第十二話 家族 Ⅳ
ヴァスティナ城は周りを城壁に囲まれ、城下もまた城壁が築かれており、敵の襲撃に対しての構えは万全である。
簡単に越えられない高さの城壁と、敵の攻撃に耐えるため設計された城門に守られ、帝国の城と街は存在している。建国の英雄ラングが、自国が侵略された場合を想定し、国民を守るために築かせた城壁は、今も尚この国を守り続けていた。今は亡きラングの、国を思う意思を体現したかの様に・・・・・。
そのヴァスティナ城の城壁の上には、見張りで巡回している兵士たちが立ち、高さを利用しての警戒を行なっている。
まもなく日も暮れ、陽が西に沈み始めている。辺りは赤い夕焼け色に染まり、城壁を赤く照らす。
「陛下を外に連れ出した日も、こんな夕焼けでした・・・・・・」
城壁の上に、見張りの兵以外の二人の人影がある。
長い銀髪を風に揺らす褐色の肌の女性と、西に沈んでいく夕焼けを見つめ、あの日の事を思い出す男。
見張りの兵たちは、二人ためにその場を離れている。二人だけで話をしたいという、その空気を察したのだ。見張りの兵たちは、二人から離れたところで任に就いている。
だからここには、彼女と彼の二人だけだ。
「陛下が倒れた時、全てを失うんじゃないかって思いました・・・・・・」
「だろうな。私もその場にいれば、そう思っただろう」
「俺は陛下が全てで、彼女に依存している情けない男です」
騎士団長メシアは何も答えず、否定も肯定もしない。
いや、沈黙こそが肯定と言えるだろう。
夕焼けを見つめ、彼女には正直に胸の内を話している。不安を抱え、その原因ともなったあの日の事を思い出し、胸の内を吐露しているのはリックだ。
別に彼は、自分を慰めて欲しいとか、この不安から助けて欲しいとか、そう言う理由で彼女に話しているのではない。どちらかと言えば、愚痴を聞いて貰うに等しい気持ち。
そして彼女には、嘘も隠し事も通用しないため、正直に自分から話してしまうのだ。
本当ならば隠しておきたい事も、情けない己の心も、彼女には話してしまわなければならない。そんな気がして、彼女には話してしまう。
「お前は弱い男だ」
彼女はリックを理解している。ユリーシアやリリカと同じように。
強く振る舞うのは弱さを隠すため。生き方は常に矛盾し、後ろを振り返り続ける。自分の存在意義を求め、存在意義がなければ生きてはいけない。
メシアはそれを知っている。しかし、その生き方を否定しない。
「お前は自分の弱さを知っている。心の弱さもだ。だがお前は、その生き方を自ら選んだ」
「・・・・・・」
「お前が今までどんな人生を歩んできたのか、私は知らない。それでも、その生き方こそが自分に相応しいと思い、後悔しながらもここまで貫いてきた。ならば私は、お前のその生き方を否定しない」
理解していながらも、彼女に己の弱さを指摘されると、胸が締め付けられる。心が痛み、悲鳴を上げ、何処かへと逃げ出したくなる衝動が襲う。
メシアの言葉は鋭い剣だ。その言葉はリックの心に突き刺さり、彼の心を傷つける。
それでもリックは嬉しいと思った。彼女は自分を理解し、だからこそ心に剣を突き立てるのだから。
「私はお前を正しく導く事ができない。本来ならば、その生き方を否定しなければならないが、私にそれを否定する資格はない」
メシアが歩んできた人生を、リックは知らない。
これまでの人生で、彼女が何を見て何を感じ、どんな生き方をしてきたのか。
どうして彼女は、戦う事しか生き方を知らないのか。自由も愛も、たった一つしかない人生すら捨てた彼女の生き方。何が彼女をそうさせるのか、リックは知りたいと思った。
「教えて下さいメシア団長。どうして団長は、この国の騎士になったんですか」
リックは初めて、メシアが騎士になった理由を尋ねた。
知りたいと思ったのだ。彼女が今の生き方を選んだ理由を。
「それを聞いてどうする?」
「わかりません。ただ俺は、メシア団長が俺を理解してくれるように、俺自身も団長の事を理解したいと思ったんです」
「聞く価値もない話だぞ」
「それは団長が決める事じゃなく、俺が決める事です」
二人の間に沈黙が流れた。
リックは真っ直ぐメシアを見つめ続ける。教えて貰うまで退く気はない。
彼女は彼の生き方を否定しなかった。その資格がないと彼女は言った。
どうして資格がないのか。彼女も自分の選んだ生き方に、常に苦悩しているのではないか。ならば彼女の助けになりたい。
自分が彼女に助けられている様に、今度は彼女を、その苦しみから助け出したいと思う。自分の様な弱い人間では、彼女の助けに全くならないかも知れないと、リック自身理解している。
それでも、こんな生き方しか知らない自分だからこそ、彼女を救えるかもしれないと、彼は一歩も退かない。
苦しんでいるならば救いたいのだ。彼女は彼にとっての・・・・・・救世主なのだから。
「・・・・・そこまで聞きたいのならば教えよう」
観念したというように、どこから話すべきかと、メシアは少し思考する。
リックが待つ中、十を数える時間が経って、彼女は口を開いた。
「私は、アビスと言う民族の生まれだ」
「アビス?」
「そうだ。アビスとは、常人を遥かに超える戦闘力を発揮する、少数の戦闘民族だ」
戦闘民族。
その言葉でリックの脳裏に、彼女のこれまでの戦いぶりが思い出せられる。
アビスと言う戦闘民族の事は知らないが、納得してしまった。あの常人離れした戦闘力の正体は、その生まれにあったのだと。
「一人で百の敵を殺し、戦いを恐れない鉄の魂を持つ、大陸最強の戦闘民族。私たちはそう呼ばれている」
この大陸の戦士であれば、誰もが聞いた事のある話だ。
ローミリア大陸のどこかに、人知れず存在している里がある。その里には生まれた時より、褐色の肌の人間たちが住んでいると言う。
その者たちは、常人では真似できない力を持ち、常人離れした体力と身体能力で、どんな敵も粉砕する。人知れず生活しているため、彼らの言う敵とは魔物を指す。
敵は何であろうと倒してしまう。相手が竜であろうとも関係ない。人間が全く太刀打ちできない竜ですら、彼らは殺し尽くしてしまうのだ。
それが戦闘民族アビス。人を超え、戦うために生まれた人類なのである。
「アビスの暮らす里で生まれ育った私は、里の中では最も弱かった」
「なっ!?メシア団長が弱いって、一体何の冗談ですか!?」
「事実だ。里には私を超えた強者がほとんどだった」
リックが驚くのも無理はない。いや、メシアの戦う姿を知っている者ならば、誰もが耳を疑う話だろう。
彼女は二度に渡るオーデル王国との戦いで、たった一人で百を超える敵兵を討ち取っている。帝国や友好国では軍神と呼ばれ、敗北を知らない常勝無敗の騎士。あのレイナとクリスですら、彼女に今まで勝った事がない。
先の戦争でも、一人で一騎当千の戦いを見せ、ジエーデル軍の特殊魔法精鋭部隊カラミティルナの一人を、一撃のもとに切り伏せた。
その彼女が、アビスの中では最弱であったと言うのだ。彼女の力を知っていれば、冗談だと思ってしまうのは当然だった。
「アビスの恥さらしと言われ、里中から忌み嫌われ続けた。仕方ないと思っていた。私が弱いのがいけないのだと。里の皆が正しく、私が間違っているのだと、そう思っていた」
そう彼女が思ったのは、彼女が生まれ育った里のせいである。
戦うという生き方しか教えられず、それしか許されなかった。その里の影響であったのだ。
生まれた時から戦いしか教えられず、己の弱さが、まるで罪であるのかのように教えられて育てば、そう思うのも仕方がなかった。
「・・・・・・俺がもしその里にいて、メシア団長が貶されてたらキレますよ。貶した奴は全員ぶっ殺します」
「私は里で嫌われながらも生きていた。里の中の世界しか知らなかったからだ。外の世界に出ようとも思わなかった。いや、外の世界に興味を持たなかったのは、それだけが理由ではなかった」
メシアを尊敬するリックが、アビスの里の者たちに怒りを燃やすのを無視し、彼女は話を続ける。
「私にはな、弟がいた」
メシアはリックに、初めて己の家族について語る。
真面目な話の最中ではあるが、彼女の弟の存在を知り、かなりリックは嫉妬した。こんな美人で美巨乳でスタイル抜群の姉を持つ、とっても羨ましい弟に滅茶苦茶嫉妬したのである。
「弟は生まれた時から病気がちでな。私が面倒を見ていた。何しろ、父も母も死んでいたからな」
「弟しか、団長には肉親がいなかったんですね・・・・・・」
「父は私が生まれた時にはもういなかった。狩りに出た先で遭遇した竜と戦い、相打ちになったと言う。母は弟生んですぐ、病にかかってこの世を去った。如何にアビスと言えど、人と同じで病には敵わなかったと言うわけだ」
メシアの弟は、物心ついた時からよく病気にかかり、満足に外を出歩く事も出来なかった。
両親がいないため、メシアは一人、畑仕事や狩りをして、弟の世話を焼いていた。弟が食べて生きていけるように、姉であり少女であったメシアは、毎日を弟のためだけに費やしたのである。
「だが弟もまた、母と同じように病で死んだ。その後私は里を出て、外の世界へと旅立った。大陸を気の向くまま旅し、偶然陛下と出会って今に至る」
「・・・・・どうして急に里を出ようと思ったんですか?」
「わからない。その理由が今でもわからないのだ」
弟の死について、メシアは淡々と語る。
そして彼女は言った。どうして自分は、里を出ようと思ったのかと。
「・・・・・何故だろうな。私は弟のために、どうして世話をし続けたのだろう」
「メシア団長は、弟の事をどう思っていたんですか?」
「私が居なければ、簡単に失われてしまう命だと思った。あの子も私と同様に、出来損ないと言われ嫌われていたからな。私が世話をしなければ、誰にも世話をされずに死んでいただろう」
「どうして、その病弱な弟を世話したんですか?それには、肉親だからって言う以外の理由があるはずです」
「理由だと・・・・・?」
目を丸くして、リックの言った言葉の意味を考える。
彼女は思った。自分にとって弟は、一体どんな存在だったのだろうと。この時彼女は、初めてそう思ったのだ。
今まで考えた事もない。自分が弟に何を感じ、弟の事をどう思っていたのか。リックに尋ねられ、ようやく彼女は考えたのである。
「メシア団長の弟はどんな子だったんですか?」
「そうだな・・・、病弱で物静かな子だった。病弱故に友達もなく、家で寝ている事が多かった」
「じゃあ、その弟さんはメシア団長をどう思っていたんですか?」
「今となってはわからない。しかし、嫌われてはいなかったと思う」
「そう思う根拠は?」
「私の顔を見ると、あの子はいつも笑顔を浮かべていた。だから、嫌われてはいなかったと思う」
メシアがまだ里にいた頃。自分と弟のために、彼女は畑仕事や狩りで得た食料で、日々の生活を送っていた。基本的には何もない里で、戦うために生まれた里の者たちの多くは、狩りや鍛錬をして過ごす日々を送っていた。
メシアは皆と同じように過ごさず、弟の世話に日々の時間を費やした。それが皆の癪に障り、アビスの恥さらしだと罵られたりもした。
いつものように畑仕事と狩りを終え、彼女が家に戻ると、彼女よりも八つも年の離れた弟が、彼女の帰宅と同時に目を覚ます。
彼女が帰宅すると、弟は笑顔を浮かべて彼女の帰宅を喜んだ。他の誰かに弟が笑顔を見せる事は、彼女が知る限りなかった。彼女の弟は、彼女だけに笑顔を見せ、よく懐いていた。
メシアは思い出す。弟と過ごした里での時間を・・・・・・。
「全部わかりました」
「なに?」
それだけで十分だった。
彼女が何を弟に感じていたのか、リックにはわかる。
「弟さんはですね、メシア団長の事が大好きだったんですよ」
「何故そう言い切れる」
「だって弟さんにはメシア団長しかいなかったんです。あなたが彼の世界の全てで、里で唯一、自分の事を守ってくれる存在で、血の繋がった姉だったんです。だから弟さんは、あなたが大好きだったに決まってる」
「だが-----」
信じられず、彼の言葉を否定しようとするメシア。
しかしリックは、その否定を許さない。
「そしてメシア団長。あなたは、弟を愛していたんです」
「!?」
どう言う事なのか、彼女は理解できず苦悩する。
少し考えれば簡単な話だろう。だが彼女は、不器用で鈍感な女性だった。
「弟さんが愛おしくて仕方なかった。たった一人残された肉親で、里で唯一あなたの味方だったんですから、愛おしく思うのは当然ですよ。でも、弟さんは死んだ」
「・・・・・・」
「弟さんが死んだ時、あなたは全てを失ったんです。だからメシア団長は里を離れた。もうそこで生きる事に意味は無いし、里に残っていると、大切だった弟の事を思い出して、苦しんでしまうから」
どうしても彼女はリックの言葉が信じられない。だから彼女は、何も答える事が出来なかった。
しかし彼女は、不図してある事に気付く。
「お前に一つ、言わなければならない事がある」
「何ですか?」
「お前に与えたリックという名は、私の弟の名前だ」
「!!?」
今度はリックが衝撃を受ける番だった。
リックという名は彼女に付けられた名だ。業火戦争時、この先不便がないように彼女が付けた名である。
今までリックは、この名前が彼女に適当に付けられた名前だと思っていた。まさか、彼女の弟の名だと知る由もなく。
そしてメシアは、全てを悟った。
「私はお前にリックという名を与えた。お前を見て、どことなく弟に似ていると思ったのが理由だ。だが、今思えばそれだけが理由でなかったとわかる」
「愛してた弟さんの事を・・・・・・忘れられなかったからですね」
「そうだ。私は弟を・・・・・・リックを愛していたんだな」
思い出す、弟と過ごした日々。
リックという名の、たった一人の弟と過ごした時間。あの時彼女は、全てが満たされていた。
「リックが死んで、私は悲しかったのか。悲し過ぎて、弟の死が信じられず、里には居たくなくなった。もう何もかもがどうでもよくなって、里を飛び出したのか・・・・・・」
「メシア団長・・・・・・」
ようやくメシアは知った。
これが、愛という気持ちなのだと。
「そうなのか・・・・・・、この気持ちが愛だったんだな。ふふふ、私はとんだ馬鹿者だ」
全てを理解し、愛を知ったメシア。
彼女はリックを抱きしめた。今まで何度も彼女の温もりに包まれ、心を癒された事があるリック。優しい抱擁である。自分の胸にリックの顔を埋め、微笑みを浮かべているメシア。
前触れなく抱きしめられ、嬉しさと恥ずかしさに顔を真っ赤にするリックは、彼女の胸の中で興奮を隠しきれない。
「リック、頼みがある」
「はっ、はっ、はい!?」
「今だけ・・・・・今だけは私の弟であってくれ・・・・」
優しく抱きしめ、彼を包み込む。
その姿はまさに、女神だ。
「あなたが・・・・それを望むのなら」
「すまない」
メシアは姉に戻る。もう一生、戻る事はないと思ったその存在に。
抱きしめている男を、永遠に失われてしまった自分の弟だと思って・・・・・・・。
「リック・・・・・愛している」
抱きしめた彼に、彼女はそっと語りかけた。
「私のたった一人の弟。私はお前が愛おしかった・・・・・。なのに、どうしてお前は・・・・・」
もしも彼女のリックが生きていたのなら、今のリックと同じ位に成長していたのだろう。
二人のリックは、見た目こそ似てはいない。それでも彼女には、二人はよく似ていると感じた。
その理由は簡単だ。二人のリックは、メシアが好きだという点で共通していたのだ。
「もう、離しはしない。私を一人にするな・・・・・」
姉に戻った彼女は、今は亡き弟に想いを伝える。
ずっと言えなかった、ずっと気付かなかった、その想いを乗せて・・・・・。
「・・・・・・私を愛してくれて、ありがとう」
思いを口にして、別れの言葉と正直な気持ちを告白し、彼女は本当の別れを告げる。
抱擁を解き、弟の代わりとなったリックを解放する。全てを告白したメシアは、名残惜しむ事なく抱擁を解いた。
「すまなかった」
「いえ・・・・・・。もういいんですか・・・・・?」
「ああ。お前のおかげで心が晴れた」
微笑みを浮かべていた表情は、いつもの寡黙な表情へと戻る。
彼女はアビスの里に生まれた姉から、帝国の騎士団長へと戻った。
「礼を言うぞリック」
「お礼なんて・・・・・」
「そろそろ私は城に戻る。まだ仕事が残っているからな」
寡黙な表情を見せながらも、どことなく晴れやかで、満ち足りている。礼を述べた彼女は、リックに背を向けてその場を後にする。
彼女がこの場を離れたのは、本当に仕事が残っているからだ。一人この場に残されたリックは、沈みかける夕陽を見つめる。
(リックっていう名前は、メシア団長の弟のなのか・・・・・・)
彼女に一瞬で付けられたこの名前。彼女が自分にこの名前を付けた理由。それは、もうわかってしまった。
彼にとっては、知りたくなかった真実だ。
「じゃあ俺は、メシア団長の弟の代わりってわけか・・・・・・」
彼女は彼に世話を焼いた。鍛錬に付き合い、様々な事を教え、今日まで彼を育て上げてきた。
彼が苦しんでいた時は、彼女が支えてくれた。メシアはリックを守り続けてきた。だがそれは、長門総一郎を守っていたのではない。
愛した弟に似ていると、そう感じた男を、弟の代わりとして守っただけなのである。
「はは、教えるんじゃなかった・・・・・」
メシア団長の微笑み。抱きしめられて感じたその温もり。
思い出す全てが、今の彼には痛みとなる。
(でも、俺が弟の代わりになって、メシア団長の支えになれるなら・・・・・・)
彼も気付く。自分がどうしようもない程、彼女を愛してしまった事に。
たとえ彼女が、自分ではなく亡き弟を愛し続けていようとも、それが彼女の幸せになるのならば、弟の代わりだろうが何だろうが・・・・・・。
「愛してました、メシア団長・・・・・・」
彼は夕陽を見つめ、抱いていた思いに別れを告げる。




