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実直な男の最後の恋の話。

私は実直だけなのが取り柄だと周囲にはよく言われていた。

小さい頃は活発な先の事を良く考えないで行動する子供だったらしい。


その事を言うと友人達は良く信じられないと言う。

それは当然の話で両親が事故で天国に逝ってしまった時に、

私の子供らしい無邪気さはすっかり消えてしまったのだ。

飲酒運転をしていた車に両親が轢かれた時、私はまだ小学生だった。

私の両親は駆け落ちだったらしく、引き取ってくれる様な親戚も居なかった。


施設送りになった私は孤独を埋める様にして、勉強に励んだ。

付け入るすきを周囲に与えないように気を張っていた私は大層優等生に見えたらしい。

学級委員として指名をされて、担任の教師の心証を良くするためにも黙々と励んだ。


学年では常に一桁の順位だったし、中学三年の時には生徒会長まで務めた。

これなら、推奨学金等を利用して高校に行くのも容易いだろう。

そう考えていた時に事件は起きた。

私の優秀さを噂で聞いた人間が養子に来ないかと施設に話を持ってきたのだ。

その壮年の男は如何にも厳しそうな顔立ちをしていて、自分の事を病院の経営者だと名乗った。

彼は結婚をしていたが、子供に恵まれなかったらしく後継ぎとして私を欲しいと言ってきたのだ。

私は一も二もなく、頷いた。

今から考えると不安定な自分の立場への不安や新しい家族への期待があったように思う。


結論から言うと、私が養子に行った先の家はかなり裕福な家だった。

そこで将来医学部に合格する為にもかなり金の掛った塾に通わされた。

塾に通う事は今まで考えられなかったので、素直に嬉しかった。

学校も裕福な家庭が通う私立の学校に入学する事になった。


そこで、私は上手く馴染めなかった。

今まで通っていた公立の学校と友人達とは毛色が変わっていて、何処か品の良さが鼻についた。

それは向こうにも伝わったらしく、自然私は独りで行動するようになった。

学年でもトップの成績を収めていたので、敬遠はされても迫害はされないのが幸いだった。


養子先での夫婦関係は冷めきっており、

義理の父親は期待にこたえるのを常に要求されたし、義理の母親からは複雑な目で見らてた。

学業に夢中になる傍らで、水槽の中で暮らしている様な息苦しさを段々と感じ始めていた。


そんな私の気分転換が海際を散歩する事だった。

そこは潮の流れが速くて、時折行方不明者が出ることで有名な所だった。


幽霊が出ると言う噂があったが私は全く気にしなかった。

その習慣をやめると言う事は私に取って首を吊るのと同じ事だったからだ。


私が蒸し暑い夏の夜に家を抜け出して散歩をしていた時だった。

その女性を見かけたのは。


一瞬、亡くなった母親がそこに居るのかと思った。

だけど違った。

母親が空に昇った時でさえ、こんなに若くないはずだ。

病的なほどに白い肌に腰までつく程の長い黒髪が綺麗なコントラストを描いていた。

目はぱっちりとしていて、やや童顔な所が今は傍に居ない彼女を思わせた。

白のワンピースは海水に濡れた様に体にぴったりと纏わりついていて、その豊満な肢体を露わにしていた。


白い花の様な清廉さと淫靡さが同居した女に私の目はくぎ付けになった。

心臓が早く脈打っているのが分かって、金縛りに合ったようにそこを動けなかった。

食い入る様な眼差しで見ている私に気がついたのか、彼女はこちらに近寄ってきた。


私と目があって、

心底嬉しそうに女は笑って、

そこで彼女の足がないのに気が付いた。

女の白いワンピース越しに海際の景色が見えた。


彼女は酷く冷たい手で私を掴んだ。


そうして、

そうして女は、

私のずっと傍にいてくれないと言った。


急激に寒気を感じた私は彼女の事を力一杯振り払い、全力疾走をして家に逃げ帰った。

鳴りやまない心臓の音が今の出来事が現実の物だと教えてくれた。


走ったせいなのか、

恐怖を感じたからか、

それとも別の物が原因なのか分からなかった。


その次の日から異変は始まった。

何処に居ても視線を感じる上に、後を着けられている気配がした。

真夜中に窓に急に人の手が浮かび、思いっきり叩かれた事もあった。

私物が海水に濡れたかのようにびしょ濡れになった何て事も日常茶飯事だった。


告白しよう。

私はそれが薄気味悪いと思っていた。

しかし、それが名も知らぬ彼女によるものではないかと夢想すると

女が私に執着してくれている証に思えて、喜びを感じてもいた。


それが可笑しい事だときちんと認識していた。

私は将来医者になるべくして、養子にまでしてもらった人間だ。

学校の教師たちの信頼も厚く、成績優秀な優等生であることでも知られている。

何もない所から築いたそれらをこれからも積み上げていくには、

幽霊と思しき女に執心されて喜ぶ何て言う感情は不要の筈だった。


それなのに私は両親が亡くなってから初めてかと思える様な喜びを感じていた。

私は頭が狂ってしまったのかもしれない。

真剣にそう思った。


恐怖心と葛藤しつつも私は女と会いたいと言う欲求を我慢する事が出来なかった。

私は夜遅く家の皆が寝静まったのを確認して、海辺へと向かった。


海岸を歩いていると、女の後姿が見えた。

その姿は頼りなく儚くて、胸が締め付けられるような気持ちがした。

見ず知らずの男に傍にいてくれと言うぐらいだ、彼女がどれぐらい孤独なのか想像するに余った。


その時、私は気が付いた。

この名前すら知らない女に私は恋しているのだと言う事を。

私は振り向いてくれない女に対して、奇妙な切なさを感じた。


私がわざと足音を立てて彼女の元に向かうと、

女は振り向いて、僅かに驚いた様な表情をした。


そうして、

それから私は、

衝動的に女の体を抱きしめようとした。


彼女はそれに気が付き、私の温かな体に縋りついた。

女の冷たい体に私の体温が奪われたがどうでも良かった。


ああ、養子にしてくれた人達への義理も自分の将来もどうでも良かった。

私は今まで灰色の世界を生きていたのだ。

彼女がそれに気が付かせてくれた。

もう一度、その世界に戻るのはごめんだった。


彼女は私と同じになってくれると聞いた。

鈴の様な声に頭がくらくらしながら、私は頷いていた。

女は私の手を引いて、海の深い所まで静かに進んでいく。

彼女がなにを望んでいるかを分かりつつも繋いだ手を離そうとしなかった。


そうして、ゆっくりと海に身を浸らせて行き、

急に深くなった場所に辿り着き、私は海の底に沈んで行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは(^_^) 読ませてもらいました。 悲しい結末ですが、男にとってはある意味幸せだったのかもしれませんね。 「灰色の世界を生きていた」という一節がとても印象的でした。 個人的には、主…
[一言] 灰色の世界を生きてきた男には、この出会いが本当に大事なものだったんですね。 結末を読んで、一番怖いのはこの主人公の恋心だったんじゃないかなんて感じました。 ぞくりとさせられる作品、ありが…
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