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第十一話 女王の休日 Ⅱ

 話は現在に戻る。

 チャルコ国での事を思い出す。女王ユリーシアの親友との約束を。


(もっと大切にしないと・・・・・・。でもどうする?陛下を休ませるためには・・・・・・)


 彼女の頑固なところを知っているため、どんな考えも成功するとは思えない。

 しかし、こうして考えている今も、女王としての責任を背負い、彼女は政務に取り組み続けているのだ。


「参謀長、紅茶に睡眠薬を盛るのはどうでしょう?」

「現状ではそれが最も良い案かも知れませんね。無理やりにでも休ませないと・・・・・・」


 だが彼としては、この案はなるべく使いたくはない。

 紅茶を用意するのも、薬を盛るのも、全てメイドの仕事となる。もし、睡眠薬を混ぜた事を彼女に気付かれれば、メイドたちが彼女の信頼を失う事になる。ユリーシアならばそれはないかも知れないが、可能性がないとも言い切れない。


「待てよ、無理やりか・・・・・・」


 その時彼は少しだけ閃いた。そして思い出す。今まで自分がやってきた事を。


「何か思いつきましたか」

「まあその・・・・・・、すっごく馬鹿らしい作戦ですけど」

「参謀長の考えた作戦であれば、私はどんなものでも文句ありません。協力が必要ならば、何なりと」


 帝国メイド長ウルスラは、参謀長リックに協力する事を誓った。

 馬鹿みたいな作戦を思いつき、正直実行するのを躊躇っているリックに、ウルスラの強い後押しが入る。

 そう、あの暴言姫殿下のように、無理やり休ませればいいのだ。彼も今まで、無理やり物事を解決してきたのだから。


「・・・・・・わかりました。作戦を説明します」

「了解。先日もやりましたが、要人護衛の作戦行動、昔の血が騒ぎます」

「物騒な事言わないで下さい。戦争しに行くわけじゃないんですから」


 本職は戦闘の、メイド長旗下のメイド部隊の協力を得る事となり、女王ユリーシアに休息を与える作戦が、メイド長に説明された。

 説明後、約十分間の相談の後、二人は部屋を出て、それぞれ動き出した。






 その一時間後。


「頼む!二人の力がどうしても必要なんだ」

「ふふ、しょうがない男だね」

「わかったよリック。だから土下座しなくていいから」






 同じ頃、別の場所では。


「作戦は以上です。決行は明日、各自悟られないよう行動に移りなさい」

「「「「「了解!」」」」」






 作戦は開始された。作戦開始は明日である。

 ターゲットである女王ユリーシアは、そんな動きなど全く気付かず、今日の政務を終了させ、寝室へと戻っていった。

 作戦は一部の者たちしか知らない。これは極秘の作戦であるのだ。

 何も知らないユリーシアは、明日の政務の事を考えて、深い眠りについたのだった。






 眠りについていた彼女は、何かの気配を感じ取り、目が覚める。

 ここは彼女の寝室で、彼女自身はベッドで眠りについていた。盲目の彼女は瞼を開く事はなく、ベッドから起き上がる。

 目は見えないが、人の気配を感じ取る能力は高い。ちょっとした彼女の自慢だ。

 寝室に現れた侵入者。自分の命を狙う存在かと思われたが、すぐにその考えは無くなった。暗殺者であれば、自分の命はもう失われている。ベッドから起き上がれる時間もなかっただろう。

 それに、これは彼女の直感であったが、侵入者は自分のよく知る人物だろうと思ったのだ。


「何者ですか?」


 彼女は口を開き、侵入者の正体を探る。

 部屋には彼女以外に、もう一人の気配がある。気配の正体は、彼女の身のまわりを世話する、いつものメイドたちではない。


「おはようございます、陛下」

「リック様・・・・・・?」


 声の主の正体に驚き、きょとんとしてしまう。

 彼女、女王ユリーシアの寝室へ忍び込んでいたのは、彼女に絶対の忠誠を誓う男、リクトビア・フローレンスであったからだ。驚くのも無理はない。少女の寝室に男が忍び込むというだけで、傍から見ればちょっとした事件であるのに、何を血迷ったのか彼は、忠誠を誓う女王陛下の寝室に忍び込んだのだ。しかも、朝早く。

 リックの目的が見当もつかず、困惑状態のユリーシア。


「朝早くにすみません。もう少し待っていようかと思っていたのですが、起こしてしまいましたね」

「どうかなさったのですか?何か、急ぎの案件でも?」

「そんなものはありません。ですが、目的はあります」


 リックは彼女のベッドに近付き、起きた彼女を、両手で優しく抱きかかえる。

 抱きかかえられたのがわかり、恥ずかしがるユリーシアは、彼が何をしたいのか全く見当がつかずにいる。


「リック様、一体何を!?」

「女王陛下、今から貴女を誘拐します♪」


 にっこりと満面の笑みを浮かべ、ベッドから彼女を運び出す。

 朝日が差し込む寝室の窓から、あらかじめ用意されていた縄をつたい、誰にも気づかれないように侵入したリックは、彼女を抱きかかえたまま、侵入先の窓へと向かう。

 そう、彼は窓から寝室を出ようとしている。扉から出て行けば、部屋の前に立つ護衛の騎士に見つかってしまうからだ。


「しっかり掴まっていて下さい」

「まさか・・・・待って下さい!この部屋が何階にあるかわかっているのですか!?」


 女王の寝室は、当然ながら城の中にある。

 そしてこの部屋は、城の一階にあるわけではない。


「陛下、未来少年って知ってます?」

「知りません!!」


 しっかりとお姫様抱っこし、リックはユリーシアを抱えて、躊躇う事なく窓から飛び降りた。

 こうして作戦名、「女王の休日」作戦が開始されたのである。






 ヴァスティナ帝国城下。

 女王の善政により、日々不自由ない暮らしを送っている国民が、今日も朝から働き出している。男たちはそれぞれの仕事に向かい、女たちは家事と子供の世話に忙しく動く。

 平和な日常だ。女王ユリーシアの築き上げた、豊かで平和な国。ここは大陸でも数少ない、人々の楽園と呼べる国かもしれない。

 店が次々と開かれ、少しずつ街は賑わいを見せていく。パン屋から漂う香ばしい匂い。野菜を売る店の呼び込み。この街の朝の風景だ。

 その風景の中を、一人の男と一人の少女が、手を繋いで歩いていく。少女は日傘を差し、白を基調としたフリルドレスを着ている。普段の彼女が着ているドレスとはかけ離れた、フリフリのドレスで、その服に身を包んだ彼女はまるで、可愛らしいお人形の様な美しさがある。

 季節的には、夏が終わりに近付いているものの、日中はまだ気温が高い。なるべく彼女が暑さに苦しまないよう、フリルドレスは夏用で生地が薄いものが調達された。彼女の透き通るような真っ白な肌が、日差しを直接浴びないよう、長袖のものが選ばれ、日傘も含めて紫外線対策は完璧だ。

 一応、彼女の正体を隠すための格好なのだが、彼女の長い純白の髪と、似合い過ぎる芸術的な姿のせいで、かえって目立ってしまっている。


「・・・・・・」

「お腹空きませんか?あっ、あのパン屋。前にあそこのパンをアングハルトに食べさせたんですけど、美味しいって言ってましたよ。行ってみますか?」

「・・・・・」

「あっ、あのー・・・・・陛下?」

「・・・・・」


 フリルドレス姿の帝国女王ユリーシアは、大層ご立腹である。街を歩き始めてからずっとこの調子だ。

 彼女と手を繋いでいる帝国軍参謀長リックは、どうにか彼女の機嫌を直そうと、あれやこれやと話題を振っているのだが、見事に無視されてしまっている。

 二人が街を歩いているのは、リックがユリーシアを寝室から誘拐し、城下に連れ出したからに他ならない。

 連れ出した理由は簡単で、城から離れてしまえば、彼女が政務を行なう事が不可能になるからだ。

 体調の悪さを押して、自分に厳しくある彼女に、無理にでも休息をとらせるにはこれしかない。彼女を城から連れ出して、さらに気分転換をさせる事により、肉体的にも精神的にも溜まった疲労を、何とか取り除く。

 それが今回の作戦、「女王の休日」作戦の目的である。リック自身わかっている事だが、とても馬鹿らしい作戦だ。

 作戦の第一段階は、女王を起こして寝室から誘拐する。女王が城から連れ出されたとなれば、騒ぎが起きるという可能性を考え、騎士や兵士たちに気付かれないよう、彼女を城外へと連れ出したのである。

 第二段階は彼女を着替えさせ、街へと連れ出すのである。ちなみに、国民に気付かれないための変装用である、このフリルドレスはメイドたちが調達したものだ。

 そして第三段階は、とにかく政務を忘れさせて、彼女を楽しませる。

 これが作戦の大まかな段階だ。とは言っても、肝心の第三段階が現在、全く上手くいっていない。


「無理やり連れ出したり、窓から飛び降りたりした事は謝ります。ですから、どうか機嫌なおして頂けませんか?」

「・・・・・嫌です」

「ほっほら、運よく手に入った休日だと思って一緒に楽しみましょうよ。今日は俺が何でもしますから」

「でしたら-----」

「あっ、城に帰らせろって言う命令はなしでお願いします」

「・・・・・・・」


 先手を打たれたユリーシアは、またも無言となってしまう。

 彼女の考える事など、想定の範囲内であるのだ。


「政務なら心配ないです。リリカとエミリオがやってくれてます」

「えっ・・・・・?」

「土下座して頼み込んだんです。今日一日、政務を陛下と代わって欲しいって。陛下がご心配されている事は、こっちで全部手を打っておきましたから。陛下が政務を離れても、城下の視察という名目なら、誰も文句は言えません」


 用意は完璧である。

 宰相の職務を時々手伝っていたリリカと、帝国軍一の頭脳であるエミリオがいれば、一日位政務は交代出来るのだ。彼女が今日働かなくていいように、昨日の内に手配しておいたのである。


「俺も皆も、陛下の事が心配なんです。せめて今日だけでも、どうか休んで欲しいんです」

「リック様・・・・・」


 彼の必至の懇願は、ユリーシアの心を動かした。

 リックが自分のために用意してくれた、休むための時間。彼が実力行使を使う程、自分が心配をかけていた。その事に気付き、申し訳ない気持ちになってしまう。

 それと同時に、この気遣いを無駄にしてはならないと、ようやく彼女は政務を諦めた。


「わかりました。今日だけは、政務を忘れましょう」

「ありがとうございます。我儘を聞いて貰ってすみません」

「いえ、我儘を言っていたのは私ですから」


 女王ユリーシアは、観念してリックの頼みを聞く。休日を過ごす事が決まり、その後二人は朝食を摂る事にした。

 とりあえずリックの眼に付いたパン屋へと、手を繋いで歩を進める二人。か弱き少女の歩幅に、ゆっくりと合わせながら。






「よし、二人はパン屋に入った」

「何とか陛下は納得しましたね」

「作戦は継続する。各自は距離を保ちつつ、展開して護衛に当たれ」

「「「「「了解」」」」」


 ユリーシアとリックを物陰から見張り、隠密行動をとっている集団がいる。

 全員女性であり、普段着ているメイド服ではなく、街の人々が着ているものと同じような私服を身に纏い、獲物を狙う狩人のような目をして、二人から視線を外さない。

 怪しさ満点で、傍から見れば恐ろしい事この上ないが、彼女たちは二人の命を狙っているわけではなく、これでも護衛をしているのだ。

 ヴァスティナ帝国メイド部隊。女王の身のまわりの世話をし、彼女に忠誠を誓う女性たち。

 メイド長であるウルスラをはじめ、彼女たちは闇を抱えている。他人に過去を知られたくない者も多く、元は傭兵や暗殺者だった者もいる。

 ウルスラとメシアが彼女たちを集め、仕事を教えて、半ば強制的にメイドにした。彼女たちの多くは、初めこそ不満を持っていたものの、ユリーシアのおかげで、メイドとして生きる事を決めた。

 過去の闇に苦しめられていた彼女たちに、ユリーシアの存在は眩しく、そして温かい。

 だが、彼女たちは気付いた。同じ闇を抱えるものとして。自分たちの主となった少女が、自分たちと同じように、闇を抱えていた事に・・・・・・。


「陛下に近付こうとする怪しい奴は、片っ端から仕留めていいんですよねメイド長?」

「ちょっと!あんた見境ないんだから、仕留める奴は選びなさいよね」

「あのー、そのー、あんまり物騒な事は・・・・・・」

「ああん、陛下とデートなんて羨ましい」

「・・・・・・・」


 個性豊かなメイドたち。

 今でこそメイドとして、日々女王のために尽くし、毎日を忙しくとも楽しく生きている彼女たちも、帝国に来た時は心が死んでいた。

 メイドたちに生きる意味を与え、心に光を差したのはユリーシアだ。

 少女ユリーシアが彼女たちの心を理解できたのは、同じようにユリーシア自身が闇を抱えていたからである。か弱きその身体に、一体どんな闇を抱えているのかは、メイドたちもウルスラも知らない。

 彼女は誰にもそれを語ろうとしない。自分の闇を抱えたまま、他者の闇を救おうとしてしまう。

 完全に取り払う事ができなくとも、せめて癒す事だけでもできたならと、ユリーシアはメイドとなった彼女たちに、人の優しさと温もりを思い出させた。

 以来彼女たちは、自分たちを絶望から救ってくれたユリーシアに、生涯の忠誠を誓った。この命果てる時まで、彼女を守り続ける。そしていつの日か、彼女を闇から、今度は自分たちが救い出すために。

 ウルスラはメイドたちの気持ちを知っている。彼女たちがユリーシアの事を、自分以上に心配していた事もだ。ふざけている様に見えるが、彼女たちは真剣に護衛している。


「暗殺者が現れた場合は、全力を持ってこれを排除する。無駄口を叩かず行動に移れ」


 メイド長ウルスラの命令で、五人のメイドたちが動く。

 今日一日、全力で護衛する彼女たちに狙われたら最後、命はない。


(後方支援はお任せを。参謀長、陛下を頼みます)

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