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第一話 初陣 Ⅷ

「戦え、帝国の騎士たちよ!我らの敵を討ち滅ぼせ!」


 第一軍と戦う、メシアたちヴァスティナ騎士団の突撃は、つい先程停止してしまった。オーデル軍第一軍は混乱から立ち直り、ようやく反撃に転じてきたのである。

 反撃をしてくるには、こちらがあまりにも一方的に戦った後だけに、オーデル遠征軍の兵士の質の低さは、致命的であるとわかる。しかし、質の低さを大軍で補っているため、如何にこちらの騎士が精強でも、奇襲部隊四百人の我が軍と、遠征軍第一軍一万人とでは、質で数を上回ることは不可能である。

 だがこの奇襲の目的は、質と奇襲で勝利することではない。そのため、敵の反撃が始まったからには、包囲殲滅される前に後退しなければならない。


「全軍、後退せよ!」


 その声を聞いた部隊全軍は、目の前の敵と距離を置き、即座に後退を始めた。迅速にかつ統率を乱すことなく、第一軍の中心にまで突撃していた奇襲部隊は、包囲される前に後退しようと動き出したが、メシアを含めた百人ほどの騎士は殿となり、後退しつつ敵軍と戦い続けた。

 この戦いで、誰よりも多くのオーデル軍兵士を討ち取っているメシアは、戦いが始まってから、常に最前線で戦い続けている。そんな彼女は、未だかすり傷一つなく、息も切らしていない。

 常人では考えられない戦闘力と体力を持っている、帝国騎士団長が健在であるために、奇襲部隊であるヴァスティナ騎士団は、その士気を失うことがない。

 メシアの武は、尚も最前線で振るわれる。槍を前に突出し突撃してきたオーデル兵士は、盾を使って槍の突きを正面から弾き返し、体勢を大きく崩したその兵士の懐に入り、剣で胸を一突きしてさせる。

 その光景に怯まず、何人かのオーデル兵士が、剣や槍など皆それぞれの得物を持って、メシアに襲いかかる。怯まないのは彼女も同じで、繰り出された攻撃を避け、または受け流し、先程までと同様に、オーデル兵を斬り捨てていく。

 この戦場で、彼女ほど多くの命を奪い、彼女ほど武芸に優れた人間は、存在しないだろう。銀色の髪をなびかせて、どんな状況でも臆さず戦い続け、決して敵に背を向けることのないその姿は、まさに軍神と呼ぶに相応しいものだ。

 オーデル軍は、始まりから先頭で戦い続けている騎士団長に恐れを抱き、少しずつ後退っているが、後退を始めたヴァスティナ軍を見て、どうにか士気を取り戻しつつある。何故なら、オーデル兵士たちから見れば、その後退は、こちらに敵わずとみて逃げ出しているようにしか見えないからだ。

 そして帝国騎士団には、オーデル軍第一軍が、こちらに追撃をかけようとしていることは、もうわかっている。


(計画通りか)






 出撃準備が整う前の作戦会議時、メシアと宗一を含めた十数人の騎士と兵士たちは、ヴァスティナ領の地図を広げ、現在のオーデル軍の所在を確認していた。

 オーデル軍本隊の位置を確認することは、この作戦において最重要であり、それぞれの指揮官たちと、全体で話し合う必要があったのだ。


「オーデル軍の本隊は森林から離れたこの地点にいます。それを守っている軍勢が邪魔なんですよね」


 指で地図を指し示しながら説明する宗一の話を、メシアたちは真剣に聞いていた。

 オーデル軍には本隊の他に、攻撃の主力である軍勢が先頭にいる為、どのようにしてこれらを攻略するかを、彼女たちは聞かされていない。指示されたことは準備であり、そのために非戦闘員の国民までも導入した。準備に国民も総動員するように指示したのも、当然だが宗一である。

 だが、未だ誰にも、作戦の内容が見えない状況なのだった。


「まず騎士団長が精鋭を率いて先頭のオーデル軍に奇襲をかけます。その後に敵の反撃が開始されたら、直ちに全軍を後退させてください」

「わかった」

「こちらが後退すれば敵は追撃をかけてくるはずですから、後退しつつ敵軍を釣り出してください。やれますか、騎士団長?」

「問題ない」

「ちょっと待ってください!?」


 慌てて兵士の一人が、信じられないものを見た様な、驚いた表情で宗一に進言しようとした。この兵士の言おうとしていることが、宗一には予想できてはいたが、兵士の疑問はメシアを除く全員の疑問であるため、敢えて何も言わなかった。


「参謀殿、一万はいる軍勢を簡単に釣り出せるわけありません。それに、敵が確実に追撃してくる保証が何処にあるというのですか?」

「こちらは少数、あちらは大軍だ。奇襲さえすれば、それが成功しようが失敗しようが追撃はかけるはずです。何故ならこちらは、敵にとって簡単に叩くことのできる規模なんですよ。よっぽど慎重な指揮官がいない限りは、奇襲された報復のために追撃をかけるでしょう」

「私も同じ考えだ。もし追撃をかけてこなければ、こちらでかけるようにすればいい」

「しかし・・・・・・」

「わかってください。我々は敵を引きつけなければ作戦自体が破綻するんです。そしてこれは作戦の第一段階で、第二段階は先頭の敵軍のすぐ後ろに控えてる軍勢を引きつけるものです」


 オーデル軍第一軍は最も兵力が集中している為、これに奇襲を行えば最大の激戦区になることは、ここにいる誰もがわかっている。当然のことながら、それによってどれほどの損害が出るのかも考えている。

 正確な数の予測はできなくとも、少数の軍勢であるヴァスティナ軍は、大損害を被るであろうことを、誰もがわかっているが反対できない。

 理由は、自分たちでは、妙案と呼べる作戦が考えられないからだ。目の前の参謀になったばかりの男は、帝国を救うための作戦を考え出した。そして、ヴァスティナ帝国軍の軍事の、事実上最高指揮官である騎士団長から信頼を得ている。

 不安や納得のいかないことはあるが、それでも誰もが、この男に未来を賭けるしかない。反対など初めからできないのである。

 意義を申し立てた兵士も、反対しようとした意思を抑え込み、宗一の次の言葉を待った。


「第二段階は第二軍と言える敵のこの軍勢を動かします。そのために、地図にあるこの山になるべく大勢の人間を集めてください。兵士も国民も関係なくです」


 これには、周りに大きな動揺が瞬く間に広がった。宗一は今、戦いに関係ない人間を戦場に置くと言い出したのだ。

 誰もが意義を唱えようとしたその時、メシアは一言、「待て」と言って彼らを制止させる。宗一にも、このような反応があるだろうことはわかっていたが、どうしても、この第二段階は必要なものだったのだ。


「皆さんの反対はわかりますが、何も武器を持って突撃させるわけじゃないですよ。集めた人員にはこの山に登って貰って、沢山の松明を持って貰います」

「なるほど、松明の火を使って敵に大軍が現れたように見せるのだな」

「その通りです騎士団長。ここに大軍が現れれば、敵はこれに対抗して軍勢を動かします。そうすれば、オーデル軍第一軍と第二軍を完全に引きつけた形になります」


 暗闇に覆われた夜の中では、光は大きく目立つものだ。集めた人間たちに光るものを持たせる。ここで用意できるのは、松明の火の光のみなので、それを両手に持たせれば、火が二つ灯ることになる。それが一人なら二つの火、十人なら二十の火になり、百人いれば二百の火が生まれる。

 それを、手だけでなく背中に背負わせるなどして、一人の人間に多くの松明を持たせるようにすれば、指定された地点に立っているだけで、遠くからそれを見たオーデル軍に、大軍が現れたように見せられるのだ。

 勿論、これは子供だましのようなもので、冷静に考えれば、すぐに気づかれてしまうかも知れないが、作戦の次の段階のためには、第二軍を動かす必要がある。

 口には出さないが、策を見破った第二軍が囮の部隊に進撃し、国民たちを蹂躙する事態になったとしても、敵本隊から距離をとってくれさえすれば、宗一の作戦は予定通り進行する。


「ここからが最も激しい戦いになる段階です。よく聞いていてください。これで帝国の命運が別れます」


 メシアを除いて誰もが戦慄した。それは宗一の言葉にではない。

 命運が別れると言っておきながら、楽しそうに邪悪な笑みを浮かべているその男の、わけのわからない恐ろしさにであった。






 作戦会議での第一段階と第二段階は、順調に進行している。松明を持った囮部隊は、出撃時に従軍させた帝国国民と、それを指揮する兵士たちによって構成されており、大軍が現れたように錯覚したオーデル軍は、第二軍を動かして牽制に当たらせた。

 後退しているメシアたち精鋭騎士団は、当初の予定通り、第一軍を追撃させている状況にある。殿として、後退しながら戦っているメシア自身は、敵の追撃がこちらに追いつかないように、尚且つ追撃を断念しないよう、考えながら慎重に戦っていた。

 彼女の力量ならば、敵兵が恐れおののくほどの獅子奮迅の戦いができることを、騎士たちは知っている。しかしそれでは、敵軍を引きつけた意味がない。

 メシアもそれがわかっているため、敵兵がこちらを恐れて追撃を止めないよう、功を焦るなどして、前に出過ぎた敵兵だけを討ち取っている。相も変わらず、その動きに無駄はなく、疲労も感じさせず、流れるような剣の一閃で斬り捨てていった。


(そろそろだな)


 宗一の作戦では、引きつけた先に次の段階がある。そしてその段階は、もう実行されようとしている。

 第二段階である囮部隊の状況は、メシアたちには、成功しているのかどうかわからない。連絡が取れるわけではないため、第二軍の誘いがどうなっているか気にはなるが、彼女たちは、第一軍の引きつけが任務であり、それに全力で取り組む他ない。


(囮部隊が成功していれば)


 囮部隊のための人員集めは、宗一とメシアの二人で行った。それは作戦会議の後に急いで行われたが、こちらから出向かなくとも、向こうから人員は集まってきた。

 帝国国民の多くは、この国を守るために、自分たちにも何かできないかと、メシアの前に集まり訴えでてきたのだ。そして宗一は、集まった国民のその純粋な心を利用した。

 国民たちの前で宗一は、女王の降伏条件を話したのだ。メシアにとっては知っていることであったが、この降伏条件は、多くの人間は知らない事実であった。

 帝国の人間の多くは、国を良く治めている女王を愛している。それを感じ取っていた宗一は、降伏条件が女王の命と引き換えという、この話をすることで、国民全体の怒りを煽った。

 このままでは、自分たちが愛している女王が死んでしまう。そのことを理解した人々は、怒りに奮えて、立ち上がる決意を固めた。そうして、囮部隊のための人員を確保したのだ。

 集まった人員は二千人を超え、多くは囮部隊になったが、その中でも力仕事ができそうな者たちは、帝国軍本隊の物資輸送にまわった。大人数の必要な物資輸送があったためだ。


(後は祈るのみか・・・・・・・・)


 次の段階には、大人数が必要だったこの物資が重要であり、これが正常に機能するかが、勝敗を分けると言っても過言ではない。

 今までの段階は、現場での修正をかけることが可能な範疇であったが、これの失敗は、即敗北を意味してしまうことを、誰もが理解している。誰もが、成功を祈りながら戦っていた。

 そして、オーデル軍第一軍を予定の地点まで誘い出すことに成功した。時は来た。


「今だ、銅鑼を鳴らせ!」


 メシアの号令とともに、夜の闇の中に音が鳴り響く。その音は、鉄のようなものを叩いた、大きく五月蠅い音で、それを何人かの騎士が、一斉に鳴り響かせた。騎士たちは、鉄製の打楽器である銅鑼を叩き鳴らしたのだ。

 それまで、戦いに集中していた両軍の兵士は、お互い違った反応を見せることとなる。

 ヴァスティナ軍はそれまでの誘う後退を止め、全力でその場から逃げ出したのだ。対してオーデル軍は、五月蠅く鳴っていた銅鑼の音を合図に、逃げ出したヴァスティナ軍を見て、一体何が起きているのか理解できず、追撃の足を止めてしまった。

 全力の速さで、突然逃げたヴァスティナ軍。追撃を止め、状況を確認しようとするオーデル軍。

そこで初めて、オーデル軍は誘い込まれたことに気が付いた。

 ここは森の中。となれば、伏兵などの待ち伏せ攻撃がされるのではと、考え始めたオーデル兵は、味方同士の間隔狭めて周りを警戒する。しかし何も起こらない。

 今まで戦いに集中していたために、全く気が付かなかったが、足元の草が妙に滑りやすい。それだけでなく周りの木々に、滑りけのあるものが塗られているのだ。その正体を確認しようと、それらを手で触り臭いを嗅ぐ。

 臭いは誰もが知っているもので、正体がわかったオーデル兵の一人が呟く。


「油か・・・・・?」


 足元の草と木々に塗られていたのは油だった。だが何故、油がこんなところにあるのかが理解できない。

 その答えはすぐにやってきた。


「放てぇーーーー!!」


 突然聞こえてきた号令の後、先端に赤い火を灯した、大量の矢が真上から降り注いだのだ。火矢の雨である。

 ヴァスティナ兵たちによって、山なりに放たれた火矢は、真上など全く警戒していなかったオーデル兵たちは、次々と胸や頭に火矢が刺さり、餌食となっていった。

 だが、これだけでは終わらない。オーデル兵に当たらなかった火矢は、そのまま地面や木々に刺さっていく。そうして刺さった場所から、油を燃料にして、小さな火が大きな炎となって燃え広がっていたのだ。炎は瞬く間に周りを覆いつくし、オーデル兵に対し、まるで意思を持っているかのように襲いかかった。炎はオーデル軍だけに襲いかかるように広まっていったのだ。

 ヴァスティナ軍が攻撃をかける前、風向きは変わり、オーデル軍へと風は吹き始めた。その風が炎を揺らし、勢いを与えて、オーデル軍に対し、炎を襲いかからせているのだ。

 突然の火矢の雨と、燃え上がる炎に、大混乱に陥ったオーデル軍第一軍。まだまだ、これだけでは終わらない。

炎に怯え、逃げ惑うオーデル兵たちは、当然だが、炎に巻かれないよう、火のまわっていない後方へと下がって行く。そんな兵たちの真上から、それは突然やってきた。

 星の光が煌めく夜空に、似つかわしくないものが現れた。夜空は月と星の光しか無いはずだが、いくつもの大きな火の塊が現れ、真上から降り注ぐ。見ようによっては火の玉とも言えるそれは、いくつかは、火の玉が現れたことを気付かずにいた兵に直撃し、真面に頭部に受けた者は、骨ごと頭を砕かれ絶命し、兵を逸れて当たらなかった火の玉は、地面に落ちて、破砕音とともに砕け散った。

 火の玉が砕け散る。火の玉が砕け散るなどおかしな話だが、それは火の玉などではなかったのだ。

 空から降り注いだそれは、炎を纏った木製の樽だった。樽に燃えやすいよう藁などを巻き付け、それに火をつけた物を、ヴァスティナ軍が降らせたのだ。樽の中身はいっぱいに詰めた油であり、地面に落ちて砕け散ると、油が周りに飛び出し、それが引火して広範囲に火の手を広げていく。

 そのような樽を、敵軍の真上に降らせることなど、人間には不可能なことだが、ヴァスティナ軍は、樽を空へと打ち出す道具を用意していた。


「業火か」


 何もかも呑み込んでいく炎を見ていたメシアは、地獄の業火とはこういうものだろうかと思った。 大人数で輸送が必要だったものとは、大量の油入りの樽と、それを打ち出すための投石器である。 敵軍を引き付けた後、合図とともに、予め油を撒いておいた場所へ、火矢と投石器を利用して打ち出した、火のついた樽を降り注がせ森ごと燃やす。

 全て計画通りとなった。


「全軍反転!オーデル軍を駆逐せよ!!」


 勝利を得るため。侵略者から祖国を守るため。

 ヴァスティナ軍精鋭騎士団と、後方に待機していた残りの部隊は、燃えさかる炎を恐れることなく、雄叫びを上げて突撃して行く。混乱している今こそ、攻撃をかけて壊滅的な損害を与えるためだ。この瞬間から彼らは、奇襲部隊ではなく殲滅部隊となった。

 これより彼らは、己の血の一滴まで絞り出し奮戦するだろう。それはメシアとて同じことで、冷静を装っていても、滾る闘志が彼女の足を戦場へと進ませる。

 彼女は戦いこそが全てなのだ。戦いの場は、敵の大軍と燃えさかる炎で、この上なく過酷なものとなっているが、寧ろそのような状況が彼女を滾らせる。

 メシアは感謝していた。敗北ではなく勝利を得ることができる、この戦いの場を。この戦場を用意し、彼女をこの場に立たせた宗一に感謝した。

 信頼して参謀を任せたのは間違いではなかったと、この時彼女は改めてそう思った。






「作戦の第三段階は敵軍に決定的な打撃を与えます。今準備させてる投石器と樽と大量の油、これを使って森ごとオーデル軍を殲滅します」


 その場の騎士や兵士たちの多くは耳を疑った。今挙がった物で、一体何をしたら森ごと敵軍を殲滅などできるのか、想像できなかったのだ。だがメシアを含め、一部の兵士は宗一の思惑に気づいていた。


「火計だな」

「その通りです騎士団長。あらかじめ森に油を撒いておいて、火矢で攻撃して火をつけます。それだけだと足りないので、火をつけた油入りの樽を投石器で打ち出し、火災を大きなものにするつもりです」

「第一軍は壊滅できるな」

「囮部隊にも火矢と油を使わせて第二軍に同じ攻撃をかけさせます。これでオーデル軍主力の第一軍と第二軍は炎で壊滅できるはずです」


 宗一が奇策を閃いた、あの木製の樽の中身は油だった。祭りでもして、大量の揚げ物を作るのかと言わんばかりの量があったが、これだけの量があっても、足りないかも知れないと考え、兵士たちに城下中を駆け回らせて、更なる量の油を準備させている。

 想像上では、これでオーデル軍の大半を炎に呑み込ませることが可能だと、宗一は考えていたが、当然周りからは反対の意見が出る。反対の内容は、成功する確率を疑問視するものや、ヴァスティナの自然溢れる森林を燃やすなど、あってはならないなどと言った内容だった。

 それらの気持ちは宗一も理解している。だがここで納得して貰わなければ、作戦の成否に関わるため、反対意見を考慮することはできない。


「反対意見は当然ですが、良いんですか?この作戦以外にオーデル軍に勝てますか?」


 周りの兵士たちは押し黙る。彼らもそのことを理解しているのだが、わかってはいても、帝国のことを何も知らない参謀の命令を、聞き入れたくはないのだ。


「聞け、兵士たちよ。お前たちの気持ちは理解している。この男を信用できないならば私を信じろ。作戦が万が一失敗したならば、私が責任をとる」

「騎士団長?!我々は決してそのような!」

「作戦失敗の場合、私は自害する」

「っ?!」


 この場にいる誰もが驚きを隠せず、誰もがメシアの覚悟を信じられなかった。

 当然宗一もメシアの覚悟が信じられず、一番に口を開いて反対しようとした。だが言えなかった。言ってはならなかったのだ。

 メシアは、自分が責任を持つとこの場で宣言することによって、全体を納得させ、反対意見の出ないようにするつもりなのだと、理解したからだ。騎士団長である彼女が責任を持てば、誰も反対などできるわけはなく、全体を一枚岩にして、士気を低下させることがなくなるはずだ。

 彼女の考えを理解できたが、宗一はどうしても、その責任を持たせたくはなかった。作戦を考えたのは自分であり、責任は自分にある。彼女にこれ以上、負担をかけることをさせたくはなかったのだ。

 宗一のことを信頼し、自分と騎士たち全ての命を預けさせるメシア。彼女には全ての面で助けられている。自分の心の支えであり、この世界でユリーシアと同じほど、自身にとって大切な存在である。そんな彼女にこんなことで、命を懸けさせたくない。


(考えはわかります・・・・・。自分を利用しろと言いたいこともわかりますよ・・・・)


 反対したくとも、何も言う事の出来ない宗一に、メシアは微笑んで見せた。

 信じているぞと、その微笑みは語っている。彼女の覚悟のためにも、迷うわけにはいかない。


「わかりました、騎士団長」

「そうだ。それでいい」


 彼女の覚悟を利用し、反対意見を止める。当然のことではあるが、彼女に忠誠を誓う騎士たちは、宗一のことを恨むだろう。騎士団長に自らの責任を押し付けた、卑怯者と彼らの目には映るからだ。

 だがどんなに恨まれようと、ユリーシアのため、宗一を信頼するメシアの覚悟のために、ここで恨みが怖くて、引き下がるつもりは宗一にはなかった。


「これよりも良い作戦が思いつかない以上、この作戦に対する反対意見は今後一切受け付けません。ここにいる皆さんも含めて全軍に命令します」


 その言葉とメシアの宣言で、この作戦に対する反対意見は完全に停止した。

 こうして宗一の考えた、「焼夷弾作戦」は決行されることとなったのだ。


「では、この火計の後の段階について説明します」


 火計だけで終わると誰もが思っていた。何故ならこれが成功すれば、多くてオーデル軍の半数近くの兵力に、大損害を与えられるはずだからである。こちらも、かなりの損害を受けることになるだろうと考えられるから、この攻勢で全力をかけ、オーデル軍を退却させるのだと考えていたのだ。

 しかし宗一の考えは違っていた。


「こちらの戦力は圧倒的に少ないです。オーデル軍の第一軍と第二軍を殲滅できても、第三軍だけで我々は壊滅させられてしまいます。増援が来る可能性もありますし、ここで確実に退却させて、帝国と戦っても勝ち目がないと思わせないといけません」

「どうするのだ?」

「騎士団長、例の馬を全頭貸してください。返せなくなるかもしれませんが、お願いします」

「わかった。他にいるものはあるか?」

「・・・・・・じゃあ、騎士団長の温かい抱擁をください」

「冗談を言う前に作戦の内容を言え」

「結構本気なんですけど・・・・・・」


 二人のやり取りを見ていた周りが唖然とする中、咳払いを一つはらい、切り替えた宗一は、地図に描かれた、オーデル軍本隊のいる位置に指を差し、またしても邪悪さがこもった笑みを浮かべ口を開く。


「作戦の最終段階は、オーデル軍本隊に少数精鋭での奇襲です」






 夜の闇に支配された道を、馬に騎乗し猛然と走る集団があった。

 五十人ばかりのその集団は、先程から速さを緩めず、その様はまるで、得体のしれない怪物か何かから、全力で逃げているような必死さがあった。


「ははっ、ははははははっ!!やったぞ!」


 集団の中で、一人の男が狂ったように笑い始めた。笑うきっかけを作ったのは、夜の星に彩られた空を、赤黒く染める現象が起こったためだ。夜空に赤い明かりが揺らめき、何処から見てもわかる、大きな黒煙が立ち上っている。

 全てはこの男の想定通りであり、それ故に笑わずにはいられなかったのだ。


「この明るさと黒煙は火計成功の証拠です!このまま敵本隊を叩きます!!」


 彼の言葉に、集団の男たちは奮い立っていく。士気が大きく向上しているのは、誰が見てもわかるものだった。

 集団を指揮する男の名は、長門宗一郎。親しい者は宗一と呼ぶ。しかし今は、通りすがりの旅人兼即席参謀のリックというのが、この男の名前である。

 宗一は今現在、自身の立てた作戦の最終段階である、奇襲作戦の指揮を執っている。指揮を執っていると言うよりも、オーデル軍本隊奇襲部隊隊長であり、部隊の戦力の一人として戦うために、ここに居るのだ。当然危険な最前線であり、参謀のいるところではない。

 だが、宗一には責任があり、どうしても作戦を成功させたい理由がある。この戦いには一人でも多くの兵士が必要で、戦える力がある以上は、前線で戦いたかったのだ。

 ましてこの奇襲は、確実なものにしなければならないからこそ、この世界に迷い込んで、気が付けば、人並み以上の身体能力を手に入れていた自分自身が、作戦の成功率を上げる戦力になると判断したため、ここに居る。


(メシア団長は無事なのか・・・・・・)


 宗一が奇襲部隊に参加すると言った時、兵士を指揮する指揮官たちは反対した。

 幾ら気に入らない参謀であっても、参謀は参謀なわけで、前線で参謀が戦死すれば、軍全体の指揮命令系統が瓦解する恐れがある。

 誰もがそれを危惧したが、メシアだけはただ一言、「任せる」と言って宗一に全てを託した。

 宗一の覚悟を汲んだのか、単純に戦力として考えたのかはわからないが、メシアは女王陛下を守るために、最善の手段を考え、実行したことだけはわかった。

 真面目で、謎の読心術を持つメシア騎士団長。たとえ自分が、利用されているだけであったとしても、彼女の力になりたいと思い、彼女の身を案じずにはいられない。それほどまでに、彼女に魅せられてしまった。

 だからこそ、激しい戦いになっているであろう炎の戦場で、彼女が無事生還できるのか、気がかりでならない。


(いや、心配してる場合じゃない。目の前のことに集中しないと・・・・・)


 作戦は恐らく順調なのだ。自分の作戦を信じたい宗一は、不安のせいか、作戦を閃いたきっかけを思い返した。

 勉学において歴史が得意な宗一は、油を見た瞬間、教科書に載っていたある兵器を思い出した。

 日本史の教科書の近現代史。太平洋戦争末期、米軍の爆撃機が日本本土を爆撃していたが、その時使用された爆弾は、焼夷弾と言うものだった。

 これは、爆弾の中に発火する薬剤が入っており、この薬剤が燃焼することによって、火災を起こすものである。当時の日本の民家は木造建築が主流で、火災は瞬く間に燃え広がったということが書いてあったのを、思い出したのだ。

 木製の樽と油を焼夷弾に置き換え、木造建築の民家を森林として、爆撃機は投石器と考えた。そうしてこの火計を生み出したため、宗一は口には出さないが、心の中で「焼夷弾作戦」と呼んでいた。

 今考えると、よくあの時そんなことを思い出せたのか不思議だが、人生で初めて、歴史が得意科目で良かったと思えた。

 本で知った知識を、見様見真似たこんな作戦が、成功する保証はどこにもなかった。しかし、今空へと伸びる黒煙は、作戦の成功を示しているはずだ。


「騎士団長は心配ないですよ、参謀殿。ありゃあ戦場では軍神様ですんで」

「そうです旅・・・、ではなく参謀殿。騎士団長と配下の騎士たちの実力は、大陸の中でも相当のものです。今頃はオーデル軍を壊滅に追い込んでいることでしょう」


 宗一の心配を察してか、二人の兵士が彼を安心させようと言葉をかけた。

 騎士団長を軍神と呼んだ男は、木製の樽を見つけた時に、若い兵士たちに怒鳴っていた強面の男で、もう一人は、宗一が助けた三人の偵察兵の内の一人だ。

 彼らは志願してここに居る。

 本隊奇襲部隊には、帝国自慢の大型馬と、五十人の精鋭が必要だった。そのために、馬はメシアに頼んで用意してもらい、精鋭五十人は志願者を募ることにした。

 宗一と共に戦う五十人は、命を捨てる覚悟が必要だった。命令して無理やりそうさせるのでは意味がなく、命を躊躇せず捨てることのできる、覚悟を持った兵士でなければ奇襲は成功しないと、そう考えたためだ。

 そう考え行動した宗一が、志願者を募ったところ、彼が助けた三人の偵察兵と、強面の男がまず志願した。

 これには、宗一自身が驚きを隠せなかった。死を確実に覚悟しなければならないこの志願に、募る者がいるのか不安だったが、彼らは真っ先に志願してきたのだ。

 その時彼らに、宗一はこう聞いた。


「この志願は確実に死ぬでしょう。それでもあなたたちは、俺と一緒に戦ってくれますか?」


 強面の男は部隊長の一人で、名をガレスと言う。彼は笑いながらこう答えた。


「へへっ、アンタのおかげでこの戦争に勝てそうだって聞いたんでね。だったら救国の英雄にでもなってやろうかと思ったんで志願しますよ。オーデルの奴らは気に入らないんで、連中をボコボコにできるなら付いていきますぜ、参謀殿」


 偵察兵だった三人は、それぞれケント、ガリバロ、モーリスと言う名で、代表してケントが答えた。


「我々はあなたに命を救われました。あの時私も二人も、死を覚悟していましたが、あなたは我々を救って任務を全うさせてくれたのです。我々はあなたに恩義を返さなければなりません。ですから同行させてください!」


 彼らの志願が他の兵士たちに戦う意思を与え、皆それぞれの思いを胸に、宗一のもとに集まってきた。

 宗一も含めて、この五十人の生還率は限りなく低い。何故なら、奇襲をかけるオーデル軍本隊は兵力二千人であり、五十対二千の戦いだからだ。

 しかも、ただ奇襲をかけるだけではない。本隊で指揮を執っている最高指揮官、アレクセイ・クラウド・オーデルを討ち取ることが、この奇襲の目的なのだ。

 二千人の兵力の中へ五十人で飛び込み、アレクセイただ一人を見つけ出し討つことが、如何に無謀なことか、それは誰もが理解し、死を覚悟しなければならないと、わかっている。

 志願が集まらなければ、宗一は一人でも戦う考えだったが、奇襲成功のために、無理やりにでも人を連れて行く考えもあった。戦えない市民を連れて行くだけでも、壁ぐらいにはなるし、兵士を連れて行けば、戦える分成功確率は上がる。

 だが、彼らは集まった。


(俺はこんな良い人たちを殺してしまうのか)


 罪悪感はある。それでも、全てはユリーシアとメシアのため。

 その思いでここまで来ているのだから、今更罪悪感に迷うことはないが、彼らのような人間は、これからのヴァスティナ帝国に必要な人間だと思うと、一人でも多く生還させたいと、思わずにいられない。

 彼らのような人間に、これからもユリーシアを守って欲しいのだ。


(やっぱり俺は最低の男ですよ、ユリーシア陛下)

「参謀殿、他に何か心配事があるのですか?」

「大丈夫ですよケントさん。それより、この夜道の中で皆さんよく道がわかりますね」


 城より出発してからここまで、夜の闇の中をひたすら突き進んできた。

 作戦では、オーデル軍本隊が、火災を逃れるために後退するであろう地点まで移動し、そこで奇襲をかける手はずになっている。

 問題は、夜の闇のせいで、見えない道の中を進まなければならないこと。

 この奇襲部隊の兵士たちは、闇の中、まるで道が見えているかのように、馬を駆って道を進んで行く。宗一はそんな彼らを頼もしく思いつつ、必死に付いて行っている。

 当然ながら、宗一も馬に乗っている。だが馬に乗ったのは、ケントたちに乗せて貰った、あの時以外にはなかった。馬に乗れなければ、この奇襲部隊に参加はできなかったため、如何にして素人である自分が、馬を操れるようになるか悩み、結局何も思いつかず、メシアに泣きついて相談することになったのだ。

 馬に乗れない宗一のために、メシアは自身が普段戦場で操っている愛馬を用意した。彼女に従順なその大型馬は、他の馬よりもさらに逞しい肉付きと、歴戦の風格を放ち、勿論宗一は、「こんな世紀末覇者が乗ってそうなヤバい馬乗れませんよ!」と抗議した。しかしメシアは、「私が命令すればお前を乗せるのを嫌がらない。ただ手綱を握っていれば進んでいく」と言って、自分の馬を宗一に任せた。

 そういう経緯をへて、この「メシア号(仮)」の手綱を、振り落とされないよう握っている。


「夜道が見えるわけではありませんが、この一帯は我々の庭みたいなものです。方角と地形がわかれば道はすぐにわかります」

「流石ですね。こんな優秀な人たちがいるのは心強いですよ」

「もうちょい走れば目的地ですぜ。覚悟はいいですかい、参謀殿?」

「はははっ!もちろんですよガレスさん。それじゃあオーデル軍を朝日が昇る前に片付けましょうか!!」


 ヴァスティナ帝国とオーデル王国の戦いは、これより最終局面を向かえようとしていた。


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