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ニート気質な私、なぜ『俺』はこんなことをやっている?  作者: 米木寸 戸口
幼少期 ギルド編
36/62

二兎追う取らぬ兎の皮算用。

 空に茜色が差し始めた頃。私達は国都に帰って来た。

 え?問題は無かったのかって?―――逆に聞いていい?無かったと思う?

 まずあの直後が大変だった。立ち上がった金髪ロールがそりゃもう怒った。どれぐらい怒ったかって、第二陣を警戒して探査してた範囲から、野生動物がサササーと逃げるぐらい。確認してみたら魔物すら草食系だったら逃げてた。それくらい怒り狂ってた。

 以外なことと言えば、押し倒したことはあまり怒っておらず、折角の魔物との初戦闘を私達だけで終わらせたことを怒っていた。

 個人的にはなぜ押し倒しただのなんだのって話で、押し問答をやらなくて済んだので大変結構。それでも説得にはだいぶ時間を使ったんだけどね。ちなみに九割中年男に投げて私は植物採取してた。時間がかかるように素手で。

 ほら。私って人と争わないようにする専門家なわけで、人との口争いに強い類じゃないのよね。私の最期を思い出してもらえば分かると思うんだけど、怒った人間を宥めたりするのは専門外なのだ。…自分で言ってて若干なんかへこんできた。この話はやめよう。


 宥めた後もまぁ予想通りぐだぐだに終わった。例の如く野生動物は逃げていくし、剣を振り回しながら進む金髪ロールのせいで魔物すら迂闊に近寄ってこない。

 ちなみに魔術も狩りには向いていない。特に魔物相手は魔術反応で気付かれるし、野生の動物相手に撃つには威力が高すぎる。損傷が少ないように刃状の魔術を撃つとかもあるんだけど、その場合急所を狙わないと仕留めきれずに逃げられる。残念なことに動き回る野生動物の急所を狙えるほど、私にスナイプ技術は無い。

 隠密からの一撃ならいけるけど、金髪ロールのせいでそれも不可能。結局あの後の生物系の報酬と言えば、命知らずにも襲い掛かってきた単独の肉食系魔物。そこら辺は嬉々とした金髪ロールがなんだかんだ一撃で仕留めていった。おかげで帰るころにはそこそこ金髪ロールの機嫌も直ってくれた。ちなみに私は植物を採取し続けた。


 ギルドに戻って採取物や倒した魔物などの換金を終えると、私達はギルド内の一席に座った。例のごとく中年男はエールを頼み、金髪ロールは紅茶。私は何も頼まなかった。


「さすが私ね!あんな魔物何か全部一切り!相手にもならないわ!」


 紅茶を頼んでそうそう金髪ロールは嬉しそうに叫んだ。この時間帯は仕事を終えて酒を飲みながら騒いでいる冒険者も多いので、幸いその叫びが周囲に響き渡ることは無かった。

 かなり調子に乗りまくっている金髪ロールだが、一応言うだけのことはある。少なくともあの森の中で、彼女に真正面から戦って勝てる魔物は少ないだろう。一撃目を受け止めれば分からないが、それでもスペックだけは十二分にある。

 これがまともな仲間だったら、私だってまぁ調子にのってるのを諌めたりするんだけど、嬉しいことに金髪ロールとは今日限りの関係。明日には顔も見ない間柄だ。

 嬉しくなった私はここで飲むのもどうかと思ったが、水筒の中に入ってある朝宿屋から貰った水の残りを飲む。もちろんこの世界の水筒に魔法瓶などないので、中身はぬるい。冬だから少しはマシだけど、夏だったら水とはいえ腐ってないか心配する必要がありそうだ。


「あのな嬢ちゃん。確かに今回は上手くいったが、そんな風に調子に乗ってると足元を救われるぞ」


 私は完全に沈黙を決め込むつもりだが、お目付け役である中年男は今後のために金髪ロールの発言を諌める。


「なによ。私の才能に嫉妬してるの?ま、それも仕方ないわね。水属性なんて受け流すだけの属性を持ってたら、私の属性を羨むのも分かるわ」


 もちろんながら金髪ロールの説得は難しい。中年男も大変そうだ。まあ安心して欲しい。それも今日で終わる。


「はん。水属性を後悔したことなんて無いよ。俺が唯一属性の件で羨ましいと思ったのは、『七色』様だけだよ」


 『七色』?聞きなれない言葉が出てきて少しだけ興味が湧く。

 だがそれよりも、その言葉が出てきた途端金髪ロールの顔が分かりやすく歪んだ方が重要か。今までの上機嫌が嘘だったかのようだ。


「…なんで今あの女の名前が出てくるのよ」

「おいおい。第二王女様に向かってあの女は無いだろう。俺たちは『一介の冒険者』なんだぜ」


 何だか含みを込めて言い方だな。

 …もしかして、いやそんなことは無いか。…無いのか?


「ふんっ!」


 金髪ロールは今までにないほど不機嫌そうに顔を逸らす。

 丁度そのタイミングで頼んでいた飲み物が届き、金髪ロールは自分の紅茶を掴むと一気にグイッと飲み干してしまった。

 熱くないのかあれ?と考えたけど、思い出してみれば彼女は火属性持ちだった。

 土属性の人間の守備力が、明らかに物理現象を超えてるように、生物は自分の持っている六属に対して耐性を得ることができる。彼女の持っている火属性の場合、文字通り火に対する耐性や、熱さに対する耐性を得ることが出来る。水属性とかだったら息が長く続くとか、泳ぐのが上手とかだったかな。


「帰るわ!」


 ともかく紅茶の一気飲みをした金髪ロールは、不機嫌なまま宣言するとすぐにギルドを出ていった。

 私はジッと金髪ロールが出ていくのを確認する。


 …よし。計画開始だ。

 私の予定では、このまま金髪ロールの後をつけて、彼女の泊まっている寝床まで追っていく。寝床が判明した後は近くの巡回している兵士にでも教えればいい。そうなれば金一封は私のものだ。ついでに邪魔者を排除できる。

 まさに一石二鳥。私にとって金一封と邪魔者排除のどちらが優先事項か分からないが、どちらにしても一回の行動で二つの結果を得ることが出来る。

 思わず笑いたくなる気持ちを抑えながら、自分もこれで、と席を立ち上がる。

 …しかし。


「ちょっと待て坊主。話がある」


 立ち上がった私にすぐさま中年男が声をかけてきた。まさか出鼻からくじかれるとは。


「すみません。今日はちょっと外せない用事がありまして…」


 まるで新人サラリーマンの断り文句だ。だが私には金髪ロールを追いかけるという使命がある。すぐに行かないと見失ってしまう。


「いいから聞け」


 思いがけず中年男が食い下がってくる。彼はそこまで規律とかに対して厳格な人間とは思えないのだが。

 以外だった私は、中年男の目を見る。そこには狩場で何度か見た、戦闘時の険しい目つきをしている中年男が居た。

 その様子をさらに不思議に思う私だが、どうしても金髪ロールは追わなければならない。私のためにも、目の前の中年男のためにも。


「すみません。本当に今日は用事があって…」


 なので改めて断ったのだが。


「嬢ちゃんのことか」


 悔しいことに、たぶんその時の私の表情は歪んでいたと思う。

 それも仕方ないだろう。突然私の考えていることを言い当てられたのだ。…いや、本当に突然だったか?

 ここで何で知っているのかと尋ねるのは簡単だが、既に会話において先手を取られている。場の雰囲気を完全に持っていかれないためにも、こちらも何か仕掛けなれけばならない。

 なぜこのタイミングで中年男が、私が金髪ロールに対して行動を起こすと考えついたのか。思い浮かぶ理由は一つ。


「彼女のことを知っていたんですね」


 金髪ロールが王女であることを知っていた。思い返せば、中年男は今まで違和感のある発言や行動を何度もしている。つまりそれは彼の前提条件に対して私は何らかの勘違いをしていたということだ。


「ああ。知っていた。それも最初からな」


 中年男の言葉を聞いて、今日は金髪ロールの追跡どころではないなと考える。彼が何を考えているかまでは分からないが、このまま事前の予定通りに動くわけにはいかなそうだ。

 チッ。どうにもこの世界に来てから尽く事前予定を尽く崩される。あの日以来ろくなことがない。

 私は改めて席に座ると、真正面から中年男を見た。


「どういうことか教えてくれるんですよね」

「もちろんだ。そのためにこうやって止めたんだからな―――」


 そこから中年男は、私に彼の情報を教えてくれた。

 『辞めさせ屋』というある依頼を受けた人間のこと。中年男は辞めさせ屋の玄人であること。(そんなことを自信満々に言われても)。今回は王家からの依頼で金髪ロールがギルドに入ろうとするのを辞めさせる依頼を受けていたこと。


「―――んで、報酬が良かったから調子にのって近くにいた坊主まで巻き込んだら、そいつが見えない爆弾だったってわけだ」

「それは知りません。自業自得です。むしろ巻き込まれた自分が一番不幸なので」


 中年男の愚痴をスッパリ切り捨てる。


「ま、それもそうだな。後から聞いたよ。坊主は本当に他所から一人で来たんだってな。それに実力だって昨日と今日で見せてもらった。俺が坊主でも同じ道を選ぶよ」


 やれやれといった感じで中年男がエールをあおる。その姿を見て私は眉を顰めた。

 薄々感づいていたが、この男は苦手な相手だ。高校カースト内において上手く立ち回っていた自信のある私だが、別に私個人の口が上手いとか、何かしらの特技があるといったようなことは無い。あくまで私は争わないようにするのが得意なだけであって、誰かを言いくるめたりすることはできない。最近ではその得意すら本当なのか疑わしいが。

 その点で言えば中年男はまさに世渡り上手の達人であり、口八丁が上手いタイプの人間だ。借金取りに追われてもなぁなぁで抜け出せそうな気配がある。

 まったくもってやってられないと、私も何かを飲もうとするが、何も頼んでいないので飲み物が無いことに気づいた。


「…それで」

「それで?」


 行く宛の亡くなった手をテーブルの下に戻すと、中年男に言葉をぶつける。


「これまでの話は分かりました。昨日俺に出会って計画がオジャンになったのも。だったら今、それから後はどうなっているんですか?」

「…ふむ」


 中年男はエールを机の上に置くと、素早く追加のエールを頼む。口元に付いた泡を服の袖で拭い、酒臭い口を全開にして喋り始めた。


「ははは!さすが坊主だな。よく分かってる。そうだよ。その話をしたかったんだ」


 先ほどとはまた別の意味で顔を顰める。ちなみに私は酒も煙草も嫌いな人間だ。この体になってからは特に顕著で、両者の臭いが充満している夜のギルドは正直しんどい。


「ちなみに坊主はいつ嬢ちゃんのことを知ったんだ?」

「昨日の夜です。お世話になってる宿屋で王女捜索の張り紙があって」

「なるほどな。で、俺が止めなかったらどうするつもりだった?」

「今日中にでも衛兵に明け渡して金を貰うつもりでした」

「ははっ!素直で結構!…止めてよかったぜ」


 止めてよかった?それはつまり…。

 そのことに気づいた私は、思わず声を荒げてしまった。


「まさか彼女をこのままギルド見習いとして扱い続けるんですか!?」

「ああ、その通りだ」


 驚く私に中年男は当然といった様子で頷く。

 問うために上げた腰を席に下ろすと、少しは落ち着いた精神を取り戻して尋ねる。


「なぜですか。ローレンスさんだって彼女の厄介さは分かっているでしょう」

「当たり前だ。中途半端に実力があるというのがなお悪い。だがそれでも事情というものがある」


 平然と答える中年男だが、こちらとしては表面上は平静としていても、内心はかなり必死だ。今日までと思って我慢していたが、アレと最低限一ヶ月共に冒険者活動をするなど、胃に穴どころの話ではない。鬱病になって死んでしまう。


「一体どんな事情があるっていうんですか。一国の王女だから連れ戻すって理由より大事な事情なんてあるんですか?」

「そう慌てるな。まず事情ってのは二つある」


 中年男は手を出し、指を二本立てる。


「一つ目はギルドの事情だ」

「ギルドの?」

「知ってると思うが、ギルドってのは冒険者の過去を詮索しないし、それを理由に冒険者になるのを断ることもしない。唯一の例外は犯罪者だけだ」

「…それってまさか」


 中年男の言葉に悪寒を覚え、顔が青ざめる。


「そうだ。一国の王女ですら例外ではない」


 嘘だろう、と叫びたくなる。


「見習いでも一度ギルドの構成員となった以上、ギルドはメンツの問題で女王だからと言って断ることも、構成員が明け渡すことすら禁止される。坊主みたいな見習いなら可能性はあるが、俺たち正規の冒険者は手を出すことができない」

「そんな…。そんなメンツなんかでこんなことに?」

「今回に限って言えば、むしろ女王ってのが足を引っ張りやがる。どうやったって周りに事情が知れてしまうからな。本来そうならないために俺みたいな辞めさせ屋がいるんだが…」


 恨めしそうな目で見てきたので、テメェにそんなこと言われる筋合いはねぇと殺気を込めて睨み返してやる。すると気持ちを察してくれたのか、中年男は目をそらしてエールを飲んだ。


「そ、そのことは今更言っても仕方がないか。もう一つの事情を言うぞ」

「お願いします」


 中年男は一気に残ったエールを飲み干すと、二つ目の事情を話し始める。


「実はな。俺が辞めさせるのに失敗した後、依頼してきた連中が再び接触してきてな。王女様をそのまま見習いとして扱ってくれと頼まれたんだ」


 ………は?

 あまりのことに一瞬思考が吹き飛んだ。


「つまり国側が認めてるってことですか?」

「その通りだ」

「な、なんでそんなことを!仮にも王女でしょう?なんですか?陰謀にでも巻き込まれたんじゃないでしょうね?そんなのごめんですよ」


 私の言葉に中年男は心底嫌そうに懐から煙草を取り出した。


「先に生まれた二人の王子とは反対に、三番目に生まれたあの王女様はそりゃもう可愛がられたらしい。そうやって甘やかしに甘やかしを重ねた上に生まれたのが…」

「あの自信過剰我儘王女だと?」

「そうだ。ただの我儘王女だったら良かったんだが、そこに冒険者への憧れが入ってしまった。都合の悪いことは重なるもので、王女という立場で護身用って名目で剣の扱いを習うこともできた。驚くことに才能まであった。神様ってやろうがいるならよっぽど喜劇好きらしい」


 最後以外は概ね同意だった。正に天が産んだ誰にも望まれない忌子である。


「そんな王女がよく冒険者になることを認められましたね」

「誰も認めてなんかいないさ。仕方なく、だ」


 煙草に火を付け、音が聞こえてきそうなぐらい深く煙を吸い込む。


「はぁ………。どう城の中に縛ろうとしても、お転婆王女様はすぐに抜け出してしまうのさ。だから自ら外に出ることを諦めるように、心を折る必要があった」

「そこでこっちを見つめないでください。城の人間は何をやってるんですか」

「もちろん止めようとはするが、幼いころから城に済んでて探索心も旺盛な王女に土地勘負けして、愛されてる王女に傷一つ付けようものなら物理的に首が飛ぶ。しかも王女様自身下手すれば大怪我するほどの使い手。誰も止められ…いや一人だけいるか。でもそれだけじゃあまぁ止めきることはできない」

「いっその事鍵の掛かった部屋に幽閉すればいいのに」

「それもやったらしいぞ。どうなったと思う」


 聞きたくなかった。


「そんな聞きたくないみたいな顔するなよ」


 バレてしまった。


「なんでもストレスで怒り狂った王女様が、手当たり次第に周囲の家具を振り回して、壁ごと突き破ったらしいぞ」

「…申し訳ありません。アレが?何を振り回して?何を突き破ったと?」

「いやぁ、天蓋付きのベッドを片手で振り回す姿は正に鬼神だったらしいぞ」


 やっぱり聞かなければ良かった。この世界の住人の頭は確実にぶっとんでいやがる。


「それで、結局どうなってるんでしたっけ」

「ああ。本来は見習いになる前にどうにかするつもりだったんだが、それが叶わなかった以上次の機会に先延ばしにするしかないってことになってな」


 何回そこの話をするんだ中年野郎。


「そうなるとつまり見習い試験終了時だな。まぁ今のままだったらいくらでも難癖はつけれるし、悪いが坊主にも一ヶ月付き合ってもらうぞ」

「…ローレンスさん」

「なんだ?」

「もしかしてかなり責任重大な立場に置かれてます?」

「はっはっは!………今のままだといつ大怪我するか分からんし、下手に注意しすぎると難癖がつけられなくなる。そもそも制御できる自信がない」


 そう言いながら天井を眺めて煙を吐き出す中年男は、なんというか哀愁を帯びまくっていた。

 何となく親近感が沸いた。前言撤回。この人とは仲良くなれそうだ。


 ここで一つ整理をしよう。

 エリザ=クロスロードはイスライ国の第一王女である。

 甘やかされてきた彼女は勝手気侭に育ち、そこに冒険者への憧れが入り込んだ。国の人間はこれを止めることができない。

 彼女のプライドを折ってやめさせるという方法は、第一段階において中年男のミスによって失敗した。中年男の失敗によって、失敗したのだ。私は関係無い。

 次に国、及び依頼された中年男は、金髪ロールのお付き冒険者となり、ある程度意図的に情報を操作することで冒険者見習いのまま正式に採用されるのを阻止しようとしている。

 ここで私は偶然が重なって、金髪ロールと同じく中年男のお付き見習いになってしまったので、この計画に加担するよう申し込まれた。


 …ふむ。ハッキリ言おう。私にメリットが無い。

 どころかデメリットばかり目立ってしまう。特に一ヶ月アレと一緒っていうのが耐え難い。だけどここで計画から抜け出そうとしても、お付きの冒険者がいなくなってしまう。事前の約束だって、中年男が『至らぬ所を注意したら勝手に出ていった』とか言ったら、私の言葉を周りに信じで貰うのは大変だろう。その場合新しいお付きが来なくなり、私の冒険者人生は終わるだろう。ついでにもしかしたら人生もジ・エンドかもしれない。

 酷い話である。詰んでいらっしゃられるではないか。右を選んでも左を選んでも爆弾が隠されてるマインスイーパーみたいだ。

 ―――仕方ない。無いのならば作ればいい。酷くネガティブ思考なポジティブシンキングを経て、私は行動を再開する。


「でも例の見つけたら金一封ってのだいぶ広まってますけど、俺達だけ配慮しても意味ないんじゃないですか?」

「そこは大丈夫だ。既にこの国の兵士には知れ渡ってるから、何かあったら向こうが対処する」

「なるほど。ローレンスさんは無料で兵士の代わりになって、私に対する使いっ走りになったと」

「突然酷い言い方だなおい。使いっ走りじゃねぇよ。それに無料でもない」


 ほう、やはり貰ってたか。

 中年男の失言に思わず頬がにやけてしまう。


「へぇ…で、ローレンスさん。今回の王女様の件、成功したらいくら貰えるんで?」

「な!?な、何の話だ。俺は一回失敗してる身だぞ。報酬なんて払われる訳がない」

「そうなんですか。つまりタダ働きをされていると。それなのにこんな責任重大な仕事を負わされて…仕方ありません。私が助けてあげましょう」


 そう言いながら席を立つ。


「助け…何をするつもりなんだ?」

「いえ。ちょっと今から『あそこに逃げ出した第一王女がいるぞ!捕まえた者は金一封だ!』と叫びながらエリザさんを追い掛け回そうかと」

「やめてくれぇ!!」


 中年男が空のジョッキをなぎ倒しながら、机に上半身をのせて必死に私の腕を掴んでくる。大の大人が子供に向かってそれはどうなのよ。

 何にしても少し楽しくなってきた。


「だってタダ働きでこんなことをさせられてるんでしょう?国のためとは言ってもそこまでやる必要は…」

「で、出てるよ。達成したら金を払うって言われてる!」

「なるほどなるほど」


 最初からそう言えや面倒くさい。

 表面上は笑顔を取り繕って、私は席に座り直す。


「ところでさっきの話ですが、あんな話をされるということは、私に協力しろという話で?つまり私に協力者になれと。今回の依頼を共に達成する」

「いや、別にそこまでは…。王女様のことにノータッチでいてくれればそれでいいかなー、と」

「ほーう。貴方は頼んだりしているのではなく、私に余計なことをするなと命令しているのですか」


 再び席を立つ。

 そして先程と何ら変わらない再現が行われた。


「なんですか、今からエリザさんを縛り付けてでも城に差し出す予定があるんですが」

「悪化してる!?分かった、分かった!三分の一でどうだ!」

「三分の?あーパーティが三人だからですか。素晴らしいですね。まさか依頼対象にまで報酬をあげるなんて」

「おいおい!見習いのお前と違って俺はもしものことがあったら責任を取らないといけない立場にあるんだぞ!?」

「パーティの報酬は均等に割る。おや、どこかでそんな契約をした記憶が」

「それは今のパーティの話であって、この話は俺が受けた別件であって…」


 テーブルに身を乗り出して、渋り続ける中年男の間近に顔を持っていき全力で視線を合わせる。


「どこかの誰かの勘違いで迷惑を被った覚えが」

「それは俺だって色々あったし、痛み分」

「さらに私とは何の関係もない厄介事に巻き込もうとしているどころか、最初は報酬を独り占めしようとしていた先輩冒険者がいたとか」


 喋ってる途中で無理やり言葉を差し込む。

 しばし沈黙のまま、互いに視線を交わす。


「―――はぁ、分かった。半々だ」


 その言葉を聞いて身を離すと、未だに掴まれていた腕をほどいて手を重ねる。


「良いパートナーになりそうですね」

「…お前大成するよきっと」


 中年男の嬉しくない評価を受け流しながら、頭のなかで達成報酬とそれまでの徒労を天秤にかける。

 …うん。もし金を払ってあの金髪ロールがいなくなるなら払うかも。王城の連中も同じような気分だったんじゃなかろうな?


 数々の陰謀を抱えたまま、国都の夜が更けていく。

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