第10.5話 みんな大好き?ヴァスティナ帝国 Ⅰ
第10.5話 みんな大好き?ヴァスティナ帝国
1. 炎属性槍士の日常
私の朝は早い。
日が昇り始めたところで目が覚めるようになっている、私の身体。早寝早起き、朝の鍛錬がいつもの朝だ。
起きて支度を済ませ、準備体操の後に槍を振るう。
私のただ一つの得物。槍だけが取り柄である私の、たった一本の槍。
早朝の気持ち良さを浴びながら、いつものように槍で突きの練習。振りまわしては斬り、また突く。眼前に敵がいると思って、見えない敵へと槍を振るうのが、私のやり方だ。
「はあっ!せいっ!はああああっ!!」
まずまずの調子だ。槍の手入れは万全で、槍が私に応えてくれる。
この槍を持ち、使いこなす事ができている時、私は自分の存在価値を実感できる。
「ちっ、先客がいやがる」
朝早くに起きて、演習場で槍を振るっている。これは私の日課だ。
そして、いつもの事なのだが、この男も日課の剣の鍛錬を欠かさない。実に忌ま忌ましい。
「おい槍女、俺より早く起きて鍛錬してんじゃねぇ。ここは俺の場所だ」
「戯けた事を言うな破廉恥剣士。ここがいつ、貴様のものとなった」
理不尽な文句を言ってくる。毎日同じ様な文句を聞くが、慣れはしない。本当に腹が立つ。
「文句あるのか、ああん?」
「大ありだ。貴様のその性格、非常に見苦しい」
この男はいつもいつもいつもいつもいつも、私の神経を逆撫でする最悪の男だ。親の顔と教育が見てみたい。一体どんな育て方をすれば、こんな性格の男が出来上がるというのか。
剣の腕だけは見事だが、それ以外は最悪だ。偶に、本当に極稀に、本当に本当に本当に極稀だが、見直しても良いのではと思ってしまうのだが、すぐに間違いだと気付く。
「喧嘩売ってんのか?」
「売っているのは貴様だ」
「上等だ。叩きのめしてやるから構えやがれ」
「返り討ちにしてくれる。覚悟はいいな?」
朝からこんな無駄な事で闘志を燃やさなければならない。せっかく、早朝の鍛錬で良い汗をかいていたというのに、この男のせいで台無しだ。
剣士クリスティアーノ・レッドフォード。この男は現在、私の最大最悪の破廉恥な敵。
今日こそは、今日という今日は我が槍の錆にしてくれる!
「いくぞ破廉恥剣士!はああああああああっ!!」
「黙ってろ脳筋槍女!うおおおおおおおおっ!!」
これが私のいつもの朝。
私、ヴァスティナ帝国軍所属、レイナ・ミカヅキの一日の始まりである。
ぐっぎゅるるるるるぅぅぅーーーーーー・・・・・・。
お腹が空いた。凄まじく空腹である。お腹の音がはっきりと聞こえる。
誰のせいかと問われれば、それはもうあの破廉恥剣士のせいとしか言えない。朝から魔法まで使って激突したせいで、無駄に体力を消耗してしまった。
だからあの男は嫌なのだ。しかも、決着がまたもつかずに引き分けた。
「はあ・・・・・・」
駄目だ。私のお腹が悲鳴を上げている。早く何か栄養を寄越せと訴えている。
出来る事なら、お腹の音をもう少し小さくして欲しいと思う。今のまま大きな音を出し続けられると、とても恥ずかしい。
「レイナちゃ~ん!おはっよー♪♪」
「なっ!?」
後ろからいきなり抱き着かれた。抱き着いてきた者の正体は、声でわかる。
朝からこの元気。私をちゃん付けする馴れ馴れしさ。抱き着いてきたのはあの女・・・・もとい、男に違いない。
「レイナちゃ~ん、今日も可愛いね~♪」
「そうやな。なんせうちらのアイドルやから、可愛いのは当然やで」
「勝手な事を言うな!わっ、私が可愛いなどと・・・・・揶揄うな!」
まさかこの女もいるとは・・・・・・。朝からこの二人は元気なものだ。
その元気を私のように、朝の鍛錬に使ってはどうなのかと、よく思う。
私に抱き着いてきたのは、男のなのに女装趣味、しかもそれが違和感ないイヴ・ベルトーチカ。もう一人は眼鏡をかけた独特の口調の、発明家シャランドラだ。
「まったくお前たちは・・・・・・。ところで、今から朝食なのか?」
「ううん。僕たちはさっき済ませてきちゃった」
「レイナっちはまだ食ってないんやろ?いつもやったら、うちらよりも早く食堂おるのに」
「どうせまたクリス君と喧嘩したんだよ。毎日毎日懲りないよね」
何故わかる。超能力か何かか?
「・・・・・・いやいや、何でこいつ知ってんの?みたいな顔されても困るで」
「言わなくてもわかるから。いつもの事だしね」
「全てあいつが悪いのだ。私は悪くない」
「相手にするからダメなんだよ。無視すればいいのに」
「それが出来たら苦労はしない」
この二人に私の気持ちはわからない。無視すれば良いとはわかっていても、どうしてもそれが出来ない。
あの男は私を、特に私を侮辱するのだ。一人の戦士として、許せるわけがない。
「破廉恥剣士の話はいい。それより、今日の食堂の献立はなんだ?」
「戦う事と食べる事しか頭にないんかい」
「そこがレイナちゃんの可愛いところだよ♪」
「あっ、それだけやないか。レイナっちの頭の中は、いつも誰かさんの事でいっぱいや」
「誰かさん?・・・・・・そっか、確かにそうだよね」
二人で納得して、何をにやにやとしているのか。私の頭の中が、一体誰の事でいっぱいだと言うのか。
まさか破廉恥剣士の事を言っているのか!?ありえない、断じて否だ。奴は敵だ!私の敵でしかない!冗談ではないぞ!!
いや、もしかすると・・・・・・。
「気付いたみたいだね」
「顔赤くしてかわええなあ。恥ずかしがらんでもええのに」
「・・・・・・私を揶揄うのもいい加減にしろ」
「揶揄ってないよ♪だって僕たち、レイナちゃんを愛でる会の会員だから♪♪」
「理由になってない!」
私を愛でる会?誰がそんなものを作ったと言うのだ。恥ずかしいからやめて欲しい。
この二人のペースには、毎度翻弄されてばかりだ。
これが私の、食堂へ行く前の出来事である。
いつもいつも毎日毎日、破廉恥剣士といい、あの二人といい、私の周りはどうしてこう・・・・・・。
まともな人間が少な過ぎる。最近まともな良い戦士だと思えたのは、あの女性兵士だったか。彼女の忠誠心は尊敬に値する。あとは、チャルコ国のあの見習い騎士の少年だな。彼は本当に素晴らしい。真面目で努力家で礼儀正しい。彼の爪の垢を煎じて、破廉恥剣士に飲ませてやりたい。
まあいい。それより今は食事だ。
午前中は兵たちの訓練を見なければならない。空腹を満たし、しっかり力をつけねば職務を全うできない。
「はいよレイナちゃん!大盛りにしといたからね」
「感謝します。今日もとっても美味しそうです」
ここは食堂。お盆を持って、食堂のおばちゃんから大盛りの料理たちを受け取る。
良い匂いが食欲をそそる。ああ、この瞬間は幸せだ。私のお腹が、早く料理を食べさせろと訴えている。待つがいい我がお腹よ、焦りは禁物だ。まずは席に座らなければ。
「おはようレイナ」
「リック様!おはよう御座います」
偶然だ。まさか貴方に朝から出会えるなんて、今日は運がいい。
私の主君であり、絶対の忠誠を誓った存在。ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。親しい者はリック様と呼ぶ。
そう、リック様と呼ぶのが正しいのだ。呼び捨てにしていい方もいるが、本来呼び捨てなど言語道断である。君付けも駄目だ。隊長もしくは参謀長殿は許すが、変態野郎と呼ぶなど論外だ!
・・・・・・しかし、専属メイドのあの子が変態と呼ぶのは、しょうがないかも知れない。
「リック様も今からお食事ですか?」
「まあな。エミリオと執務室で今日の仕事について話してたら、食べるのが遅くなってさ」
リック様は十分な休息をとれているのだろうか。睡眠時間も少なそうだ。お疲れなのがよくわかる。
貴方に負担をかけてしまうのも、全ては私たちが不甲斐ないからに他ならない。ああ、私に勉学の教養さえあれば、貴方の参謀長職務をお手伝いする事ができるのに、私は槍を振るう事しかできない。
あの破廉恥剣士に脳筋槍女と言われてしまうのも、私が無能だから仕方ない。とは言え、あの男にだけは言われたくないのだが・・・・・・。
「今日も美味そうだな、いただきます」
私とリック様は向かい合って席に座る。
食堂の朝食。今日の献立は、ご飯に味噌汁に魚の塩焼きに漬物。私にとっては御馳走だ。箸を持って、早速頂くとしよう。
そう言えばリック様は、初めてこの食堂でこの献立が出た時、大層驚きになっておられた。リック様の表情は、「何でこの料理がここで出てくるんだ!?」と言いたげな表情だった。
私が何を驚いておられるのかを聞くと、確か「いっいや、俺の昔いたとこだとこれが普通の朝食だったんだけど・・・・・・、まさかこんな所で再会するなんて・・・・」と言っていたな。まあ確かに、ご飯も味噌汁もそれに箸も、この地方では珍しものかもしれない。私もリック様と同じで、昔はよく食べていた。だから箸も使える。
この朝食が当たり前だと、最初の頃は思っていた。でもローミリア大陸全体で見れば、朝食の主食はパンであり、汁物はスープなのである。最初の頃はご飯と味噌汁が恋しくて堪らなかったのも、今では良き思い出。
私がこうしてまた、この素晴らしき朝食を頂く事ができるのも、全てはリック様と、ご飯と味噌汁の存在を知っていた食堂のおばちゃんのおかげだ。ああ、帝国万歳!!
「さあて、今日はこの玉子を・・・・・・」
「!?」
突然だった。いや奇襲だ、強襲だ、夜襲だ、ちょっとお待ち下さいリック様!?
何故貴方は突然白米の上に玉子を落としておられるのでありますかーーーーー!!!!
それは白米です!白米はその真っ白でほかほかの状態の所を、おかずと一緒に食べる神聖な食べ物です!どうしてその白米の上に今、真ん丸黄色の黄身を投下されたのですか!!
「どうしたレイナ、何をそんなに驚いてる?」
「りっりっりっリック様・・・・、たっ、玉子が・・・・・」
「あれ?もしかして知らないのか、玉子かけご飯」
たっ、玉子かけご飯ーーーーーっ!!?
何ですかその未知なる食べ物は!?ご飯はご飯、玉子は玉子ではないと言うのですか!私は知りません、そんなご飯!
あああ、真っ白な白米の上に玉子の黄身がどっしりと。白身がご飯を侵食している・・・・・・。異常な光景が私の目の前で起こっている。だが待て私、ご飯はまだ無事だ。今ならまだ上に玉子が載ってしまっただけで、今の状態ならばご飯を救出する事が可能な--------。
ちょろろろーーー、ぐりぐり、かきまぜかきまぜ・・・・・・。
はああああっ!?真っ白な白米が玉子と醤油と一緒に掻き回されていくぅぅぅーーーー!!!??
そんな!?これではご飯の救出はもう不可能!真っ白なご飯が黄色に染まってしまった・・・・・・。
何という事だ、今日は世界の破滅の日なのだろうか・・・・・・。
「食ってみるか?」
「!!!?」
「これに視線が釘付けだったから、もしかして食べてみたいのかと思って」
「えっ、遠慮致します」
「遠慮しなくていいぞ、ほら」
あああああ、リック様のお優しいお心遣いが今の私にはとても辛い。
どうすればいい。このような未知なる異端な食べ物など、口にできるわけがない。しかしそれでは、リック様のお心遣いを断ってしまう事を意味する。それはつまり、絶対の忠誠を誓っているリック様への背信行為となる。どうすれば・・・・・・。
いや、選択肢は一つ。リック様が差し出したものを食べない選択はない。
そうだ。リック様が勧めるものならば不味いという事はないはず。恐れるなレイナ・ミカズキ、勇気を出して頂くのだ!!
「頂きます・・・・・・」
リック様から受け取った茶碗。中にはどろどろ黄色と化したご飯。
右手には箸、左手に茶碗。まずは一口、さあ、玉子かけご飯とやら、いざ尋常に勝負!
ぱくっ、もぐもぐもぐ・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ぱくっ・・・・ぱくっ・・・ぱくっ・・がつがつがつがつがつじゅるじゅるじゅるがつがつがつ・・・。
何だこれは、これは何だ!箸が止まらない、そしてかき込まずにはいられない!
少し加えられた醤油の風味が食欲をそそり、玉子とご飯の相性を完璧にしている。玉子でどろどろになったおかげで、まるで啜る様にご飯をかき込んでいける。箸が止まらずかき込み続けてしまう。
こんな美味なるものが存在したというのか!知らなかった・・・・・・。
「もぐもぐ・・・・。はっ!?もうご飯がない!」
あっと言う間であった。気が付けば茶碗にご飯は残っていなかった。当たり前か、私が全部平らげてしまったのだから。
美味過ぎた。とっても簡単にできる、素晴らしき美味だ。
「美味かったみたいだな」
「はい・・・・、朝からこんな御馳走が頂けるなんて・・・・・・感動しました」
「それは良かった。でも、俺のご飯が・・・・・・」
「はっ!?申し訳ありませんでした!!」
リック様の玉子かけご飯という事を、すっかり忘れてしまっていた。夢中でかき込んでいたために、リック様の主食が失われた。私はとんでもない無礼をはたらいてしまった!
「私のをお分け致します!」
「いいって、ちょっとおばちゃんのとこ行って貰ってくるから」
「そんな!食してしまったのは私なのですから、私が貰って参ります」
貴方の優しさは本当に嬉しいのですが、これは私の恥。ですから私が行って参ります。
それにしても、リック様がお作りになった、玉子かけご飯。ご飯に生玉子をかけるなど聞いた事がない。しかも、それがこんなにも美味なるものだとは。
私の知らない事を、リック様は何でも教えてくれる。感動だ、朝から本当に感動した。
「急ぎご飯を貰って参ります。しばしお待ちを」
「慌てなくていいからな」
これが私の、今日の朝食での出来事である。
「槍は剣とは全く違う。剣よりも長いが、その分懐に入られると終わりだ。槍を扱う時は、絶対に懐に敵を入れてはならない」
「「「「「はい!」」」」」
朝食を済ませた後は、兵士たちの訓練だ。
帝国と女王陛下を御守りするための、帝国軍参謀長の兵士たち。精強な彼らは訓練に真面目に取り組み、来るべき時に備えている。そんな彼らに、私は今、演習場で槍の使い方を教えている。
私の実力はまだ未熟。よって本来、他人に槍を教えてはならないと自覚している。だが、リック様の頼みであったのだ。「帝国軍の戦力強化のために、お前の技術を貸して欲しい」と、あの御方にそう頼まれては断るわけにはいかない。
それから私は、こうして教官の真似事の様な事をしている。帝国軍は現在、指導教官不足だと我が軍の軍師が言っていた。だから私も、教官役に任命されたのだろう。
そうだ、私だけでなくあの破廉恥剣士も教官をしている。私とは違い、剣担当だ。他にも銃火器担当の者たちもいるが、あれは私には専門外だ。
「まずは槍を己の一部にするのだ。突きの練習を始めろ、連続百回!」
正しい教え方など知らないが、とりあえず彼らには、槍に慣れて貰わなければならない。技などはそれからだ。
彼らは帝国軍の中でも、槍の扱いに長けた者たちだ。槍の扱いは慣れているかもしれないが、今以上に慣れて貰わなければ、この先戦い抜く事は難しいはずだ。
リック様は私の事を考え、将来の精鋭槍兵となるだろう彼らを私に預けた。私を信頼し、私に彼らを預けたのだ。ならば必ず、ご期待に添えなければならない。
「集中力を切らすな!一突き一突きを大切にするのだ」
指示はこれであっているのだろうか。不安だ・・・・・・。
だが、全てはリック様のため。不安な気持ちはあるが、それでも私がやらなければ誰がやる。
リック様は素晴らしい御方だ。強く、知略に優れ、物知りで、高いカリスマ性を持っている。まさに完璧な人間だ。私とは比べる事のできない、天上の人間と言えるだろう。
そんなリック様の右腕として仕える事。これは、本当に身に余る光栄だ。
リクトビア・フローレンス。我らのリック様。私の全てはリック様のものだ。
そして私の頭の中も、リック様の事でいっぱいだ。シャランドラとイヴに揶揄われるのも仕方がない。確かに、私の頭の中はリック様の事しか考えていない。
何故なら、リック様こそ今の私の全てだからだ。そして、これからも・・・きっと・・・・・・。
待て・・・・・これでは私、ただの変態ではないか?
「はあ・・・・・・・」
破廉恥剣士を変態呼ばわりできない。だって私自身が、変態なのだから。
違う!私は変態なのではない、断じて!私は真摯な気持ちであの御方をお慕いしているだけなのだ。尊敬しているだけなのだ。変態ではない、絶対にない、そうですよねリック様!?
「槍だけでなく私の精神も、まだ未熟か・・・・・・」
反省しよう。まだまだ修行が足りないな、私も。
ですがリック様、私の気持ちに嘘偽りはありません。私の命続く限り、ずっと御傍に仕えます。
まだまだ未熟者でありますが、私は私にできる全ての事を全力でやっていきます。貴方のために・・・・・・。
私、レイナ・ミカズキの今日は、まだ始まったばかり。
忠誠を誓う我が主のために、今日も私は槍を振るう。そして、次の日もその次の日も、この忠誠は変わらない。
それが私の、レイナ・ミカズキという女の生き方なのだから・・・・・・。
~終~




