第一話 初陣 Ⅶ
オーデル軍二万五千人は、部隊を四分割にして夜営している。先頭の第一軍は兵力約一万人で、この軍勢が明日の帝国攻略の先鋒となる。その後方に控える第二軍は兵力約八千人で、第一軍と共に攻撃をかけることが決められている。その第二軍の後方に第三軍と第四軍があり、最高指揮官のいる本隊が第四軍の兵力約二千人で、その本隊を護衛しているのが、第三軍の兵力約五千人となる。
単純に兵力だけ見れば、ヴァスティナ帝国軍千人が数で勝る軍団は、一軍も存在しないが、敵の兵力を細かく分けると、直接戦闘には参加しない支援部隊なども存在するため、実質戦うのは二万五千人もいないが、兵力が万から下にいくことはない。
全てにおいて、オーデル軍は余裕があるため、敵国である帝国領内で、堂々と夜営をしている。これは慢心と言えるが、兵士たちが夜営のための明かりとした、焚き火や松明の火の数は、大兵力だけあって、数えきることができない程である。
こんなものを見せられては、小兵力しか持たない国は、忽ち勝算なしと考え降伏を考えるはずだと、考えてかどうかはわからないが、慢心しているという事実は、こちらとしてはありがたい。
情報ではこれらの事実がわかってはいた。
「それじゃあ作戦通りに。各員、出撃しますよ」
夜の闇に紛れて、小規模の部隊がそれぞれ馬を駆って動き出した。
その動きは察知されることもなく、馬はとてつもない速さでその場を走り去っていった。
「騎士団長、準備ができました」
「わかった」
森の中に身を隠し、前方の様子を窺いながら、メシアは報告に来た兵士の言葉に答えた。
少し離れた前方には、沢山の焚き火や松明、そして、オーデル軍の兵士たちが夜営しているのが見える。皆、明日には戦だというのに、こちらから見てわかるほど、余裕の様子だ。警戒のための歩哨も巡回してはいるが、こちらに気付くこともなく、ふらふらと巡回の真似ごとをしているような印象を受ける。
情報通り、オーデル軍の兵士の質は良くはなさそうだ。規律も何も、緩みきっているのは見ていてわかる。
休んでいる兵士たちの中には、酒を飲んで酔いつぶれている者もおり、敵がここに攻めてくることはありえないという、慢心が伝わってくるようだ。
その慢心をついて我々はここに居る。
指示を出そうと決めたまさにその時、先程まで吹いてはいなかった風が、彼女の流れる銀髪を揺らした。
「風か・・・・・」
不意に吹いた風は、背中からオーデル軍の方へと吹いていき、その風は少しずつ強くなっていく。
「風は我らの味方のようだな」
メシアの後ろで、物陰に隠れて控えるのは、自身が鍛えたヴァスティナの精鋭騎士団だ。大きな戦いを経験してはいないが、彼らには、来るべき時にその力を存分に揮えるよう、今日まで鍛えてきた。
そして宗一の激励は、騎士団の士気を最大まで引き上げ、攻撃の指示を今かと待ちわびている。
作戦通りに、第一段階を決行する時は来た。剣を高らかに掲げ、声を張り上げる。
「全軍!!突撃せよ!!」
ヴァスティナ軍は雄叫びを上げて突撃を開始した。突然の怒号に驚き、何が起こったのか理解できないオーデル軍は、森の中からいきなり現れた軍団にまさに、意表を突かれることとなった。
騎士団の先頭を駆ける騎士団長メシアは、目の前に見えた敵兵の首を、剣の一閃のもとに斬り飛ばした。頭の離れた死体を、盾を持った左手で押しのけ、さらに目の前にいた二人を、流れるような剣さばきで切り捨て、呆然と武器を持って立ち尽くしている歩哨を、頭から叩き斬った。歩哨は左右真っ二つに体が別れてしまい、それが二度と動き出すことはなかった。
とても人間業とは思えないものであったが、メシアだけでなく、味方騎士団の戦いも凄まじいもので、剣や槍を持って慌てふためく敵兵を、容赦なく討ち取っていく。武器がなかろうが、逃げ惑っていようが関係なしに、人とは思えないような叫びを上げて殺しまわる様は、狂気に取りつかれて、虐殺しているようにしか見えない。
ある者は、息絶えるまで剣で敵兵を刺し続け、またある者は、手に持っていた槍を投擲し、逃げる兵士を刺し貫く。騎士団は鍛え抜かれた己の力と、怒りに支配された精神を用いて、突撃し続けた。
その突撃の先陣はやはりメシアであり、目の前に現れた者は、容赦なく一閃の斬撃で斬り伏せていく。彼女だけはその圧倒的な武芸で、もう二十を超える死体の山を築き上げていった。
オーデル軍は未だ混乱から脱せない様子で、逃げ惑うばかりで満足な反撃も返してこない。油断が過ぎたようだ。
それならば突撃を止めるわけにはいかない。このまま第一軍を突破するつもりで突撃をかけ、作戦成功のために戦い続けなければならないのだ。
「突撃を続けろ!このままオーデル軍を蹴散らして進め!」
突撃継続の号令を出した直後に、兵士たちのそれに答えた怒号が聞こえる。彼らはメシアの指示に、どんな状況であろうと、忠実に従うよう訓練されている。例え怒りに呑まれていようとも、統率を失うことは決してない。彼らを鍛えた騎士団長メシアには、それがよくわかっていた。
だがそんな騎士たちも、今日の戦いで一体どれだけ生き残ることができるのか。
それは、彼女にもわからないことであった・・・・・・。
「一体何事か!?」
オーデル軍第四軍陣営、最高指揮官アレクセイ・クラウド・オーデル第一王子は、慌ただしく動き出した兵士たちの様子に、驚きを隠しきれない様子であった。彼の年齢は二十代半ばといったところで、王族の家系で育ったためなのか、顔立ちは整っている。
何不自由なく育ったことが一目でわかるほど、容姿は端麗、しかも次期国王であるため英才教育を受けており、勉学の成績も優秀で、絵に描いた様な優等生の青年である。
しかし今は、部下に設営させた寝所を、寝間着のまま飛び出しており、慌ただしくなった自身の陣営で、何が起こったか理解できず狼狽しているため、とても優等生とは思えない有様である。
「デルム!デルムは何処か!?」
「はっ!ここにおります」
アレクセイが呼んだ名前の男は、年齢が四十代の屈強な体をもった騎士であり、最高指揮官である王子の、補佐兼護衛の任についている。今まで、数々の戦場で戦い抜いてきた猛者であり、王子にだけでなく、国王にも信頼されている男だ。
デルムの姿を確認したアレクセイは、信頼している部下を見つけ安堵し、幾分かの落ち着きを取り戻して、状況確認のため問いただす。
「この慌てぶりは何なのだ。何が起こっているというのだ」
「先程第二軍の伝令からの知らせがありました。第一軍が敵軍の夜襲により戦闘が開始されたとのことです」
「夜襲だと?!一体どこの軍勢だというのだ?!」
「殿下、ここにおいて考えられる軍勢は一つしかありません。恐らくはヴァスティナ帝国軍の襲撃です」
「馬鹿な、帝国にまともな戦力などあるはずが・・・・・・」
これが初陣であるアレクセイにとって、デルムの言葉は衝撃的であった。
今回のオーデル軍遠征は、絶対的な勝利が約束されたもので、こちらが攻撃されるような戦闘は、全く考えられていなかった。何故なら、こちらの大軍に対抗できる戦力が、帝国には存在しないとわかっていたためだ。
オーデル王国は長い歴史のある大国であり、広大な土地と、栄えている都が大陸でも有名な王国である。しかし今年は、作物が稀にみるほどの酷い不作で、王政が乱れていたこともあり、国民の不満の声が大きくなっていった。
王政の回復を考えた国王は、植民地獲得を考え、そこで目を付けたのが、ヴァスティナ帝国であった。
豊かな土地を持っていながら、今は衰退して力のない小国は、誰が見ても、まさに絶好の獲物である。基本的にヴァスティナは、大陸各国と友好関係を上手く築いていた。そのため今まで、侵略の危機に陥ることがなかったが、オーデルにとってこれは見逃せない。
国民の目を戦争に向けさせ、王政の不満を逸らし、勝利を収めて資源を手に入れ、王政を立て直すという計画が考えられた。戦争に勝利し、植民地を獲得すれば、国民は不足している作物を得られて納得し、不満はなくなるはずである。
ヴァスティナの内情は、現女王を良く思っていない貴族たちにより、その戦力に至るまで全て把握していた。勝利は確定していたため、今まで一度も戦場を経験していないアレクセイが、オーデル遠征軍の最高指揮官に任命された。子供にあまり恵まれていないオーデル王にとって、アレクセイは数少ない跡継ぎであり、今までも戦場に送る機会は何度かあったが、結局は王が許可を出さずに叶わなかったのだ。
今回は王族が直々に指揮を執って、王国のために戦うという姿を国民に見せ、オーデル王族に好印象をもたせることで、不満の声を小さくする必要があった。何よりも、勝利しか考えられない戦いなら、問題ないだろうということもあり、第一王子の初陣を飾る舞台として、王もなんとか納得し、遠征軍と王子を送り出した。
万が一を考え遠征軍には、当初の予定よりも一万人多い兵力が用意され、経験豊富で信頼厚いデルムが王子に就けられることとなり、アレクセイ自身も初陣での緊張はあったが、不安はあまり感じなかった。
このまま大軍をもって侵攻し、オーデル王が送った使者の降伏勧告を承服させれば良いだけの、簡単な作業だと考えていた。この大軍を見せれば、戦わずに無血開城も大いに考えられた。
しかし現実は、敵軍の先制攻撃を受けている真っ最中だという。彼にとっては想定外のことなのだ。
「第二軍を増援に向かわせ敵を撃退いたします。ご安心くださいませ殿下」
「う、うむ。デルムに任せる」
デルムにとっても、これは予想外のことだった。今までの経験から、何かしらの戦闘は必ず起こると考えていたが、こちらが攻撃をかけ続ける戦いになることしか、思い浮かばなかった。
帝国軍は兵力差を考えれば、籠城策が最も妥当で、攻城戦がこの戦いの全てだと考えていたのだ。勿論、遠征軍全体の慢心と、質の低い兵士たちは問題ありと考えていたが、情報では千人以下しかいないはずの軍勢が、無謀な攻撃をかけるなど、とても思えなかったのだ。
しかし、如何に虚を突いたからと言っても、所詮は小規模な軍勢である。数で押しつぶせば問題ではない。
「念のため第三軍と第四軍は戦闘配置で待機させます。殿下がご心配せずとも帝国の弱小軍など第一軍と第二軍で押しつぶして----------」
「ほ、報告します!!」
王子を安心させようと、言葉をかけていた矢先、血相を抱えた表情の伝令兵が現れ、その言葉は遮られた。
「なんだ!一体どうした!」
「だ、第一軍の場所から南東の山に!て、敵の大軍が!!」
「大軍だと!?ありえん!!」
「ですが、山からは無数の火が上がっております!敵軍の松明の灯りです!」
第一軍の南東には、そんなに大きくはないが、山が確かに存在する。昼間に陣容を確認するため、第一軍を訪れた時にも見ている。そこから大軍が現れたというのだ。
帝国の戦力を知っているだけに、とても信じられない。
「まさか、ヴァスティナは我々に勝利できる戦力を用意したとでも言うのか・・・・・」
次々と聞かされる報告に、初陣の王子はそれ以上の言葉が出せなかった。アレクセイの不安と、信じられないことへの恐怖に満ちた表情は、最高指揮官にあってはならないことである。指揮する人間のそういった表情を部下に見せれば、不安が伝染して、全軍の士気低下に繋がるからだ。
デルムにもそれはわかってはいる。このような時のために、補佐としてここに居るのだ。
基本的に王子は遠征軍の象徴であり、デルムなどの指揮官こそが、この軍の事実上の指揮者なのだ。今は非常時であるし、この実戦経験豊富な猛者は、全体の指揮も任されている。
「大軍などヴァスティナにいるとは思えんが・・・・・。しかし万が一ということもある。第二軍は山に現れた大軍を警戒させるために移動させる。第一軍には自力で敵軍の撃退をさせるよう知らせろ」
報告に来た兵士に命令したデルムは、頭の中で現在の状況を整理する。先頭の第一軍は、恐らくヴァスティナ軍の夜襲を受けている。第二軍には謎の大軍の抑えにまわらせる。
如何に突然の攻撃であっても、一万の軍勢ならば立て直すこともできるだろうし、少数の部隊が相手ならば、そのまま撃破も可能だ。第二軍八千が謎の大軍を相手にできていれば、何も問題はない。
後は王子を落ち着かせ、戦闘が落ち着くのを待つのみである。まだまだこちらが圧倒的有利なのは、変わってはいないのだ。




