私が死ぬところだったんだ。分かるか。お前のせいで私が死ぬかもしれなかったんだ!!」
私の再度の言葉を聞いた瞬間、今までの怯えが嘘だったかのように、むしろそれまでの鬱憤を燃料にしたかのように金髪ロールの目に強い意思が宿った。
両手で私の腕を押し返そうとしてくる。さすが火属性持ちというべきか、わりと本気な私相手に、僅かにだが確実に押し返して気道を確保した。
「何よ!貴方が勝手にやったんでしょ!?」
金髪ロールの言葉に、前までの私であったならば、目眩の一つでも覚えていただろう。
だが今はそんなことに拘泥している暇ではない。既にそんな段階は過ぎ去っているのだ。
「だったら助けなんていらなかったと?」
「ええそうよ!私一人で十分だったわ!」
「三回も死にかけておいてか」
「ええ、全く、これっぽっちも危なくなかったわ!だから貴方は勝手に判断を間違えて、勝手に死にかけたのよ!」
いっそのことあらゆる事象を無視してぶち殺してやろうかとも思ったが、精神力を総動員してなんとか殺意を押さえ込む。
話し合い、というか言い合いにおいて相手の土俵で戦うというのは愚かなことだ。
そういう意味においては、金髪ロールは会話の達人だろう。自分ルールという最悪の我の強さによって、条理も常識も捻じ曲げてあらゆる人間のペースを潰し、自分の世界のみで物事を語る。
ならばあえてその法則に則ってやろう。鮫の目の前で海亀が腹を晒すように、既に金髪ロールの弱点は見えきっている。
「だったらお前ならどうしてた?」
怒りで鋭くなっていた金髪ロールの目が、驚愕によって広がる。
「もし目の前に見る限り危険なやつがいたとして、お前はそれを見捨てるのか?」
私は知っている。金髪ロールの冒険者としての根本は、英雄願望でできているということを。
もし自分だったらどうするか。我の強い彼女だからこそ、その質問は弱点となり得る。
「そ、それは…」
「見捨てる?そんなわけないよな?未来の英雄さん?」
…詰めを誤ったと言うべきだろう。
特に意味もなく言った最後の言葉に、金髪ロールは驚くほど食いつきを見せた。
「そうよ!私は未来の英雄!だから強い!だから人を助けることもできる!凡夫の貴方とは違うの!!」
金髪ロールの言葉を聞いていると、段々と頭の中が冷えついていく。
「…へぇ」
その時の私がどんな表情をしていたのかは、私自身定かではない。
「だったら教えてやるよ」
周囲の空気がざわめく。
「強い人間も、特別な人間も、普通の人間も、どれも意外とあっさり死ぬってことを」
金髪ロールを中心に、球体状に無数の【闇弾】が出現する。
「ひっ」
一部は私に隠れて見えないが、事態は察したのだろう。金髪ロールの顔が青ざめていく。
金髪ロールは私の【闇玉】の威力を知っている。普段から使いまくってるから、【闇玉】で生物や魔物の頭を吹き飛ばしている映像は脳裏に焼き付いてるのだ。見た目では分からないが、【闇弾】威力としては【闇玉】より高い。
あえて言っておくが、それでも私は冷静だった。例え抑えきれない殺意のせいで、【闇弾】が何だが砲弾みたいな尖り方をしてるし、音を発するレベルで回転しまくっているがそれでも私は冷静だった。
―――先程までの死の体験で分からないんだったら、もっと直接すればいい。四肢の一本や二本落とせば少しは分かるだろう。
安心して欲しい。城みたいな贅沢なところの光魔術なら、部位欠損ぐらい回復できる。後は中年男を脅して、魔物の攻撃のせいにすればいい。そう見えるように工夫するのも手伝わせよう。
よく考えてみれば、そこまでやったら王城で回復されることは必須。そうなったらさすがにもう外に出て、冒険者になるようなことは自他共にできないだろう。少なくとも他者は絶対に認めない。
ほら、私は冷静だ。ちゃんと事後処理のことも考えてるし、どころかそこから発生するメリットまで計算に入れている。全く正常な思考だ。
金髪ロールの顔は恐怖を通り越して、低血圧で失神してしまいそうなほど真っ白になっている。ここまでできたなら、さすがの金髪ロールも分かってくれるだろう。という訳でまずは利き腕からいこう。
なに、さっきはああ言ったけど、致命傷じゃない限り人体は意外と丈夫にできている。こういうのは得意なんだよ。旅の途中騙してこようとするヤツがいたから、何回か試したことがある。欠点はやりすぎると話を聞く前に人格が壊れることだけど、今回の場合その考慮はいらない。むしろ壊す方向でいこう。なんて楽な仕事か。
周囲を囲う【闇弾】の一つを意識する。その一つだけが回転をさらに危険な速度に変えていく。
さぁ、撃とう…そう思い、実際に行動に移す直前に、脇腹に遠慮のない鋭い一撃が突きこまれた。
どれぐらい遠慮がないって、アバラが砕けるぐらい。誰がやったんだ。相手が私じゃなければ大怪我だぞ。
もちろん横からの一撃によって、私の体は転がる、というよりも吹き飛ぶ。大慌てで周囲の【闇弾】を解除する。あのままだと私まで串刺しだ。
一体誰がやったんだと恨めしい目を向けると、そこには険しい顔の中年男が立っていた。
あ、なるほど。傍目から見ると殺してるようにでも見えたかな。これは失敗。さらに中年男は私と金髪ロールの間に入り込んでくる。
これはもうどうにもできないなと確信すると、特に拘泥はせずに汚れを叩きながら立ち上がった。アバラ?もう治ったよ。
「よくあの中を攻撃できましたね」
それは世間話程度の賞賛だった。実際良くあの檻の中を通したものだ。さすが三位の腕前と言うべきか。
「…何を考えていやがる」
すると中年男は不思議な返しをしてきた。何を考えてるか、哲学的な質問だ。いやまぁ素直に答えよう。
「ただの教育ですよ?」
―――そして私達は国都に帰ることになった。
わがままお嬢様を助けたら、生意気な答えが返ってきた!反応は?
例1、熱血に説教。「お前が危なかったんだぞ!」
例2、冷静に追い詰める。「もし今私達が助けなかったら~~」
例3、行灯系優しい言葉。「君が安全で良かった」
これらの例に習う行動をした場合、お嬢様からの高感度がアップ!その勢いで落としましょう。
悪例
脅す。金髪ロールの恐怖度が30上がった。




