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第十話 宴 Ⅴ

「しばらく政務は控えて下さい。これ以上の無理は、本当に命に係わります」


 食堂では帝国軍の宴が行なわれている。だが女王ユリーシアは、宴には参加しない。

 彼女はこの国の宰相の身を案じ、彼の部屋まで見舞いに来ていた。

 部屋ではベッドの上に、一人の老人が身体を寝かせている。頬が少しやつれ、目元にはくまもあり、体調が悪いのはすぐにわかってしまう姿である。


「御心配をおかけして、申し訳ありません・・・・・・」

「貴方も、そしてリック様も、私の周りは心配をかける者たちばかりです」


 謝罪する老人。帝国の政務を取り仕切る、宰相のマストールはここ最近、体調が芳しくない。少しばかり体調が良い日もあるのだが、そういう時この宰相は、自分が休んでいた事で溜まった政務に励み、かなり無理をしてしまう。

 自分の身体に厳しくあり、酷使し続けている。その無理がたたって、今日もマストールは床に臥せってしまっていた。


「陛下。心配をかけるのはあなたも同じです」

「メシア・・・・・・、最近私に厳しくありませんか?」


 メイドたちが宴に呼ばれたため、盲目のユリーシアにこの部屋まで付き添った、騎士団長メシアは率直に言う。

 少しむくれるユリーシアだが、その通りだと自覚し、宰相に言った言葉を反省する。彼女らしい。


「ごほっごほっ・・・・・・」

「マストール、もう休んで下さい。政務の事なら気にする必要はありません。貴方にもし何かあったら、私はもう・・・・・・」

「この老体、まだまだ帝国のために働きますぞ。陛下が心配なさらなくとも、少し寝れば回復致します」


 咳が酷く、明らかに身体が辛そうだ。熱もあり、この体調の崩れは疲労だけではない。

 七十を超える歳のマストールは、ずっと病を患っている。生まれた時から御世話され、誰よりも彼女の事を知るマストールは、親を失ったユリーシアにとって家族同然だ。心配なのも無理はない。


「陛下は・・・・・もう一人になりはしません」

「マストール・・・・・・」

「今、陛下の傍にはメシア団長がいます。そして、あの男も・・・・・・」

「でも貴方は、私にとって最後の家族です・・・・!」


 今にも泣きださんばかりの悲しい顔。血の繋がりのない自分を、本当の家族のように思い、身を案じていてくれる。


「陛下、この老体の身を心配して下さるのであれば、このマストール、病魔に負けて朽ちるなどありませんぞ」


 彼女に不安をかけまいと、強気を見せる。もう、自分の病が治る事はないというのに・・・・・。

 それでも彼は、彼女を悲しませないように、最後の一瞬まで生きようと決意している。


(もし我が身に何かあろうとも、その時は・・・・・・)


 マストールの脳裏に、一人の少女の姿が映る。

 たとえ自分が朽ち果てようと、あの少女がいる限り、ユリーシアがもう悲しむ事はない。最後の時が来るまで生きるつもりだが、マストールはもう、思い残す事はないのだ。


「陛下」

「わかっていますメシア」


 マストールの身体を労わり、長居するわけにはいかないと、ユリーシアとメシアの二人は、彼の寝室を退室する。部屋を出る時、ユリーシアは彼の傍を離れるのを拒んだ。でもすぐに、自らの立場を思い出し、メシアに手を引かれて、部屋を後にする。


(強くなられましたな・・・・・・)


 彼女がまだ、女王になる前の姿を思い出す。

 あの頃の彼女は、どんな時でも微笑みを絶やす事はなかった。その微笑みが、あの頃のマストール自身の生きる意味となり、この命が続く限り彼女に仕えようと決めた。

 しかし、女王となり、帝国を統べる主になる必要があったあの日より、彼女からあの頃の微笑みは消えてしまった。女王の責任から逃げず、ヴァスティナという国と民を守ってきたのだ。あの頃とは比べられないほどの苦難と戦い、心に優しさという強さを抱きながら・・・・・・。


(まだ、あの子のためにできる事はある。この命が燃え尽きる前に・・・・・・)


 心にそう誓ったマストールは、少しでも体調を回復させるため、眠りについていく。

 生きるのを諦めず、大切なあの少女の・・・・・・、いや、大切なあの少女たちの事を思いながら。






 宴は終わった。

 ほとんどの者が酔い潰れ、会場であった食堂で撃沈している。多くは酒の飲み過ぎ、もしくは飲まされ過ぎで、明日必ず二日酔いに悩まされるだろう。

 宴の序盤はまだ平和であった。だが、シャランドラの一発芸大会がいけなかった。ノリと勢いだけの一発芸のせいで、目覚めさせてはいけなかった者を、酒の力で召喚してしまったのである。酒の飲まされ過ぎで凄まじく酔っ払い、とにかく場をカオスにしていったのはリックであった。

 完全に酔ったリックのせいで、宴の場は混迷を極める事になり、気が付けば、皆撃沈していたのである。

 一体何があったのか?宴をカオス化したリックが何を仕出かしたのか?それはまた、別の機会に語られる事になるだろう。


「ふぅ・・・・・・」


 帝国軍参謀長の寝室。

 宴で暴れ、酔いつぶれて眠ってしまったリックを運び込み、彼をベッドへと寝かせる。

 酔っぱらって暴れ、宴をカオスにした張本人は、頬を朱に染め、気持ちよさそうに眠っていた。


「疲れが出たのですね。このところ、休みなく働いておられましたし・・・・・・」


 彼をここまで運んだのは、奇跡的に宴を無事に生き残ったレイナである。

 レイナ以外では、リリカも生き残っていたのだが、彼女はメシアと酒を酌み交わすと言って、皆が全滅した後に、何処かへと行ってしまった。一人残されたレイナは、どうしようもない宴後の惨状を放置し、一先ずリックだけでも寝室に移動させるため、ここまで彼を運んできたのである。

 あのまま彼をあの場で寝かせていては、次の日風邪をひいてしまうかも知れない。今の季節は夏であり、昼間は夏らしい暑さがあるのだが、この地域の夏の夜は、豊かで綺麗な自然のおかげか、比較的涼しく、とても過ごしやすいからだ。

 主君に風邪をひかせないようにするのも、忠臣である自分の務めだとして、彼女は一人で男一人をここまで運んだのである。


「陛下も、そしてあなたも、どうしてそこまで御無理をなさるのですか・・・・・・」


 眠っているリックへ、普段思い続けている事を言葉にし、話しかける。

 今日は夕方頃から宴を行なったのだが、リックは参謀長の職務を休む事なく、宴の計画と仕事を同時にこなしていた。未だ戦いでの傷も癒えていないというのに、自分の身体に鞭を打って、彼は職務に取り組んでいた。

 レイナたちは己の職務を終わらせている。しかしその職務の量は、リックと比べれば少ないものだ。

 宴の時間まで、長い時間休息をとれていた彼女たちと違い、彼はずっと働いていた。女王と帝国のために。

 その事を考えると、どうしても心苦しいものを感じてしまう。主君が苦悩しているのに、自分は何をやっているんだと。


「・・・・・・今は、どうか今だけは、ゆっくりお休み下さい」


 ベッドの上で寝ているリックに、そっと毛布をかけようとする。

 その時突然、毛布をかけていたレイナの手を、リックの左手が掴んだ。


「まっ-----」


 「待ってください」と言う前に、リックの左手は彼女の右手を掴みながら、勢い己の胸に引き寄せる。

 そうして気が付けば・・・・・・、レイナはリックに抱き枕にされてしまっていた。


「っ!!!!???」


 突然の事過ぎて、何がどうなったのか全く分からず、状況が理解できないでいるレイナ。

 あたふたと身体を動かし、急いで拘束から抜け出そうとするものの、リックの両腕が彼女の身体をしっかり固定し、思うように抜け出す事ができない。


「レイナ・・・・・・」

「リック様・・・・・」


 名前を呼ばれて、咄嗟に彼の名前を口にする。どうやらリックは寝惚けてしまっているらしく、今のが寝言だというのはすぐにわかった。


(凄いです、寝惚けて私を抱きしめてしまうなんて・・・・・・)


 呆れるよりも、逆に凄いと思ってしまうところが、彼女らしい考え方である。

 だが、リックが寝惚けているというのがわかっても、この状態から逃げ出せるわけではない。彼を起こそうと考えたレイナであるが、疲れてよく眠っているところを起こす事はできないと、早々に諦めた。こう言うところも、実に彼女らしい。


「いい匂いだ・・・・・レイナ・・・・・・」


 匂いで誰を抱きしめているのか判別したらしい。

 その事に気付いたレイナは、すぐさま自分の体臭を確認する。


(少し汗臭いかもしれない・・・・・、風呂は宴の後に入ろうと考えていたから)


 今の自分の嗅がれたくない臭いを知られ、恥ずかしさに顔を真っ赤にする。抱き枕にされているため、リックの顔が目と鼻の先あるが、寝ている今ならば、この顔を見られる心配がないと、内心少し安心した。


「レイナ・・・・俺・・・守り切った・・・・・」


 安堵と幸福の混じる、安らいだ寝顔をしている。

 夢の中で彼はきっと、レイナに話をしているのだ。ジエーデルとの存亡を懸けた戦いで、守ると誓ったものを、全て守り切れたのだと。

 女王ユリーシアを守り、帝国の未来を救う。戦いの中でアングハルトを助け、多くの者たちを生還させた。

 彼はそれが嬉しい。そんな彼の幸福な表情を見ると、レイナの心も晴れやかになる。

 リックの幸福こそ、今の彼女の幸福となっていると、レイナはようやく理解した。そして同時に、胸の奥底に現れた、自分でも何かわからない気持ちの存在を知る。


「リック様、私・・・・・・!」


 彼に伝えたい。どうしようもなく、伝えたい気持ちがあるのだ。

 だがこれ以上、言葉が出てこない。それに、この気持ちの正体もわからないでいる。

 何と言って良いのかわからない。しかし、彼に想いを伝えるならば今しかないと、彼女の心が叫んでいる。

 愛の告白などではない、もっと別の何か。眠っている今ならば、それを正直に言葉にできる。

 レイナは口を開く。その想いを口に出すためにも。


「・・・これで・・・・メシア団長も・・・・・・」

「!!」

「きっと・・・・・認めて・・くれる・・・・・」


 全てはリックの寝言だ。彼がどんな夢を今見ているのかは、彼自身にしかわからない。

 だがその言葉は、彼女の心を抉る。もう彼女は、想いを言葉にする事はない。


「あなたには・・・・・・団長しかいないのですね・・・・・」


 リックの全てを、この場で彼女は悟る。

 同時にそれは、今まで近くにいたはずの存在を、急に遠くに感じてしまうものでもあった。

 自分の手は届かない。彼は自分と同じようで、違う。彼の傍に、自分は居てはいけないのだと、心が訴える。


「でも・・・・・・」


 抱きしめるリックを、逆に自分から抱きしめ返す。

 はっきりと聞こえる寝息。自分とは全く違う、男の体格。匂いまでわかる、距離のない密着状態。

 彼の胸元に顔を埋める。優しい温もりを感じた。安心してしまう、彼女が求めていた温もりが、ここにはある。


「今だけでいい・・・・今だけは、あなたを感じていたい・・・・・」


 レイナの言葉は、リックに聞こえてはいない。

 これは彼女にとって、聞こえてはならない、秘めた想いなのだ。

 仕える主君の腕に抱かれ、彼女はこの時だけ、求めていた安らぎに抱かれた。






 その日、彼女は夢を見た。

 己の忠誠を誓っている主が、愛する仲間達と共にある、幸福な夢を・・・・・・。

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